ブラコンとシスコンを拗らせて、辛い任務に志願した
エタニティには草一本生えておらず、目に見えるような生命は存在しない。ただ、地下に大量の水が存在することは衛星軌道からの観測でわかっていた。
──クルー全員の遺体を埋葬し終えて何日か経ち、ようやく気持ちが落ち着いた頃、サージャはエディと一緒に地下水脈を探した。幸いアルゴー号からほど近い地点に水脈が地上に近づいているポイントがあり、そこに井戸を掘った。
そして、シルトのような細かい砂の溜まった窪地を耕し、地球から運んできた植物の種を播いた。それがようやく芽吹いてきたところなのだ。
惑星大気は地球と似ているとはいえ、その他の環境はまるで違う。ダメでもともと、という気持ちで播いた種だが、みずみずしい緑の双葉を見たときはうれしかった。
「うーん、やっぱり野菜は新鮮なものが食べたいよね」
トマトの苗を見ながら、サージャはにっこりする。アルゴー号は大破してほとんど残骸のようになってしまったが、ありがたいことに補助動力は生きていた。食料貯蔵庫も無事で、だから食べるものには困らないのだが、サージャはこの何もない惑星で植物を育ててみたかったのだ。
「このマーガレットの花が早く咲いてくれるといいな。お墓に供えられるもんね」
子供の頃からサージャは花や木が好きだった。だから大学では植物学を専攻し、<植物の生育環境と適応>というテーマで研究を重ねた。不毛の大地にも花や緑があふれるといいなと、そんな単純な気持ちからだった。
サージャの研究は外惑星系植民地での植物栽培でいくつかの実績を上げた。火星の土壌・気候風土に適応したトマトやキュウリは、その色や形は地球原産のものとは変わったものになったけれど、味がいいと評判になった。アルゴー号の乗組員選考では、その実用的な研究が決め手となり、まだ年若いサージャが選ばれたのだ。
殖民先でのサージャの役割は、だから農場を作ることだった。農作物の段階的栽培に従事し、食料面から殖民をサポートする。アルゴー号には小規模の水耕農場の施設もあったが、本格的に殖民することになれば、さらに安定した食料の供給源が必要になってくる。
未来の入植者として、アルゴー号にはちょうど五千個の凍結受精卵が積み込まれていた。殖民する星が決まったら、解凍した受精卵を数年毎に少しずつ人工子宮に移して段階的に殖民人口を増やす計画で、それに合わせて農場も広げていく予定だった。
殖民の成功は、食料の安定供給にかかっているといっても過言ではない。イースト・プラント部門の担当者だった気のいい同僚のリブクリフトとは、まだ見ぬ殖民先での食糧生産法についてよく語り合ったものだ。
「あの苗、根付くかな……」
地下深く掘った井戸からポンプで水を汲みながら、サージャは野菜畑から少し離れた場所でそよ風に揺れる、小さな緑の葉っぱをぼんやりと眺めた。
「ルシンダのくれた薔薇。花の色は何色だっけ? 聞いたはずなのに、忘れちゃった」
僕ってダメだなぁ、とサージャは笑う。困ったような寂しいようなその声を聞いているのは、エディとエタニティの風だけだ。一瞬強く吹きつけて、サージャの髪を乱していく。そのくすぐったい感触に、サージャは弟の指を思い出した。自分と同じ質の、黒くて柔らかな兄の髪を梳くのが癖だった、双子の弟のナージャ。ルシンダは、ナージャの婚約者だった。
『どうしてそんな危険な航海に志願したの』
ルシンダの、涙でくしゃくしゃになった顔を思い出す。
──そんなに危険でもないよ。サージャはそう答えたのだった。──アルゴー号は大きくて頑丈だし、最新型の機器がいっぱい詰まってる。プロジェクト最高責任者のグローヴナー船長は頼りがいのある人だし、人を纏める力も決断力もある。他のクルーも各分野のエキスパートで、いい仲間になれそうなんだ。
『でも、あなたがアルゴー号に乗っていってしまったら、わたしたち、もう二度と会えないのよ。宇宙船の時間と、地球での時間は違う。もしあなたが戻ってきたとしても、そのときはナージャもわたしも、もう生きてはいないのよ』
──でも、ルシンダ。誰かが行かなくちゃならないんだ。その誰かがぼくであってもいいはずだよ。それに、とてもやりがいのある仕事なんだ。
『サージャ』
ああ、あのときはナージャも泣き出しそうな顔をしていた。
『どしても行ってしまうのか? 父さんも母さんも死んでしまって、おれたちふたりきりの兄弟じゃないか。お前はたったひとりの弟を置いていってしまうのか? どうしてそんな重大な決定をする前に、おれに相談してくれなかったんだ』
だってナージャ。きみにはルシンダがいるじゃないか。
そしてルシンダ、きみにはナージャが。
心の中で渦巻く何ともいえない感情を、サージャはどう言葉にしていいのかわからなかった。
「僕って情けないやつなのかな……」
サージャは溜息をついた。
ナージャとルシンダに彼らの婚約を報告されたとき、笑顔で祝福しながらも、突然心の中に小さな穴が開いてしまったようで、サージャは寒くて寂しくて仕方がなかった。サージャとナージャとルシンダ。三人は幼馴染だった。
サージャはいつまでも三人のままでいられると思っていた。けれどそんなことは幻想で、ふたりはいつの間にかサージャを置いて先に進んでいってしまったのだ。
もちろん、婚約したからといってふたりがサージャを邪魔者扱いするようなことがあったわけではない。自分たちが結婚するからといって、今までの関係が変わるわけではないとふたりは言った。きっとその通りなのだろう。
けれど、サージャの胸にはいい知れない寂しさが湧き上がった。三人で描いていたはずの完全な輪から、自分ひとりだけがはじき出されてしまったようで。
「なんなんだろう、これって。失恋? でも──」
ルシンダに? それとも、ナージャに?
僕はどちらに失恋したんだろう──?
「……」
あれから何度も自分に問いかけたが、ついに答は出なかった。ナージャは実の弟だし、ルシンダは妹のようなものだった。そんなふたりを前にして、失恋なんて言葉はそぐわない。それでも、その言葉が一番自分の心にぴったりくるとサージャは思った。
そして、ただ寂しくて、ふたりを見るのが辛くて、さらに研究に没頭した。疲れ果て、倒れこむようにして眠る日々。浅い眠りの間に間に、漠然とただ遠くへ行きたいと願う。
そんなとき、目についたのが研究所の食堂に張り出されていたアルゴー号乗組員の募集ポスターだった。魅せられたように募集要項を熟読し──気がつけば、志願してしまっていた。深宇宙調査殖民船の乗組員。光ですら何十年もかかる道程を、ただひたすら虚無の宇宙を旅していく。ふたりから遠く離れるのに、これほどふさわしい手段はないと思えた。




