93 乳神様降臨
「か、感じる。なんだこの信じられないほど巨大な気配は……」
スケルトン軍団が新たな獲物を追い込んでくる中、ミカちゃんが額から汗を流して震えていた。
あのミカちゃんが、震えている。
「ミカちゃん?」
「大丈夫?」
「?」
「GYAO?」
心配する兄弟たち。
しかし、そんな鏡台たちの声も耳に入らないようで、ミカちゃんはただ一点を凝視し続けている。
「腹でも壊したか?」
どうせいつもの事だろうと、僕は大して取り合わないけれど、それが薄情に聞こえたのが兄弟たちに少し睨まれてしまった。
(睨まれてもねー。だって、ミカちゃんだよ)
僕1人だけが冷静なのだけど、兄弟たちはミカちゃんの異変を心配していた。
そんな中、スケルトン軍団に追いかけられながら、そいつが僕たちの前へ走ってきた。
――ブモォー
鳴き声は牛で、大きさも牛そのもの。四足歩行で大地を蹴って走っている。
スケルトンたちに追われているために、全力で逃げているのだろう。その足はなかなか速い。
ただし普通の牛と違って、体は羊のような白い毛で覆われていた。
「羊と牛のハイブリット?」
奇妙な生き物が出てきたと思うけど、羊の毛は服に使えるし、牛と言うことは乳も出るかなと考える。
今まで皮の服だけだったから、羊毛が手に入るとありがたい。
羊毛から作れるフェルト生地にすれば敷物にできし、地球の遊牧民たちはこれでテントを作っていた。
それに毛糸を作れば編み物が作れるので、今まで皮でしか作れなかった服に、新しいバリエーションが増える。
もっとも毛糸を作っても、肝心の編み方を知らないから、編み物の服を作ることはできない。
ミカちゃんかユウなら、編み物の仕方を知らないかな?
女じゃないから、知らなそうだな……。
それと牛っぽいから、ミルクを取れないだろうか。
今まで僕たちが飲んでいた飲料と言えば、レオンの出す真水と、あとは謎肉に大量に含まれているモンスターの血だ。
水と血しか飲んだことがない生活……どこの野蛮人だ、どこのモンスターだと言われそうだけど、僕らの生活水準ってそんなレベルなんだよね。
でもそこに牛乳が加われば、大変素晴らしいことだ。
それに牛乳からは、チーズやヨーグルトが作れる。
馬乳酒は馬の乳を発酵させて作るそうだけど、牛の乳も発酵させたら、アルコール分ができないかな?
アルコールができれば、酒の誕生につながる。
そうすれば、また一歩文明的な生活を送れるようになる。
僕は現れた羊牛に、そんな期待を抱いた。
でも、僕はこの時点で気づくべきだった。
「乳神様じゃ、乳神様が俺の前に降臨なされた」
目をこれ以上ないほど見開いて、鼻息が荒くなってるミカちゃん。
「えっ、乳神?」
ユウが嫌そうな顔をする。
さっきまでのミカちゃんへの心配が、一瞬してなりをひそめる。
「乳神様?」
ミカちゃんの言葉につられ、レオンが走ってくる羊牛の下の方。ちょうど乳がある場所を眺める。
『とっても』
「大きい」
ドラドとリズが、声を合わせて言った。
そう、羊牛の乳は、地球で乳牛として広く知られる、ホルスタインを連想させる巨大さだった。
「そ、そんな、ありえませんわ……」
そんな中で、フレイアが両膝を付いて地面に突っ伏した。
その顔には絶望が宿り、迫ってくる羊牛を茫然と眺めている。
「うおおおっ、きょ、巨乳じゃ。
だがしかし、いくら巨乳のメスだからって、動物の乳なんぞに……乳なんぞに……乳なん……ボヨーンボヨーン」
迫りくる羊牛の巨乳に完全に目が釘付けになり、ミカちゃんは羊牛へと歩き始める。
「ミカちゃんだから分かっていたことだけど、とうとう人間だけで収まらなくなったか……」
このおっさん野生の生活をし過ぎて、とうとう人間以外の巨乳でも良くなってしまったらしい。
「マミー」
――ブモォー
ミカちゃんは走ってくる羊牛に突撃。ホルスタインを思わせる巨大な乳へ、一直線に飛んで行った。
――ブモォー
でも羊牛はスケルトンたちに追っかけられているので、死ぬ気で走り続けている。
「ヘブシィッ」
羊牛の乳に突入したミカちゃんは、そのまま羊牛の足に蹴られて、下敷きにされてしまう。
「あれ、ヤバくないですか?」
「大丈夫だろ。羊牛程度の蹴りなら、僕の拳より弱いから」
ユウが心配そうにしてるけど、僕が言った通りミカちゃんは羊牛に蹴られても、すぐに復活。
「うおおおー、マミー待ってー、マミーアイラビュー」
いつも以上に頭がおかしくなって、逃げる羊牛を追いかけていった。
「……ユウ、僕にはあのおっさんが、何を考えて生きるのか理解できないよ」
「いや、僕にも分かるわけないですよ!」
僕もユウもミカちゃんと同じで転生者だけど、本当にあのおっさんの思考回路は訳が分からない。
その後スケルトン軍団に包囲されてしまい、羊牛は逃げ道を絶たれてしまった。
それでも全力で走って逃げようとするものの、背後から迫るミカちゃんに抱きつかれてしまい、最終的にはその乳をミカちゃんに撫でられてしまう。
「ウヘヘヘッ、たまらんなー、ホルスタインじゃー。グヘヘヘヘッ」
見た目幼女なんだけど、顔は完全に顔面崩壊を起こして、エロ親父の顔になっている。
元が可愛い顔だけに、表情のギャップがひどすぎて、シュールでホラーすぎる。
「マミー、僕に乳をちょうだいー」
なんか僕ちゃん口調になって、ミカちゃんは羊牛の張った乳に口づけをした。
あかん、あのおっさんの巨乳に対する守備範囲は前々から広かったけど、羊牛にまで及ぶとか重症すぎる。
「クウウッ、負けた。私の完全な負けだわ……」
そんな中、地面に突っ伏したフレイアが、羊牛の乳と自分の乳を見比べながら泣き出した。
いや、泣くなよ。
ホルスタインサイズの羊牛に負けたからって、なんで泣くんだよ!
そんなものと比較しなくても、お前のは人間サイズで比べると、かなり大きいぞ。
あーもう、僕の兄弟たちが、ミカちゃんの毒にやられてしまってる。
本当、あのおっさんは僕程度では、どうにもできない変態レベルだよ。
感染力まで酷いし!
「ユウ、あのおっさんはどうやったらまともになるんだ?」
「無理ですよ。それにしても、あそこまで頭のおかしい人だったなんて……」
ミカちゃんに、僕もユウももはや手の施しようがなしと断じた。
なおこの羊牛だけど、毛が羊のようにモコモコしていることから、"モコ牛"と名付けられた。
ミカちゃんは、「乳神様、ホルスタイン様」と勝手に呼んでいたけど。




