7 ドラゴンマザーとおふくろの味
「ギャーギャー」
「ワーワー」
「ウウーッ」
見た目は4、5歳くらいの子供だけど、全員が生まれたばかりの赤ん坊。
そんな竜人とドラゴンの兄弟たちは、喚き声を上げまくっている。
それはなぜかと言うと、
「メシー」
という長女の一言に帰結される。
そう、全員腹ペコ状態なのだ。
「ヒギャー!」
ちなみに腹ペコで錯乱している長女は、あろうことに次男の頭にガジリと齧り付いた。
気の毒な次男が悲鳴を上げているが、それでも腹ペコ長女の目はヤバいままだ。
あれは完全に飢えて据わっている目だ。
転生者のくせして、文明人としての理性なんてこれっぽっちもない、ただの腹ペコの目だ。
次男の頭にかぶりついたまま、そこから離れようとしない。
さすがにこれを放っておくわけにはいかないので、僕は尻尾を使って長女の体を地面に叩き落とそうとした。
したのだけれど……
――GYAOOOOOOOOON!
突如大気が爆音を立てる。
僕と兄弟たちは空気を揺らす振動で、体が一瞬空中に浮かび上がってしまった。直後重力にひかれて体が落下。
「ギャン」
「ハヒンッ」
「ヒエン」
受け身も満足に取れず、兄弟たちが次々に地面に激突してしまう。
「おっとっと」
僕は何とか転びそうになりながらも、地面に足から着地。
「ふんむっ」
長女の奴も、荒い鼻息出しながら、危なげなく2本の足で地面を踏みしめていた。
そしてなぜか僕の方に向かって、「ドヤッ、凄いやろ」って顔で見てくる。
「……本当に可愛げないおっさんだなー」
見た目幼女でも、相変わらず全く可愛げを感じさせないドヤ顔長女だ。
もっとも、そんなことを言う僕も、相変わらず口から出ているのが意味をなさない赤ちゃん言葉だ。
言葉で意思疎通できないって、悲しいね。
でも、そんな長女のドヤ顔もすぐに引っ込んでしまう。
――バサッバサッ
物凄い風圧と共に、羽ばたく音。
そして僕たち兄弟がいる木材でできた巨大な巣が、影で覆われた。
太陽の光を遮る影の方を見ると、そこにはなんと超巨大なドラゴンが……
僕どころか、僕たち7人(それとも匹か体かな?)兄弟をまとめて一口で丸のみできる、超巨大サイズのドラゴンがいた。
黄金色の鱗に体が覆われ、羽は4枚の超巨大ドラゴン。
ちょっと待て、ヤヴィでしょ!
ヤヴァすぎるでしょ!
明らかに並のドラゴンじゃない。
僕が前世で魔王をやってた時に知っている、ワイバーンが可愛いペットに見えてしまうくらいの、マジもののドラゴンだった。
――こりゃダメだ。
以前蜘蛛に転生した時は兄弟が共食いする場に居合わせたけど、あの時は実の生みの親であるマザーまで混じって、生まれたばかりの子供たちを共食いしてたんだよねー。
僕のカウントしたくない蜘蛛人生での出来事が、ふと脳裏をかすめた。
そして、僕は本能で悟ったけど、目の前にいる超巨大ドラゴンは明らかに僕たちの親。
ドラゴンマザーだった。
――GYAOOOOOOON!
ドラゴンマザーは巨大な咆哮を上げると、次の瞬間口に咥えていた物を巣の中へ落としてきた。
――ドスンッ
という音がして、僕たちの背丈よりも遥かに巨大な塊が落ちてくる。
ついでに、その塊についていた赤黒い血が、べしゃりと音を立てて周囲に飛び散った。
――GLULULULU
そしてドラゴンマザーは、慈しむように喉をゴロゴロと鳴らす。
ゴロゴロ?
いや、グルルルッっていう、肉食獣の唸り声と表現した方が正しいだろう。
本人(本竜?)は慈しんでるつもりだろうけど、巨大な体のせいで威圧感がとんでもない。
で、赤黒い血が飛び散ったところから分かるように、ドラゴンマザーが僕たちの巣へ放り込んできた物は、原形をとどめていない肉の塊だった。
野生生物かモンスターか知らないけれど、大きさ的には地球のゾウくらいかな?
念のために言っておくと、パオオオーンって鳴く、日本だと動物園じゃないと見られない巨大動物のゾウだね。
――GLULULULU
ドラゴンマザーは、これを僕たちに食べろと言ってきた。
マザーは日本語を始めとする僕の知っている言語で話してきたわけじゃない。けど、ドラゴニュートとしての本能で、ドラゴンマザーの言いたいことを理解できてしまった。
しかし、血抜きすらされていない生肉とか……うえっ。
僕は文明人の転生者であって、まかり間違っても野生の肉食動物じゃないんだけど……。
そんな僕に、生肉を食えだと!?
しかし戸惑っている僕の前で、ドラゴンマザーは巣に放り込んだ肉の塊の一部を口に含んで、モゴモゴさせる。
そして口の中で噛み切ってズタボロにした肉片を、再び巣の中へ放り込んできた。
これって硬い肉を柔らかくして、生まれたばかりの子供が簡単に食べられるようにっていう、マザーの気遣いなのかな?
……ということは、これはマザー手作りのおふくろの味って奴かー。
人間でいえば、手料理みたいなものだよねー。
へー、なるほどー。
もっとも肉はズタズタになっただけでなく、マザーの唾液まみれで物凄く臭い。
……
……
……
僕、前世では魔族だ魔王だったって言っても、文明人なんです。
元は日本人をしていたこともある、文明の民なの。
それが、こんな唾液まみれの肉を食べるとか……
「ワー」
「キャー」
だけど、そんな僕の戸惑いをよそに、他の兄弟たちがマザーの噛み切ったズタボロの肉片へ殺到していく。
って、よく見れば先頭を行くのは、転生者である長女だった。
「メシー」
あかん。あいつが飢えてるのは分かってたけど、この状況に適応しすぎでしょ。
なお、同じく転生者である次男の奴は、僕の方を見てきた。
――どうしよう?
って顔をしてる。
なので僕も次男の方を見て、
――どうしようかっ?
と、互いに目だけで会話した。
なぜだかこの時は、言葉が通じなくても、互いに以心伝心で通じたよ。
……でも、生まれてから何も食べてなかったので、結局僕も空腹をこらえきれずにズタボロの肉を食べることにした。
次男も同じだったね。
しかし初めてのおふくろの味は、血なまぐさい上に、物凄く唾液臭かった。
マザーの唾液が、かみ砕いた肉に混じりまくってるから仕方ないね……。




