74 自宅周辺の探索とマザー
空を飛べるようになって、自宅の外に自由に出られるようになった僕たち。
そうなったら当然やってみたいことの一つが、自宅周辺の探索だ。
僕たちが知っているこの世界の事と言えば、自宅のある断崖絶壁と周辺に広がっている荒野だけ。
太陽の動きから、東西南北の方向はおおよそ掴んでいて、絶壁は東西の方角に延々と続ている。
150メートルの高さのある断崖絶壁が視界の果てまで続いている。
ひょっとして昔あった巨大地震の影響で断層がずれて、僕たちの住んでいる断崖絶壁が出来上がったのかもしれない。
ただしこの絶壁は、1種類の岩で構成されている。
普通であれば過去に堆積したものが積もって、地層を構成しているはずなのに、それがない。
地質学の常識を無視していた。
とはいえ、そのことを深く考えても仕方がないだろう。
僕は学者でないので、そういう問題を考えても意味がない。
それよりも、
「粘土とか鉄鉱石とかが堆積していればよかったのに、あと石炭も。
……畜生、鉱物資源が何もないから、この崖には何の魅力もないじゃないか」
と、ぼやいてしまう。
縄文時代ではないけれど、粘土があれば壺を作って、肉や液体の保存に使える。
あるいは鍋を作れば、煮炊きするのがもっと楽だった。
自宅だけにいた頃は、頭蓋骨や劣化黒曜石でなんちゃって鍋を作ったりした。
でも、頭蓋骨は水漏れがひどかったし、劣化黒曜石の方は、作るのに手間がかかるのに壊れやすかった。
それに鉄鉱石があれば鉄板を作ったり、鍋だって頑丈で使い勝手が良い物を作れたのに、ectect……。
僕の口からは、ついつい愚痴がこぼれてしまった。
「……ユウ、レギュレギュが壊れた」
「今の兄さんに話しかけると危険だから、放っておきましょう」
なんて感じで、僕はミカちゃんとユウから、放置されてしまった。
とまあ、そんなことはいい。
「周囲を探索して、木材を手に入れよう。木材があれば、道具の作成の幅がもっと広がる。
あと植物だ。綿花があれば綿が手に入るな。服に詰め物ができるようになるし、布団とか作れるなー。
それに木の実とかないかな?いい加減肉以外の物を食べたい。
それからそれから……」
自宅の外に出て、マザーが運んでくる以外の物を手に入れられる。
そんな素晴らしい時代の到来に、僕は胸をワクワクさせてしまう。
「外には獣人とかいないかな?それともダークエロフか。
クフフ、胸さえでかければ、俺は垂れ乳の老婆でもOKだぞ。何しろ物がなければ垂れることすらできないんだからな!」
一方ミカちゃんは、この世界にいるだろう未知の住人との遭遇を期待しているようだ。
まあ未知の住人と言うか、ミカちゃん式のいつも通りの平常運転だ。
「2人とも盛り上がってるところ悪いですけど、外に出ると危険もあるでしょうから注意してください」
そんな僕たち2人に、ユウが注意をしてきた。
「分かってるよ。いざとなったら、全力で敵を潰すから」
「……ああ、兄さんの暴力主義が怖い」
フフフ、外で敵対的な生き物に出会っても、元魔王様の実力を行使するので、無問題だよ。
というわけで、僕たち転生組3人は自宅を出て、周辺の地理を探索することにした。
「しゅっぱーつ!」
と、僕たち3人の先頭に立って、元気よく音頭をとるミカちゃん。
「行ってらっしゃい、気を付けてねー」
「行ってらっしゃいませ、お兄様方」
「……」
「GYAOOーー!」
今回は初めての自宅周辺の探索と言うこともあって、転生組でない兄弟たちは自宅で待機となった。
兄弟たちに見送られて、僕たちは探索に出かけた。
それから1時間後、僕たちはどこまでも続く荒野の中を歩いていた。
この荒野、1時間歩いてもまだ果てが見えないとか、かなり広い。
けれど、
――GYAO、GYAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!
突然ドラゴンマザーの物凄い鳴き声が、自宅の方から聞こえてきた。
それから響くのは、
――ズガン、ドガン、ドスンッ
という音。
地面が振動して、まるで地震が起きたかのように揺れる。
「な、なにこれ?」
ミカちゃんが立っていられなくなって、地面に座り込む。
「何か物凄い物が近づいてきてますよ!」
地震が更に大きくなると共に、謎の音も近づいてくる。
「何かっていうか、マザーだよね……」
僕たちはマザーが狩りに出かけて留守にしている間に自宅を出たけれど、獲物を捕らえて自宅へ帰ってきたマザーが、僕たちの不在に気づいたようだ。
それから、数十秒もせずに、物凄い勢いでマザーが走ってきた。
――GYAAAAAOOOOOOO!!!!!
『子供たち、勝手に家の外に出ちゃダメよ!』
僕たちはあっという間に、マザーに追いつかれてしまった。
「なんか、滅茶苦茶マザーが心配してないか?」
「でも僕らは探索を……」
――GYAAAOOO!!!
『しゃべってないでお家へ戻るわよ!』
マザーは大きな口を開けて、問答無用で僕たちを口の中へ入れた。
――なんてこった。またしても僕たちは、マザーに食われてしまった。
「アハハー、また血縁者に食われるのかー」
「兄さん、現実逃避しないでください!」
過去の蜘蛛人生の時のトラウマが蘇って、ちょっとトリップしてしまう僕。
ユウがなだめているけど、そんなの聞く余裕ないなー。
それからしばらく、マザーの口の中に入れられていた僕たちは、上下の浮遊感を味わい続けた。
凄い速度で地面を走っているようだ。
120メートルのマザーが走るから、その内部での上下の揺れは凄かった。
遊園地のジェットコースターか、と突っ込みたくなるね。
「うぷっ、気持ち悪い」
「ユウ、ここで吐いたら、お前をしばくぞ」
僕とミカちゃんは、平気だったけど、ユウが振動に耐えられなくて口に手を当てる。
「アハハー、共食いだー」
「レギュレギュ、お前はいい加減落ち着けよ!」
この日はなぜか兄弟の中で随一の非常識人ミカちゃんが、逆に僕たちに注意をしていた。
そんなことがあった後、僕たちはマザーの口から吐き出された。
と思うと、既に自宅についていた。
僕たちの1時間の旅は、マザーにとって走ってたった数十秒の距離だった。
「あら、お兄様方おかえりなさいませ。早かったですね」
マザーの口から出てきた僕たちを、最初に迎えてくれたのはフレイア。
「ううっ、共食い、嫌……」
「気持ち悪い……」
だけど僕とユウには、それに答える余裕がない。
「あの、レギュラスお兄様、ユウお兄様?」
「フレイア、しばらく放っといてやれ。どうせその内元に戻るから」
「え、はい。分かりましたミカちゃん」
今回は、つくづくミカちゃんが冷静だった。
というか僕らが勝手にいなくなると、マザーが心配して駆けつけてくるわけか……。
これではマザーに秘密で探検に出ても、すぐに連れ戻されてしまう。
それもマザーの口に、問答無用で突っ込まれての強制帰宅だ……
「もう共食いの悪夢を思い出すのは嫌だー!」
僕はげんなりと床に崩れ落ちた。




