72 初めての飛行練習
"脱ヒキニュート"を達成した僕たち。
――GYAOO、GYAOGYAGYA、GYAOOOGYAOOーー!
そんな僕たちの前で、ドラゴンマザーが説明してくれた。
なにを言ったのかだって?
『みんないい事、あそこの丘から空を飛ぶ練習をするわよ』
と、マザーは言ってる。
日本語でなく、超巨大ドラゴンのただの鳴き声だけど、僕らはドラゴニュートだからかマザーの言葉が理解できる。
あれだね、赤ん坊は最初は親が何言ってるのか理解できなくても、ずっと話を聞いてるうちに理解できるようになっていくのと同じだね。
でもさ、マザーが作った丘って、高さが20メートルあるんですけど。
あそこから、空を飛ぶ練習だって?
僕らは翼を自分の意思で自由に動かせるようになったけれど、実際に翼で空を飛んだことはまだない。
一度重力魔法で空を飛んだことはあるけど、あれはただの緊急措置でしただけだ。
20メートルの高さは、マザーなら後ろ足の膝をぶつける程度の高さだろう。
そして僕らの体は人間に比べて頑丈だけど、それでもあの高さから飛ぶのに失敗して落ちたら痛そうだ。
痛いで済めばいいけど、同音異義語の遺体にはなりたくない。
なので、落下した場合の対策は取っておくべきだ。
マザーもその辺はちゃんと考えているようで、丘の下の地面は程よく掘り返されて、柔らかくなっていた。
ここに、もう少しだけ手を加えておく。
「レオン、安全の為に丘の下一帯に水をぶちまけておいてくれ。泥にしておけば、落ちても万が一ってことはないだろうから」
「はーい」
元気よく返事して、口からアクア・ブレスを吐き出すレオン。
昔は頭を叩かれると、真水をゲロゲロと吐き出していたレオンだけど、脱皮をしたことで、以前とは比べ物にならない勢いで、アクア・ブレスが口から飛び出す。
飛び出した水をレオンは魔法を使って操作し、丘の周囲を大量の水で濡らした。
水の量が多かったため土が泥状になるだけでなく、地面に吸収しきれなかった水が残って、所々泥沼が出来る。
『まあまあ、うちの子供たちは本当に器用ねぇ』
レオンの魔法を見て、マザーが感心するように鳴いた。
そんな安全策を取ってから、僕たちはいざ丘の上へ行く。
「……」
「ミカちゃんいかないの?」
いつもなら野生児ミカちゃんが、他の兄弟を押しのけてでも我先に飛んでいきそうなのに、丘の上に着いたミカちゃんは静かで、沈黙していた。
いつもと真逆だ。
常に鬱陶しさに満ち満ちたミカちゃんなのに!
「どうぞどうぞ、お兄様お先にどうぞ」
それどころか、僕に先を譲ってきた。
やっぱり、ミカちゃんは高所恐怖症なのか。
野生児ミカちゃんの、数少ない弱点だね。
というわけで、まずは兄弟たちの先陣を切って、僕が最初に飛ぶことにした。
丘の上は結構なだらかな斜面になっていて、翼を広げながら助走をつけて走っていく。
翼はバタつかせないようにして、風を受け止められるようにする。
まあ風を受け止めるも何も、僕は風魔法を使って向かい風を作り出し、それを翼で受け止めた。
風がゴウッと吹き、それに捕まって僕は空中へ飛び上がった。
「おっ、おおっ、飛べるもんだな」
僕は今までに何度も転生を繰り返してきて、空を飛ぶ魔法も複数種類持っている。だけど自分の羽だけで空を飛ぶのは、これが始めての経験だ。
翼で飛ぶ……というよりは、グライダーに近い。
鳥だって空を飛んでいる時は、あまり翼をバタつかせないで、風を受け止めるために翼を広げ続けている。
それを真似するように飛んでみると、案外簡単に空を飛べた。
右旋回と左旋回は、体と翼を少し傾けるだけ。
僕自身が風の属性竜の性質を持っているので、上昇したい時には風を操作して上向きの風を起こし、それを翼で受け止めると上空へ舞い上がる。
下降したい時は、滑空しているうちに自然に下方へ下がっていくので、自然に任せたままにする。無理に体に力を入れると、バランスを崩して落下してしまいそうだ。
そうしてしばらく兄弟たちのいる丘の周りを、旋回して飛び回った。
飛んでいる僕の姿を見て兄弟たちが歓声を上げていたので、それに向けて僕は手を振り返した。
その拍子に少しぐらついてしまったけれど、すぐに体勢を立て直して、安定した飛行に戻る。
飛べはしたけれど、油断すると危ない。
まあ、翼で空を飛ぶのが初めてだから仕方ない。
自転車に補助輪なしで初めて乗るようなもの、と思えばいいだろう。
もっとも空を飛ぶのは、自転車と違ってバランスを崩すと地面に大激突する危険があるけど。
「よーし、それじゃあ次は僕が行くー」
僕が丘の周りを飛んでいる間に、丘の上のレオンが手を上げて宣言する。
「それー」
元気に掛け声を出して、丘を駆けていき……丘を駆け続け……それでもまだまだ駆け……気が付いたときには、丘の下まで辿り着いていた。
「……飛べなかった」
助走をつけたのはよかったけれど、翼で風を受け止められなかったレオンだった。
「それでは、次は私が」
レオンに続いてフレイアが行く。
丘の上を走るフレイア。
「ボヨンボヨン。フ、フフフ。ゲハッ」
高所恐怖症のおっさんがなんか口にしてたので、僕は風魔法を空中から放って、顔面にぶつけておいた。
「っと、いけない。バランスが……」
魔法に気を取られてしまって、バランスが崩れた。
幸いすぐ近くに丘があるので、その上に走りながら着地した。
「おっ、とっとっ、と」
地危うくこけかけたけど、何とか着地に成功。
「ふー、もう少し練習しないといけないな」
僕の初めての飛行は、それで終了した。
なお、フレイアの方はふわりと体が空中に浮かび上がったものの、5メートルくらい水平に飛んだら、地面に着地してしまった。
「あれっ、少ししか飛べませんでした……」
残念そうなフレイア。
風をつかみきれなかったせいで、空に舞い上がることができなかったようだ。
「参ります」
そして次に挑戦するのはリズ。
リズは助走をつけてジャンプ。
その瞬間、重力魔法の重力浮遊を使って、リズの体が空へと舞い上がった。
その後も、フロートの力で空を飛び続けるリズ。
あー、うん。
飛んでるんだけど、翼で飛んでるわけじゃなく、魔法の力だけで飛んでいる。
僕もとび初めに風魔法を使ったけれど、リズのこれは間違っている気がする。
空を飛び終えたリズが地面に着地した後、
「空中では重力魔法は切ろうか」
と、言っておいた。
この後続いたのはドラド。
「GYAAAOOO!」
ドラドは気合を入れて駆けだし、飛び上がった。
そして空中ですぐにバランスを崩して、顔面から地面に大激突。
「GYHAN!」
情けない呻き声を出すのだった。
まだまだ空を飛ぶには練習が必要だ。
「さて、それじゃあ次はどっちが飛ぶ?」
「「……」」
兄弟たちは飛んで行った。
いろいろ失敗したけれど、残っているのは転生組のミカちゃんとユウの2人だけだ。
――ゲシッ
「ミカちゃん、蹴らないでください」
――ゲシゲシッ
「わ、分かりましたよ。僕が先に行くから、泣きそうな顔しないでくださいって!」
「な、泣いてなんかないやい!」
てなわけで、珍しく弱気なミカちゃんよって、ユウが先に飛ぶことになった。
「スーハー、スーハー」
ただ、兄弟たちがさっさと飛んで行ったのに比べて、ユウは深呼吸して準備する。
「航空力学……浮力……飛行機の翼……」
そんな言葉を呪文のように唱えながら、ユウは助走をつけて走り出した。
航空力学とか口にしている言葉は、飛ぶ時の原理として正しい。だけど、原理が正しいからと言って、それを体ですぐに実践できるわけじゃない。
頭では理解していても、ユウは飛び上がろうと無意識に翼をバタバタと動かしていた。
翼を無駄に動かすと、逆に風をつかむことができず、飛ぶことができない。
ユウは飛べずに、そのまま地面を走り続け、レオンと同じく丘の下までずっと走って行ってしまった。
「あれっ?」
丘の下までたどり着いたとき、ユウはかなり間抜けな声を出していた。
「さ、レッツゴー、ミカちゃん」
「は、腹の調子が」
「いけよ!」
――ゲシッ
普段の態度と真逆で気弱になっているミカちゃん。僕はその背中を蹴って押し出す。
――気弱になってる幼女相手に足蹴りとか、酷い奴だなって?
中身がおっさんだから、僕は気にしない。
「チ、チクショウ。やってやる。やってやるぞー。うおおおおおーーー」
盛大な雄たけびを上げ、意を決したミカちゃんが走り出した。
走ると同時に向かい風が吹き、翼に風を受けるミカちゃん。
「ギャー、飛んだ!嫌だー!」
せっかく空を飛ぶことができたのに、喜ぶどころか悲鳴を上げるミカちゃん。
それでもその後しばらく、空中を綺麗に滑空していく。
僕とリズは魔法の補助を使って空を飛んだけど、ミカちゃんはそれなしで自力で飛んだ。
凄いことだ。
しかも、綺麗に滑空している。
そのまま丘の斜面に沿ってミカちゃんは飛んでいき、最後に泥沼になっている丘下の地面に激突した。
「フベシイッ」
いつも聞いてる呻き声だね。
着地は失敗だったけど、それでもミカちゃんは空を見事に飛んでいた。
初めての飛行練習は、僕を含めて空を飛ぶのがぎこちなかったり、飛ぶことができなかったりだった。
けど、これが生まれて初めてなのだ。
これからもっと練習していけば、うまく飛べるようになっていくだろう。




