68 変身(メタモルフォーゼ)
――カーン、カーン、コーン
我が家の兄弟たちが脱皮して大きくなったので、家の中の通路の高さを調整中。
ツルハシ片手に、通路の岩を削って天井を高くしていく。
あと各部屋の天井も、もっと高くすることにした。
「僕は、僕は問題ないんだけどさ……」
――ガンッ
「頭ぶつけたー」
身長が高くなって、通路の天井に頭をぶつけるレオン。
ただし頭をぶつけても痛くないようで、平気な顔をしている。
レオンはミカちゃんに一番齧られてるから、兄弟の中でも特に頑丈なんだよね。
――ゴンッ
「いててっ」
そしてユウも通路の天井で頭をぶつける。
「!」
リズは無言だったけど、通路の天井に頭をぶつけかけて、目を大きく開いて慌てていた。
などなど、このような事情の為、自宅の天井を高くする必要が出たわけだ。
もともと自宅は僕たちが脱皮する前、4、5歳児の背丈しかなかった頃に作ったものだから、兄弟たちがいきなり成長したせいで、凄く不便になったわけだ。
「でもさ、これって僕とミカちゃんには関係ないよね?」
「クックックッ、レギュくんはちびっこでちゅねー……ゲフッ」
ミカちゃんがなんか言ったので、とりあえず鉄拳制裁。
ぼ、僕だって身長は伸びたんだ。伸びたんだけど……他の連中の成長率がおかしすぎるんだ!
「兄さん、暴力以外で解決しましょう」
「ミカちゃんだからしょうがない」
ユウが何か言ってきたけど、知ったことじゃないな。
まあそんなわけで、我が家は天井の高さが、以前に比べてかなり高くなった。
でも拡張工事で高すぎる場所を削る時、僕とミカちゃんじゃ身長が届かなかったんだよ!
「マイブラザーズ、カモーン」
「……髪は引っ張らないでくださいね」
もっともミカちゃんは、ユウを脚立代わりにして、強制肩車をさせて天井をツルハシで削っていく。
――ドヤッ
身長の足りない僕を見て、ミカちゃんが物凄く優越感に満ちた顔で僕の方を見てきた。
お前だって、僕と身長は変わらないだろうが!
「レギュラスお兄様、私が抱っこしましょうか?」
「しなくていい」
なんか、フレイアにそんなことを言われてしまった。
やめてくれ。
確かに僕は背が低いけど、だからってそれはやめて……。
見た目は子供サイズでも、僕の中身は子供じゃないんだよ。
男と大人としての沽券に関わる。
「フレイアたーん。俺を抱っこして―」
なんて思ってたら、またしても変態おっさんが現れた。
「ええ、わかりまし……」
「ゴハアッ!」
「フレイア、この変態おっさんを甘やかさないようにね」
急接近してきた変態を拳で排除する。
中身も成長してきたけれど、それでもまだまだ無垢なフレイアに、僕は注意しておいた。
そんなこんなで、自宅の工事は完了した。
「GULULULU……」
ところで脱皮して体が大きくなって一番困っているのは、ドラドだ。
僕たち兄弟の末っ子だけど、元の体形がドラゴンだ。
脱皮した後に体が急激にでかくなってしまったため、脱皮前なら家中自由に移動できていたのに、体が大きくなりすぎて移動できなくなってしまった。
この巨体の前では、もはや自宅の空間を少々拡張した程度ではどうにもならない。
初期からある木造の巣に、その奥にある大広間。
それ以外の場所は、今のドラドの体では大きすぎて移動できなくなってしまった。
「GYAOー、GYAAAOOO!」
家の中を動き回れなくなったのも不満だが、それ以上に兄弟たちと仲良く遊び回ることもできなくなって、かなりフラストレーションがたまっている様子。
この前までは広かった家も、今のドラドには窮屈でしかない。
ドラドと兄弟たちが一緒に走り回るなんて、今の環境では無理だ。
いい加減、この家の中から出られればいいんだけど。
てなわけで、僕はドラドの問題を解決しようといろいろ考えた。
その結果、
「いいかドラド。目を閉じて、魔法の訓練をする時みたいに集中するんだぞ」
「GYAO」
瞑想をするドラドの前で、僕はドラドの前足2本を手に取って、同じように瞑想して集中する。
魔力は、血液と同じように体の中を駆け巡っている。
僕の体の中を流れている魔力と、手を握ることで感じ取れるドラドの体内の魔力の流れ。
通常魔力は個々人によって差があるけど、7つ子の兄弟だからか、僕とドラドの魔力は、非常に近い性質をしていた。
(こんなに魔力の性質が近い相手は初めてだな)
と思いながら、僕はドラドの体内を流れる魔力を操っていく。
そうしてドラドの体内で、一つの魔法の術式をくみ上げていった。
僕が今行っているのは、魔法の知識がない相手に、高位の魔法使いが無理やり干渉することで、相手に魔法を強制的に発動させる技。
非常に高度な技で、失敗しやすい。
失敗した場合、体内の魔力の流れが氾濫し、体中の血管が破裂して血塗れの肉塊に……なんて物騒なことがある。
失敗しやすく危険が伴うのだけど、僕は元魔王なので、相手の体内の魔力を操作して、無理やり魔法を発動させるなんて芸当はお手の物だ。
おまけに兄弟だからか、ドラドの体内の魔力を自分の魔力を操る様に、簡単に操作することができた。
「変身・竜人形態」
僕はドラドの体内の魔力を操って、魔法の術式を完成させた。
それと共に、ドラドの体中が白い煙に包まれて見えなくなる。
「ゲホッ、ゴホッ」
「うわっ、なんだこの煙は!」
他の兄弟たちもこの場にいたので、突然上がる煙に慌てている。
煙が収まった後、僕の目の前からドラドの姿はなくなっていた。
そしてそれに代わるようにして、1人の少女が僕と手をつないでいる。
茶色の髪と瞳をした幼女。
大きくてつぶらな目をしていて、顔だちはミカちゃんにそっくり。
というより、背丈も体型も、ミカちゃんをそっくりそのまま写し取ったかのように似ていた。
背中から生える翼と尻尾は茶色で、色はミカちゃんと異なっているものの、実に愛らしい顔立ちをした幼女だった。
「……レギュラス兄様、ドラドはどこに行きましたの?」
「ドラドー?」
フレイアとレオンが、キョロキョロと周囲を見回す。
「ギャオー」
少女が吠えた。
「……!」
「えっ、もしかしてドラド?」
リズが目を大きく開いて驚いている。ユウが恐る恐ると言う感じで、幼女に尋ねる。
「ギャオッ!」
幼女は頷いた。
ドラゴンの姿をしていたドラドが、僕らと同じようにドラゴニュートの姿になってしまった。このことに兄弟たちはびっくりして、言葉も出ない様子。
「そう。この子はドラドだよ。変身の魔法で、僕たちの姿とそっくりにしたんだ」
僕がドラドの頭をなでてやると、ドラゴニュート形態になったドラドが、ニコニコと笑顔になった。
「……ウーム、この胸は幼児が持つには、実にけしからぬサイズだ。だがしかし歳の割りにでかいだけで、所詮は発育段階の未熟胸にすぎんか……」
――ムニムニ
なお、先ほどまで一言も話さなかった変態親父は、いつの間にかドラゴニュート化したドラドの後ろに回り込み、両手で胸を揉んでいた。
「ギャ、ギャヒ、ギャフフッ」
――ドロンッ
タヌキやキツネの化けの皮がはがれた時ではないけど、それと同じようにドラドの全身が再び白い煙に包まれた。
「ウゲフッ」
「GYAOOーー!」
白い煙が収まると、再び元の姿に戻ってしまったドラド。そしてドラドの前足に、ミカちゃんが踏み潰されていた。
「グハアッ、胸が消えた!てか重い。どけ、ドラド!」
「GYAOOOー」
重いとか言いながらも、自力でドラドの足を持ち上げて立ち上がるミカちゃん。
ドラゴンの足を持ち上げるとか、パワーが半端ない。
「レギュレギュ、さっきの幼児にしてはけしからん胸はどこへ……ゴフォッ」
とりあえず、変態親父を武力鎮圧。
「あー、全く。さっきの魔法でドラドの姿を変えたんだけど、あくまでも魔法だからね。ドラドの集中力が切れると元の姿に戻るから、変なことはしないように」
「ヘボシィー」
地面に倒れているおっさんが、同意の返事らしきのを上げた。
「レギュラスお兄様、今の魔法はドラドを私たちと同じ外見にできるのですか?」
「そうだよ。もっともご覧のように、ミカちゃんのせいで簡単に解けちゃったけど」
フレイアが尋ねてきたので答えておく。
「凄い魔法です。その魔法で私の姿も変わらないでしょうか……胸とか」
「リズ?」
「あっ、何でもないです」
リズは、一体何を言いたいんだろうね。
確かに真っ平らな胸をしているけど、リズはそれがコンプレックスなのか?
リズの胸は、フレイアとさっきまでドラゴニュート化していたドラドに比べて、確かに小さい。というか、まったいらだ。
ミカちゃんの変な教育のせいか……。
困ったものだ。
そんなことがあったけど、僕は今使った変身の魔法について、簡単に兄弟たちに説明しておくことにした。
変身は、その名の通り変身する魔法。
自分の魔力を消費して一時的に姿を変化させる魔法で、先ほどのようにドラドをドラゴニュートの姿へ変えることができる。
もっともどのような姿にも自在に変身できるわけでなく、自分の血に関係しているものの姿にしかなれない。
血に関係しているとは、僕たちドラゴニュートの場合だと、ドラゴンの姿や、ドラゴニュート、そして人間の姿へ変身することができる。
ただし変身する際には、姿かたちなどを自分で細かく変化させることはできない。
例えば先ほどリズが言ったように、リズに変身)を掛けて人間の姿にしても、必ずしも胸が大きくなるとは限らない。
あと僕やミカちゃん、ユウの場合は、血には関係していないが、前世の姿に変身することも可能だ。
いろいろと制限のある魔法ではあるが、それが変身の魔法だ。




