66 魔法もレベルアップ
脱皮して体が大きくなり、身体能力も向上し、背中の羽も動かせるようになってきた。
これ以外にも、僕たちは操作できる魔力の量が大きくなった。
その結果、
「見てください、レギュラス兄上。ついにできました」
リザードマンの外見をしているリズが、瞳をキラキラと輝かせながら、僕に嬉しそうに報告してくる。
リズの手の上には、黒い塊がある。
僕はそれを手に取って、太陽の光にかざしながら確認した。
黒く鈍い輝きのある石。
僕がよく作っている、劣化黒曜石そのものだ。
「これをリズが1人で作ったのかい?」
「はい」
嬉しそうに尻尾を振るリズ。
僕たちドラゴニュートは、嬉しい時は尻尾をよく振るんだよね。相変わらず犬っぽい。
「……凄いね」
喜ぶリズには悪いけれど、リズと違って僕の尻尾はしゅんと項垂れて、下がり気味になってしまう。
「兄上?」
僕の様子を不審に思ったのか、リズが心配そうな声をかけてくる。
「ああ、いや。凄いぞ。僕がこれを始めて作れるようになまで、100年はかかったけど ……それをたった1年でできるようになるなんて、リズは凄いな」
僕が頭をなでてやると、リズは嬉しそうに目を細めて、喉をゴロゴロと鳴らした。
忘れてはいけないけど、僕らはドラゴニュート。
しかもリザードマン外見のリズが喉を鳴らすと、可愛いというよりは、獰猛さを感じさせる。
まあ、僕の妹だから気にしないけど。
しかし、それにしてもたった1年か……。
土魔法と重力魔法に対して、リズは適性が高い。
僕が魔法で劣化黒曜石を作れるようになったのは、最初の人生でのことだったけど、あの時は不老不死の薬のおかげで、肉体が老いることなく生き続けることができた。
不老不死なのはともかく、その時の僕の種族は人間だったため、土魔法と重力魔法の両方を用いないと作れない劣化黒曜石は、相当に高かい技術が要求された。
僕は、今でこそ劣化黒曜石なんて片手間で作りまくれるけど……。
「リズはもしかすると、天才かもしれないな」
僕の言葉に、リズはさらに嬉しそうに喉を鳴らすのだった。
僕たち兄弟は属性竜としての性質があるため、自分の属性の魔法に対して、抜群に高い親和性を持っている。
親和性が高ければ、その分だけその属性の魔法を容易に扱えるようになる。
そして、その親和性のレベルが、人間と比較にらなないほど高い。
リズは僕がこの世界で初めて劣化黒曜石を作った時から、それを真似て作り続けていたけど、たった1年で、僕の100年分の成果を出してしまった。
この調子で成長していけば、末恐ろしい才能を感じてしまう。
なお僕は今でも兄弟たちに瞑想をさせて、魔力の気配察知と、魔力操作の訓練をさせている。
だけど、だけどさ……。
「リズ、これ以上はやめようか」
「……はい」
リズが瞑想をやめて目を開ける。
それと共に、リズの集中が解かれた。
そして響く音は、
――ドタドタ
――ドタンドタン
――ガタッゴトッ
そこら中で音がしまくった。
「な、なんじゃこりゃー!」
あー、はいはい。相変わらずリアクションありがとうございます、ミカちゃん。
「リズ、あなた凄いわね」
「空を飛べたよ!」
「GYAOOOーー!」
たった今、何が起こっていたかを説明しましょう。
リズが瞑想している間、いろんなものが空を飛んでました。
リズは脱皮前から、瞑想すると重力魔法の影響で、自分の体が宙に浮かび上がることがあった。その能力が脱皮によってさらに成長し、リズ本人だけでなく、周辺にあるものが無重力状態になって、浮かび上がるようになった。
地球にいた頃は某アニメで、スーパーのヤサイ人たちが本気を出すと、周囲の岩が浮かび上がる謎現象があったけど、まさにあれだ。
床に転がっていた石ころが浮かび上がり、さらには近くにいた兄弟たちまで空中に浮かんでしまった。
「ああっ、倉庫の荷物がグチャグチャに!」
空中に浮かび上がるのはいいけれど、倉庫兼作業部屋を確認しに行ったユウが、悲鳴を上げていた。
あの部屋の中には、生まれてから今まで収集してきた、様々な素材が蓄えられている。
「リズ凄いけど、これ以上の魔法の練習は禁止だ。家の中が大変なことになる」
「……はい、レギュラス兄上」
能力が向上して周囲を無重力空間にできるのは凄いけど、倉庫の荷物がグチャグチャになるとか。
こんな能力は、家の中でもう2度と使って欲しくない。
リズの成長は嬉しいものの、この後倉庫部屋の片付けをする羽目になった。
そして、別の日のこと、
「見て見て、レギュ兄さーん」
「凄いでしょう、レギュラスお兄様」
我が家に最初期から存在している、木造の巣。
その縁に座って、崖から足をプラプラさせながら外を見ている、レオンとフレイアの2人。
それはいい。
縁にいるのはちょっと危険だけど、それは今物凄くどうでもいい。
「こんなんチートやチーターや!」
僕の傍で、どこかで聞いたことがある迷ゼリフを叫ぶミカちゃん。
今日もリアクションが元気いいね。
さて、本日は何が起きたのか説明しますと……。
まず僕らの家の外に、巨大な水球が浮かんでいた。
半径30メートルぐらい?
直径だと60メートルだね。
池かな?それとも湖かな?
そんな量の水が空中に浮かんでいるなんて、さすがファンタジーだな。
ハハハー。
と、笑って全てを済ましたいけど、その横では煌々と赤く燃える炎の塊がある。
半径は30メートルくらいかな?
直径だと60メートルだね。
まるで小型の太陽が、目の前にあるかのように錯覚してしまう。
それは幻でも幻術でもなく、炎からこぼれ出す熱さが、僕たちにまで伝わってくる。
ドラゴニュートだから大して熱く感じないけど、これ人間だとかなりヤバいんじゃない?
なお、この炎の塊は、火球だ。
レオンと、フレイア。
水の属性竜の性質を持つレオンと、火の属性竜の性質を持つフレイア。
2人の兄弟が仲良く並んで、同じ大きさの水と炎の塊を空中に浮かばせていた。
「……あ、うん、凄いよ」
ミカちゃんのリアクションが大きかったせいか、僕は呆気に取られて、そう言うしかできなかった。
「でも、これだけじゃないんだよ」
「行きますわよ、レオン」
「うん」
フレイアの呼びかけに、尻尾を振りながら返事をするレオン。
(レオンの方は見た目が大きくなったのに、相変わらず中身はガキのままだな)
なんて思う前で、巨大な炎の塊と水が近づいていって、
「お前ら、それはやめろ!」
僕は急いで止めた。
でも、
「「必殺、水蒸気爆発!」」
フレイアとレオンの声が重なると同時に、巨大な炎と水の塊が合体した。
大量の水が炎に熱されて沸騰し、そのまま一気に膨張して水蒸気へと変わる。
そこから巨大な爆発が起こり……。
「風!」
この後、物凄く危険な展開しか見えなかった。
60メートル強の水が一気に蒸発したら、この辺り一帯に100度の水蒸気が一気にばらまかれる。
しかも液体から気体へ一気に膨張するのだから、当然大爆発を伴う。
僕は咄嗟に風魔法の風を使った。
風はただ風を起こすだけの魔法。
人間が使えば、そよ風程度の風が起きるだけの魔法に過ぎない。
暑い日に使うと涼しそうだけど、魔力消費が伴うので、使い続けると後には疲れだけが残ってしまう。
ただ、僕は風の属性竜の性質を持っているドラゴニュートだ。
そして元魔王であるがゆえ、魔法に対する技術や知識が、他の兄弟たちと圧倒的に違った。
その結果、
――ズガガガーッ
僕らの住む断崖絶壁に、とてつもない強風が発生し、それが目の前で発生した炎と水の爆発を、まとめて風で吹き飛ばす。
のみならず、
「い、いやー」
「あれっ、ひゃああーーー」
「のわああーーー!!!」
「GAOOOOーーーー!!!」
あまりに強力な風が、フレイア、レオン、ミカちゃん、そしてこの場に居たドラドの体を巻き込んで、空中にふっ飛ばしてしまった。
「あ、やりすぎた……」
術の使用者である僕を除いて、この場にいた他の兄弟たちが全員空を飛んでいる。
僕らは羽を動かせるようになったきたけれど、まだ飛べるわけでない。
このままだと、重力に引かれて落ちてしまうのは明白だ。
「重力浮遊」
というわけで、僕は重力操作魔法を用いて、空中に飛ばされてしまった兄弟たちの体を浮かばせた。
原理的にはリズが瞑想の時に行った、空中浮遊と全く同じ。
脱皮前の僕の魔力量だと、空中に浮かぶ魔法を使うのに少々不安があったけど、脱皮した今なら問題はない。
「と、飛んでますわー。見て見て、レオン。私たちの家があんなところに」
「うわー、高ーい」
「GAYOOOー」
僕の魔法で、空中にふわりと浮かんだ兄弟たち。
フレイアとレオンは感動の声を上げ、ドラドも大喜び。
「……」
約1名、ミカちゃんだけが言葉をなくしていた。
そのまま僕の魔法操作で、4人は空中を飛んで家まで戻ってくる。
「ああ、気持ちよかった」
「もっと飛んでいたかったー」
「GYAOOOOー!」
喜んでいた3人は、興奮気味。
「……」
「ミカちゃんって、もしかして高所恐怖症?」
「バカ、建物の中なら大丈夫だよ。魔法で空飛ぶとか……自分の体ひとつで、いきなりあんな高い場所に飛ばされたら、誰でもビビるわ!」
意外な事に、ミカちゃん1人だけビビっていた。
というか、穿いてるズボンが少し濡れて……
「あー、ミカちゃんお漏ら……」
「ウガー」
「ギャー!」
ミカちゃんの惨状を指摘しようとしたレオンが、ミカちゃんに食われた。
「レオン、ここは見て見ぬふりをしてあげるのが、大人ですわよ」
フレイアは、大人びた口調でそう言っていた。
レオンは中身が子供のままだけど、フレイアは成長が早くないか?
まだ地球換算で1歳児のはずなのに、随分と中身の成長が早い。
「ガオーー!」
まあミカちゃんなんて精神年齢27歳――今では28歳か――のはずなのに、相変わらず幼稚園児レベルの精神年齢だけどさ。
それはともかくと、フレイアとレオンも魔力操作が以前より成長したので、2人にも家の中で勝手に魔法を使うのを禁止した。
2人の場合は火と水という生活に欠かせない魔法も扱えるので、全面禁止すると困ってしまう。
だけど、このままだと兄弟たちの魔法の暴発が原因で、自宅崩壊なんて事態になりかねない。




