64 竜皮のマント
資源が非常に限られている環境にいるので、自宅にあるものはなるべく倉庫に保管するようにしている僕たち。
「モシャモシャ、ムガガー!」
脱皮した際の僕たちの皮も、何か使い道があるかもしれないので、倉庫に置いておいた。その皮を、食い意地の張ったミカちゃんが齧り付いていた。
「これ、滅茶苦茶弾力があって食いちぎれねぇー。てか、歯で穴も開けられないし!」
皮を食べようとするのは、ミカちゃんの腹ペコ本能だから仕方ない。
――この人、本当に元日本人だよね?
という突っ込みは、もはやするだけ無駄か。
「えっ、この皮ってそんなに硬いの?」
とはいえミカちゃんの歯でも勝てないとか、僕たちの脱皮した皮はどんだけ固いんだ。
僕も試しに脱皮した皮を、引っ張ったり、爪で引っかいたりして見る。
「本当だ。凄く弾力があるし、それでいて頑丈だ」
僕たちの脱皮した皮って、実は物凄く優秀な素材なのか?
ドラゴニュートのパワーの前では、巨大なモンスターの皮だろうと骨だろうと、へし折るなりかみ砕くなりできたのに、それが通じない。
今までに僕たちの力で敵わなかった相手と言えば、巨大カニの甲羅とブルーメタルタートルの甲羅しかなかった。
そこに新たに、僕たちの脱皮した皮が加わるとは、思いもしなかった。
脱皮した皮には、それぞれに色がついていて、僕の場合だと緑色。
ミカちゃんは白。
ユウは黒。
フレイアは赤。
レオンは青。
リズとドラドは茶色。
それぞれの属性に応じた色合いをしていた。
「レ、レギュレギュ先生。これでマントを作りましょうぜ。ゲーム……あ、ストップ!打つのは待って、打つのは!」
ミカちゃんのゲーム脳が再発か?
僕がちょっと睨んだら、それだけでミカちゃんが怯えだした。
「竜の鱗のマントって、かっこいいですよねー。もちろん、ここがゲームの中とか思ってませんです。でも、厨二病心をくすぐる男のロマンだろー」
「ロマンを置いておくにしても、僕たちの皮って物凄く優秀な防具になりそうだよね。あと鱗じゃなくて脱皮した皮だから、竜皮のマントって名前の方がいいだろうけど」
「うおおおっ、竜皮のマント。かっちょいい!」
興奮するミカちゃん。
確かに、竜皮のマントっていう響きは格好いいね。
それに、竜の鱗や皮というのは、前世の魔王をしていた世界でも、かなり高級な防具の素材として珍重されていた。
もともと僕たちの脱皮した皮だけど、それでマントをこしらえてみるのも一興だ。
甲羅と違って、僕たちの皮は曲げたりねじったりできるので、マントとして利用するには問題がない。
ただ頑丈なので加工がしにくそうだけど、その辺も何とか頑張ってみるか。
というわけで、場所を倉庫兼作業部屋から鍛冶部屋へ移動する。
鍛冶部屋は火を使った作業をするために用意した部屋だけど、危ない作業をするのにもこの部屋は適していた。
――ワクワク、ドラゴンマント、ワクワク。
ミカちゃんが、物凄く期待した表情をしている。
少しゲームの脳も交じってそうだけど、今回は突っ込まないでおくか。
僕は脱皮した皮を加工するため、今回は劣化黒曜石製のナイフを使うことにした。
「なあ、レギュレギュ、そんなナイフじゃ俺たちの皮は切れないぞ」
「チッチッチッ、こうしたら切れるようになるよ」
ミカちゃんの前で、ナイフの刀身を指で弾く。
キンと澄んだ音がした後、ナイフの刃から『キイイィィィィ』という、ナイフに似つかわしくない音がし始めた。
「あれ?なんかこの音って機械っぽくないか?超音波か?」
僕らは現代科学と無縁の、魔法があるファンタジー世界の住人。
ただし文明とは無縁の、断崖絶壁にある家に住んでいる。
そんな場所で響く機械音。
ミカちゃんが目を丸くしている。
僕が指で弾いたナイフは、現在超高周波の音を発しながら、超振動を起こして震えている。
目で見ると、ナイフの刀身の輪郭が、高速の振動によって掠れて見える。
「風魔法と土魔法を応用して、高周波ブレード……いやサイズ的にはナイフだね……を作ってみた」
「コウシュウハナイフ?」
「たまにSFアニメや小説とかで出てくる武器で、超高速の振動で、硬い物体を切り裂くことができるよ」
「レギュレギュ、ここは魔法がある世界。SFじゃなくてファンタジーをしようぜ」
ミカちゃんが抗議してくるけど、それは無視。
僕は高周波ナイフの刃を、脱皮した皮に当てた。
あとは、超振動の刃が皮を削って、
――パンッ
直後、ナイフがはじけ飛んだ。
「あれっ?」
僕は間抜けな声を出してしまったけど、直後体中に電気のように駆け巡る痛みが走った。
「クッ」
「ヒギィー」
僕は痛みで上がりそうになる悲鳴を抑えたけど、ミカちゃんは完全に悲鳴だ。
何が起こったのかとよく見ると、脱皮した皮に当てた瞬間、ナイフの刀身が爆発するように砕け散った。砕け散った刀身は、針のように尖った欠片に分裂し、それが辺りに飛び散っていた。
分裂した針も超振動をしていたため、通常の針とは比べ物にならない威力があった。
針の一部が、岩の壁に突き刺さっているのが、威力のすさまじさを物語っている。
そしてその針が、僕やミカちゃんの体の所々にも突き刺さっていた。
幸い針が体を貫通するような大事はないけど、僕らドラゴニュートの鱗を突き破って、肌に突き刺さっている。
「ノウ、イテェ、アウチー。……いや、レギュレギュの拳よりは痛くないか?」
「ミカちゃん、体中に針が刺さってるに冷静すぎない?」
「お前のせいで痛みに慣れちまったんだよ……」
ミカちゃんに睨まれてしまった。
「そういうレギュレギュも、そこら中から血が出てるぞ」
「ああ、これは酷いね」
僕は爆発したナイフを持っていたから、手や腕に数え切れないほどの針が突き立っている。
幸いと言えば、針が目に刺さらなかったことだろう。
目に刺さったら、傷が治る保証がなかったから。
とはいえ僕もミカちゃんも、2人ともあちこちに針が刺さっていて、血が流れてる状態。
「これは大失敗だな。とりあえず、針を抜いて治療しようか」
「レギュレギュ、頼むからこういう危険な失敗はしないでくれよ。冗談抜きで、マジで」
「ハハハ、ゴメン」
僕がミカちゃんに謝らないといけないとは。
まあ、僕はミカちゃんと違って、ちゃんと人に謝ることができるけどさ。
その後、僕らが倉庫兼作業部屋に移動したら、そこで作業していたユウにビックリされてしまった。
そして他の兄弟に手伝ってもらって、体中に刺さった針を抜いてもらった。
「レギュラスお兄様でも、失敗されることがあるんですね」
「レギュラスお兄様、気を付けてください」
「心配させてゴメンね」
フレイアとリズの2人に心配される僕。
「ミカちゃん、怪我したときって唾をつけておけばいいんだよね」
「GYAOー!」
「クソガー、俺はお前らに舐められても嬉しくねえ。フレイア、ぜひその胸のオッパイから出てくる液体で……ゴフッ」
ミカちゃんはレオンとドラドに傷口を舐められたけど、逃げ出してフレイアへ突撃する。
もちろん、変態親父は僕が退治しておきました。
「2人とも血塗れなのに、なんでそんなに元気なの」
あとユウが僕ら2人を見て、かなり引いてた。
僕ら、そんなにひどい状態かな?
確かに血は出てるけど、見た目ほどひどくはないし。
その後はレオンに出してもらった真水で傷口を拭い、僕が簡単な回復魔法をかけておいた。
魔法で傷口はすぐに塞がったけど、鱗の方は元に戻らない。
ただ昔ミカちゃんを半殺しにして鱗が抜け落ちた時は、数日で生え変わったから、放っておいても数日で元に戻るだろう。
ドラゴニュートは頑丈なだけでなく、回復力も高くて助かるね。
ところで思わぬトラブルを起こしてしまった高周波ナイフは、見事な失敗だった。
多分劣化黒曜石製のナイフだったので、強度が足りてないか、内部の密度が均一でなかったのが原因だろう。そのせいで、皮に当てた瞬間に爆発するようにして、壊れてしまった。
これでは高周波ナイフは危なくて使えない。
「危険なので、僕も監視で付き添います」
なぜか脱皮した皮を切るだけの作業なのに、ユウまで加わることになってしまった。
うーん、ユウの保父さんと言うか、保護者レベルも、脱皮してからますます上がってるな。
てか、僕まで保護される立場の人間と見られてないよね?
ミカちゃんじゃあるまいし……。
ま、そんなことはいい。
「高周波ナイフは危険なので封印しよう。ということで次は……」
僕は鍛冶部屋に置いてあった、劣化黒曜石製のボールを持ってくる。
ボールと言ってもサッカーや野球などで使う丸いボールでなく、料理で使う中身のない半球状の形をしたボールだ。
このボールの中を、水球を使って、水で満たしておく。
水と言えば、水の属性竜の性質を持つレオンの専売特許と言っていい分野だけど、僕は属性に関係なく、大抵の魔法を使いこなせる。
普段水関係でレオンに頼っているけど、それはレオンの魔法教育を兼ねているから。
わざわざレオンを呼ばなくても、僕は自前で水を用意することができた。
「それじゃあ、今度はさっきほど危なくない方法で行こうか」
「おうっ、血塗れはさすがに嫌だ。傷口洗う時に、沁みたんだよねー」
「あれだけの怪我して本当にケロッとしてますね、2人とも」
なんだろう?
僕を見るユウの目が、まるでミカちゃんと同レベルの存在を見る目になってないか?
……ここで尋ねるのはやめておこう。
興味本位で尋ねたら、藪から蛇でも出てきかねない。
僕は断じて、ミカちゃんと同レベルじゃないぞ!
さて、僕はボールの中の水を操作して、それを空中に浮かばせる。
それから、
「ウォーター・ジェット」
集まった水を糸より細くして、それを超高速で噴出させた。
水魔法に水の刃と呼ばれる、水を刃状にして打ち出す魔法があるけど、今回僕が使用したのはそれの超上位版。
地球では、ウォータージェット加工やウォータージェット切断など呼ばれ、加圧した水を細い一本の水流として噴射し、それによって金属などを切断する技術がある。
今回使用したウォーター・ジェットはまさにそれで、水の勢いだけで金属を真っ二つに切断することができる。
以前僕は強化しまくった風の刃で、カニや亀の甲羅を無理やり切断していたけど、ウォーター・ジェットはそれより遥かに切れ味が優れている。
このウォーター・ジェットを、僕は脱皮した皮に当ててみた。
すると、予想通りの結果になる。
「おおっ、スゲエ。切れてる」
「兄さんの魔法の威力が相変わらずおかしい」
「元とはいえ魔王だから」
関心するミカちゃんに、呆れ交じりのユウ。
僕は気分よく2人に返事を返しておいた。
それからほどなくして、脱皮した皮の大まかな裁断が完了。
次は細かい部分の裁断をし、マントに必要になる穴などを開ていく。
そうして、人数分のマントを仕立てていった。
今回一番の苦労したのは、ずばり脱皮した皮の裁断だった。
そして高周波ナイフは、裁断用の道具として使えないということが分かった。
こういう実地での経験は、将来何かの役に立つかもしれないね。




