57 偉大なる嫉妬神様、その正体は…… (三人称視点)
西暦20XX年12月24日。
「諸君、今日この日はキリスト教に置いて主イエス・キリストが誕生された、聖なる祝日である。だが、あろうことにも世のリア充どもは、恋人と過ごす日などど勘違いしている。
しかし、奴らが所詮現実で何をしようとも、我々の住む世界では関係のない事。
だが、卑劣にもこの世界の中にまで、男と女のカップルどもが繁殖し、この日をデートで楽しもうなどと、不埒なことをしている。
このリア充……いや、ネット充どもをのさばらせておいては、やがて世界は泥の海と化し、全てが滅び去ってしまう。
この信仰なき異教徒どもの蛮行を、我らが神は大いに憂えておられる!」
頭全体を覆い隠す白いマスクをかぶり、その素顔を見ることはできないが、背中から白い羽を生やした天使が、深刻な声で一堂に告げていた。
ここは世界的大ヒットを記録した某VRMMORPGの中に存在する、仮想現実の世界。
12月と2月に、期間限定でゲーム内に発足されるギルド『嫉妬教団』の本拠地にして、通称聖殿と呼ばれる場所だった。
聖殿の中には数万人にも及ぶ、白いマスクを頭に被った猛者どもが集っている。
猛者どもの全てが、壇上に立ち、先ほどから深刻な様子で語り掛けている、白羽の天使を見ている。
「我らが神、嫉妬神様はお告げになられた。
ネット充どもを殺せ、滅ぼせ!奴らを血の海に沈め、絶望と後悔と嘆きの中に埋葬せよと!
よいか、真の漢たちよ。(ゲームの)世界を救うため、そして我らが平穏なる理想郷の為に、全てのネット充どもに死の鉄槌を下すのだ!」
「おおおっ。ネット充に死を!」
「イケメン死すべし!」
「モテる奴らは、俺たちの敵だー!」
白羽の天使に合わせて、居並ぶマスクの猛者たちが雄たけびを上げる。
誰もが狂ったように憑りつかれた目をしている。
白いマスクには赤い模様が描かれているが、それはまるで目から血の涙を流しているかのよう。
「嫉妬神へ真なる信仰を示すのだ。者ども、(ゲームの)世界に蔓延るカップルどもを、滅ぼすのだー!」
「おおおおーーー!!!」
猛者たちは大量の釘が打ち込まれた、毒々しい見た目の釘バットを振り上げ、雄たけびを上げた。
この日、白羽の天使に率いられた猛者どもが、ゲーム内に蔓延るカップルどもに襲い掛かり、ゲーム内を血の海で染め上げた。
まあ早い話が、リアルどころかゲームの中ですらもてない男どもが、僻みからゲーム内の男女混成PTにPvPを仕掛け、一方的に男どもを惨殺して回っただけだ。
別にゲームの中なので、本物の血は一滴も流れていない。
だが、それでも集う猛者たちは、確かに血の涙を流していた。
(俺はモテねえから、お前らもイチャついてんじゃねえぞ!)
という血の涙を。
中でもギルド嫉妬教団のギルドマスターにして、通称教祖と呼ばれる白羽の天使の戦いぶりは、後世にまで語り継がれた。
「うおおおっ、巨乳の姉ちゃんとデートとか。死にやがれ!死ね!死ね!死ね!」
などと叫びながら、たった1人で、その日のうちに100名を超えるカップルを撲殺していった。
もっともカップルと言っても、女の方には手を出さないのだが、男に対する怒りはそうとうであったらしく、相手のHPが0になった後も、その死体をただひたすらに釘バットで殴り続けていた。
ゲームの中とはいえ、死体からの返り血が跳ね返る。
頭に被ったマスクからは血の涙のように、カップルの男どもの返り血が流れ続けたという。
さすがはこのゲームにおける、トップPvPプレーヤー。
その実力と怒りが混合した戦いぶり、そしてネット充殺しにかける勢いは、居並ぶ信者たちを大いに勇気づけ、力を与えたという。
(ミカちゃんの過去がひどすぎる)
(酷いというか。ゲームの中とはいえ、よくもそこまでひねくれられるね)
(お前ら、俺の回想中なんだから黙ってろよ!)
「フハハハハ、信者たちよ、今日1日でカップルどもの血が大量に流された。我らの偉大なる神、嫉妬神様も大喜びであろう」
「うおおおおっ。ネット充滅するべし!」
「神に生贄を捧げよ!」
「イケメンくたばれ!」
25日になるまでの間、殺戮を続けまくったギルド嫉妬教団の面々は、思い思いの叫び声をあげ合った。
ただ、そんな中、
「教祖様、いやミカちゃん。俺とデート……」
「死にさらせや、背教者ー!」
ギルドのメンバー……通称信者の1人が、あろうことにも偉大なる教祖の名前(キャラ名)を呼んだことで、即座に周囲にいる猛者たちから、釘バットで袋叩き似合って殺された。
「おのれ、この神聖なる聖殿にまで背教者が現れるとは。だが、お前たちのおかげで誤った思想を持つ者が、また1人この(ゲームの)世界から消え去った。
フハ、フハハ、フハハハハハ」
信者たちの熱い忠誠心に甚く感動し、教祖は笑い声を上げ続けた。
そうして、12月の終わりと共に、ギルド嫉妬教団は解散する。
……まあ、その後年末年始にゲーム内で初詣に行くカップルを襲って回る、ギルド『嫉妬神への生贄の会』なんてものも短期間存在し、そこでも白羽の天使が教祖をしていたが……。
(あの、この話ってシリウスって人の話をするんですよね?)
(全部ミカちゃんの私怨の話だよね)
(お、お前ら黙って話を聞いてろ。まだ続きがあるんだよ!)
クリスマスと年末年始が終わった後、白羽の天使は1人マスクをとって、ある場所へとやってきた。
「やあ、ミカちゃん。アルバイトご苦労様」
「ハハーッ、嫉妬神様ー」
やってきた場所にいるのは、黒髪黒目のショタボーイだった。
白羽の天使は、その前で平伏して畏まる。
見た目はショタボーイであるが、ここにいる少年こそが、嫉妬教団が崇める神、嫉妬神その人である。
……と言っても、もちろん本物の神でなく、ただのゲームのプレーヤーの1人に過ぎない。
「いやー、今回のミカちゃんのおかげで、PvP用の武器と防具が大量に売れまくったよ。アハハ、うちのギルドと提携している大規模生産系ギルドが、物凄く利益を上げてさ。もう笑いが止まらないって感じ。ハハハハハー」
ものすごく機嫌をよくしている少年。
この少年、これでもゲーム内で最強と呼ばれるギルドに在籍していて、ギルドの財務関係と対外交渉の代表を務めている大幹部だったりする。
嫉妬教団の連中は信徒であることを示すため、皆がお揃いの防具である白マスクをかぶり、さらに武器として釘バットを装備していた。
それらすべては、少年の所属しているギルドと連携している、生産系ギルドの生産品だったりする。むろん装備品の全てが善意からの提供品でなく、信者たちの自腹だ。
「PvP用の装備なんてゲーム内では価格が知れているけど、需要と供給のバランスが崩れたから、物凄く高騰して、もうウハウハ」
「それはよろしゅうございます、嫉妬神様」
笑う少年に追従して、揉み手をする白羽の天使。
そこにはリア充だ、ネット充だ、なんて単語は存在せず、ひたすらゲーム内通貨の話しかない。
嫉妬神様は、リアルやゲーム内でカップルが溢れているからといって、別に怒ってなんていない。
単に嫉妬教団の信徒たちは、都合のいい金蔓だ。それ以上でも、以下でもない。
「ところで嫉妬神様。私にもアルバイト代をいただきとうございます」
「ああそうだったね。じゃあ、これが今回のお駄賃」
「へへーっ」
嫉妬神とそれを崇める教祖の図でなく、時代劇に出てくる悪代官と悪徳商人の構図と化している2人。
2人の目には、$マークが浮かび上がっていて、今回武器防具の販売で上げた大量の利益で頭が一杯だった。
「……こ、これは……マジですか?」
「ミカちゃん、それは馬鹿な非モテどもを誑かしてくれた、君への正当な報酬だよ」
「ク、クフフフッ」
ミカちゃんと呼ばれた白羽の天使が受け取った金額は、ゲーム内でも最強クラスの装備を買ってもお釣りがくるほどの、とんでもない金額。
その額に、リアルでは非モテである白羽の天使も、思わず笑いがこぼれ出した。
「ウヘヘッ、このバイトやめられないぜ」
「次はバレンタインで、血みどろパーティーをしようか」
「わっかりましたー。その時もぜひ、嫉妬教団教祖として頑張らせていただきます」
ビシッと姿勢を正して、敬礼をする白羽の天使。
嫉妬神様もそんな天使に、ゲーム内通貨への欲望に満ち満ちた、俗物の笑顔を返した。
なお2月14日のバレンタインでは、ゲーム内のカップルに襲い掛かる嫉妬教団の信者だったが、それに対抗する『非モテくたばれ委員会』なるギルドが結成され、両ギルドの間では、血で血で洗う凄惨な戦いが繰り広げられた。
「あっはっはっはっ、いいねえ。お互いが戦い合ってくれるから、武器防具だけじゃなく、回復アイテムの相場まで高騰して、もう笑いが止まらないー」
嫉妬教団を背後から操る嫉妬神様だったが、バレンタインでは、その対抗組織の創立にもちゃっかり立ち合い、両ギルドをぶつけあう事で、高騰する数々のアイテムで暴利を貪ったという。
もちろん、嫉妬神様は懐の広い方なので、彼一人が儲かるだけでなく、白羽の天使や、提携しているギルドの面々にも、とてつもない利益をもたらしたのだった。
(この話って、結局シリウスって人と関係ないんじゃ?)
(馬鹿野郎、この嫉妬神様こそが、シリウス師匠だよ!)
(師匠、ゲームの中でも、あなたは何をやってるんですか……)




