55 超越者シリウス・アークトゥルス
僕の師匠シリウス・アークトゥルスは、強い。
強いという次元で語ってはならない、次元の異なる圧倒的な存在、超越者だ。
僕、レギュラス・アークトゥルスは何度も異世界転生を繰り返しているが、一番最初の人生では、ある国の第4王子として生まれた。
今ではその国の名前も、そしてその時の僕が名乗っていた名前も覚えていない。
レギュラスという名前がくれたもの。アークトゥルスは師匠の一族に連なることを意味した。
遥か遠い記憶であり、もはや固有名詞をひとつも思い出すことができない。
ミカちゃんにボケ老人や老害とか言われないといいけど。
もっとも第4王子だったからと言って、決してバラ色でも、華やかでもない人生だった。
国王の子供と言うだけあって、僕の兄弟たちは血筋が複雑だった。
僕の兄である第2王子は、僕と母を同じくしていた。
国王の正妻であり、その2人の間から生まれたのが、第2王子である兄と僕だ。
しかし、正妻以外の側室から生まれた、長男(第1王子)と三男(第3王子)がいた。
父である国王は、正妻よりも長男を生んだ側室の事を愛していた。
そして悪いことに、国王は正妻の間に生まれた第2王子を次の国王にするか、あるいは長子である長男を次の国王とするかについて、決定的な判断を下さずに、有耶無耶な態度をとっていた。
だからだった。
将来国王の座につける可能性があった長男は、自分が側室の子の出であるという不利を自覚していたために、正妻の子であった第2王子を謀殺した。
実際に長男が第2王子を謀殺することを命令したのか、彼の派閥に属する誰かが陰で動いた結果なのかは分からない。
だがこの1件に置いて、長男の派閥が関係していたことだけは確かだった。
そして第2王子すら謀殺した人間たちが、正妻の生んだ第4王子である僕の事を、放置しているはずがなかった。
僕は生まれた時から王宮の中で微妙な立場にあり、父である国王と直接会えることは、週に一度程度。
父と息子という間柄だったが、親子として親しい時間を持ったことも、会話も交わしたこともなかった……と思う。
正直、僕の中で父は、もはや記憶に残るだけの存在ではなかった。
そんな事もあって、僕は国王より幼少の頃から僕の事を身近で世話してくれた、執事の爺やの事を心の中で自分の父親だと思っていた。
でも12歳の誕生日の時、信頼していた爺やに毒を盛られ、僕は生死の境を彷徨った。
一番信頼していた、父親のように思っていた爺やに、裏切られたのだ。
爺やはその後、僕の殺害を図ったとして処刑されたが、実際には次期王位を狙っている長男の派閥によって、そのような陰謀が行われたのだろう。
ただ証拠はなく、下手人である爺やが、背後関係を明らかにすることがないよう、早急に処刑されることで、全ての事件が暗闇へ葬られた。
その後も、信頼していた近衛の騎士に剣で斬られたこともある。
幼少の頃から、僕の兄のように使えてくれた騎士だった。
僕と言う人間は、それでもしぶとく生き残ったのだから、悪運だけは良かったのだろう。
でも、身近にいて信頼していた人々が、次々に裏切る環境。
そんな環境で生き続けなければならないことに、深い絶望も抱えていた。
(……兄さんの過去が重すぎる)
(ユウ、考えてみろ。ブラック企業の経営者で、魔王もやって、俺に対しては半殺しの鬼畜野郎。過去が重くなきゃ、それくらいぶっ壊れたことができるわけがねえだろう!)
(コホン。2人とも、僕の回想に割り込まないでもらおうか)
((は、はい……))
さて、話を続けよう。
僕の王宮内での立場は非常に危うい物だったが、王宮の外でも別の危機が存在した。
魔王軍。
魔族の軍勢を率いる魔王が現れ、魔王は世界征服を果たさんと、日々その勢力を拡大していた。
その軍勢の勢いはとどまるところを知らず、数多くの国を滅ぼし、僕のいる国にまで脅威が及ぼうとしていた。
人間の力では到底敵わないと見て取った僕の父である国王は、古い古文書に記された勇者召喚の儀を執り行うことで、異世界の人間に魔王と魔王軍を討伐させることにした。
まったく、どうしてそんな都合のいい古文書が存在しているのか。
おまけに別の世界の人間を使って戦わせるとか、とんでもなく都合のいい話だ。
その儀式を執り行った結果、僕たちの国は異世界の勇者を召喚することに成功した。
「やあ、君たちが呼んだみたいだから来てみたけど、何か用かな?」
召喚されたのは、黒髪に黒い瞳をした男。
長身痩躯で、顔だちが整っていた。
男はにこやかに微笑みながら、自らの名前を、「シリウス・アークトゥルス」と名乗った。
召喚の儀式場には、国王と、長男、第3王子、そして第4王子である僕。
儀式を取り仕切る魔術師たちや、護衛の騎士に、国の高官たちが集っていた。
「おお、異界の勇者殿よ。どうか我が国に迫る魔王を打ち払い、この世界に平和をもたらしてくれたまえ」
現れた勇者に、国王は重々しく告げた。
「魔王を倒して、平和ねぇ……」
国王の言葉をしばし吟味し、形のいい顎に指を乗せて、しばらく考え込むシリウス。
深く考え込む様子の彼だったが、
「うん、いいよ」
と、軽い口調で答えてくれた。
「おお、勇者殿。感謝……」
「じゃあ、早速魔王を始末しようか」
国王が重々しく感謝の言葉を言おうとするのを、軽い口調で遮るシリウス。
「勇者殿?」
国王がノリの軽さに戸惑う中、突如として儀式譲の床が光り輝いた。
そして床には、ここではないどこか別の場所の景色が映し出される。
床には、1人の強大な力を持つ、魔族と思わしき男の姿が映し出された。
青白い肌に、2本の黒い角が生えた禍々しい姿。
その体からは暗黒の闘気が立ち上り、見るもの全てに恐怖を与える、恐るべき存在。
「さて、君たちの言う魔王とはこれのことかな?」
「……い、いえっ。違います」
床に映し出された魔族は、強大な力を感じさせた。
だが、それは僕たちの国を侵略している魔王とは、別の魔族だった。
国王が否定すると、シリウスは眉を寄せる。
「おかしいな。この星で一番強い気配を出してたから、こいつが魔王だと思ったんだけど、人違いか。じゃあこれは?」
続いて床に別の魔族が映し出される。
先ほど映し出された魔族に、引けも取らぬ強大な力を感じさせる。
しかし、
「いえ、この魔族でもありません」
「じゃ、これ?」
三度床に別の魔族が映し出される。
だが、その魔族も、魔王ではなかった。
映し出される魔族たちは、どれも人間などでは太刀打ちできぬ巨大な魔力を感じさせる。だが全てが、倒してほしいと願う魔王とは別の存在だ。
というか、明らかに魔王以上に、もっとヤバい気配を発している。
こんな魔族たちがいるのでは、もしかしてこの世界はそうとう危険な中に立たされているのでは?
そんな思いに誰もが駆られてしまう。
その後4、5回、魔族を床に映したシリウスだったが、全て魔王とは違う魔族だった。
その結果、「面倒臭い、全部片付けるか」と言い放つシリウス。
「ハッ?」
その言葉の意味を、その場にいる誰も理解できなかった。
そんな中シリウスは儀式場にある窓へ歩いていき、そこで片手の指先に、5つの小さな魔法の玉を作り出した。
その瞬間、儀式場にいた全ての魔術師たちが悲鳴を上げた。
気が狂い、天へと向かって神の名を叫んで発狂する者。
あるものは頭を掻きむしって、子供のように泣き叫ぶ者。
――一体何なのだ?
皆がそう思う前で、シリウスは魔法の玉の一つを空へ向けて放った。
何をしたのか、誰にも分らなかった。
だが、それからほどなくして、魔王の支配する領域がある方向から、閃光が巻き起こった。
大地に巨大な閃光が現れ、光が一瞬にして世界全てを支配するかのように広がった。
直後に激しい爆発音が轟き、儀式場にとてつもない強風が吹きつける。
なにがなんだか、まるで理解できない。
巨大な爆発とその衝撃が去った後、儀式場とそこから見える王都の街並みでは、突然の怪現象に驚き、悲鳴を上げる人々であふれ返った。
家々のガラスや屋根が吹き飛び、通りにはパニックに陥った群衆たち。
天を見上げて、神の名を叫んで許しを請う祈りを上げる者。
救いを願う物。
世界が終わるのだと叫び狂う者たち。
そんな中、シリウスが映し出している床には、強力な力を持つ魔族の姿ではなく、大地が映し出されていた。
ただ、土だけがある大地。
その映像が徐々に縮小されていって、より広い範囲が見渡せるようになっていく。
どれほどの広さは分からないが、土だけとなった大地が、ただただどこまでも続く光景。
そして微かに、映像の隅に海岸線や、森の姿を見てとることができた。
それが、空から見た魔王の支配する領域の姿だと、何人かが気付いて悲鳴を上げた。
ただの土となった大地。
そこには魔王が支配していた、100を超える都市や村落。強大な魔王の力によって闇の力が渦巻く、暗黒の大地などがあるはずだった。
だがその全てが、ただの土塊と化していた。
都市や村落では、魔族によって滅ぼされた人類の遺体がそこら中に転がり、魔王軍の盛況なる兵士たちもいたはず。
だが、その全てがあった大地ごと、破壊されていた。
「うーん、まだ生き残ってるのがいるか。しぶといから、もう1発行くか」
そんな光景を映し出している男。
魔王の支配する土地全てを、たった一発の魔法で焦土に変えた男は暢気に言って、再び指先の魔法の玉を空へと打ち上げた。
再び魔族の領域から白い光が起こり、そこから数百キロ離れた儀式場にまで、光と爆発の余波が轟く。
「あー、まだ無事な奴がいるか。それっ」
そしてシリウスは、再び魔法を空へ放つ。
シリウスは全く悪びれた様子もなく、ただ面白そうに、世界を滅ぼしかねない威力の魔法を放ち続けた。
5本の指に灯した魔法の玉を全てを打ち尽くしたとき、ようやくシリウスは言った。
「さて、君たちの言っていた魔王も多分死んだ。まあ、僕には君たちの言う魔王がどれだったのかは分からないけど、この星で力を持っている魔族はあらかた消え去った。これで約束は果たしたよ」
何事もないように答えるシリウス。
だが、彼は明らかに常軌を逸した魔法を放った。
それはもはや、魔法と呼べる次元を超越した何か。
国王も、重臣たちも、魔術師たちも、騎士たちも、目の前にいる勇者や魔王などとは存在の次元が違う超越者に、ただ言葉を失った。
それでも、次期国王を狙う長男は、
「おお、素晴らしい。素晴らしい力ですぞ、勇者様。ク、クク、ククククク」
狂ったように、腹を抱えて笑う長男。
「そう?」
対して褒められたシリウスは、特に気にもしない様子。
「素晴らしい。だがしかし、お前は我々に逆らうことができない。あの勇者召喚の魔方陣には……」
「従属の鎖かな?」
あの勇者召喚陣には、召喚された者が召喚した者に対して逆らうことができない、従属の鎖と呼ばれる術式が組み込まれていた。
だからだろう。
長男は、シリウスという巨大な力を持つ化け物が、自分たちに逆らうことができないと考えていた。
超越者たる力を持つ者を、自分の支配下にできたのだと錯覚した。
「陳腐な仕掛けだよね。
でもいいかい、あれは解き方を知っていれば、誰にでも簡単に解くことができる。
知恵の輪やルービックキューブは、解き方が分からないと解けないけど、解き方のコツを知っていれば簡単に解けてしまう。
まあこの世界に、知恵の輪やルービックキューブがあるのかは知らないけど」
「何を言っている?」
「分からないならいいよ。ただあの魔方陣の仕掛けでは、君たちが僕を従えることはできない」
そう言い、長男へと一歩踏み出すシリウス。
超越者を支配した気になったのは一瞬、その幻想は水瓶と経たずに崩壊した。
「く、こっちへ来るな。くるでない、化け物!」
長男は命令するが、それを無視してシリウスはもう一歩長男の方へ進む。
シリウスの顔には何の敵愾心も、威圧もない。
だけど、危険を察した騎士と魔術たちが、2人の間へ割って入ろうとした。
「わ、私をこの化け物から守れ!」
恐怖し、慌てる長男。
けれど騎士も魔術師たちも、その命令を遂行できなかった。
なぜなら騎士と魔術師たち、そして重臣たちまでもが、時が止まってしまったかのように、固まってしまったからだ。
いや、実際に世界の時が止まってしまった。
「残念だけど、この世界の全ての時を止めさせてもせった。例外は僕と、この国の国王一家だけ」
魔王の支配地をただ一つの魔法で簡単に滅ぼしたように、シリウスは何の予備動作もなく、世界の時を止めていた。
「馬鹿な!そのようなことができるはずがない。伝説にある超位魔法であっても、世界の時を止める方法など存在せぬ、そのような超越者の如き魔法が……」
長男はただ慌てていた。
国王を含めて他の王族たちは、もはやこの場に存在しているシリウスと言う存在を前に、腰が抜けて身動きも取れなくなっていた。
「まあ、魔法使いでも、勇者でも、超越者でも、なんでもいいじゃない。
僕はこの世界をしばらく観光ついでにブラブラ歩いてみるつもりだから。それじゃあ」
長男へ進めていた歩みを止めて、それだけ言って去っていくシリウス。
「ハッ?観光……あのような超越者が、何を訳の分からぬことを……」
そりゃ、そうだよね。
魔王をその領土ごと一瞬で消し飛ばしたような存在。世界の時すら止めた存在が、観光でブラブラするとか、何の悪い冗談だ!
それでもシリウスと言う存在が目の前から去って行ってくれることで、長男はそれまで感じていた緊張から解き放たれて、その場に膝を折って座り込んだ。
とてつもない恐怖から解放されて、その場でシクシクと泣きだす。大の大人が、まるで幼児に戻ってしまったかのように、壊れてしまった。
しかし、シリウスがこの場からいなくなる前に、その背中に向かって僕は言った。
「お願いがあります、シリウス様」
「……何かな?」
僕へ振り向くシリウス。
「僕をあなたの弟子にしてください」
僕はこのまま王国にいれば、やがて殺されることが確実な立場だった。
だから、僕はそこから逃げ出すために、魔王などとは比べ物にならない、本物の化け物に弟子入りを願った。
シリウスはしばらく考え様子を見せていたけど、
「ん。分かった」
軽いのりで、僕の願いを聞き届けてくれた。




