52 ミカちゃんの息子
フレイアとレオン、リズの3人に手伝ってもらって、連日カニの甲羅を割り続けた結果、ついに防具を作るのに適したサイズにまで割ることができた。
あとは甲羅の無駄な部分を切り落としていくために、
「五重強化・風の刃」
ウインドカッターに魔力をものすごく注ぎまくって威力を超強化し、甲羅の無駄な部分を切り落とした
しかし強化したウインドカッターで甲羅を切り飛ばせるなら、兄弟たちに頼んで面倒な方法をとらず、最初からそれで行けよと言われるかもしれない。
「あー、疲れる。滅茶苦茶疲れる。ダルイ」
だけど魔力を注ぎまくって放つウインドカッターは、威力以上に僕の魔力を消費する。
1発放っただけで、僕は魔力の低下からくる無気力状態に陥ってしまった。
魔力が減ったからと言って、体に害があるわけじゃない。
ただ肉体に例えると、全力疾走した後は息を切らして呼吸が荒くなってしまうのと同じで、魔力も一度に大量に使うと、反動で無気力状態に陥る副作用があった。
前世の魔王の肉体なら、この程度の魔法でいちいち無気力になることはなかったけど、今世の肉体ではこれが限界だ。
ドラゴニュートの体は人間に比べれば魔力がある。その上僕は風の属性竜の性質を持っているので、風魔法の使用に対して消費する魔力の量は極端に少ない。
とはいえ、やはり生まれてまだ1年もたたない子供なので、今の実力ではこれが限界だった。
「ああ、早く大人になりたい」
ぽつりとこぼし、床の上にうつ伏せになってゴロゴロする。
無気力にはなっても、眠くはならない。
だけどやる気が出ないので、そのまま床の上でゴロゴロする。
お腹が岩の床に当たって、ヒンヤリして気持ちいい。
尻尾もペタリと床につけると、なおヒンヤリして気持ちいい。
「あぁー」
ミカちゃんじゃないけど、親父臭いため息がこぼれて、僕はしばらく床の上でグダグダした。
――キランッ
だけど、どうしてこういうだらけている時に来るのかな。
「ブラック経営者、死にさらせやー!」
「……」
ミカちゃんが元気よく、空中からジャンプキックを放ってきた。
僕は面倒臭いので、床に寝っ転がったまま尻尾で迎撃。
飛んできたミカちゃんの足を尻尾で掴み、そのまま壁の方へ投げ捨てる。
「ヘボシッ」
無気力だったせいで、力があまり入ってない。
壁にめり込んでなかったので、ミカちゃんはすぐに壁から体を起こした。
「レギュレギュ、痛い」
「それぐらい、いつものことでしょう」
「ううっ、レギュレギュの俺に対する扱いがいつも酷い」
「はいはいそうだね。生まれた時からずっとこんな感じだね」
無気力だからか、ミカちゃんのどうでもいい話に、適当に相槌を打ちつつ続けていく。
あー、こんな風にグダタグ話し続けるのも、たまにはいいかー。
「あのさ、俺だって人間だから、悩んだり傷ついたりするんだけど」
「ミカちゃん、お腹でも壊した?」
今、僕は幻聴を聞いたのだろう。
きっと無気力なせいで、聞こえてはいけない言葉が聞こえたんだ。
「あのなー、俺だって深刻に悩んでいるがあるんだ。
ユウの奴は前世が高校生だったっていうから、まだ子供だろ。だから、レギュレギュが俺の相談に乗ってくれよ」
「大人としての悩み事?」
「そうだよ」
……どうしよう。ミカちゃんが今までになく真剣なんだけど。
この原始人で、野蛮人で、野生児で、変態エロおっさんに、大人な悩みだと!?
「俺さ、前世では息子がいたんだ」
「もしかして、子持ち?」
だとすれば、物凄く大事な悩みじゃないか!
よくよく考えれば、ミカちゃんの前世である鈴木次郎氏は27歳。その年齢ならば、子供がいても何の不思議もない。
「じゃあ、奥さんは?」
「いない」
「まさか、離婚じゃないよね?」
それで次郎氏がいなくなったとしたら、その息子は今頃大変なことになってるんじゃないのか。
そんなリアルな事情がありながら、ミカちゃんは今まであれだけバカやってたとか……あ、元々馬鹿だから、その辺は仕方ないのかな?
なんて僕が半分失礼なことを思っていたら、ミカちゃんはなぜか手を股間の辺りに当てた。
「ううっ、俺の息子。前世で使用することもなく、なくなっちまった……」
ものすごく悲しそうな顔をしているミカちゃん。
あ、うん、そうだね。
やっぱりここにいるのは、ミカちゃんだ。
ただの馬鹿でなく、マジものの馬鹿で変態ということを、失念していたよ。
息子とは子供という意味じゃなく、男にしかついていない息子のことか。
「つまり、童貞だったわけだね」
「ちょっと待て、レギュレギュ!俺は前世童貞じゃねえし……」
滅茶苦茶動揺して、目が泳ぐミカちゃん。
「今、息子を使用することなくって言ったのは、ミカちゃんだよ」
「ギ、ギクッ」
自分で言って自爆してるのに、今更ギクも何もないだろう。
ミカちゃんを見ていると退屈しなくて済むけど、どうしてこの子はここまで頭がおめでたいんだろう。
「そ、そういうレギュレギュはどうなんだよ。
いつも暴力ばかり振るってるから、女の子に好かれたことが一度もなかっただろ。やーいやーい、暴力DV亭主ー」
ミカちゃんの言ってることにいろいろ矛盾があって突っ込みたいけど、突っ込むだけ無駄なので、その辺は全部スルーしておこう。
「日本にいた頃は会社経営していたから、お金目当てにかなり言い寄られたよ。
魔王してた時は権力者だったから、どうでもいい女が這い寄ってきまくって、心底面倒臭かった」
「リ、リア充死にさらせ!
てかなんだよ、金と権力で女をほしいままにするとか!
リアルでハーレム作りやがったんだな。どれだドチクショウなんだ!羨ましすぎるだろ。
俺にも1人巨乳のお姉さまを紹介してください、レギュ様」
僕は面倒臭い女どもに言い寄られまくって、それを撒くのに散々苦労させられた。
モテたか持てなかったかで言われれば、僕自身でなく、僕の持っている"金と権力"が物凄くモテていた。
なのに目の前のおっさんはその苦労も知らず、ハーレムだなんだと言い出して鬱陶しい。
――ペシリッ
とりあえず尻尾を使って、ミスちゃんの頭を叩いておく。
力を入れてないので、痛くはないだろうけど。
「そんなに羨ましいなら、1人あげようか?
体重120キロを超えていた超デブで、金髪に超肉厚の唇。そしてブヒブヒという口癖をしていた、50過ぎのおばさん。
あのおばさんは物凄くしつこくて、本当に嫌な奴だったなー」
過去に言い寄ってきたおばさんの事を思い出す僕。
普段の僕なら、こんなことまで話さなかっただろうけど、今は無気力なせいでミカちゃんの話に付き合ってしまった。
「ちなみに胸はいかほどでしょうか、レギュ様?」
「ミカちゃんが大きいのがいいっていうから、体重に見合っただけの大きさしてたよ。服の上から、かなり垂れてるのが分かるぐらいだったけど」
「た、垂れるほどの乳。スバラスイー!」
ゴクリと生唾を飲み込んで、両手をワキワキさせるミカちゃん。
ミカちゃんにしか見えない、幻の乳を揉んでるね。
「ミカちゃん、垂れてるって言ったのに、それでもいいの?」
「当たり前だろう。巨乳に貴賤はなし。俺は乳さえでかければ、それが盛り上がっていようが、垂れていようが全然関係ねえ。むしろ大きければ大きいほどいい!
俺さ、巨大なお胸に抱擁されて、そのまま窒息して死ぬのが夢なんだよなー。グエヘヘヘヘッ」
ああ、やっぱりミカちゃんはミカちゃんだ。
「はあっ、また顔がエロ親父の顔になってる。ミカちゃんって元がいいのに、中身がこれだから本当に残念な子だね」
可愛くしていればいいのに、エロおっさんなのが全てを台無しにしている。
そんな僕の傍で、相も変わらずミカちゃんは、ゲヘゲヘと気持ち悪く笑っていた。
このおっさん。
頭の中がピンク色でハッピーすぎだよ。
そんな感じでミカちゃんとだらけた話をした。
そしてそんなことがありつつも、数日に渡って甲羅の加工を続け、ようやく盾を完成させた。
高さは1メートルちょっとの大きさがある、長方形のタワーシールド。
シールドの縁の部分は、木材か金属で覆うのが普通だけど、いつものように資材がないので、その部分は劣化黒曜石を使って補強しておいた。
4、5歳児並の僕たちの伸長と、ほぼ同じ高さになってしまった盾。
とはいえ、盾の頑丈さはドラゴニュートの僕たち以上だし、重さに関してもドラゴニュートのパワーなら問題ない。
本当はもっと取り回しのいい、小型の盾を作れればよかったけれど、僕の魔力量の関係で、これ以上小さいサイズを作るのが難しかった。
あと、甲羅が予想以上に加工し辛かったため、鎧や兜を作るのも無理だった。
頑丈な素材なら防具にするのに向いてると思ったけど、加工の難易度が高すぎると、そうでもないと思い知らされた。
僕は本職の防具職人じゃないしね。




