51 甲羅割り
――バヒュンッ
僕が指先で弾いた劣化黒曜石製の小さな弾は、重力魔法で加速させた結果、発射から0.01秒と経たずに音速を突破し、超音速の速さで吹っ飛んで行った。
その先にあったカニの甲羅を貫通し、貫通しただけでは足りず、その向こうへと飛んで行った。
――ドゴーンッ
なんて音が響き、その後大気がビリビリと振動する。
遠くの方で土煙が上がる景色が見えるけど、そこまで被害は大きくないはずだ。
別に核弾頭級のエネルギーは込めていない。
さっき発射した弾は、地上から宇宙空間に行けるほどの加速度は与えてないから、大丈夫なはず。
それでも弾が命中した場所では地面が抉れるどころか、瞬間的に地面が超高熱化して、溶岩の塊ができてるかもしれない。
もっとも溶岩ができたところで、それも超音速の衝撃波によって、直ちに吹っ飛ぶんだけど。
「あの、レギュレギュ先生。つかぬことをお聞きしますが。今のはなんですか?」
「電磁投射袍ならぬ、重力投射砲。質量のある弾を、重力で加速させただけの武器で、早い話が鉄砲の超未来版みたいなものかな?」
「む、難しすぎて意味が分からねえー」
説明をしたのに、ミカちゃんが頭を抱えてしまった。
「てか、今のって絶対にSFの武器だよな。ここは魔法のある世界なのに、なぜにファンタジーでなくSFになる!」
「単に魔法を使って、未来の武器を再現しただけだよ」
「ウアアアー、レギュレギュってマジで訳が分からねえ。やっぱりお前は魔王だ!」
「そりゃ、元だけど魔王だもの」
今更分かりきっていることを、ミカちゃんはなぜ言うんだろう?
僕が常識で収まる程度の魔法しか使えないわけないじゃない。
その程度の魔法しか使えないんじゃ、ただの雑魚だよ。魔王と名乗るには、おこがましい。
「桑原桑原。俺、レギュレギュだけは怒らせねえ。マジで殺られちまう。
ドラゴニュートに生まれて強くなったと思ってたけど、レギュレギュなら魔法1発で俺を殺しかねない」
「大丈夫だよ。身内を殺すほど僕は壊れてないって。……えーと、昔を除いてね」
「ヒイィィィ、全然安心できねー」
僕は転生を繰り返すことでいろいろな人生経験をしてきたから、一言二言で終わらせられない過去があるから仕方ない。
「まあ、そんなことは気にしないで、肝心のカニの甲羅だけど」
「気にしろよ!」
「ミカちゃん、何か言った?」
「何も言っておりませんです、はい」
ミカちゃんが壊れた人形のように頷く。
いつもと違う態度が少し気にはなるけど、、いつもより鬱陶しくないので別にいいや。
僕は重力投射砲(グラビティ―・レールガン)の弾丸が貫通したカニの甲羅を見てみるけど、甲羅には穴ができてるだけ。
穴の周囲は超高速の弾丸が貫通したことで融解していて、それが冷えて固まった塊が残っている。
僕はカニの甲羅を割りたかったのであって、穴を開けたかったわけじゃない。
「うーん、やっぱりあれじゃあ甲羅を割るのは無理か」
「もう防具なんていらねえだろ。さっきの魔法なら、どんなものでも一発でぶち抜けるだろ……」
「次は何を試そうかな?」
「レギュレギュ、もうやめて。レギュレギュがマジの魔法を使うと、俺らまで巻き添え食らって全滅しちまう」
おかしいな?
いつもあれだけ好き勝手してるミカちゃんなのに、なぜか怯えている。
ミカちゃんの尻尾は、地面に力なくペタリと張りつき、顔にはありありと緊張がみなぎっている。
そもそも防具を欲しいと言い出したのはミカちゃんなのに、なぜ今になって止めに入るのだろう?
「まあまあ、次は割れるように頑張るから」
「が、頑張るなー。これ以上頑張るなー!」
ミカちゃんが小声で抗議してるけど、僕はそれを無視した。
フフッ。
たまにはミカちゃんに、僕の怖さを教えておかないとね。
鳥頭だから、どうせすぐに忘れるだろうけど、これでしばらくは大人しくなってくれるはず。
クックックッ。
と、ミカちゃんに対する恐怖教育はここまでにして、次はちゃんとカニの甲羅を割ることにする。
僕はレオンとフレイアの2人を呼びに行き、ついでにその場にいたリズの3人を連れてきた。
僕は3人を前にして、カニの甲羅を割るための方法を事前に説明しておく。
「それじゃあ、今説明したとおりにしようか。まずはレオン」
「はーい」
元気に返事をしたレオンは、口からフォーター・ブレスを吐き出す。
水鉄砲のように勢いよく飛び出した水だけど、それをレオンが操作することで、まるで意思を持ったように空中で蠢く。
そして水が霧状になり、カニの周囲を包んでいった。
「冷凍」
レオンが氷魔法を唱えれば、カニの周囲を覆っていた霧が瞬く間に氷結し、氷の霧へと変化する。
太陽の光を受けた氷の霧はキラキラと光り輝き、自然現象の一つとして知られるダイヤモンドダストが現れる。
「次はフレイア」
「はい、レギュラスお兄様」
続いて僕はフレイアに指示を出した。
今度はフレイアがファイア・ブレスを吐きだして、甲羅を炎で包んでいく。
レオンがウォーター・ブレスを操作したように、フレイアの吐き出すファイア・ブレスも操作され、それがカニの周囲を覆った。
氷の霧に覆われて冷たくなっていたカニの甲羅。それが炎によって一気に熱せられる。
「ううっ、さすがにこれ以上は無理ですわ」
しばらくファイア・ブレスで甲羅を熱していたフレイアだけど、レオンの冷凍より派手に炎を吹き出し続けた結果、さすがに魔力が尽きて、炎を出し続けられなくなった。
「ありがとうフレイア。これだけしてくれれば十分だ」
僕が褒めると、それだけで嬉しそうにするフレイア。
尻尾を振り振りしているので、そんなフレイアの頭を撫でておいた。
「じゃあ、次はリズに頼むよ。ただし甲羅がかなり熱くなってるから、僕らでも火傷する危険があるので気を付けるように」
「承知しました、レギュラス兄上」
なんだかリズは、武士か騎士みたいなしゃべり方になってきてないか。
リズはぺこりと僕に一礼し、手に劣化黒曜石製の槍を構えながら、甲羅へ近づいていく。
「ハッ」
掛け声をかけて、リズはカニの甲羅に槍を突き立てた。
――ズッ
やや音が鈍かったものの、それでも槍はカニの甲羅に突き刺さった。
今までなら劣化黒曜石の道具では、傷一つ付けられなかったのにだ。
「よし。このまま直線上に槍をどんどん突き立てていこう。そうすれば甲羅を割ることができるぞ」
僕は指示を出し、リズは用意しておいた劣化黒曜石の槍を次々と取り出して、カニの甲羅に突き立てていった。
「冷却してから暖める。なるほど、熱膨張か!」
「ミカちゃん、熱膨張なんて知ってたんだね」
「レギュレギュ、俺前世では大学卒業できるだけの学力はあったんだけど」
「そう言えばそうだったね。普段が超野生児だったから、忘れてた」
硬い物でも熱すれば脆くなる。
特に冷却してから一気に加熱すれば、その度合いは大きくなる。
その原理を応用して、カニの甲羅に槍を突き刺せるようにしたわけだ。
あとは、直線上に槍を突き立てていけば、いずれ甲羅を割ることができる。
地球での石材の切り出しでも、岩に小さな釘を直線上にいくつか打ち込んでいく事で、岩を割る技術が存在した。
今やっているのは、釘の代わりに槍を使っているだけで、方法自体は石材を切り出すのとまったく同じだ。
まあ、そこに冷却と過熱が加わっているのは、そうしないと甲羅に槍が通らないからだけど。
それからほどなくして、リズが全ての槍を突き立て終わった。
最後に再びレオンに頼んで、甲羅を冷却してもらうと、槍を打ち込まれた甲羅が、パキッと音を立てて、真っ二つに割れた。
「あの固い甲羅が割れた!」
「なるほど、これが熱膨張の応用ですか」
「さすがは、レギュラス兄上です」
地球の知識の応用だけど、今回はうまくいってよかった。
「ありがとう。これも皆が協力してくれたからだよ」
と、僕も兄弟たちを褒めておいた。
皆尻尾を元気よく振っていて、甲羅を割れたことに達成感を持っている。
しかし、まだまだ甲羅を割っていく作業を続けないといけない。
まだ半分にしただけだから、防具に使えるサイズにするまで、この作業を何度も繰り返さないといけない。
とはいえ、今日は皆疲れただろうから、これ以上の作業は明日以降に続けることにした。
ところで、1人だけ静かな子がいるのだけど、
「熱膨張。そうか、その手があったな。
ヌフフフ、フレイアちゃん。オッパイを大きくするために、お姉ちゃんとお風呂に入ろうねー」
ミカちゃんが自分の事をお姉ちゃんと言っているけど、僕の耳にはその部分が「オジサン」としか聞こえなかった。
熱膨張といえば、物が膨張して脆くなるだけでなく、その文字の通り膨張する。
つまりミカちゃんは、お風呂でフレイアの胸に熱膨張を加えようとしている。
僕はミカちゃんの発想に頭が痛くなってきたけど、
「はい、おっぱいを大きくして、女としての魅力を磨かなければ」
「ミカちゃん、私も大きくなりたいです」
フレイアとさらにリズまでもが、ミカちゃんの言葉に乗っかっていた。
「2人とも、ミカちゃんの毒牙にかかったらダメだよ」
「ご安心ください、レギュラスお兄様。大きなオッパイは女の勲章。だから、大きくなるように日々努力ですわ」
僕の注意を理解してないフレイアは、自分で自分の胸を揉んでいた。
ああ、僕の妹が、既にミカちゃんの毒牙にやられている。




