49 超巨大ガニ
「ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドンー。ハイヤッサー」
「エイヤー、エイホー」
ただいまミカ族長が頭に鳥の羽でできた帽子(マザーが持ってきた鳥の羽製)を被り、モンスターの血で顔に何やら模様を描いて、インディアンみたいに踊っている最中。
片手には劣化黒曜石製の槍を持ち、天に向かって「アイヤサー」と、雄たけびを上げている。
なお、ドンドコという音は全てミカちゃんの口から出ている。
太鼓があればそれを叩いてただろうけど、残念ながら僕たちの住んでいる場所では、太鼓を作る材料がない。
なので、口で太鼓の音を真似していた。
踊るミカ族長に合わせて、レオンも踊っている。
リズも片手に劣化黒曜石製の槍を持って、直立不動の姿勢で立っている。
まるで神聖な儀式を守護する騎士にでもなったかのように、族長たちの踊りを見守っている。
生贄の儀式でも始まるんじゃないかって雰囲気だけど、なんと今回ドラゴンマザーが獲得した獲物は、
「カニじゃー!」
ミカちゃんの大絶叫の通り、カニだった。
それも横の長さが30メートルはある、超巨大ガニ。
「おおおお、超高級食材じゃ。毛ガニじゃ、タラバガニじゃ、ズワイガニじゃー」
喜んでいるミカちゃんだけど、マザーが運んできたカニは1匹だけだ。
それにここまで巨大なカニだと、地球にはいない種類のカニだと思う。
「カニかー。でも、マザーの持ってくる巨大海産物って、結構ハズレが多いんだよね」
今までも巨大イカクラーケンに、巨大クラゲ。
この2つは酷い味をしていた。
「でも、カニですよ、カニ!」
僕とは対照的に、ユウが珍しく興奮気味だった。
「カニって、おいしいんですの?」
「GYAOー」
尋ねてくるのは、フレイアとドラド。
ミカちゃんがいつも以上にテンションを高くしてるから、この2人も気になってるようだ。
「カニはとっても美味しいよ。ああ、この世界でカニも食べられるなんて。……しかもあんな大きなサイズ。この世界に生まれ変われて、ここまで嬉しいのは初めてかも」
ユウの感動が凄い。
もしかして、カニが大好きだったりするのかな?
「レギュレギュ、今日はカニ道楽しようぜー」
とにもかくにも皆カニに釘付けになっているので、今日はカニ尽くしの料理をしていく事にしよう。
カニと言えば、まずは生で食べるのが一番。
「うひょー、生カニじゃー」
――ガキンッ
「はあっ!?」
真っ先にカニへ齧り付いたミカちゃんだったが、あろうことにもカニの甲羅に阻まれた。
「くっ、このクソガー」
雄たけびを上げ、ガジガジとカニの甲羅に齧り付くけど、全く歯が立たない。
「えっ、ミカちゃんの歯が通らない!?」
ユウも驚きの声を上げる。
ドラゴニュートである僕たちは、固いモンスターの骨すら噛み砕けるパワーがある。
なのに、あの食い意地の張ったミカちゃんの歯を通さないとは、カニの甲羅はどれだけ固いんだ?
「では、私が」
「GYAOー」
ミカちゃんがダメと見て、リズとドラドの2人が名乗りを上げた。
外見がリザードマンのリズと、ドラゴン姿のドラド。
見た目が人間に近い僕らと違って、この2人ならば、もしかすると甲羅を破れるかもしれない。
――ガキンッ
だがしかし、そんな2人の歯すら甲羅は阻む。
「では、焼いてみましょう」
「やめとけ、リズ。せっかくの生ガニだ。まだ焼くには早すぎる」
「レギュラスお兄様がそう言われるのでしたら、分かりました」
いつも食べるものをファイア・ブレスで焼いているフレイアだけど、まずは生ガニを楽しむことが先だ。
あとで火で炙った焼きガニや、鍋で煮てカニ鍋にしてもいい。。
だけど、火を通す前に、まずは生のカニだ。
「こうなったら僕が魔法で叩き切るか。ウインドカッターだと弾かれそうだから、重力魔法で殻を圧壊させて……いや、それだと中の肉が潰されてしまう。
ならばいっそ、次元魔法を使って空間ごと切断を……」
「あの、兄さん。すごく物騒な魔法を使おうとしてません?」
「ユウ、カニを食いたいだろう」
僕は真剣に考えている。そんな僕の熱意が伝わったのか、ユウもゴクリと喉を鳴らして、僕を真剣に見つめ返してきた。
よし、やろう。
次元魔法で空間ごと切断してしまえば、どれだけの防御力があろうと関係ない。所詮カニの甲羅ごときで……
僕は次元魔法を使うために集中し、周囲の魔力を集めていく。
膨大なマナが僕の元へ集まることで、赤や青、緑、黄色などいろいろな色の光が現れ……なんてことは物理的にない。
けれど莫大な量のマナを集めて、いざ魔法を……
――バギボギ、バリバリバリ
なんてやってたら、マザーがカニの甲羅に前足を乗せて、甲羅をぶち破った。
「さ、さすがはマザー。ちょっと体重かけただけで甲羅を壊せるのか。やっぱり僕らの母親だけあるね」
「GYAOOOOOOOOOOOOOO!!!」
さすがはマジもののドラゴンはパワーが違う。ドラゴニュートの僕たちも大概だけど、やはりドラゴンとは勝負にならないね。
とはいえ、これでカニの甲羅は突破した。
「メシー、カニー、高級食材ー!」
破れた甲羅の中へ突入し、まっさにミカちゃんがカニの肉へ食らいついた。
「ムガ、モガ、モグモグ、フグ、ハグ。う、うめえ、うますぎる」
ボタボタと滂沱の涙を流し、感動し始めるミカちゃん。
「僕も食べるー」
「やっぱり私は生よりも、炎で炙ってからいただきますわ」
「いただきます」
「GYAOー!」
兄弟たちも、それぞれカニの肉へと突撃していった。
「こうしてはいられない、僕も早くカニを確保しないと」
ユウも目の色を変えていた。
カニは人間の心に闘志をもたらすんだね。
普段あれだけ温和なユウですら、闘争心に火がついている。
「さーてと、僕もこの世界に来て初めてのカニを堪能させてもらおう」
兄弟たちの食欲は凄い。
僕も遅れないように、兄弟たちに続いてカニを食することにした。
その後は、ひたすら続くカニパーティーだった。
生のカニに、フレイアの炎で炙った焼きガニ。鍋もすれば、カニの肉を裂いて素麺に見立てた、カニ素麺を食べたり。
さらに巨大ガニなので、味噌も大量にあった。
それも肉と同じように生で食べたり、炙ったり、鍋に溶かして食べたり。
どれもこれもおいしかった。
ただ贅沢を言うなら、
「くうっ、酒が欲しい」
「醤油がどうしてないんだろう」
ミカちゃんとユウは、元日本人らしくそんなことを言っていた。
とはいえ、この日は実に素晴らしいカニパーティーだった。




