42 マグロのたたき
ドラゴンマザーが運んでくる獲物だけど、生きているモンスターが多くなった。
ただ、たまにマザーがやりすぎたようで、原型を留めてない、ぺちゃんこのペース肉もあった。
マザーの事だから、逃げてる獲物を追いかけてたら、ついドジをして前足か後ろ足で潰したのだろう。
――プチッ
って。
人間に例えると、ハエを叩く感じかな?
一発命中させれば相手は完全に潰れてしまうけど、潰すまでがなかなか大変。でも、潰してしまえば一撃。
それでもマザーは獲物を生きたまま持って帰るのだから、見た目の大きさに比べてかなり器用なのだろう。
ユウの奴はモンスターであっても、命を奪うことに躊躇いが多いけど、それでも徐々に慣れてきてるようだ。
殺した後の感情のブレが、徐々にだけど、小さくなっていってる。
――人間、慣れという奴は恐ろしいね。
まあ、ここは畜産か食肉加工業にでも就職したと思って、モンスターの命を奪うことに慣れていってもらうとしよう。
どのみち肉食ドラゴニュートの僕たちは、生き物を殺すという現実から逃れられないし。
と、真剣な話もそこそこ。
マザーは、たまに魚介類も運んできてくれる。
魚介類なので、僕らの住んでいる巣に運ばれたころには、完全に息絶えている。
マザーの最近の教育からすると、それではダメな気がするけど、動物性の肉ばかりの食べてる僕たちからすると、魚介類はいつもはお目にかかれない贅沢な食事だ。
「魚肉ソーセージとか作ってみようかな。練り物なら、蒲鉾に反変、竹輪。魚のすり身を作って、汁物というのもありか。
そうなると保存の為に冷蔵庫があった方がいいか。さすがに常温では保存がきかないし……。
でも、どうやって冷蔵庫を作ればいいんだ?」
食べ物は、やはりいろんなレパートリーが欲しくなる。
肉でもいろんなレシピを作ったけど、魚は魚でいろいろ考えてしまう。
ちなみに僕たちの目の前では、鼻先から巨大な一本角が生えたモンスター魚がいる。
地球の知識で当てはめるなら、カジキマグロっぽい。
実物を直接見たことはないけれど、明らかにカジキマグロだ。
もっとも全長が10メートルを越えていて、口には物凄く鋭い歯が何百本って生えている。
この部分だけ見ると、マグロより、肉食のサメを連想させられる。
多分、モンスターの一種だろう。
「この歯って、僕らの鱗より硬いのかな?」
「兄さんは相変わらず研究熱心ですね」
とりあえず、カジキマグロモンスターの口から歯を一本引っこ抜く。
グリグリやったら簡単に取れたけど、ドラゴニュートでなく人間の力だったら、そんなに簡単に抜けないだろう。
ツンツンと自分の肌に歯を突き立ててみるけど、肌の表面に緑色の鱗が浮かび上がって、歯を弾く。
「モグモグモグ、モガモガ。レギュレギュ。これを棒の先につけて、モゴモゴ、槍にしたら、ングング、いいんじゃ、ハムハム、ないかー?」
「ミカちゃん。食べるか、しゃべるか、どっちかにしようね」
「メシー!」
ユウに注意され、食べることを優先するミカちゃん。
この子は小学生低学年か?
見た目は4、5歳児の幼女だから、外見だけ見れば間違っていない。
ただし中身が27歳のおっさんだが。
そんなミカちゃんが、食いながら提案してきたことについて考える。
「槍ねえ。柄の部分は劣化黒曜石で細長い棒を作って、その先端に歯を取り付けるといいかな」
マザーが、僕たちに生き物を殺す訓練をし出して、それなりにたつ。
ということは、マザーはその内僕たちを実際の狩りに連れていくだろう。そしてゆくゆくは、僕たちに獲物を狩らせるようになる。
それが肉食獣が自然界で生きていくために、親から施される教育だ。
いつまでも僕らは子供のままで、一方的に世話されているだけではないのだから。
だから、実際の狩りの時に、槍があるのはいいかもしれない。
もっとも僕たちの場合、間に合わせで作った槍を使うより、拳で撲殺した方が遥かに攻撃力が高かったりする。
でも僕は文明人なので、道具(武器)を使う方を選択したい。
もっとも、
――モンスターの歯をつけた石槍とか、どんな蛮族だ?どこの原始人だよ!
と思わなくもないけど、拳でモンスターを仕留めるよりは、まだ文明的だろうし。
そうして僕は、頭をひねりながらいろいろ考えていく。
「ハムハム」
そうしている間に、ユウがカジキマグロモンスターを実食。
劣化黒曜石製の包丁があるので、それで刺身っぽく身を切り出している。
「ああ、醤油があったらいいのに……」
ユウの言うように、確かに生魚の肉に醤油は格別だなー。
あと、米があれば寿司もできるのに……。
「フレイア、もう少し火力を落として」
「分かりましたわ」
フレイアとレオンの2人は、カジキマグロモンスターの肉を、ファイア・ブレスで炙っている。
最近フレイアは、ミカちゃんがたまに出してる気色悪い女言葉に触発されたのか、少し女っぽい言葉遣いになってきてる。
ミカちゃんが女言葉を使うと、背筋に悪寒が走る気持ち悪さがあるけど、フレイアの場合は気持ち悪さはない。
ファイア・ブレスで焼かれるカジキマグロの肉から、油がジュッと音を立てて落ちた。
炎で炙られた肉は、香ばしい匂いを出す。
その匂いにつられて、僕の口の中に唾が大量に出てきて、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「表面は香ばしくても、中は生の触感。大変素晴らしい」
フレイアがファイア・ブレスで焼いた肉を、最初に食べたのはリズ。
表面だけ炎で炙って、中は生のままらしい。
高知県の名物に、"鰹のタタキ"があるけど、この場合は"マグロのたたき"になるのかな?
リズは目を細めて、おいしそうに食べている。
「GYAOー」
ドラドも、炙った魚肉を美味しそうに食べる。
「俺にも寄越しやがれー!」
そしてその匂いにつられて、ミカちゃんも乱入してきた。
炙った魚肉を食べようとしていたレオンの手から奪い取り、そのまま意地汚く口の中へ突っ込む。
「ああ、僕の分だったのに!」
「モゴモゴ。ウルヘー。これは俺のもんだー。トロトロしてるお前が悪いんだー!」
相変わらずミカちゃんは横暴だ。
食事をとられたレオンは、目をややウルウルとさせている。
――レオンは、いつもミカちゃんに対して後手に回ってるな。
ミカちゃんにいつもいいようにされているけど、僕たちの兄弟の中でミカちゃんに勝てるのは、僕しかいないから仕方ない。
――とはいえ、もっとタフにならないといかんぞ。
でないと、いつまで経ってもミカちゃんの都合のいい道具にされたままだからな。
「レギュラスお兄様、どうぞ」
なんて兄弟たちの様子を見ていると、フレイアがわざわざ僕の所に、炙った魚肉を持ってきてくれた。
「ありがとう、フレイア」
お礼を言って、一口食べる。
「うん、おいしい」
「ウフフッ」
笑うのだけど、見た目が幼女体形なのに反して、随分怪しいというか、艶やかと言うか……。
「フレイア、お前最近変わったな」
「ミカちゃんが言うには、女は男よりも早く成長するそうですよ」
なんて言って、フレイアは嫣然と笑って見せる。
なんだか、大人の女みたいになってる。
見た目幼女なのに、少し背伸びしすぎじゃないか?
――……僕の知らないところで、ミカちゃんはフレイアに、一体どんな教育を施しているんだ?
僕ら兄弟の中で、フレイアに変な知恵をつけさせる人物といえば、もはや語るまでもないだろう。
「ユウお兄様もどうぞ」
なんて思ってる間に、フレイアはユウにも炙った魚肉を渡していた。
それにユウは微笑みながら感謝して、炙った魚肉を食べる。
なお、フレイアに妙な教育している元凶だけど、
「ウガー、骨が喉に刺さったー」
魚にガッツキすぎて、喉を抑えながら床の上でゴロゴロ転がり回っていた。
フレイアと違って、女の魅力の欠片もない。
まあ、外見が女に転生しただけの、中身がおっさんだから仕方ないけど。




