40 ある年寄りの独白
知恵のある生き物も、知恵の乏しい生き物も、力というものに支配される。
力と言えば主に暴力、あるいは恐怖。時には財物であったり、搦め手としては色情などもある。
数え出せばきりがないが、現在僕の兄弟たちは、僕と言う存在に対する恐怖で、全員が支配されていた。
僕がミカちゃんの部屋に全員集まるようにと言うと、兄弟たちは黙って従った。
兄弟たちの顔には、恐怖がある。
そして僕とミカちゃんを、近くにいさせていいのだろというか、という不安があった。
中でもユウが一番反対しようとしたけど、僕が視線を向けただけで、ユウは後ずさった。
怯えている。
これがただの元日本人と、元魔王。
あるいは平和な世界だけで生きてきた子供と、転生を繰り返して、何度も人生を繰り返してきた僕の持つ地力の違い。
僕は元日本人だが、元魔王。
そしてそれ以外にも、複数の人生を経験してきた転生者だ。
脅迫や恫喝を行えば、逆にされたこともあり、命を奪うことがあれば、奪われたこともある。
凄惨な世界も見た。
おおよそ人間としては、知るべくもない地獄も見せられた。
――多分、師匠にとって僕は……
師匠によって僕は不老不死となり、肉体は死んでも、魂は決して死なない存在となって、転生を繰り返し続けるようになった。
そこまで思考がそれそうになったところで、僕は今目の前の現実へ意識を戻す。
いまだにグッタリと床に横たわっているミカちゃんは、顔にあまり血の気がない。
僕の冗談抜きの暴力を一身に受けて、かなり衰弱している。命に別状はないだろうが、だからと言って無事と言うわけでもない。
命に関係ない負傷だからといって、それで苦しくも辛くもないわけじゃない。
僕は努めて無表情になり、ミカちゃんの前に座る。
ミカちゃんはビクリと震えて、僕から少しでも離れようとしたがるけど、それを僕は視線一つで止めさせる。
魔法ではない。
ユウに対してそうだったように、僅かに威圧を込めただけ。
そんな僕たち2人を、兄弟たちが囲むようにして見ている。
誰も言葉を発さず、ただ静かに黙っている。
ユウがその中で、一番僕とミカちゃんの近くにいるのは、僕とミカちゃんの間で何かあれば、即座に止めに入るためだろう。
僕も随分警戒されてしまったものだ。
ため息と苦笑が出そうになるが、それだけの事をしたのだから仕方ない。
「さて、ミカちゃんと兄弟たちには、少し話をしておこう」
「ミカちゃんはこの世界の事をゲームの世界だと……つまりは夢や幻の中の事だと思っている」
転生した僕たちだけでなく、そうでない兄弟たちにもある程度理解できるように、説明して、僕は切り出した。
昔々あるところに1人の青年がいて、彼は自らが師事した師匠によって、不老不死の存在になった。
不老不死とは言う者の、その薬は名前に対して効果が少しだけ違っていた。
完全な不死ではなく、薬の持つ効果が切れれば肉体が滅び去って、死んでしまう薬だった。
ただ肉体が死んだあと、その魂は別の世界にある別の肉体に再び宿って、異世界転生を果たして蘇ることができた。
不老不死の薬の効果は、新しい肉体には効果が及ばず、転生先の肉体は不老にも不死にもなることはなかった。
だけど、魂にだけは不死の効果が継続して及んでいた。
転生先の肉体が死んでしまっても、魂は不滅の存在のまま。
魂はさらに異なる世界にある別の肉体へと宿り、以前の人生の記憶を持ったまま、新たな転生をすることができた。
「そうやって、何度も転生していて思ったんだけど、自分にとって都合の悪い命に生まれ変わった場合は、ここは自分のいるべき場所じゃない、と思うようになった。
とりあえず、その世界でできることを試してみようとは思うけど、別に失敗しても次がある。どうせこの世界は自分の居場所じゃないから、全てがどうなってもいい」
不老不死の薬を飲んだ男。
つまり僕は、何度も転生を繰り返し、時として貧しい家の生まれになったこともある。
その世界では自分の能力を発揮することもできず、ただ落ちぶれているだけの人生だった。
ならばいっその事派手に暴れれ回って、好き勝手に生きるとしよう。
その暴れ回った結果、僕の事を恨む人間が現れた。
そいつは、貧しいながらも僕を育ててくれた両親を殺した。
他にも、僕の事を慕っていた弟分などを殺した。
「だけど、そこは僕のいるべき世界ではないから、身の回りの人間が殺されたところで、僕は辛くも何ともなかった。
すべては夢の中のようなもの。どうせこの世界でいくら身近な人が死のうとも、僕が死ねばまた次があるのだから。
次もまたろくな世界でないかもしれないけど、何度も転生をしていれば、いい世界にも巡り合える。
だから、それまでは何度死んでもいい」
そんなわけで、僕はいろんなことが分からなくなっていた。
命というもの、生きるということ、人と人の繋がり……
「ミカちゃんが、ここをゲームの中の世界だと思っているように、その頃の僕も、夢か幻の中の世界にでもいる様な気になっていた。
また次があるから、別に周りの人たちがどうなってもいい。
その結果、どれだけ多くの人が僕の理不尽な行動に巻き込まれ、死んでしまったんだろう」
僕は説明ではなく、独白をしている。
兄弟たちに不老不死の薬を飲んだ男の話。僕の過去の話をしている。
やがて何度も異世界転生を繰り返したのち、ある世界で母親だった女性に、泣きながらこう言われた。
「私たちは人形でも幻でもない。あなたは夢を見ているわけでも、幻の中にいるわけでもない。だから、お願いだから、私たちを見て」
それで僕がまともになったわけではなかった。
ただ、それがきっかけだったのだと思う。
その後何度か転生して、僕は自分が夢や幻でなく、現実の中にいるのだと気づいた。
目の前にいるのは、血が通った人間で、僕と同じように怒りもすれば笑いもする相手だと。
時に虚脱感に囚われた人間。僕が失ってしまっていたのと同じ、命がなんなのかが分からなくなっていた人間。
あるいは、貧しくも強く生きようとする人たち。
それに気づいてから、僕はあの世界での母親が言った、『私たちを見て』という言葉を強く思い出した。
僕は、幻の中にいるわけでもなければ、周りの人間も幻の存在ではない。
希望を抱いていれば、絶望も抱いている。時に優しく、時には愚か。
――そう言えば、あの時の世界では、妹が死んだんだっけ。
長く生き過ぎているせいで、僕の過去の記憶はかなり欠落していて、忘れてしまったことが多い。
どれだけ大事な思いや誓いでも、あまりにも長い時を生きたことで風化し、思い出せなくなっているものが多い。
でも、思い出せないだけで、完全に消えて知ったわけではない。
だから、何かきっかけがあれば、過去の記憶が突然蘇ってくることもある。
あの時の僕は、妹の死にひどく無感動だった。
ああ、今ならどうして、あそこまで僕は全ての事に対して、無感動でいられたのだろうかと思ってしまう。
「まー、年寄りの話は長くなるからほどほどにしておこう。
手早くまとめると、ミカちゃんはゲームだと思って、僕と似たような轍を踏んでほしくなかっただけだよ。
あと、それに兄弟とかを巻き込んで、とんでもない後悔をしでかさないように」
僕は1人、長く独白をしていた。
見た目はショタ少年なのに、ただの年寄りの昔話をし続けてしまった。
「……あの、レギュレギュ」
「何?」
まだ体も各所が痛いだろうミカちゃんが、顔を顰めながら尋ねてきた。
「そう言うのは、言葉を使って教えて欲しいんだけど。俺、全身が滅茶苦茶痛い」
痛さから目に、ジンワリと涙を浮かべているミカちゃん。
「こういうのは言葉で話して、頭で理解したつもりになってもダメ。肉体に死ぬくらいの痛みで覚えないと、理解しないから」
僕はミカちゃんに微笑みながら断言した。
僕としては、いい事を言ったつもりだ。
人間っていうのは、体に刻まれた痛みはよく覚えている。言葉による注意よりも、はるかに深く長く、そして本能的にだ。
ミカちゃんは、ボロボロ涙を目から零し出していた。
ただ、僕の言葉に感動したからというよりも……
「レギュレギュ、怖すぎ。もう二度と怒らせたくねぇ」
ゲームがどうこうなんて関係なく、ただ痛めつけられて、怖がってるだけじゃないか?
でもミカちゃんが、ここまで言うのは初めての事だ。
そしてユウは、なぜか顔面蒼白になっている。
声も出ないって感じで、突っ立ってるだけだね。
他の兄弟たちは、僕の話したことを理解できてないようなので、要領を得ない顔をしている。
「レギュラス兄上の話は難しいです」
リズの言ったその一言が、兄弟たちの心情を代表していた。
「今は分からなくても、いずれ分かる時が来るかもしれないさ」
僕は、そう兄弟たちに言っておいた。
まあ、今回はただの年寄りの昔話。
長いだけの独白なのだ。だから、理解されたくて話したものとも言えない。
ただミカちゃんには、昔の僕と似たような状態には陥ってほしくなかったから話した。
ところで、そんなシリアスは置いておいてだ。
リズが僕の事をレギュラス兄上と呼んだんだけど……。なんで僕の呼び方が、レギュ兄さんから兄上になったんだ?
今回の僕の暴力が原因か?




