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39 2人の転生者について語る兄

 ミカちゃんを手加減なしで痛めつけた事件から、3日経つ。


 暢気だけど、毎日楽しく暮らしていた僕たち兄弟の間に、暗く重たい空気だけが張り詰めていた。

 兄弟たちの間で交わす言葉も、極端なほどなくなった。


 ご飯を運んでくるドラゴンマザーも僕たちの雰囲気が分かったようで、グルグルと心配そうな声をだしていた。


『どうしたの子供たち?何があったの。お母さん心配よ』

 見た目はどれだけ巨大なドラゴンでも、僕たちのマザーであることに間違いなかった。


 兄弟たちのただならぬ様子に戸惑い、心配している。


 ただ、それでもここで僕たちにずっと構っているわけにもいかない。

 マザーが狩猟に行って獲物をとってこなければ、僕たち兄弟が飢えてしまうのだから。


 ご飯の間も、沈黙が続く。


 ミカちゃんは、僕にボコられたのが原因で、未だに身動きを取ることができずにいる。

 顔を合わせると危険だと判断したユウによって、僕とミカちゃんは顔さえ合わせることがないようにと、互いに隔離されていた。


 そして兄弟たちは、僕の方をビクビクと怯えて見るだけで、近づいてこない。

 以前からミカちゃん相手にあれだけやっていたので、怖がられている節はあった。それでも、ここまで露骨に怯えられているわけではなかった。


 今では、僕と兄弟たちの間には、一言の会話もなかった。




 こんな状況が、いつまでも続くのはよくない。

 それをもっとも分かっていたのはユウだ。


 前世なんてものがなく、人生経験が浅い兄弟たちでは話にならない。

 僕とミカちゃんは当事者同士。

 だから、転生者でもあるユウが、僕たちの間に割って入ることになった。


「兄さん。ミカちゃんですが、体は起こせるようになったものの、まだ歩くこともできないです。なんでこんなになるまで、一方的に暴力を振るったんです?」

 ユウの言葉は鋭く、僕を睨んでいた。


 まるで敵を前にするような冷たさがある。だが、僕から見れば剣呑と言うほどの圧力も、威圧感もまるで漢字ない。

 僕が前世が魔王であったことは伊達でない。

 だが魔王だったことが、今この状況で何一ついい意味を持つわけでない。逆に、悪い意味にもなりはしないか。



 とはいえ、僕が何であんなことをしたかの、説明はしていかないといけない。

「あいつは、ここがゲームの世界だと思ってるんだとさ」

「ゲームの世界……ですか?」

 僕の言葉にユウが目を瞬く。

 なにを言ってるんだろう?って感じの顔だ。


「僕は何度も転生を繰り返しているから、ここが現実で遊びの世界(ゲーム)じゃないことを知っている。そしてユウは、前世で交通事故で死んだんだよな」

「ええ、死にたくて死んだわけじゃないですけど」


 それはそうだろう。

 死にたくて死にたい奴なんてのは、そう滅多にいない。

 本気で自殺を考えるような人間でさえ、いざ死のうとすれば本能的な生にしがみついて、死にたくない思いに駆られるものだ。

 その思いすら超えてしまう人間だって中にはいるが、それでも生に対する人間の渇望というものは、とてつもなく大きな力を持つ。


「ユウはいいんだ。生き物を殺すことにすごく忌避感を持っていたから、問題はない」

「この前はそのことで、兄さんにすごく説教されませんでした?」

「した」


 僕の言ってることが、まるであべこべじゃないかと、ユウが顔を悩ませる。


「だけど、それだけの忌避感を持てるのは、ここが現実だって分かっているから抱ける思いだ。でなければ、ゴブリンを殺した罪悪感で、あんなに泣いたりいじけたりはできない」

「……」


 ユウが何とも言えない顔になる。

 自分が生き物を殺しただけであんなに無様な姿になったことを、情けなく思っているようだ。

 他の兄弟たちは、そのことでユウほど落ち込んでいなかった。


 でも、転生してない兄弟たちにとっては、生物を殺すことが初めてであっても、それは肉食獣(ドラゴニュート)としての、本能ゆえ。

 それ以外の生き方など、知らないほど幼いからだ。



「僕は前世の記憶があって、転生してない他の兄弟より長く生きてきた記憶があるのに、あの様だったんですよ」

 ユウはそう独白する。


「その辺は大いに悩めばいいさ。今は悩めばいいけど、いずれは殺すことの感覚に慣れて、自分の中で適当な折り合いがついていくから」

「……兄さんの言ってることは、難しいです」

 よくリズが僕に対して言ってる言葉を、ユウが口にした。


「まあ、前世があると言っても、ユウは青少年だったからな。大いに悩むといいさ、青少年」

「あの、子ども扱いしないでくれます?」

「フフッ」


 子ども扱いされたことに怒ったり、不満を持つのは、まだまだ子供ということだ。

 その辺りの事も、成長していけばいずれ分かってくるだろう。



「ただ僕は。ミカちゃんが物凄く心配なんだよね」

 話をユウから、再びミカちゃんの方へと戻す。


「あれだけの事をして……心配ですか。僕にはまるで、兄さんがミカちゃんを……その……」

「まるで殺そうとしているように見えた?」


 ユウが言葉にし辛いことを、僕は口にした。

 ユウは黙って頷いた。

 その瞳に、真剣な色合いが強くなる。


 だからそんなユウの目を、僕も真っすぐに見返した。

「殺すつもりはなかった。ただし、半殺しに確実にするつもりでした」


 ――ゾワリッ


 僕の放つ気配に、殺気が混じっていただろう。


 その気に当てられて、ユウがおもわず視線を僕から逸らし、その場から1歩後退した。


「な、なんでそんなことを。もしかしてミカちゃんが、この世界をゲームと思ってることと、関係してるんですか?」

「ああ、ミカちゃんがここがゲームの中だと思ってるから、現実だと分からせるために半殺しにした」


 僕は歯を出して笑った。

 ただし、その笑いは凄惨な笑いだろう。

 いくら見た目が4、5歳のショタの少年に見えても、僕は前世が魔王。

 自分の体から放つ気配は、平和の中で暮らす日本人ではありえない圧力を持つ。


 それがユウに、目に見えない力となって伸し掛かり、呼吸の音が荒くなる。



 気圧されているユウだが、それでもなんとかその場に踏みとどまった。

「ミカちゃんがここがゲームの世界だと思ってるなら、現実なんだって、ちゃんは教えればいいじゃないですか。話し合いをして、それで分かってもらえば……」

「ユウ、それはダメだ」


 どうしてです!?

 と、ユウは尋ねたいのだろうが、僕の放つ気配に飲まれて、口をパクパク動かすだけだった。

 口は動いても、声まで出てこない。


 僕の放つ気配によって、ユウは形のない力に喉を締め付けられているかのように感じ、声が音となって出せなくなる。


「この世界がゲームってことは、ミカちゃんは僕たちの事もゲームの中のNPC(ノン・プレーヤー・キャラ)か、よくてPC(プレーヤー・キャラ)としか見ていない。

 僕らが何か言ったところで、ゲームの中の事だからと思って、そこまで深く考えない。ゲームの世界ってのは、現実ほど重くはないからね」

「な、なぜ。言い切れるんです?」

 ユウがかすれた声で尋ねてきた。


「話していい。けど、ミカちゃんのいる部屋に、兄弟全員を揃えてから、その理由は話そう」


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