38 ゲームの世界
生き物――それも昆虫なんかとは比べ物にならないほど大きなサイズ――を故意に殺すのは、元日本人であるユウにとって、かなりハードルが高いようだった。
もともと大人しめで繊細な子だったけど、それだけに辛いものが多かったのだろう。
例の半死半生のゴブリンには、ユウも結局止めを刺した。
単純な話、殺さなければ食べられない。
食べられなければ飢える。
ドラゴニュートの子供である僕たちの胃袋は、常に空腹を訴えていて、食べなければ自分が飢えて死んでしまう。
極々当たり前のこと。
自分が生きるために、ユウはゴブリンを殺した。
もっとも、素手ではあれだろうから、僕が使った劣化黒曜石の剣を渡しておいた。
それでも殺した後は物凄く落ち込んでいて、泣きながら座り込んでべそをかいていた。
まるで年端のいかない子供のようだった。
「ユウ兄さん、お水だよ」
「ユウ兄さん、もしかしてお腹が痛いの?」
「大丈夫ですか?」
「GYAO?」
兄弟たちがそんなユウを心配している。
まあ、ユウの事は兄弟たちに任せておけば大丈夫だろう。
こういうのを慰めるのに、僕はあまり向いていないと思う。
前世が魔王なのもあるけど、それだけでなく僕は何度も転生を繰り返している。
いろいろな人生をたどってきたので、殺すことに随分慣れてる。逆に殺された経験だってもっている。
命に対する感覚が、ユウや兄弟たちと、かけ離れている部分があるだろうから。
ところで僕としては、ユウよりもっと問題なのが1人いる。
「ミーカちゃん」
僕は背後から近寄り、ミカちゃんの肩を両手で掴んだ。
「お、俺は何もしてない。悪くないぞ、レギュレギュ」
ガシッと肩を掴んで、ミカちゃんが逃げられないようにホールド。
暴れられたところで、僕の筋力ならミカちゃんの逃走を防げるので問題ない。
ミカちゃんは心当たりが滅茶苦茶ありまくるようで、焦りまくってる。
一体僕の知らないところで、ミカちゃんは何をしでかしまくってるんだろうね?
「フフフ、そんなに慌ててどうしたのかな?もしかして倉庫に置いてあった皮布を、マントにして遊んでたら、破っちゃったことかな?皮をなめす作業がどれだけ大変か、分かってる?」
――ギクリッ
ミカちゃんの肩が震える。
「それとも僕がとっても大切にしていた、半自動穴開け機を食べちゃったことかな?
あの機械とっても便利だったのに、マザーが蜥蜴の骨を持ってきてくれないから、同じものをまだ作れないんだよねー」
「レ、レギュレギュ。それは違うんだ。これには深い事情があってだな……」
額からダラダラと汗を流し始めるミカちゃん。
「あと、お風呂場の鏡にひびが入ってたね。
この前空中格闘技とか抜かして、お風呂場にいたレオンに襲い掛かってたみたいだけど、まさかその時うっかり鏡に肘が当たって、罅を入れたなんてことはないよね」
「ハ、ハヒー」
もはや抵抗が無駄と悟ってか、ミカちゃんの顔が真っ青になっていく。
「僕が知らないとでも思ってたのかな?」
「す、すみません、レギュラス様。だからどうかご慈悲を下さい。俺、まだ死にたくないです」
「フフフー」
滅茶苦茶焦ってるミカちゃん。
というか、ミカちゃんが僕に謝ってくるのって、随分と珍しいんだよね。
いつもは何やらかしても、知らないふりをしたり、一目散に逃げだしてる。
他人のせいにして、自分は関係ないって態度をとり続けることもあるか。
そして叱られても、全くへこたれない。
「それらもろもろに関するお仕置きは後でするとして、ミカちゃんに聞きたいことがあるんだけど?」
「結局お仕置きさされるのかよ!」
お仕置きされると分かって、ミカちゃんは反省するどころか、逆にふてくされた態度になった。
「当たり前だろ!」
なので僕も、声を低くして恫喝しておく。
でも、いま重要なのはお仕置きの方じゃない。
「ところでミカちゃんは、ゴブリン殺すことに抵抗がなかったみたいだけど、相変わらず超野生児だね」
「ん、別にゴブリンぐらい平気だろ」
「平気って、なんで?」
元日本人なのに、なぜゴブリンを殺すことが平気なんだろう?
平和な日本で人くらいの大きさの生き物を殺すことに慣れている人間なんて、畜産か食肉関係の仕事でもしていなければ、まずいない。
実はミカちゃんの前世がサイコホラー野郎で、殺人鬼でした。なんて過去でもあるなら、命を奪うことに抵抗がないのもわかる。
けど、普段のアホでお気楽な能天気野生児に、そんなサイコな過去があるとは思えない。
「だってRPG系のVRゲームだったら、モンスターを殺すのなんて普通だぞ。俺グロ耐性ないのに、VRに出てくるモンスター共を倒したら、流血表現とかが物凄くてさ……あれ見てたら、参るんだよなー。
でもさ、そう言うゲームをしてたから、モンスターを殺す程度じゃ、何とも思わないし」
「ふーん、ゲームで慣れてるってわけなんだ」
「ああ。それにここって、ゲームの世界だろ」
何の気負いもなく、答えるミカちゃん。
そう言えばミカちゃん……前世である鈴木次郎氏は、VRゲームをしていたら、なぜかこの世界にミカちゃんとして生まれていたという。
だから、この世界の事をゲームの中だと思い込んでいるのだろうか?
もう少し、探ってみるか。
「モンスターや魔法があるから、ここがゲームの世界だと思ってるの?」
「それもあるけど、俺のこの姿よ」
ミカちゃんが親指を立てて、自分の顔を指し示す。
「このミカちゃんのパーフェクト幼女姿は、俺がプレーしていたVRゲームでの姿のままなんだ。あの時は羽がドラゴンじゃなくて、天使の羽だったけど、その辺の小さな違いは気にしなくてもいいよな。ハハハ」
「そうなんだー」
なるほど、元いた世界でプレーしていたゲームの姿で、この世界に生まれてしまったわけか。
それではここがゲームの世界だと勘違いしても、仕方ないのかもしれない。
「じゃあ、もしもの話だけど、ミカちゃんは自分がこの世界で死んでも、実は自分は死なないとか思ってないよね?」
「実は教会で復活するとかってパターンか?いや、それはないよな。なんたって俺たち、こんな場所に住んでるんだから。
だから死んでも、生まれた場所で復活ってのが、一番可能性があるよな。
レギュレギュは、どう思う?」
「……死んだら実は夢が覚めて、元の世界で昼寝していただけ。なんてオチだったりして」
「あー、なるほど。それもありそうだなー。ハハハー」
「そうだね、アハハー」
ミカちゃんが暢気に笑い。僕もそれに合わせて笑う。
合点がいった。
ミカちゃんは生まれた時から、全ての事に抵抗感なく、超野生児として振る舞い続けていた。けどそれはここが現実でなく、ゲームの中と勘違いしているようだ。
なまじVRなんて技術があるせいで、その勘違いに未だに気付いていないままなのだろう。
てことは、この子はいろんな意味でヤバイ。
殺すことにいろんな意味で戸惑い混乱しているユウより、はるかに危険だ。
この世界はゲームの中でなく現実なのに、下手なことをして自分が死んだり、あるいは兄弟たちを巻き込むことがあるかもしれない。
すべてはゲームなのだからという理由だけで、命の危険がある場所に平然と飛び込んでしまえるだろう。
「そっかー。ミカちゃんにとって、ここはゲームの中なんだねー」
「おう、そうだぞー」
「OK。じゃあ僕が、ミカちゃんに現実って奴を教えてあげるね」
――グリッ
「ヒギャー、レギュレギュ。足、足を踵で抉らないでー!」
「やかましい、このゲーマーのオタク野郎!ここがゲームでなく現実ってことを、肉体言語で直接お前の体に教えてやらあ!」
「ハ、ハギィヤー。ウギャーーーー」
ミカちゃんの体にプロレス技の逆海老固めを決めて、仰け反らせる。
「ちょ、レギュ……」
「黙れ、このクソ野郎が!」
関節技なんてぬるい。
顔面に殴りかかり、さらに拳を叩きこむ。
「アビヤ、ギャアッ!」
手加減抜きで拳をぶち込み、ミカちゃんの顔が歪むけど、問答無用でさらにボディーに蹴りを入れた。
ミカちゃんの体がまるで野球ボールのように飛んで行って、近くの壁に大激突する。
体が壁にめり込んでいるけど、頭を掴んで岩の中から引っ張り出す。
「ここは現実でゲームじゃないんだよ。お前のその腐った考え方を、今すぐ矯正してやる!」
「フゲシッ!」
気絶していたミカちゃんを殴って、無理やり意識を蘇生。
さらに体を足蹴りする。
力の加減なんて必要ない。
してはいけない。
ここがリアルだということを、嫌でも体に理解させてやる。
だから、死ぬ手前まで、ミカちゃんをボコる。
「や、やめっ」
「……」
「うあっ!」
ミカちゃんが弱々しい抵抗をしたけど、それを無視して殴る、蹴る。
見た目が幼女だとか、愛らしいなんてものは、今の僕には全く関係ない。
現実をただ教え込むだけだ。
「レギュ兄さん、何やってるの!」
「GYAO!」
僕がミカちゃんをボコっていることはよくあることだけど、いつもと完全に違う。
全くの手加減がない本気だ。
そんな僕を見て取って、兄弟たちが駆けつけてきた。
「レギュ兄さん、何をして!」
さっきまでは落ち込みまくってたユウも、顔面が蒼白。
「それ以上やったら、いくらミカちゃんでも死にかねませんよ!」
「お前らは黙ってろ!これは必要なことだ!」
ユウを始めとして、兄弟たちが僕を止めようと走り寄ってきた。
だけど、僕は腕を振るって兄弟を吹き飛ばす。
腕を振ると同時に放ったのは、重力魔法重力の圧力。
ただ任意の方向に、重力の圧力を加える魔法でしかないが、この魔法を用いれば人や物を、任意の方向へ吹き飛ばすことができる。
その力をまともに受けて、兄弟たちがその場から吹き飛ばされて、岩の壁に激突する。
「ガッ」
「グアッ」
「ヒィッ!」
ケームだと思い込んでるミカちゃんへの怒りがあったから、この時の僕の魔法は、威力の制御をやや欠いていた。
壁に叩きつけられた兄弟たちが、苦悶の表情を浮かべている。
だがそれを無視して、僕は床で蹲っているミカちゃんの方を見る。
背中の羽を掴んで無理やり引きずり起こし、
「いいか、これは夢でも幻でもないんだよ!」
いつもの太々しさがなくなっているミカちゃんを、さらに痛めつけ続けた。
その後、どれだけミカちゃんを痛めつけたか。
ドラゴニュートの頑丈な防御力を突破した攻撃で、ミカちゃんの口からは血が流れだしていた。
体の鱗の一部すら僕の無慈悲な拳が蹂躙し、鱗を破壊して、体から血を流している。
僕の方も殴り続けた拳の鱗が剥げて、そこから血がボタボタと垂れていた。
ドラゴニュートは本当に頑丈すぎる。
しかし、僕の手加減なしの攻撃を受け続け、ミカちゃんは完全にぐったりしてしまった。
「もうやめて、やめてよ、レギュ兄。ミカちゃんが、ミカちゃんが死んじゃう」
僕は大泣きしているフレイアに、後から抱きつけられた。
その前ではぐったりして動かないミカちゃんを介抱するために、ユウとリズがいた。
レオンとドラドの2人は、壁際でワンワン泣き続けていて、もはやこの光景に恐怖しか覚えていない。
「……」
最悪だ。
僕は自分がしたことを弁明しようとは一切思わない。
だが、自分がしたことが最低な行いであるとは思った。




