37 肉食動物の教育
最近ドラゴンマザーの運んでくる御飯は、原形をとどめていることが多い。
もともと超大型のドラゴンなので、ゴブリンやオーク、オーガなんて生き物は、前足を踏み下ろすだけで簡単につぶせるマザー。
身長が1メートルから3メートルぐらいの獲物なら、前足の体重をかけただけで、原形が残らない、ペースト肉にしてしまえるだろう。
体長6メートルくらいあるサイクロプスですら、マザーが前足で小突くだけで倒せるだろう。
ちなみにマザーの身長だけど、およそ120メートル。
僕たちの住んでいる木造の巣は、地面から100メートルほどの高さにあるけど、マザーは後ろ足を断崖絶壁の下にある地面につけたまま、巣にいる僕たちを上から見下ろせるほど背が高い。
ちなみに、ここに尻尾の長さは含んでいない。
日本が昭和から平成初期には、日本の名所の度々にやってきては、破壊して回る某迷惑怪獣が暴れていたものだ。
奴は、国会議事堂も、東京タワーも、東京都庁も、ビッグサイトも、その他もろもろの建物を壊して周り、たまに海外出張して国連本部だって破壊している。
時代が経過するにしたがって身長が2倍くらいに伸びた結果、全長が約100メートルになっていた。
まあ、あれは架空の怪物だったけどね。
そう、ゴジ○だよ、ゴ○ラ。
シ○ゴジラなんてのもいたけど、あれよりマザーの方がでかい。
僕らはドラゴニュートなので、父親は人間だろうけど、一体どうやって僕らは生まれたんだろう。
人間とドラゴンマザーでは、明らかに大きさが違いすぎる……。
このサイズ差を乗り越えて合体できるとか、僕らの両親ってとんでもないわー。
まあ、父親は見たことないけど……。
まさかコウノトリが卵を運んできて、僕たち兄弟が生まれたんです。
なんて、子供向けの話があるわけでもないだろうし。
と、思考の方向が脱線してしまったので、元に戻そう。
最近原形を留めている肉ばかりだと思っていたけど、とうとうその時が来た。
「グ、グギー」
本日ドラゴンマザーが運んできた御飯は、僕ら兄弟より少しだけ背の高い、モンスターのゴブリン。
片足が潰れていたり、腕が吹き飛んでいたり、中には頭か半分潰れているのもいる。
ものすごくグロイ光景なんだろうけど、これがいつも謎肉になって僕らのご飯になってるからね。
ただ、いつもならマザーは獲物をしとめるか、あるいは巣まで持ってきた段階で、口の中へ入れてモゴモゴと噛んで、ミンチ肉へ変えてしまう。
だけど、今日はそれをしない。
そしてゴブリンたちは未だに、荒い息を吐きながらも、
「グギー」
と呻いて、生きている個体がいた。
むろん、全てが生きているわけではない。
頭が潰れているようなのは、完全に死んでいる。
だが、生きているゴブリンたちをマザーは口に含むことなく、そのままの状態で置いている。
「これってもしかして、止めを刺せってことですか?」
「だろうね」
ユウは戸惑いながら、マザーの考えている可能性を口にする。
だけど僕は、可能性とは思わない。
マザーは、僕たちに生きている獲物を殺させるつもりだ。
肉食獣の場合、子供の頃は母親が肉をかみ砕いて与えてくれるけど、子供が成長していくと、かみ砕いていない生の肉を与え、自分で噛んで食べることを覚えさせる。
さらに子供が成長すれば、死にかけにしているが、止めを刺していない獲物を持ってくる。子供に生きている獲物に止めを刺させ、それを食べる勉強をさせる。
止めを刺すとは、つまり殺し方を教えるためだ。
「メシー」
――ゴギ、ゴギリッ
で、当然というか、いつも通りと言うべきか。
頭のおかしい野生児ミカちゃんは、ゴブリンがまだ生きていることなんてお構いなしに、頭に齧り付いた。
――お前、絶対前世日本人じゃないだろ。原始人だ、原始人!
「グ、グヒー」
「やかましー。黙れやー」
頭を齧られたゴブリンが最後の力を使って抵抗しようとしたけど、それをミカちゃんは力づくで抑え込んで、そのままゴブリンをガジガシ歯で噛んでいった。
出血多量で死んでしまうゴブリン。
もとよりドラゴニュートの腕力は常人離れしているので、死にかけのゴブリンが抵抗したところで、ミカちゃんの腕力から逃れるすべなどない。
「うっ、ううっ」
しかしミカちゃんは相変わらずにしても、そんな光景を目の前で見たユウは、口元を抑えて顔面真っ青になっていた。
まだ吐いてはいないけど、この前の虫の時は完全にアウトだったし。
そんなユウの前で、ミカちゃん以外の兄弟たちが首を傾げていた。
「ねえねえ、レギュ兄さん、ユウ兄さん、まだ生きてるよ?」
兄弟たちの疑問を代表して、レオンが尋ねてくる。
いつもは生きていても、マザーが全部殺してミンチ肉にしてる。
けど、今日はそれをしないので疑問なのだ。
「いいか、マザーはご飯を……いや、獲物をお前たちに殺させるために、生きたまま連れてきたんだよ」
「殺すため?」
僕が兄弟の疑問に答えるが、レオンはよく分かってないよう。
「いつもはマザーが獲物を殺してるけど、お前たちも成長しているから、そろそろ自分で獲物を殺すことができるようにするために持ってきたんだ」
「ふーん。でも、僕らが殺してもいいのかな?」
「いいんだよ。僕たちだっていつまでも子供のままじゃない。少しずつだけど成長しているから、いずれは巣の外に出て、獲物を自分たちで狩れるようにならないといけないからな。
だからまずは、自分たちで獲物に止めを刺せるようにならないといけない」
「そうなんだ」
完全には理解してないだろうが、それでも兄弟たちが頷く。
「てなわけで、皆ゴブリンに止めを刺してから食べるように」
「はーい」
兄弟たちは元気に返事をして、それぞれゴブリンの方へ向かっていった。
「……」
だけどそんな僕を、ユウが鋭い目で見ている。
「レギュ兄さん、なんで正直に答えたんですか?」
「正直も何も、僕らは一応肉食獣だから、これから生きていくために必要なことを話しただけだよ。
まさか僕たちが永遠に子供のままで、これからも巣の中でマザーに運んできてもらったご飯だけ食べていればいい生活をしていけると思ってるの?」
「思っては、いません。……でも」
――でも、生き物を殺すことは間違っている。
なんて事をユウは考えているのだろう。
だけど、そのことを自分の口から言い出せなくて、躊躇っているユウ。
ユウの前世である日本人の倫理感としては、そこまで間違っていない話だろう。
「ユウ、お前の考えていることはだいたいわかるけど、前世でも牛や豚、鳥なんかは食べたわけだろ。日本でなら、自分の目の届かないところで生きている牛や豚を殺して、さばいてくれただろうが、僕たちが今いる環境はそういうのとは違うからね」
「……」
「前世で自分がしなくて済んだことを、ここでは自分でしないと生きてけないよ」
「……」
「少なくとも、僕らは文明の中で生きてるわけじゃないから、肉ぐらい自分で狩って処理していけるようにならないと、生きていけないだろうし」
そう。
僕らがいるのは、断崖絶壁にある巣の中。
同時にここは、文明から外れた自然界の中でもある。
肉食であるドラゴニュートの僕たちは、成長すればいずれ自分たちで獲物を狩って、肉を処理して食べることを覚えないといけない。
文明の中にいれば、あるいは別の誰かが獲物を狩って、肉を処理してくれたかもしれない。
僕らは、誰かによって捌かれた肉を食べるだけでいい。
だけど、大自然の中ではそうはいかない。
僕が言ったのは、自然の中にいる肉食動物にとって、ごく当たり前のことでしかない。
まあ、ああだこうだと偉そうな理屈をユウに対して並べるけど、
――僕は文明人になりたいんだけどなー。
が、僕の本音だ。
「でもさ、これからも生きていくつもりなら、ユウも自分で食べる物の命を絶てるようにならないとダメだよ」
難しい説教は、ほどほどにしておこう。
どうせ正論だけグダグダ言い続けても意味がない。
人間、口を動かすのではなく、体を動かしての行動をして、初めて経験になるのだから。
ユウは項垂れたように視線を床に向けていたけど、僕はこれ以上ユウに話しかけないことにした。
どうせ死にたくなければ、獲物を殺して食べるしかない環境にいるんだ。
本人が納得しようがするまいが、生きるためならば、殺して食べるしかない。
さて、ユウの事は放置。
僕は兄弟たちの様子を眺める。
なんだかミカちゃんは既に3匹目のゴブリンに食らいついていて、本当に野生児だ。
そして食欲の塊だ。
ユウはナイーブに、生命に対する倫理観で苦悩しているのに、この子は逆に抵抗感がなさすぎる。
違う意味での怖さがある。
一方レオンは、床の上で倒れているゴブリンを、しばらく手でコツコツ叩いていた。
ドラゴニュートなので全力を出さなくても、ある程度力を込めれば一撃でゴブリンを殺せる。むしろ全力を出してしまうと、頭が木っ端みじんになって、スプラッターな光景になってしまうだろう。
殺すことを若干躊躇っているように見えるけど、そうしてコツコツ叩いているうちに、ゴブリンの小さな灯のような命が削られていき、やがてゴブリンの息が絶えた。
「死んじゃった」
レオンはそう言って、しばらくゴブリンを見ていたけど、やがてその肉に食らいついていった。
殺すことにやや抵抗はあっても、死んだ後の肉を食べることに抵抗はない。
もう何度か経験すれば、獲物を殺すことへの抵抗感もなくなるだろう。
――ゴオォォォォーーー
「フレイア、床が燃えるからファイア・ブレスはやめなさい!」
「はーい」
「てか、燃えてるじゃないか!」
レオンとは対照的に、フレイアはブレスでゴブリンをあっさり焼死させていた。
慈悲もためらいもない見事さだ。
それはいいんだけど、ゴブリンだけでなく木造の巣を燃やさんでください!
僕は慌てて魔法で水球を作り出し、燃える木材に水をぶっかけた。
――ゴキッ
そして三女のリズは、ゴブリンの首の骨を手でへし折って、一撃で仕留めていた。
それから両手を合わせて瞑目する。
それからおもむろに「いただきます」といって、ゴブリンを食べ始めた。
ユウがいろいろ教育しているから、何らかの宗教心にでも目覚めたのだろうか?
まあ、殺すこと自体への忌避はないようなので良しとしておこう。
「GYAOー」
――ガブッ、バギッ、ボギッ
そして末っ子で四女のドラドは、頭からゴブリンに噛みついていた。
小さいとはいえ、見た目は完全にドラゴン。
ゴブリンの頭を一口で丸のみにして、ゴブリンをあっさり殺していた。
やってることはミカちゃんにそっくりだけど、一撃で殺しているからいいか。
ミカちゃんの方は、生きてるとか死んでるとか関係なく、食べてるんだよね。
ちゃんと止めを刺してから食べないと、逃げられたり、反撃をくらったりして危ない。
ゴブリン程度の反撃なら問題ないだろうけど、いくらドラゴニュートとはいえ、不死身ではない。もっと強力なモンスターの場合、殺してない状態で食べようとして反撃を食らえば、どうなるか分かったものじゃない。
あとで注意が必要だ。
ちなみに僕に関してだけど、元魔王なのでこういう経験で今更どうこうないよ。
慣れてるから。
てなわけで、この前自作した劣化黒曜石の剣を持ってきて、それでゴブリンの首を強打して、骨をへし折って殺した。
ただ剣と言っても、実際には刃がないので、ただの鈍器でしかない。
だから、強打だ。
ドラゴニュートの力ならゴブリンなんて素手で十分だけど、やっぱり僕は文明人がいいので、素手で野蛮に殺すのは遠慮したい。
殺される側にとっては、殴り殺されようが、頭を砕かれようが、刃のない剣で撲殺されようが、全部同じ死だ。
そして食べる側にとっても、どんな死を与えても、その後は食べるだけだ。
「んー、やっぱり内臓が一番おいしいねー」
ゴブリンを殺した後、僕は暢気にそんなことを言いながら食べていった。
あれ?
文明人でいたいけれど、こんな言葉を口にしているってことは、僕も完全に野生児じゃないか……?。
――ド、ドラゴニュートは肉食動物だから、仕方ないんだ!
と、いうことにしておこう。




