28 ミノ吉兜
ミカちゃんが用意したアンデット化したミノタウロスの顔だけど、結局あれは壁に掛けたままになっている。
たまにカタカタと笑いだすだけで害はないし、腐ることもないので特に問題ない。
腐らないなら、いざという時に、あれを非常食にすればいいか。
でも、アンデットっていえば普通不気味がられたり、死者の怨念がどうとかと言われたり、あるいは戦場で無限に沸き続けて……などなど、いろいろ恐怖や厄介事の種となっているはずだ。
なのになぜ、僕はあれを非常食として見れるんだ?
それどころか僕の兄弟たちも、概ねミノタウロスの頭を非常食という認識で見ていた。
たまにカタカタと笑うミノタウロスを見ながら、ドラドが物凄く食べたそうな目をしてるし。
しかも置いているうちに、妙に愛着が出てくるから困る。
そして置いていて気付いたけど、あの頭が笑いだす時間は、いつもだいたい決まっていた。
1時間ごとに鳴る時計と思えば、便利かもしれない。
そんな風に思い始めていたけれど、
「あれ、ミノタウロスの頭はどこに行ったの?」
ある日気が付くと、カタカタと笑う頭が壁からなくなっていた。
「さあ、どうしてんでしょう?」
と、ユウも首を傾げる。
トラブルごとと言えば、ミカちゃんが99.9%以上を占めているので、僕は当然ミカちゃんがいる方を見た。
「お、俺は悪くねぇ!」
「で、何をやらかしたの?」
まだ何も聞いてないのに、視線を向けただけで狼狽えるミカちゃん。
やはり僕の目に狂いはなかった。
犯人は確実にミカちゃんだろう。ミカちゃんは視線を逸らすけど、その先にはドラドがいた。
「ドラド、お前も関わってるのか?」
――スッ
ドラドも視線を逸らした。
OK、君たち2人は共犯と見て間違いない。
だが、このまま真正面から攻めるのはよくない。
しらを切られるだろうから。
「ふむ、ドラドは関係ないみたいだな」
「ああ、卑怯者。ドラド、お前が食いたそうな目で、いつも見てたのがいけないんだからな!」
「GYAOOー!」
ミカちゃんが吠え、ドラドが大慌てで首を振る。
「さて2人とも、結局何をしでかしたのか話してもらおうかな」
2人が仲間割れを始めたので、僕は微笑んでから尋ねた。
僕は笑っただけなのに、なぜかミカちゃんとドラドがビクリと震えていた。
この後ミカちゃんが白状した内容をまとめると、小腹が空いている時にドラドがミノタウロスの頭を見ているのを、ミカちゃんが見かけたらしい。
そして、そんなタイミングでミノタウロスの頭がカタカタと笑いだしたから、つい。
……だそうだ。
「つい?」
「食べちまった」
――ガンッ
ミカちゃんの頭に鉄拳制裁。
「グハアッ。俺だけじゃねえ、ドラドも食ったんだからな!」
――ゲシッ
ドラドの方には足蹴り。
妹なので、ミカちゃんを叩くよりはかなり手加減しておいた。
「GYAO!」
蹴られて涙目になるドラド。
見た目ドラゴンなのに、意外と耐久力がないというか、繊細な子だね。
「なんで、俺よりドラドの方が手加減されてるんだ?」
「もちろん、ドラドは女の子だから決まってるでしょう」
「レギュレギュー、俺も女の子なんだけど?」
「嘘つけおっさん。あんた体は女でも、中身が前世のおっさんのままじゃねえか!」
「ヒ、ヒドイ。横暴だー」
ミカちゃんが叫ぶけど、いつもの事なので、気にする事はない。
こうして、ミノタウロスの頭消失事件は無事に解決した。
てか、ミノタウロスの頭がカッコいいとか抜かしていたのはミカちゃんなのに、どうしてそれを自分で食べてしまうかな……。
ミカちゃんだから、仕方ないけど。
ところでミノタウロスの頭に関しては、これだけで終わらなかった。
「なあなあレギュレギュ、ひとつ頼みがあるんだけど」
「……なに?」
また面倒臭い事だろうか?
ミカちゃんが自覚があるのかないのか、無駄に愛らしい幼女スペック全開で、おねだり顔になっている。
世の中の、多くの幼女愛好者がやられてしまいそうな顔だが……中身はおっさんだ。
「これで兜を作ってくれよ!」
ミカちゃんが取り出したのは、2本の鋭い角だった。
「……ミノ吉、お前はこんな姿になってしまったんだな」
「レギュレギュ、あいつに名前付けてたんだ」
ミノ吉。
ミカちゃんに食べられてしまった、壁に飾られていたミノタウロスの頭の事だ。
愛着がわいてしまい、僕は密かに心の中でそう呼んでいた。
なお骨もかみ砕ける僕たちドラゴニュートだけど、さすがにミノタウロスの角までは食べない。
角は固いし、おいしくない。
ミカちゃんが取り出してきたのは、そんなミノタウロスのミノ吉の角だった。
「でもさミカちゃん。この角を使って兜を作っても、役に立たなくない?」
「かっこいいからこれで兜を作ってくれ」
キラキラと目を輝かせるミカちゃん。
「カッコいいと言いながら、どうせミカちゃんの事だから、しばらく"ミノ吉兜"で遊んだら、その辺に放り捨ててお終いでしょう」
「レギュレギュ、"ミノ吉兜"って命名するぐらいなら、作ってくれよー」
むむっ。
今日はやけにおねだりしてくるな。
「それに俺は子供じゃないんだ。ミノ吉兜をオモチャ扱いするわけがないだろう。ハッハッハ」
なんて言って、ミカちゃんはわざとらしく笑った。
あ、これ完全に精神が幼児化してる。
欲しいおもちゃが欲しくて、いろいろ理屈をこねて欲しがってるな。
「作らないから」
「ヤダヤダー、作ってくれー。作ってくれないと駄々をこねて、この辺をずっと転げ回っているからなー」
「はいはい、地面でごろごろ転がって遊んでなさい」
「レギュレギュのバカー、アホー。オタンコナスー」
「……」
27歳のおっさんよ。あんたに羞恥心はないのか?
いくら見た目が幼女に転生したからって、中身は子供じゃないんだから。
「だいたいそれが人にものを頼む態度なの?」
「お願いしますレギュ様。この家ではあなたしかモンスター素材から道具を作ることができないんです」
今度は両手を合わせて、僕を拝み始めるミカちゃん。
――う、うぜぇ。
ミカちゃんのおもちゃにするために、ミノ吉兜を作るつもりはなかったけれど、この後物凄くしつこかったので、結局僕が折れて兜を作ることにした。
……あのおっさん、本当に何考えてるのか分からない。
さて、そんなわけでミノ吉兜を作ることになってしまった。
「うおっしゃー、さすがレギュレギュ。頼れるお兄様ですわ。うふっ」
「気持ち悪い、黙れおっさん!」
――ガンッ
猫なで声に加え、ウインクまでしてきたミカちゃん。背筋に悪寒が走ったので、問答無用で拳で沈めておく。
床にぶっ倒れて右足がピクピク痙攣していたけど、3秒後にはケロッとした顔して復活していた。
ま、そんなことはどうでもいいか。
さて、作ると決めたからにはミノ吉兜を作成するとしよう。
僕は自宅を拡張して作った、倉庫兼作業部屋へと移動する。
今回使用する材料は、ミカちゃんから頼まれたミノ吉の2本の角。
あと兜ってことは、頭にかぶる物だから……
「ミカちゃん、頭の大きさを合わせたいから、これ被ってくれる?」
僕はゴブリンの頭蓋骨を渡す。
頭蓋骨と言っても、顔面部分の骨は取り除いていて、ヘルメットみたいに頭に被れる部分だけ残したものだ。
詳しく言うと、前頭骨、頭頂骨、側頭骨などの骨だけ残したものになるかな?
マザーが持ってくる御飯には、ゴブリンの頭蓋骨も時に交じっていて、それを倉庫に保存しておいたものだ。
「んー、これを被ればいいのか?」
頭蓋骨なんて不気味極まりない物だけど、それを平然と頭に被るミカちゃん。
僕らは元人間で日本人だけど、今世ではドラゴニュートだからね。半分は人間だけど、もう半分はドラゴン。モンスターだからなのか、だんだん感覚が人間からずれてきてるかもしれない。
まあ、僕らが生活している今の環境にも原因があるんだろうけど。
「んー、ぶかぶかするー」
「じゃ、もう少し小さいのがあるから、こっちで」
「ほいさー」
倉庫にはいろいろな資材を貯め込んでいて、ゴブリンの頭蓋骨もいくつか保存している。
頭蓋骨は鍋のかわりとして使っているけど、火が当たってる内にひび割れができて、壊れることが多い。だから、常に数個の予備を用意しておく必要があった。
今回はその頭蓋骨を、兜のベースになるヘルメット部分に使おうと思う。
なお兜の頭を守る部分の事は、正確には鉢と言うらしいけど、分かりやすいからヘルメットと呼んでおこう。
あいも変わらず資材が限られている環境なので、ゴブリンの頭蓋骨をヘルメット代わりにして、これにミノ吉の角を取り付けてやればいいだろう。
それでお手軽兜の完成だ。
なお、僕は本職の防具職人でないので、きっちりした兜は作れないのであしからず。
「こっちはピッタリだな」
「じゃあ、それをベースに作っていこうか」
今度の頭蓋骨はミカちゃんの頭に合ったので、これを使っていく事に決定。
しかし、このまま頭蓋骨にミノ吉の角を取り付けるだけというのも味気ない。
……あれ?
僕って自分で思っていた以上に、ミノ吉に愛着を持っていたのかな?
まあいいや。
僕は倉庫に貯蓄しているオークの皮を持ってきて、それを火で炙って形を変えていく。
なお、ここで使用するのは僕が魔法によって起こした火。
次女のフレイアに火を起こしてもらってもいいけど、フレイアの火は火力が安定しないので、僕が魔法で火を操作した方が安定した火力になる。
僕の前世は魔王なので、魔法の威力操作などお手の物だ。
そして皮を火で炙ると、形をある程度変えることができる。
これによって平面な状態から、カーブを描いた状態にしていく。
火で皮を炙り、それを何度か頭蓋骨に当て、皮が頭蓋骨にぴったり引っ付くようにした。
こんな技術昔は持ってなかったのに、家庭内生産職をしているうちに、いつの間にか身に着けてしまった。
地味に、僕の手に職がついてきてきている。
それでも本職の職人とは、比べられないほど雑な仕事だろうけど。
頭蓋骨にぴったりと合う皮を作り上げたので、次は釘を使って、オークの皮を頭蓋骨に打ち付けていく。
ただの骨の兜では味気ないので、その表面にオークの皮を張ることにしたわけだ。
なお、今回用意した釘は魚の骨でできている。
いつもご飯を持ってきてくれるドラゴンマザーが、ある時海まで遠征したようで、潮の香りがする巨大な魚を持ってきてくれた。
久々に食べる海の魚。
見た目は僕らの体より遥かに巨大なモンスター魚だったけど、動物の肉以外の食べ物に、僕とミカちゃんとユウの3人は、大はしゃぎしたものだ。
兄弟たちも、初めて食べる海の幸に興味津々だった。
でも日本人魂なのか、あの時海の魚を食べるミカちゃんのテンションは、異常なほどヤバかった。
まあ、ミカちゃんがいろいろヤバいのは、いつもの事だけど。
そしてその時の魚の骨は、マザーが今までに運んできてくれたモンスターの骨より、頑丈だった。
なのでそれを僕が加工して、魚の骨の釘をいくつか作っておいた。
そんな魚の骨の釘を使い、ゴブリンの頭蓋骨ヘルメットにオークの皮を打ち付けていく。
以前、自宅の拡張用に巨大ハンマーを作ったけど、手作業用の小さな金槌も作っておいたので、それでカンコンと音を出しながら、打ち付け作業を進めていった。
そうしてゴブリンの頭蓋骨ヘルメットに、オークの皮を張って、見た目の骨っぽさをなくす。
「おお、さすがはレギュレギュ。素晴らしい匠の技ですなー」
「ミカちゃん、褒めても何も出ないからね」
今回はおねだりしているので、僕のご機嫌を取ろうとしているミカちゃん。
いつもこれぐらい大人しければ、可愛いのにね。
まあ、中身がおっさんだけど。
さて、皮を打ち付け終えたので、次にミノ吉の角をヘルメットに取り付ける作業にかかる。
ミノ吉の角をヘルメットに当て、ヘルメットの裏側から、魚の骨製の釘を打ち付けて固定させる。
……つもりだったけど、ヘルメットの大きさに対して、明らかにミノ吉の角が大きすぎる。
「ミカちゃん、角を2本つけるのは無理だから、1本にしていいかな?というか、このヘルメットだと1本しかつけられない」
「むうっ、仕方がない。そこは妥協しよう」
テンションが目に見えて落ちるミカちゃん。
とはいえ、さすがに中身は27歳のおっさんだ。
ここにきて、またしてもただをこねることはなかった。
ミカちゃんの許可も出たので、僕は改めてヘルメットに角を取り付けていく作業をする。
なお、角を取り付けるために使用する釘は、先ほど頭蓋骨に皮を打ち付けるために使った釘より、大型の釘だ。
釘も、いろんなサイズがあると便利なんだよね。
と、取り付ける段階になってアイディアが思い浮かぶ。
「そうだ。ただ釘を打ち込むより、釘に螺旋型の溝をつけてねじ込んだ方が、取れにくくなるか」
釘と一口に言っても、様々な大きさがあれば、溝が掘られて様々な加工がされている釘が日本にはあった。
僕は工業系の学校に行ってたわけではないので、そこまで釘の種類に詳しくないけど、ただ真っすぐなくぎを打ち込むより、螺旋状の溝をつけた方が、釘が更に抜けにくくなるはずだ。
そのことに気付いて、さっそく魚の骨製の釘に溝をつけていく事にした。
こういう時に使うのは、風属性の魔法。
僕が風の属性竜の性質を持つドラゴニュートと言うこともあって、風を操るのは物凄く簡単だ。
ぶっちゃけ前世で魔王をしていた頃より、風を扱うことが超簡単にできる。
なので調子に乗って、
「螺旋の風の刃」
たった今思いついた、オリジナルの風魔法を使ってみた。
スパイラル状の風が釘に溝を作っていき……途中で釘がポキリと折れた。
「んー、思っていたより溝をつけるのが難しいな。えーと、まだ釘の在庫はたくさんあるから、何回か練習して……」
「あのー、レギュレギュ。兜作りは?」
「今やってるよ。だけど、釘の構造に凝りたいんだよね。ウインドカッター」
さっきの即興魔法ではダメだと思い、風の刃を回転させつつ放つ。
今度は慎重に時間をかけて釘に溝をつけていくけど、溝の幅が安定していない。
「これではダメだな。次!」
「レギュレギュー?」
「また失敗した。難しいなー」
「……」
結局その後10本以上の釘を無駄にしたけど、最終的に満足できる"螺旋釘"が完成した。
「よし、これを使ってヘルメットに角を取り付けていこうか」
もちろん僕は目的を忘れていない。
完成した釘の出来栄えに満足しつつ、それを使ってヘルメットに角を取りつけていった。
「はい、できたよミカちゃん!」
こうして一本角を取り付けたミノ吉兜の完成だ。
一本角の兜。
なんとなく、ガンダ○に出てくる、ジ○ン公国のモビル○ーツを連想させるね。
『○クとは違うのだよ、ザ○とは!』
まあ、この場合は○クの頭に似てるんだけど。
僕はミカちゃんに向かって、完成したミノ吉兜を差し出したけど、
「あれ、ミカちゃん?」
気が付くと、ミカちゃんがいなくなっていた。
「おーい、ユウ。ミカちゃんどこ行ったか知らないか?」
倉庫部屋にユウもいたので尋ねると、ユウは口の前で指を一本たてて、静かに、の合図をしてきた。
「?」
なんだろう。
そう思いつつも、ユウが隣の部屋を指さしたので、そっちに行ってみる。
するとそこではミカちゃんを始め、兄弟たちが床にうつ伏せになって、ぐっすりとお昼寝していた。
翼と尾っぽがあるので、ドラゴニュートは仰向けで寝ることができない。
「メシー」
眠っているミカちゃんはそんなことを言い、涎を垂らしながら、近くにいたレオンの手に噛みついた。
「う、うーん。ミカちゃん、おっぱい、まんじゅう怖い」
噛まれたレオンの方は、首をイヤイヤと振りながら、うなされてる。
レオンよ、お前は一体どんな悪夢を見てるんだ?
レオンの悪夢が気になりつつも、僕はぐっすり眠る兄弟たちを一瞥し、それからミカちゃんの頭に、たった今完成させたミノ吉兜を乗せておいた。
「ふあああっ。なんだか僕も眠くなってきたな」
健やかに眠る兄弟たちを見ていたら、僕まで欠伸が出てきた。
何度も転生していて、元日本人だとか元魔王な僕だけど、今世では生まれてからまだ数カ月。
やっぱり子供の体ということもあってか、兄弟たちの放つ睡眠オーラにやられて、一緒に眠ることにした。
「ウガー、メシー」
ただし床に寝そべった僕の足に、ミカちゃんが手を伸ばしてきた。
ミカちゃんの夢の中では、たぶん骨付きの巨大漫画肉でも手に握っているのだろう。
僕は尻尾を使って、ミカちゃんの伸びてきた手を叩き落としておいた。




