273 回渡りのリゲル
「つ、疲れたー」
ゴブリンをホブゴブリンへ50体ほど進化させたところで、僕の魔力がかなり減ってしまった。
ゴブリン村では、ついこの前までリガルという名のネームドゴブリンが支配者として君臨していたが、それに反抗するリゲルとの間で戦闘があったそう。
その戦いで村のゴブリンの数が減ったそうだけど、それでも800体もの数がいた。
これを1日、2日で全て進化させるのは不可能だ。
『ゴブリンだから、残りは全部食べちまえ!』
という解決方法もあるけれど、ここにいるゴブリンには食料でなく労働力になってもらう予定なので、日を掛けて全て進化させてしまうおう。
この場にいるゴブリンたちは、将来の貴重な労働力。
スケルトンの時と同じだよ、君たちも労働の楽しさに目覚めて、病みつきになること間違いなしだから。
さて、進化作業は毎日続けていくとして、僕たちは場所をゴブリン村から、以前兄弟で協力して作った、ツリーハウスがある場所へ移った。
僕たちが西の森で行動するときは、基本ツリーハウスを拠点にしているけど、今日からここを大規模に開発していこう。
かつてはアントの巣でしかなかった第二拠点を、地下に広がる巨大な不死者の都へ開発したのと同じだ。
ここにも立派な拠点を築いていこう!
しかも今回は地下でなく、地上にだ。
「というわけで、ここに村を作る。新ゴブリン村……いや、ホブゴブリン村か?まあ名前は何でもいいや。ここに村を作るから、リゲル、お前がホブゴブリンたちに指示を出していけ」
「えっ、村を作るって、俺そんなことできませんよ!?」
何を言ってるんだ、このオーガは!?
「君って"界渡り"した"人間"だろう。それくらいできないの?」
「界渡り?……というか、オデは人間じゃないですけど?」
「元人間だろ。あと界渡りっていうのは、一度死んだ魂が、別の世界に渡って生まれ変わる事を示す言葉だ。要は"異世界転生"の事だね」
「!?」
はて、リゲルくんが滅茶苦茶驚いた顔してるけど、何を今更。
もしかして、自分が異世界転生した人間だってことを、隠したがっていたのかな?
「君さ、いくら進化したからって、ただのモンスターが会社とか農林業なんて単語を、いきなり理解できるわけないだろう。なのに、君は理解していた」
「た、確かに」
進化して、日本語を話せるようにはなっても、その意味を理解するのは別の話。
ドラゴニュート兄弟にしても、転生者である僕やユウ、ミカちゃんと違って、他の兄妹はよく理解してない言葉が多かった。
テレビゲームとか、スマホなんて言っても、兄妹たちにはチンプンカンプンだ。
生まれてこの方、原始時代みたいな世界で生きてるので、科学の産物なんて理解しようがない。
そして魔力を注いで進化させてやった時に気づいたんだけど、このリゲルくんは特殊な存在だった。
「魂が特殊で……少し削れている」
僕、これでも元魔王なので、いろいろ知識がある。
というか、シリウス師匠の下にいた時に学んだ知識の中に、魔王レベルでは済まないトンデモ知識が、山ほどあるんだけどね。
あの人の研究内容は、どれもこれも世界の摂理をいとも簡単に塗り替えれるものばかり。
上を見れば神の世界の知識。
生命の蘇生方法に、新生命の創り方。宇宙生成の方法に、宇宙全体に匹敵するエネルギーの生産方法、その保存の仕方ectect...。
ただ逆に下を見渡せば、『究極の甘味砂糖様に関する糖分研究』なんて名付けられた、砂糖に関する意味不明な研究もあった。
どの砂糖が一番甘くて、どの砂糖が一番糖分があって、どの砂糖が一番太りやすいかなど……
シリウス師匠は、天才とバカのハイブリットだから仕方ないね。
「魂が、削れてる?」
「別の世界から界渡りすると、普通は魂が木っ端微塵に砕けてなくなるんだけど、たまに問題なく魂が残る場合があるんだ。これは魂の強弱でなく、性質に関係しているんだけど、その辺の細かい説明は専門的になるからいいよね。で、君の場合は界渡りはできたけど、適性が不完全だったので、この世界に生まれ変わった際、魂の一部が削れたんだろうね」
「……それって、突然死んだりなんてことはないですよね?」
「魂が削れても、肉体の生死には関係しないから大丈夫だよ。でも、前世の記憶が所々欠落してるでしょう」
「は、はい」
「それが、魂が削れることで起きる症状だ」
まるで重病にかかった患者が医者から病気の説明を聞くように、素直に聞いてくれるリゲルくん。
「命には別状ないから、大丈夫だよ」
「そうなんですか。っていうか、レギュラス……様は、一体何者なんですか?」
「僕?そうだね、元日本人で元魔王で、その他いろいろ」
「日本人に、魔王……やっぱり魔王なんだ」
「元だからね」
なぜだろう?
リゲルくんの目が細くなって、物凄く胡散臭そうに僕を見てくるんだけど。
あくまでも僕は"元"であって、"現魔王"ではないよー。
「まあ、僕の事はいいや。君がこの世界とは違う別の世界の人間で、元日本人なのか、アメリカ人なのか、スペイン人なのか、チリ人なのか、はたまたモンテネグロ人だかは知らないけど、君は僕の部下として頑張って働いてくれたまえ」
前世の知識がある分、リゲルくんはただのモンスターどもより頭が格段にいい。
ゴブリン村で鍛冶師をしていたのが、いい証拠だね。
僕は大切な頭脳労働者であるリゲルくんの肩を叩いて……クソッ、リゲルくんがオーガに進化して巨大になったせいで、僕の身長ではリゲルくんの肩に手が届かない……
「こ、これからは僕の部下として、頑張って働いてくれたまえ」
仕方がないので、かわりに手を伸ばして握手を求める。
多少声が震えてしまったが、手が届かなかったのが悔しかったからじゃないぞ!
「あの、この手は何ですか?」
「握手だよ」
「握手?」
「あー、その辺の記憶は欠落しているのか……」
んー、前世の記憶持ちだとでも、記憶の欠落があるので、少し困ったことになるかもしれない。
でも、進化させたホブゴブリンどもより、リゲルくんは役立ってくれるはずだ。
なので、ブゴブリンたちのリーダーは、リゲルくんで決定。
「君には期待しているよ」
少々記憶が抜け落ちていても、問題はない。
僕はリゲルくんの手を無理やり握って、握手した。
「てわけで、まずは村づくりを始めてくれ。もちろん拒否権はないから」
「はいっ!?」
だから、仕事をしようね。
楽しいよ、とっても、とーっても楽しいよ。
フフフッ。




