270 リゲルくん勧誘活動 その1
『ゴブリンのリゲルよ。僕の下にきて、ぜひとも頭脳労働者として働いてくれたまえ!』
『えっ、労働者……!?』
さて、念話の魔法を使って、リゲルくんの勧誘を開始した僕。
魔法によって双方向で意思のやり取りが出来るようになったけど、リゲルくんは僕を見て滅茶苦茶ビビっていた。
(今、選択肢はないとか、村を全滅させるとか、とてつもなく不穏なセリフが……)
『念話の魔法で話してるから、心の中で考えてることが、互いにただ漏れになるからね』
(ちょっ、もしかして今俺が考えていたことも!?)
『もちろん、聞こえているよ』
(た、頼みます、殺さないで。俺はまだ死にたくない。それに、母ちゃんだっているんだ)
『母親?……あー、生みの親を女房にしてるのか。それはまた随分と爛れた関係というか……モンスターだから、こんなものなのかな?』
なんだろうねぇ。
言語が通じない者の間で、会話することが可能になる念話って、一見便利に思えるけど、双方の考えてることが駄々洩れになるので、必要外のことまで通じ合ってしまう。
『これは不便だな。仕方ない、ちょっと君を進化させるか』
(進化?)
『ちょちょいと終わらせるから、そこを動かないように』
(ヒエッ!?)
面倒くさいので、進化させたうえで日本語を話せるようにしてあげよう。
前世で僕が魔王をしていた世界でも、この世界でも、モンスターに一定量以上の魔力を与えると進化する。
この世界の場合だと、進化した上に知能が向上し、なぜか日本語まで話せるようになるオプション付きだ。
このオプション部分に関して、多少気になるものがあるけど、今回は重要でないので置いておこう。
僕はリゲルくんの頭に手を置いて、魔力を譲渡してやる。
ドラゴニュートである僕の魔力量は膨大で、ゴブリンを進化させるなど容易いこと。
とはいえ、1段階進化させた程度では心もとないので、もっと大量に魔力を投入して、数段階分進化させてやろう。
「ウギ、ギャア、ギャアアアアー!」
大量に魔力を注ぎ込んでやると、リゲルくんが悲鳴を上げて暴れ回る。
もっとも僕がリゲルくんの頭をガシリと掴んでいるので、いくら暴れられたところで、全く問題ない。
頭を掴んだままなので、逃がさないよー。
「兄さん、まさか洗脳して操り人形にしようとしているんじゃ……」
「ユウ、洗脳したら知能が低下するから、頭脳労働者にそんなことしないよ。それよりハンバーグを焦がさないように気を付けててくれ」
「ええっ!」
なぜか、ユウが失礼なことを言ってきたけど、何言ってるんだろうねぇ?
せっかくの頭脳労働者(予定)を、洗脳でバカにしてしまっては元も子もない。
それとリゲルくんの様子がただならぬと見て取り、ダークスケルトンたちに囲まれているゴブリンたちも、顔面が真っ青になっていた。
まあ、外野に関してはどうでもいい。
そうしている間に、魔力の注入が完了。
リゲルくんの体が白い光を放ちだし、やがて輪郭が不定形に歪み始める。
光が巨大化していき、それが不安定な形から、徐々に四肢を備えた形へ変わっていく。
光が晴れた時、ゴブリンのリゲルくんはオーガに進化していた。
元がゴブリンだったクロゴブと同じだね。
ただし13魔将がいる第二拠点で進化したクロゴブは、死霊系の要素が強く出てダークオーガに進化したけど、リゲルくんの方は、僕の風属性の魔力が強力に影響している。
全属性の魔法を扱える僕だけど、ドラゴニュートとしては風の属性竜の性質持ちなので、投入した属性は風属性の魔力になる。
全身が緑というより、エメラルドの輝きを持つ、特殊なオーガへとリゲルくんは進化した。
「風属性のオーガ。ウインドオーガなんて名付けたら恰好悪いから、さしずめ"西風オーガ"とでも名付けておくか」
かくして僕は、リゲルくんをゼフィルオーガへと進化させた。
「ぐっ、うおおっ。一体何があったんだ……あれっ、俺の体がおかしい?」
「おめでとう、リゲルくん。君はたった今進化を果たして、オーガの亜種ゼフィルオーガになったんだ」
「俺が、進化?それにゼ、ゼ……オーガ!?」
「ゼフィルオーガ」
「……」
自分が進化したことに驚いてるリゲルくん。
まあ、無理もないよね。
ただのゴブリンが進化をして、いきなりオーガの亜種になったのだ。
今までの貧弱だったゴブリンの肉体からは想像もできない、筋骨隆々の巨大な姿をしたオーガ。
僕としてはリゲルくんの身長が伸びまくったことで、見下ろされる形になってしい、心の中で非常に納得できないものを覚えてしまう。
けれど、それについては深く考えまい。
僕は自分の背が低いことを、気にしてなんか、いない、から……。
……クソが。
「レギュ兄、ハンバーグ焼けたよー」
なんてところで、向こうでハンバーグを焼いていたドラドから声がかった。
「とりあえず、リゲルくん。進化してお腹もすいただろうから、まずは食事をしながら面接しようか」
「め、面接?」
「そう。さっきも言ったけど、僕は君を優秀な頭脳労働者と見込んで、勧誘するためにここに来たんだ」
「カンユウ?」
何がおかしいんだろうね?
リゲルくんは目を点にしながら、ダークスケルトンに包囲されている、元同族のゴブリンたちに視線を向けていた。
なーに、大丈夫。
君が僕の部下にならないと言わない限りは、あそこのゴブリンたちは殺さないから。
否と言わなければ、いいだけだよ。
クククッ。
それはともかく、リゲルくんを連れて僕は兄弟たちと一緒にハンバーグを食べる事にした。
「兄さんがとうとう生命の冒涜まで始めてしまった。人工進化なんて、神への冒涜だ……」
ご飯になったら、ユウがそんなこと呟いてた。
何言ってるんだか。
ちょっと魔力を渡して進化させただけなのに、それくらいで生命とか神への冒涜なんて、いちいち気にする必要ないのに。
それに神への冒涜と言っても、ユウって前世は日本人の定番である、名目だけ仏教徒という名の、無宗教者じゃないの?
「レギュラスお兄様、また変なのを作ったんですね」
そしてフレイアからはこの扱い。
あ、うん、すまないねフレイア。
フレイアには、所詮オーガなんて"変なの"扱いだよね。
「ウヘヘヘー」
そんなフレイアの膝の上では、ミカちゃんが抱き人形のようにして、フレイアに抱かれていた。
ミカちゃんの頭の上にフレイアの巨大な胸がちょうど乗っかっていて、例のクリーチャー化したオッサン顔になりながら、鼻血をダラダラ垂らしまくっていた。
完全に理性がぶっ飛んでしまっている。
今のミカちゃんには、外の世界が完全に見えてないのだろう。
しかし普段お触り禁止とかなんだと言ってるのに、いきなりミカちゃんを甘やかして、どうしたんだフレイア?
いや、理由は聞きたくないので、どうでもいいか。
僕はソッと、ミカちゃんとフレイアから視線を逸らした。
「モグモグ、美味しいねぇ~」
「ドラドたちが頑張って作ったもんねぇ~」
ああ、変な2人と違って、レオンとドラドはなんてほっこりさせてくれるんだろう。
2人とも尻尾をフリフリしながら、ご機嫌だ。
「ドラド、顔に血が付いてますよ」
「あっ、いけない!ミンチにしてる時に血が付いたんだ」
「拭いてあげるから、動かないで」
そしてドラドの顔を拭ってあげるのは、リズ。
妹思いでいい子だね。
「モグモグモグ、リゲルくん。君もどんどん食べたまえ。美味しいよ」
「敵対したけど、このトロールって一応俺の村の住人の1人だったんですが……」
「まあまあ、そんな小さなこと気にせずに、どんどんお食べ」
「……」
ああ、このトロールハンバーグ美味いなー。
「脂が大量にあるので、ここに来るまでに仕留めたオオイノシシやシロザルの肉も焼きましょう」
そのあとはリズが言い出しっぺになって、森でとれた様々な食材(肉)を鉄板で焼いていった。
ジュージューと肉が焼かれて行って、とてもいい匂いが辺りに広がる。
森の食材はゴブリンと違って、やっぱり美味しいねぇー。
「あ、うまい」
現にトロールの肉には抵抗を示していたリゲルくんだけど、それ以外の肉は普通に舌つづみを打っていた。
美味しいものと空腹には、勝てないからね。




