261 ネームドのリガル (リゲル視点)
前世では当たり前のように誰もが名前を持っていたけど、ゴブリン村では名前を持っている者はかなり珍しい。
まず転生者であるオデは、この世界に生まれた瞬間から"リゲル"という名前を持っていた。
だけど父ちゃんも母ちゃんも、そしてたくさんいる兄弟や息子娘たちは、名前を持っていなかった。
オデの家族だけでなく、最全盛期には1000人にまで膨れ上がったゴブンリ村の中でも、名前を持つゴブリンはほとんどいない。
前の村長も、今の村長も名前は持っていない。
オデは転生者ということもあってだろうが、そういう意味でレアな個体だった。
名持ちは、名無しのゴブリンと比べると、何かしら優れた点があるのが普通だ。
まんまゲームのような世界だと思ってしまう。
もっとも、ゴブリンの人生は生きるか死ぬかの連続なので、ゲームの様にのんびりできない。
あるいは、RPGの雑魚モンスターらしく、毎日が死と隣り合わせと言うべきか。
それはともかく、オデは転生者という他のゴブリンたちと違う点があることで、村では鍛冶師となって活躍した。
他にも村にごく少数いたネームドのゴブリンたちも、何かしら優れた能力を持っていた。
そしてネームドが優れているのなら、当然名無しのゴブリンに名前を与えて、ネームドにすればいいという考えに行きつく。
だけど、名無しのゴブリンに名前を付けようとしても、なぜかうまくいかない。
前世の基準を持つオデからすれば、血の引くような気味悪さなのだけど、前世で当たり前にできることが出来なかった。
オデの兄弟にも子どもにも、名前を付けることが出来なかったのだ。
「おい、お前、息子、ゴブリン村のゴブリン」
名前を付けようとしても、なぜか口からそんな言葉ばかりでて、名前が出てこない。
それどころか、兄弟にどういう名前を付けようとしていたのかさえ、忘れてしまう。
まるで頭の中の記憶が、真っ白に消されてしまったかのように。
恐ろしいことだった。
まるで自分の頭の中を、何者かによって弄くられ、記憶を消されているかのようなおぞましさ。
この世界がオデの住んでいた地球とは、全く異なる法則によって動いている。気味の悪い世界だ思わされた。
しかし、それだけネームドには価値があるということだろう。
そして気味が悪いと思っても、オデはこの世界で生きていくしかなかった。
何しろ転生して、この世界で生きているのは、オデの意思でしたわけじゃない。
それに「だったら死ねばいいのか?」なんて、極端な結論を選ぶ気は毛頭ない。
それにこの世界の全てを嫌いになれる程、オデはこの世界を嫌ってはいなかった。
少なくとも、村にいる数少ないネームドゴブリンの1人、リガルが騒動を起こすまでは。
リガルの奴は、前世の記憶もちの俺とは違う。
だけど、ゴブリンにしては頭のいい奴だった。
狩りに出れば、隊長として他のゴブリンたちを率いることができ、的確な命令を出すことが出来る。
リガルが狩りを率いると、効率的な狩りが出来るので、多くの獲物や果物を収穫することが出来た。
狩りでの成果が多くなるので、村のゴブリンたちは、ネームドのリガルを特別視していた。
ゴブリン村は原始人の集落みたいなものだから、狩りでの成果を多く出せれば、それだけで他の存在よりも上とみられる。
リガルは腕力は他のゴブリンと同程度でも、頭がいいおかげで狩りが上手くいく。
オデにしても、村のために狩りで成果を多く出してくれるリガルのことを、頼もしく思っていた。
そう、リガルは"村のため"に働いていると思っていた。
だけど奴の頭の良さは、狩りで発揮されるだけでなく、今回の移民で混乱していたゴブリン村を、流血沙汰で無理やり治める方向にも発揮されたわけだ。
奴は他の仲間のゴブリンたちを殺すことを、平然と命令したのだ。
それに従ったゴブリンファイターたちもだが、リガルの一派は狂っていた。
リガル一派によって、移民派のゴブリンたちは一掃された。
オデの扱いを巡って対立していた3派の争いはなくなったけど、かわりにゴブリン村の村長はリガルの父親。
そして3派の争いを力づくとはいえ解決したリガルは、それをいいことに幅を利かせるようになっていった。
「いいかリゲル、俺たちのために武器を作るんだ」
「……分かっている」
「お前はこの村で唯一鍛冶が出来るゴブリンだ。だからお前には、特別贅沢な生活もさせてやろう」
「……」
リガルは、ゴブリンにしては頭がいい。
こいつは、オデたちの中から進化したゴブリンファイターを集めて組織し、そいつらに優先的にいい食料を与えている。
"有能"で自分に従うのであれば、それに見合った報酬を与える。
この村での報酬とは、食べ物の事だった。
でも、
「お前たちみたいに戦えないゴブリンどもは、飢えて当然だ。悔しければ進化して、俺の役に立てるようになることだな。カカカカカッ」
一方で従っていても、"有能でない"ゴブリンに対して、リガルは冷たい。
ただ態度が冷たいだけでなく、狩りで得た食料の分配を減らして、意図的に差別していた。
そして最後に、リガルに対して従わないゴブリンに対しては、容赦がない。
「俺はこの村で村長の次に偉いんだよ。そんな俺に逆らうってなら、どうなるか分かってるんだろうな。クククッ」
そう言い、奴は手下のゴブリンファイターをけしかけて、逆らう奴らに暴力を振るう。
ただのゴブリンでは、ゴブリンファイターに勝つことなんてできない。
一方的な暴力を受けて、無理やり従わされるだけ。
しかも、与えられる食料はわずか。
「この村では、誰もが平等に食べ物を分け合っていたのに、リガルのせいでそれが終わってしまった」
リガルの奴は、自分の派閥を作っている。
優秀な戦力であるゴブリンファイターたちには、いい待遇を与えて、自分の味方に引き入れる。
まるで"貴族"のような扱いだ。
そして優秀でなくても、従うゴブリンたちに対しては、"平民"のような扱い。
逆らう相手は、"奴隷"のように扱った。
リガルはこの村の中に、階級社会を作っていってる。
今までの平等でいたゴブリン村は、リガルによって終わりを迎えてしまった。
オデはそんなリガルの奴を心の中で憎く思いながらも、逆らえなかった。
あいつはゴブリンにしては頭がいい。
オデの弱点が家族にあることを分かっているから、オデがリガルに逆らうのは、家族が危険にさらされるということだ。
オデもゴブリンに転生して、この村で生活してきた。
だから病気やモンスターとの戦いで、ゴブリンがよく死ぬのを知っている。その中には、オデの家族だってたくさんいた。
残念だけど、オデが鍛冶をして武器や防具を揃えても、それで誰もが犠牲失く狩りをできる程、ゴブリンのオデたちは強くない。
病気だって、完全には防げない。
その死んでしまう者の中に、家族がいることもよくある。
ゴブリンに転生したオデは、そんな自体に、残念だけどもう慣れてしまった。
でも、だからと言って、無駄に家族を殺されるわけにはいかない。
たった7年生きられるか分からないゴブリンでも、死ぬまでには精一杯に生きて、それで死ぬべきだ。
なのにリガルに逆らって、それで殺されてしまうなんて末路には、絶対にさせてはいけなかった。
少なくとも、家族にそんな目に合って欲しくない。
だから、オデはリガルの奴が気にくわなくても、奴に従って武器や防具を作り続けることにした。
強者に尻尾を振るだけの弱者の生き方だけど、それでもオデは家族を守るためなら、それぐらいする。
だけどリガルの奴は、俺が思った以上に知恵が回った。
リガルは、ゴブリンが進化するためには、狩りでモンスターを倒すことが必要だと理解していた。
オデがリガルから直接聞いたわけじゃない。
だがリガルが狩りの旅に連れていくのは、ゴブリンファイターばかり。
「こいつらは普通のゴブリンどもよりも強い。だから、こいつらに狩りをさせた方が死ぬ奴が少なくていい」
口ではリガルはそう説明していた。
でも、実際には自分の派閥に属しているゴブリン以外を、進化をさせたくないのが本音だろう。
自分の敵になる奴を強くしない。
そうすることで、自派の力を維持しようという目論見を持っている。
他のゴブリンたちはバカなので、そんなリガルの本音に気づいてないけど、オデはリガルのやっていることを見て、すぐに分かった。
それに奴は、ゴブリンファイターを狩りの主戦力にしていても、たまに普通のゴブリンも伴っている。
「こいつらは狩りでの荷物持ちだ。ファイターだけだと、獲物を持ちきれないからな」
口でそう言いつつも、リガルの連れていくゴブリンたちは、奴に対してお追従をして、いつもご機嫌捕りをしている連中だった。
現在いるファイターだけでなく、自分に忠実なゴブリンたちにも狩りをさせて、それで進化することを目論んでいる。
リガルの奴を嫌な奴だと思っていたけど、奴はゴブリンらしくないほど、頭のいいゴブリンだった。
ただその頭の良さが、悪知恵にしか働いていなかった。
それもただの浅知恵でなく、質の悪い悪知恵だ。




