260 ゴブリン村の一大事件 (リゲル視点)
オデがこの世界にゴブリンとして転生して1年。
今では青銅製の武器も出回り、狩りは順調。
狩りが上手くいくようになったことで、食糧事情がかなり改善された。
衛生概念を導入したことで、病気になるゴブリンの数が減った。
子供の時に病気で死ぬゴブリンも多かったけど、その数も見違えて減った。
完全にとはいかないけど、生きて大人になれるゴブリンが増えたのだ。
その結果、村の人口は以前は300人程度だったのが、いつの間にか1000人を超えるまでになった。
たった1年でこの変化だ。
元々ゴブリンのメスは常時妊娠状態で、一度の出産で10人以上のゴブリンを産む。
さらに狩りで出る死傷者の数が減ったことで、生き残るゴブリンの数が増えた。
それらの効果が、人口の増加という形で表れていた。
もちろん、いい事ばかりじゃない。
7歳になっていた村長は、この1年で老齢で死んでしまい、さらに父ちゃんも狩りに出たっきり、帰ってこなくなった。
その時の狩りにオデは同行していなかったけど、おそらくモンスターに食われて死んでしまったのだろう。
「また増えるから大丈夫だ」
ゴブリンらしい無責任なことばかり言ってた父ちゃんだけど、死んだとなると寂しい。
「母ちゃん……」
「リゲル」
そしてその結果、なぜか母ちゃんと一緒に寝て……子供が出来てしまった。
いや、あ、うん、はい。
事故なんだ。
オデ、この世界に転生してから寂しくなると母ちゃんに甘える癖があったけど、この時も母ちゃんの乳を揉ませてもらって、甘えるつもりでいた。
……だけど気が付いたら、勢いで一緒に夜を共にしていて、そして子供まで出来ていた。
「うっ、うわあああっ、オデは、オデはなんてことを!よりにもよって母ちゃんを孕ませるとか!」
「リゲル何を慌ててるんだい?驚くようなことじゃないだろう」
「……」
ゴブリンの恐ろしい所だけど、自分の母親であっても、孕まして問題がないのだ。
夫がいるメスゴブリンを孕ませるのはご法度。だけど夫が生きていなければ、自分の母親を孕ませても、全く問題なしで済まされた。
むしろメスゴブリンが未亡人になった場合、その子供が次の夫になるのが、ゴブリン村では普通の事だった。
決まり事というほど厳格なものではないが、皆流れでそんな風にしている。
――ダクダクダクダク
でも、ゴブリンにとっては普通でも、前世の考え方を捨てきれないオデからしたら、冷や汗物の禁忌だ。
オデ、人間としてやっていける自信がもうない。
いや、今のオデは人間じゃなくゴブリンなんだけどさ。
それでもお天道様の下で、まともに生きていける気がしねぇ!
もっとも3か月後に母ちゃんが子供たちを出産したら、そんなオデの考えも吹っ飛んでいた。
ゴブリンなので、"見た目"はちっとも可愛くない。父親であるオデの目から見ても、可愛くない。
全部で15人。
それでもオデの子供たちだ。なんて可愛いんだろう。"精神的に"。
「母ちゃん、これからもオデの子供をどんどん産んでくれ!」
子供の愛らしさに、オデは母ちゃんにさらに子供をおねだりして、その夜も頑張るのだった。
人間じゃなく、オデはゴブリン。
ゴブリンの仕事は、とにかくたくさんの子供を作ることだから、全然問題ないな。
人間の倫理観なんて、全く役に立たないぜ!
だけど死人が減って、生まれる子供の数が変わらなくなれば、村の人口は増えていく一方になる。
その結果、村の人口が1000人規模になったわけだ。
いや、"増えた"でなく、"増えてしまった"のだ。
それまで300人で小さくまとまっていた村の人口が増えた結果、新たな問題が発生するようになった。
武器と防具によって狩りがかなり効率的に行わるようになったけど、さすがに人口が3倍まで膨れると、狩りだけでは食べ物が回り切らなくなる。
その結果、村の長老たちが話し合いをして、村を3つに分けることにした。
一つは今まで通りゴブリン村に定住を続ける。
残りの2つはこの村を離れて、別の場所に新たなゴブリン村を立ち上げる。
食べていくことが出来ないならば、人口を減らすために"移民"するしかなかった。
村を分けるのはいい。これは生きていくための方策なのだから。
だけどそこで問題になったのが、オデだった。
「リゲルの奴は、わが村の鍛冶師として絶対に手放すことはできない!」
「いいや、旅立つ我らにこそ、リゲルは必要だ!」
「リゲルは俺たちのものだ!」
いくらゴブリンたちが馬鹿とはいえ、ゴブリン村がここまで発展できたのは、オデがいたからだと分かってる。
3つに村を分けるにあたって、オデをどの村が連れていくかで、3人の長老たちが揉めるようになってしまった。
「オデはこの村で生まれた。だからここから出ていくつもりはない。だけど、他の村にも武器が渡るようにする。使いのゴブリンを出してくれれば、作った武器をそいつに渡すぞ」
問題はオデ自体より、武器と防具だ。
オデは移民する2つの集団の長老たちに、そう言った。
だけど、それで良しとはならず、この後長老たち3人の間で揉め合いが続いた。
そこで収まらず、さらにゴブリン村の村民たちにまで揉め事が拡大して、エスカレートしていった。
村が3つに分かれるのは決定事項で、その3派が、俺の帰属を巡って争い始める。
最初は口論だったものが喧嘩になり、ひどくなると武器を持って互いに相争う有様。
「やめてくれ!オデはこんな事のために武器を作ったんじゃない!皆のためを思って……」
「皆のためだと言うなら、リゲルはうちが移民する村に来てくれるんだよな」
「いやいや、だったらうちの村だろう」
「リゲルはこの村に残るのだ!」
オデが仲裁に入ったところで、ゴブリンたちは言うことを聞かず、争いを続けるだけだ。
オデは、こんな事になるのを望んでいたわけじゃない。
いい事をすれば、それだけで周りも幸せになれると思っていた。
でも、それはオデのただの勘違いだった。
そして、一大事件がついに起こってしまう。
「俺は村長の息子のリガルだ。俺たちに従う以外の奴らを、村から叩き出しちまえ!逆らうなら、殺してでも村の外に叩きだしちまいな!」
それが始まりだった。
オデの住んでいるゴブリン村を治めていく村長の一派。
村長の息子リガルが、あろうことにも武力でもって他のゴブリンたちを無理やり追い出す暴挙に出た。
リガルの一派は、全員オデの作った武器と防具で武装していて、おまけにその中にはゴブリンから進化した、ゴブリンファイターがいる。
この世界はオデたちゴブリンがいることで以前から思っていたのだが、実はゲームの様に、"進化"があった。
もともとのゴブリンは弱い上にすぐに食べられるだけだったけど、オデが武器と防具を与えたことで強くなり、狩りでモンスターも倒せるようになった。
だからモンスターを倒すことで経験値を得て、それが引き金となって進化できるようになったのだろう。
ゴブリンファイターは、普通のゴブリンに比べて体付きがよく、腕力が強い。
ただのゴブリンと素手で戦えば、普通のゴブリンではまず勝てない。
そんなゴブリンファイターたちが武装して、一気に移住予定だったゴブリンたちへ襲い掛かっていった。
突然の事態に、村の中にいたゴブリンたちは逃げまどい、パニックになる。中にはゴブリンファイター相手に果敢に抵抗する者もいた。
だけど、突然の事態に武器を持つ余裕すらなく、一方的に攻撃され、殺戮されていくだけだった。
「ギャー」
「グハッ」
「ゲボッ」
村中で、死の悲鳴が次々に巻き起こる。
「な、なんだこれは。オデの武器は、仲間同士で争うために作ったんじゃないぞ!」
オデはその光景に絶叫した。
そんなオデの元に、騒乱の首謀者であるリガルがやってきた。
「リゲル、お前は役に立つからこの村に残ってもらう」
リガルは傍にゴブリンファイターを護衛として従えていた。全員武器を持っていて、オデを脅しきたわけだ。
「嫌だ!オデはお前たちに従って武器を作るくらいなら、もう二度と武器は作らない」
オデは村の皆のために今まで頑張ってきた。
なのに、村の平和をこんな形で滅茶苦茶にする奴に、従う気はなかった。
「従え!」
「イヤだ!」
そこでオデとリガルは、睨み合う。
リガルは、オデの鍛冶師としての能力を欲しがっている。
いまだにゴブリン村で鍛冶をできるのはオデだけで、オデがいなくなれば、その後どうなってしまうのか分かっているからだろう。
ゴブリンが武器や防具を持ったことで、それまで戦うことが出来なかったモンスターと戦えるようになった。
だけどオデがいなくなれば、武器も防具も新しく作られることはなくなる。
そのことをリガルは恐れていた。
でも、仲間であるゴブリンを平然と殺せる男が、オデ1人の意思を粉砕することなど容易いことだった。
「そういえばリゲル、お前は自分の家族が殺されると、よく泣く奴だったな。お前が俺の言うことを聞かなければ、お前の息子を殺すというのはどうだ?」
「……」
「おい、リゲルの息子を何人か連れてこい!」
「ま、待ってくれ!」
リガルの命令で、ゴブリンファイターの何人かがオデの家へ向かおうとした。
それをオデは急いで止める。
「家族は、関係ないだろう!」
「いいや、お前が俺に従わないから関係ある。お前たち、そんなところでぼさっと突っ立ってないで、さっさと連れてこい!」
「やめろ!」
オデは叫ぶけど、その声を聞くことなく、ゴブリンファイターたちはオデの家の中へ入っていった。
そして家の中からしばらく悲鳴と争う声が聞こえたかと思うと、顔を殴られたのか、顔面から血を流したオデの息子が連れてこられた。
1人だけでなく、3人の息子たちがいる。
家の中にはもっと多くの息子がいるけれど、そこまでは連れてこなかったようだ。
だが、だからと言って、それが何の慰めになるわけでもない。
「リゲル、俺に従え。従わなければ、まずその息子の腕を跳ね飛ばす」
「……」
「腕の次は足がいいか?足まで切ったら、長くは生きられないな」
「……」
「1人目が死んだら、次は2人目だなっ」
ゴブリン村では、足を切られて大量出血すれば、止血すら満足にできず死んでしまう。
オデの目の前にいるリガルは、目に狂った光を宿していた。
こいつは壊れている。そう思わさせる狂気を、目に宿していた。
オデはこんな目を、前世でも今世でも、一度も見たことがなかった。
ただこの狂った目が、オデの心を酷く不安にさせ、心臓を鷲掴みにされたような圧迫感を与えてくる。
「まずは1人目の腕を跳ねろ!」
「分かった、分かったから、息子を切るな!」
ただの脅しではない。
リガルが実際に息子の1人に手を下そうとしたので、オデはそれまでの考えを全て捨て去った。
「リガル。オデはお前に従うから、息子には……家族には手を出さないでくれ」
「そうだ、最初から素直にそう言えばいいんだ」
そこで初めて、狂気の目でオデを見ていたリガルが笑った。
ものすごく嫌な笑みだった。
その顔を、オデはたぶん一生忘れることが出来ないだろう。
その後、ゴブリン村の中では暴力と殺戮が蔓延し、移住予定だったゴブリンたちは村から逃げ出すか、でなければ殺されるかした。
平和だったゴブリン村は、一夜にして凄惨な地獄を作り出すのだった。
後書き
わ、罠の利用を書く機会がなかった……
落とし穴掘って、その下に杭を仕込んで、モンスターを誘導して殺ってしまえ~。
人間だったら、武器持って戦うより、知恵を使って罠を仕掛けた方がよっぽどいいですよ。
RPGじゃないんだから、真っ向から堂々と勝負するなんて、危ないだけだわ~。
ドラゴニュート兄弟
レオン「落とし穴に落ちたー」
レギュ「あっ、そう」
ユウ 「この落とし穴、下に木でできた杭があるんですけど。レオン、よく無事だったね……」
レオン「全然痛くないよー」




