256 リゲル、木こりになる? (リゲル視点)
オデの狩りの旅は、すさまじい経験を経て終わった。
結局狩に行った30人のうち、10人がモンスターに食われたり、はぐれていなくなった。
食われたものは確実に死んでいるが、はぐれた連中にしても、村に戻ってこないということは、どこかでモンスターの餌になってしまったのだろう。
「今回はなかなかいい狩りだったな」
それだけの仲間が死んだのに、父ちゃんは狩りの成果をこう表現する。
仲間の3分の1が死んだ。
オデの兄弟にも死人が出た。
だけど、森で見つけた果物や虫。収穫物があったことで、父ちゃんは満足していた。
いや父ちゃんだけでなく、狩りに行ったメンバーも、村にいたゴブリンたちも満足そうな顔をしていた。
オデは、こんな風になりきれない。
自分の中で何かが壊れたけど、一つ二つのものが壊れた程度では、ゴブリンの生活に順応しきれない。
「オギャー、ギャーー」
そんな死が重くのしかかる旅から帰ってきたオデに、村の中から子供の泣き声が聞こえてきた。
「赤ん坊が生まれたぞ!」
「おおっ、また増えたぞ!」
「よかったなー」
仲間が死ぬ一方で、新しい子供たちが生まれた産声だった。
「生と死が行きかいすぎだろ……」
父ちゃんがゴブリンは簡単に増えると言っているけど、本当にその通りだった。
……この先も生きていくなら、オデもこの環境に何とか慣れなければいけない。
人生7年生きられるかも分からないけど、それでもなんとか天寿を全うしたいとオデは思う。
それにモンスターに食われて、人生お終いだなんて御免だ。
だが、思うだけでは何も変わらない。
オデはその日から、生き残るために何をすればいいのか考えた。
というか、結論は一つ。
ゴブリンが弱すぎるから、他のモンスターに一方的に食われてしまう。
それで人生が詰んでしまうのだ。
ならば、強くなるしかない。
身体能力がたいしたことないゴブリンなので、この分野での成長は見込めない。
筋トレした程度で、モンスターをどうにかできるはずなかった。
ならば、どうするか?
「やっぱり武器だよな。あと防具。特に防具がしっかりしていれば、毒蛇の牙くらい防げるはずだ。オオイノシシの牙は、さすがに無理か。でも、運がよければ防具がダメージを軽減して、致命傷を避けられるかもしれない」
弱いのであれば道具に頼る。
人間と他の野生生物の決定的な違いは、知恵があり、道具を作り、使いこなしたこと。
弱者であるオデたちゴブリンが強くなるためには、人間と同じように、道具に頼るしかなかった。
翌日から、オデは武器と防具。
この2つを作り出すために、行動を開始することにした。
「まずは"石ナイフ"だな」
最初に考えるは、以前作った石ナイフ。
鋭く尖った石は、それだけで肉を切れるほどの攻撃力がある。
ただ、これはオオイノシシの毛皮にあっさり弾かれていた。
そしてあの時戦って食われたゴブリンは、ナイフとして使うのでなく、投石として使っていた。
肉は切れても、オオイノシシ相手には攻撃力不足。
おまけに投げて使ったのは、ナイフのリーチではオオイノシシの相手をできなかったからだ。
突進してくるオオイノシシ相手に、手にもって戦うナイフではリーチが短すぎる。たとえ相手の体にナイフを突き刺せても、オオイノシシが突進してくるスピードのせいで、そのまま刺した本人も巻き込まれて、体当たりを受けてしまうだろう。
オオイノシシにナイフを突き刺しながら、横跳びに飛んで突進を回避。
なんて漫画やアニメみたいな、曲芸じみた戦い方なんて無理だ。
少なくとも、ゴブリンの身体能力では無理だ。
「うーん、リーチを長くするなら弓矢か?でも、いきなり作るには難易度が高すぎて無理だな。だったら柄を長くするか。先端に石ナイフを取り付けて、柄に木の棒を使う。……"槍"を作ればいいな」
そこまでアイディアを出して、俺は早速槍を自作してみることにした。
もっとも、ゴブリン村では木材はかなり貴重。
なぜかと言えば、
「木なら、森に落ちている枯れ枝を使えばいいぞ」
とは、父ちゃんの言葉。
だが、枯れ木で作った槍では、敵に突き刺す前に簡単にポッキリ折れてしまう。
「枯れ木じゃなくて、もっと頑丈な木が欲しいんだ。その辺に生えている木を伐り出して、それを加工して……」
「木を切り倒す?オーガならともかく、俺たちにそんなことできるわけないだろう」
「えっ?道具を使えばいいじゃん。例えば斧とかノコギリでさあ」
「道具を使う?斧?ノコギリ?なんだそれ、食い物の事か?」
ゴブリンの文明レベル舐めすぎてた!
木を伐り倒す道具がないほど、ゴブリンの文明レベルはお粗末だった。
「ゴメン、父ちゃんに聞いた俺が馬鹿だった」
「気にすんな。俺たちはバカなのが当たり前だからな。ガハハハハッ」
「……」
その後、オデの村で物知りである村長の所に行ってみた。
だが、尋ねるだけ無駄だった。
「斧、ノコギリ?うまい物のことかな?」
「……」
ゴブリンって、馬鹿すぎる!
なお、オデたちゴブリン村の家は、土で出来ている。
地面に穴を掘って地下に暮らしているので、建材として木を使っていなかった。
建材に木を使わないので、木を伐り倒すなんて発想にもたどり着けないのだ。
「こんな連中の知恵を借りてもどうにもならない。こうなったら、オデだけで何とかしないと」
人生ハードモードだ。
まさか、木1本伐り倒すだけでも、この様とは。
仕方なく、オデはあれこれ考えて、前世のサバイバルゲームでの知識から、"石斧"を作ることにした。
「オオウッ、原始人スタイル」
そうして作った石斧だけど、これは石ナイフを改良して作った斧用の石刃に、枯れ木の棒で作った柄。そしてその2つを引っ付けるために、森にある頑丈な草で雁字搦めに縛って、無理やり引っ付けていた。
こんなものでまともに木を切り倒せるのか自信がない。
大木は無理だ。
だが、やせ細っている木なら、何とか切り倒せるはず。
こんな物でも、俺は一生懸命に考え、努力して作ったのだ。
例えすぐに壊れるとしても、それでもまともな木を手に入れたいがため、石斧を使って木を切り倒すことにした。
――コーンコーン
――コーンコーン
――コーンコーン
「兄ちゃん、何やってるんだ?」
「木を切り倒そうとしてる」
「ふーん、木ってうまいのか?」
「食うためじゃねえよ!」
木を切り倒すために石斧作りをしていたら、その間に母ちゃんが出産して、オデの弟妹ができていた。
弟が木を切ろうとするオデを興味津々で見ているけど、すぐに飽きてしまったようで、どこかへ行ってしまった。
そしてゲームと違って、枯れ木で柄を使ったからか、すぐに斧の柄がダメになってしまう。
あと石の刃も強度不足で何度も壊れ、その度に作り直す必要があった。
「だが、これも少しでもいい武器を用意するためだ」
目的は武器のため。
だけど何日も木を切り倒すために作業を続けているので、俺の中で目的と手段が逆転し始めてるのじゃないか?
なんて思いまで抱き始めた。
だって、何度も繰り返しているうちに、オデの作る石斧の出来が最初に作った物に比べて、格段に良くなっていた。
おかげで、作る材料が同じでも、以前より壊れにくくなってるんだ。
――メキメキメキメキメキッ
そうして何十日も作業を続けることで、ようやく木を切り倒すことに成功した。
「木が倒れたぞ。枯れたのか?」
「リゲルが毎日叩いていたよな」
「リゲル、どうやったんだ?」
木を切り倒しただけなのに、村のゴブリンたちからそんな扱いを受けた。ゴブリンたちは、皆驚いている。
まあ、ゴブリンはバカだから仕方ない。
だけど、これでようやく枯れ木でない木材が手に入った。
確か木材はそのままでは水を吸っていて使いものにならないから、乾燥させて加工できるようにする必要があるんだよな。
というわけで、倒した木を乾燥させる。
乾燥させた後、その木を使って、石斧の柄にしてみた。
――コーンコーン
新しい石斧で、次の木の幹を叩いていく。
「おお、凄い!以前までの石斧と違って、柄の部分が全く折れないぞ!」
作った石斧は、以前より性能が格段に上昇していた。
「これなら木を切る作業も、よりも早く出来るな!」
オデは木こりとして、石斧の性能の向上に感動した。
「……って、オデは武器と防具を作るのが目的で、木こりになることじゃないだろう!」
木こりを何十日と続けたせいで、オデの中で危うく目的が違うものへチェンジしかけていた。
危ない危ない。
俺は生き残るために、武器と防具を作るんだ。
目指すのは鍛冶師で、木こりなんてならないぞ。
そしてゴブリン村では火を使わないので、木材があっても、焚火にすら使われなかった。
後書き
リズ
「ムッ、ハルバートがないですね。でも木を伐るなら手刀で問題ありません」
――スパッ、スパッ、スパパパパパッ
レギュ
「あまり伐りすぎると森が禿げるからほどほどにねー」




