255 ゴブリン人生はバカでハード (リゲル視点)
オデは大人になった。
と言っても生後わずか3か月だ。
それに3か月と言っても、前世基準での換算で、1日が30日ならばだ。
何しろここは、地球でなく異世界だからな。
それにしてもゴブリンの成人って早すぎねえか!?
そう思ったけど、オデの住んでるゴブリン村の村長はたった7歳らしい。
7歳らしいけど、村では上から数えて5番目に入る老齢だそうだ。
「やばいよ、ゴブリンの寿命って短すぎない!」
オデの前世基準だと、7歳はまだ子供の年齢だ。それも小学校1年生。
どう考えても、歳で死んでいい年齢じゃない。
そしてオデのいる村だけど、人口は300人だった。
人口というか、"ゴブリン口"?
変な言葉なので、人口って言うけどさ。
もっともオデの家族だけで、40人いる。
これは村の中ではかなり多い方だけど、他の家だって家族が20人や30人いるのが普通だった。
それも家族親戚一同が一つの家に住んでいるのでなく、両親がいて、その下にいる子どもたちの人数だけで、こうなる。
子宝なんてレベル超えてるな。
こんなにハイペースで人口増えて大丈夫なのか?
なんてオデは考えてしまう。
なお、オデは完全でないとはいえ前世の記憶があるので、他のゴブリンたちよりも頭がいい。
ちょっといいなんてレベルでなく、滅茶苦茶よかった。
ゴブリン基準での話だけど。
だけど、オデの周りいるのはゴブリンだ。
オデ一人頭がよくても、他のゴブリンにはそれを全く理解してもらえなかった。
大変残念だけど、ゴブリンでは人間の知識を理解するだけの知能がなかった。
足し算引き算すら分からないとか、途方に暮れてしまう知能レベルだ。
「オデ、ますますこの先の人生に不安しかない。てか、人生詰んでないか?詰むというか、7歳しか生きられないんじゃ、詰むもクソもねえだろオー!」
異世界転生したよ。
ヤッタネ万歳。
ただし、寿命は7歳だ!
それも長生きした方でな!
おおうっ、ガッテム。
なんて過酷な人生だ。
「母ちゃん、乳くれ!」
「大人にはやらないよ!」
将来にプチ絶望したので母ちゃんに甘えようとしたけど、あっさり拒絶されてしまった。
それどころか、オデたち生んでまだ3か月しかたってないのに、もう母ちゃんの腹は大きく膨れ上がっていた。
「父ちゃん母ちゃん、どれだけ精力大絶倫なんだよ……」
頭の出来もそうだけど、ゴブリンってのは前世の知識で考えてはいけない生き物なんだと思い知らされた。
生後3か月で、もう弟妹が出来ようとしてる。
なんだこれは、ハツカネズミか?
「オデは、ネズミに生まれ変わっちまったのかな?」
なんて言って、オデは途方に暮れるしかなかった。
「狩りに行くぞ!」
3歳児、大人、ゴブリンの仕事は獲物を取ってくること。
原始的な狩猟社会での仕事だな。
今までは母ちゃんの乳生活だったけど、大人になったので狩りに行かなければならなくなった。
生後3か月で、仕事。
狩りってことは、命懸けだよな?
どこかに児童相談所はないですか?
「……オデ死なないかな?」
「ワハハ、安心しろ。狩りっていっても、ヤバい奴らに会わなければ、5人に1人は帰ってこれるぞ」
「父ちゃん、それ全然大丈夫じゃない!」
「ガハハハハ」
「それに大丈夫じゃない奴って?」
「色々いるけど、オデたちと戦いになったら、2人に1人帰れたらいいくらいだな。ガハハハハッ」
「……」
ダ、ダメだ。
転生してからゴブリンが馬鹿だと理解していたけど、ここまで馬鹿だったとは!
仲間が死ぬのがデフォルトの狩りって何なんだ!?
そういえば、たくさん生まれる生物って、大自然では基本的に被捕食者の立場だよな。
うちのゴブリン村、常時メスゴブリンが妊娠状態なんだけど……
しかも、一度の出産で10人以上生まれてくる。
「し、死にたくねぇー」
「ガハハハハ」
これ以上父ちゃんの馬鹿な笑いに付き合ってられない。
「そ、そうだ。狩りに行くなら武器は?」
「武器って何だ?」
「武器っていうのは、戦いに使うときの道具だよ」
「木の枝か石の事か?」
「……」
ヤ、ヤバイ。
ゴブリンの馬鹿さを舐めていた。
オデ、死にたくない。
このままではいけない。
オデはせめて自分の身は守れるようにと、石と石を打ち付けて割り、それで鋭い石製のナイフを作った。
ただの丸いままの石よりは、割れた石の方が刃物として使える。
もちろんこんなものでは、前世の料理包丁にすら劣る劣悪品だ。それでも何もないよりはましだ。
「そ、そうだ、皆もこのナイフを持って狩りに行くんだ!」
自分1人でなく、狩りに行く全員も武装させた方が、生還率は遥かに高くなるはず。
「じゃ、お前が作ってくれ」
なのに、頭の悪いゴブリンどもは"石ナイフ"をオデに作れという。
「ええっ、ただ石を割れば作れるのに!」
「こうか?」
「……」
馬鹿なゴブリンは、粉々に石を砕いていた。
これでは石ナイフでなく、ただの砂利だ。
間違っても、戦いに使える物じゃない。
「ど、どうしてゴブリンってこんなに馬鹿なんだー!」
オデは仲間のゴブリンたちの知能に、嘆くしかできなかった。
でも、このままだとオデの命に関わる。
自分の命に関わるのだから、わずかでも生存率を上げようと、オデはなんとか石と石をぶつけて割り、それで石ナイフを量産していった。
例えこれで上がる生存率が、薄っぺらな紙1枚分だったとしても、かかっているのは自分の命だ。
オデは必死で石ナイフの量産を続けていった。
そして武器……"武器もどき"としか言えないけど、一応の武装を整えて狩りに行った。
仮に行くゴブリンの数は30人で、オデの父ちゃんと兄弟たち以外に、他家のゴブリンたちも一緒だった。
ただし狩りをするのは男の仕事で、メスゴブリンは狩りをしない。
というか、メスゴブリンはいつも腹を膨らませているので、狩りに出られるわけがなかった。
女は子供を産むための道具。
なんて前世で批判的な言葉があったけど、ゴブリンのメスは文字通り子供を産むための道具だった。
常時妊娠している。
そうして、石ナイフまで用意した狩りだったけど、結果はひどい物だった。
「"オオイノシシ"だ!見つかるなよ」
――バキッ
ゴブリンの1匹が巨大なイノシシを見つけて注意したけど、早速誰かが木の枝を踏んで大きな音を立てる。
――ブモモオオーーッ
オオイノシシを怒らせてしまい、それがオデたちの所へ突進してきた。
「ヒエエエ!」
「逃げろ!」
「こ、こっち来るなー!」
30人いても、全く狩りになっていない。
算を乱して、皆バラバラに逃げる。
「コノ、コノッ、コノッ!」
中にはオデが用意した石ナイフを、オオイノシシに向かって投げつけるゴブリンもいた。
けれど、オオイノシシの毛皮が頑丈すぎて、ただの石ナイフでは全くダメージを与えられない。
毛皮の上を石ナイフがつるりと滑るだけで、刃物として全く機能していなかった。
「フゴフッ!」
そして果敢に戦っていたゴブリンは、オオイノシシの体当たりをもろに受けてしまった。
そのままピクリと動かなくなり、地面に横たわったまま、血を流し始める。
「と、父ちゃん」
「バカ、振り返るくらいなら、全力で逃げろ!」
オデがチラリと振りむいた時、戦っていたゴブリンはオオイノシシにのしかかられて、角で胴体を貫かれていた。
――ブモフフフフッー
そしてオオイノシシはゴブリンの体に口を付けて、それから肉を貪り始める。
「ウッ、グッ、アアッ……」
オデはそこで、気分がすごく悪くなって吐いたと思う。
だけど、その後気が付くと、オデはさっきまでとは全く別の場所にいた。
あの後どうして逃げられたのか?
なぜ、オデがこんなところにいるのか?
全く意味が分からなかった。
そのことを父ちゃんに聞いてみれば、
「よくあることだ、気にするな」
と答えられた。
……人間命の危険に立たされると、ショックで前後の記憶が飛ぶという。オデの記憶が飛んでしまったのは、それが原因のようだ。
「ヴッ、ヴヴヴッ」
そして仲間のゴブリンがオオイノシシに喰われてしまう光景を思い出し、オデはその場に蹲って、胃の中に物をまた吐き出してしまった。
仲間があっさり死んでしまった。
「おお、果物だ。飯だぞ飯!」
なのにオデ以外のゴブリンたちは、そのことを深く気にするでなく、森に生えている果物を見つけて、わっと群がっていた。
「仲間が死んだのに、どうして誰も気にしないんだ……」
おぼろげでも前世の記憶がオデには、ゴブリンたちの考えがまるで理解できない。
「食えっ」
そんなオデの心なんてまるで気にすることなく、父ちゃんが果物をオデに渡してきた。
正直、さっきまで吐いていたので、体が食べ物を受け付けないと思う。
なのに、果物からする甘い匂いが、物凄く鼻についた。
そして自分が餓えていることに気づく。
ゴプリン村での食生活は、決して豊かなものと言えない。
飢餓や餓死とは縁のない、前世の生活とは全く違っていた。
だから、オデは飢えに逆らえなかった。
「ハグッ、ハグハグ、うめえっ」
その時、オデは泣いていた。
仲間の死にショックを受けているはずなのに、それでも果物を口にできた自分に、心の中で何かが壊れるのを感じた。
仲間の死より、飢えの方がもっと強烈だった。それに自分が抗えなかったことで、人として壊れてはいけない何かが壊れたと思った。
オデはその時、ここが地球とは全く違う世界だということを、心の深い所で受け止めるしかなかった。
ここは人間の世界ではなく、"モンスターの世界"。
人間の常識で生きていれば、あっさり死んでしまう。
考え方が人間のままでいてはいけないのだ。
たった7年生きられるかどうかのゴブリンだけど、仲間の死を引きずっていては、この世界では生きていくことが出来ない。
そんなオデの中での決意がありながらも、狩りは続いていく。
今回見つけた果物は、このまま採取して村へ持って帰るけど、それだけだと村のゴブリン全員の食糧には足りない。
食べられるものを、まだまだ探さないといけないのだ。
そうして発見。
「おお、この虫はうまいんだぞ」
「こっちのイモリもうめぇぞー」
と、ゴブリンたちが嬉しそうな声を上げる。
ゴブリンの食生活ってこんなのなんだよ。
オデも子供の頃は母ちゃんの乳だけ飲んでればよかったけど、大人になったら虫を筆頭に、ゲテモノばかり食わされた。
もっともそんな食生活にはとっくに慣れた。……というか無理にでも食わなければ、餓死するほど腹がすくので、食べる以外に選択肢がなかった。
「もっとうまいもん食いたいなー。さっきの果物はうまかったけど」
仲間のゴブリンたちは、虫でも満足のようだけど、前世を知っているオデからしたら、ゴブリンの食生活は悲惨すぎる。
でも、そうでもしないと飢餓で苦しむことになるのだ。
「大変だ、蛇が出たぞ!」
「ギャアアア、噛まれた」
そしてオデの食生活よりもっと悲惨なのが、オデたちゴブリンが他の生き物から食われる弱小モンスターということ。
現れた蛇は超巨大で、鎌首をもたげるとオデたちの身長より高くなる。
「逃げろー!」
そして蛇に噛まれた仲間を見捨てて、またしてもオデたちは逃げ出す。
噛まれた仲間が、地面の上に倒れてピクピク痙攣している。
たぶん、毒蛇だ。
「うわああああっ!」
この仲間がこの後どうなるかはよく分かる。オオイノシシの時と同じだ。
だけど、この蛇相手にはオデたちが束になって戦っても、勝てそうにない。
それどころか、我が身可愛さに、皆またしても逃げ出すだけだった。
オデにしても、さっきの光景が脳裏に浮かんで、仲間を助けるより自分の命が大事になり、この場から大慌てで逃げるしかなかった。
ゲームで、モンスターを狩ってレベルを上げる?
素材を集める?
何バカなこと言ってるんだ。
遊びとリアルは違うんだよ!
その後も、森で食物の採取をできたかと思えば、逆に他のモンスターに見つかって仲間が食われたりもした。
オデと同時に生まれた兄弟も何人か、モンスターに食われてあっけなく死んじまった。
「……うううっ、オデの兄弟が」
「何泣いてるんだ?また増えるから大丈夫だぞ」
さすがに自分の兄弟が死なれると、かなりくるものがある。
オデがさっきした決意?
そんなの所詮、その場の勢いだよ。
ああそうさ、オデは人間の考え方から、ゴブリンの考え方に完全に変わったわけじゃない。
しかし、父ちゃんは子供が死んだというのに、全く気にしてなかった。
ゴブリンって、一体どこまで馬鹿なんだ。そしてどこまで不遇なモンスターなんだ!
こんな種族に、オデは転生などしたくなかった。
後書き
ドラゴニュート兄弟
「人生超イージーモード。ご飯はマザーが持ってきてくれる。モンスターはご飯」
ゴブリン
「人生超ブラック。いつも飢餓状態。飯を食うどころか飯にされてる!」




