252 自分の強さに無自覚な奴
「モグモグモグ」
西の森へやってきた僕たち。
いつものように遭遇したモンスターを狩り、その中には全長10メートル級の巨大大蛇もいた。
その蛇肉を生で食べ歩きしながら、森の中を歩いていく。
ちょいとデカすぎるので食べにくい。
2、3メートルの蛇だと、ぶつ切りにして食べ歩くのにちょうどいい大きさなんだけどねぇ。
とはいえ、蛇肉は肉質がしまっていておいしい。体が大きくても、大味にならないから素晴らしいね。
「この森のモンスターって、どいつもこいつも強い奴ばかりで、逃げ隠れしないといけなかったのに……」
なんて言ってるのはクロゴブ。
クロゴブにとって強い相手でも、僕たち兄弟にとっては敵ではなかった。
――敵?戦闘?何それオイシイノ?
というか、ご飯なのでもちろんオイシイヨ。
鎧袖一触なんて言葉すら無用で、相手が逃げさえしなければ、簡単に狩ることが出来る。
ドラドなんて、自分よりでかいオオイノシシを空中に蹴り上げ、それを地面に叩きつけただけで仕留めている。
見た目幼女でも、元がドラゴンなのでパワーが段違いだ。
さすがに、クロゴブにここまでの戦闘力はない
とはいえ昔のゴブリンだった時ならいざ知らず、今なら、
「お前さんさ、ダークオーガにまで進化したんだから、この森のモンスター相手に逃げ隠れする必要ないぞ」
「そ、そうなんですか?」
「僕の言うことが信じられないのか?」
「い、いえっ、そんなことは……」
そこで目を逸らすクロゴブ。
なんだか煮え切らない態度だな。
一体何がいけないんだ?
「お、俺、いつもレギュラス様たちに一方的にボコられて、本当に強くなったんでしょうか?」
「ああ、そういえばそうか」
ダークオーガに進化しても、僕ら兄弟には全く勝てないクロゴブ。
"異常戦力"と行動を共にしているせいで、自分の力に無自覚なわけだ。
……いや、自分たちのことを異常戦力なんて表現したくないけど、事実僕たちの戦闘力って、ちょっとどころじゃないおかしさだからね。
「とりあえず、試しにオオイノシシとでも戦ってこい」
「は、はいっ!」
自分の力を自覚させるには、直接モンスターと戦わせればいい。
ちょうどいいところにオオイノシシがやってきたので、クロゴブに戦わせることにした。
海賊刀片手に、突進してくるオオイノシシを待ち受けるクロゴブ。
「キッ、ギョエエエェェェッ!!!」
……剣道かな?
薩摩の示現流は、奇声を上げて戦うんだっけ?
詳しくないから、よく知らないけど。
――ズバッ
結果、突進してきたオオイノシシの顔面を海賊刀で縦に真っ二つにしていた。
いとも簡単に勝利するクロゴブ。
「う、ぎゃああ、痛い!痛い!痛い!助けてー」
オオイノシシは絶命。
なんだけど、その後海賊刀をブンブンでたらめに振り回して、暴れ回るクロゴブ。
しかしどこも怪我してないのに、なぜ痛がる?
「暴れまわらないで、落ち着きなさい!」
「ギョエエエェェェ……ギャンッ」
刀を振り回して危ないものだから、リズに脇腹を蹴られて、あっさり鎮圧された。
しかしさ、
「クロゴブ、お前どこが痛いんだ?」
「か、体中が……あ、あれ全然痛くない?でも、目が痛くて開けられないっす!」
「そりゃそうだろうな。顔面がオオイノシシの血塗れなんだ。お前オオイノシシを斬った後、目を閉じずにいただろ」
「め、目がー!」
「……レオン、とりあえず水を出してやれ」
「はーい」
オオイノシシを一発で仕留められたのに、なんとも締まらない結果だ。
ダークオーガなので、たかがオオイノシシ相手に苦戦するはずもなく、これがクロゴブの実力。
そしてもともと強面顔に、オオイノシシの返り血まで浴びてさらに物騒な顔になってるのに、なんて残念キャラだ。
頼りにならないね。
「あっ、剣が折れてしまいました」
それとクロゴブが顔を洗い終わった後、武器に使っていた海賊刀が、ポッキリ折れていた。
刀身のほとんどがなくなり、武器として使いものにならなくなっていた。
「も、申し訳ありません!」
「所詮ダークスケルトンが作った、粗悪な武器だからね」
クロゴブが物凄い勢いで僕に謝ってくるけど、これは粗悪な武器だ。
第二拠点のダークスケルトンたちが鍛冶を覚えて武器を作れるようになったけど、その腕前は彼らの師であるドナンに遠く及ばない。
ドナンもドワーフの鍛冶師としてはたいした腕がないそうだけど、そんなドナンにも及ばないダークスケルトン製の武器なので、簡単に壊れても仕方なかった。
「それにダークオーガが使うなら、もっと頑丈な武器がいいね」
オーガの持つ最大の強みは、物理的な力。
ただ殴るだけで木をへし折れるから、海賊刀ではその力に耐えられない。
鉄の塊で作った棍棒でも持たせるべきか?
これなら多少曲がったり、凹んだりしても問題ない。
もっともオーガなら武器を使わず、拳で力任せに殴るだけで、十分破壊力があるけど。
そしてこんな事をしている一方で、
「ヌホホホホ、このツインスネークウィップでフレイアたんを縛り上げちゃうぞー」
ミカちゃんが仕留めた2匹の蛇を両手にもって、それでフレイアへ襲い掛かっていた。
――グルグルグルグル
ミカちゃんの変態力がなした技なのか、2匹の蛇がムチの様に蠢き、グルグル回りながらフレイアの体を拘束する。
胴体と腕が蛇に拘束され、動けなくなってしまうフレイア。
「ウホホホッ!フレイアたん捕えたりー」
まさかの展開に、ミカちゃんは大興奮の声を上げていた。
そしておっさんの笑みを浮かべて、フレイアの胸をガン見。
「ゲヘッ、ゲヘヘッ」
蛇ムチはいい具合に仕事をしていて、フレイアの胸が下かに上へ盛り上がるような絶妙な塩梅で、フレイアを拘束していた。
一時期流行った、胸を下から上にあげる、青いチチヒモなるものと同じ効果を発揮している。
でもね、
「ミカちゃん、馬鹿な遊びは止めましょうね」
――ブチブチブチッ
体を拘束した蛇だけど、フレイアが腕に力を入れたら、それだけで蛇の胴体が裂け、弾け飛んでしまった。
千切れるなんて生易しいものでなく、スプラッターな光景だ。
「……クッ、なぜだ。蛇のウネウネ力をもってすれば、女騎士を捕えることだって可能ななのに」
「ミカちゃん、あまり馬鹿な遊びに私を巻き込まないでくださいね」
「バ、馬鹿じゃないもーん」
……なんというか、突っ込むことすらバカバカしい。
フレイアの拘束は、こうしていともたやすく解かれてしまった。
「そんなことより2人とも、食べ物で遊ばないように!」
「うっ、ごめんなさい、ユウお兄様」
「遊びじゃねえ、ロマンだ!」
なんてことをしているから、我が家の保父さんに叱られる2人。
もっともミカちゃんに関しては、叱られる程度でへこたれる性格なんてしてなかった。
こんなことがありつつ、僕たちは以前森に作ったツリーハウスの場所にやってきた。
――ウキーッ
――キー
――ギャー
「シャラップ!秘密基地がシロザルどもに占拠されてる!」
予想外のことに、ツリーハウスとその周辺にシロザルの群れが屯していた。
前回の狩りの後、僕たちがいなくなったのことをいいことに、ツリーハウスを占拠してしまったようだ。
以前ツリーハウスを巡って戦った時は、ドラドの土魔法で群れの半分が土砂に埋まったのに、なんて頭の悪い奴らだ。
「ヌオオオッ、許すまじサルどもがー!俺の秘密基地を取り返せー!」
「オーッ」
ミカちゃん激怒。
片手にブルーメタルタートルソードを持って、シロザルの群れへ突っ込んでいく。
その後を、レオンが暢気に片腕を上げつつ続く。
「レオン、お前はボケッとしてるんだから、突っ込まずに魔法で援護してなさい」
「……はーい」
少し考えた後、僕の言葉に大人しく従って、魔法でミカちゃんの援護を始めるレオン。
だってさ、レオンの近接戦能力ってクズなんだよ。
戦闘中でもボケーッとしてるから、殴られた後になって、
「当たった?」
なんて、暢気顔で首をかしげるくらいだ。
ドラゴニュートなので、生半可な相手では殴られたり斬られたりしても、無傷で済んでしまう。だけどレオンの運動神経では、接近戦なんてやらせるだけ無駄だった。
「ヌオラー、弱い弱い弱い、雑魚どもがー。フハハハハー」
そしてツリーハウス奪回を目指すミカちゃんは、1人シロザルの群れに突っ込み、無双していた。
背中の羽も使わずに木の枝を垂直に駆け上がり、木から木へサル以上の身のこなしで飛び回る。
時に尻尾を使って木の枝にぶら下がり、空中で交差したシロザルを剣で切り捨てたりしている。
「相変わらずミカちゃんがサル以上の動きをしてる」
これを見て、僕は呆れ返ってしまうよ。
「ミカちゃんって、本当に前世人間だったんですか?」
「サルだろう。いつも本能で生きてるし」
ほら、ユウもミカちゃんの前世を疑ってるよ。
ミカちゃんの前世は、野生のサルで決定だね。
もう、原始人ですらない。人類に分類することが間違いだ。
そうしている間もミカちゃんの一方的な蹂躙戦が続き、時たまレオンのアイスカッターがシロザルを一撃で仕留めていく。
「今日はサル三昧のメニューが楽しめますね」
「ドラドも拾うーっ」
そしてバタバタと倒れていくシロザルの死体を、リズとドラドが拾って集めていく。
戦闘、何それ?
ただのご飯集め作業でしょう。
「ウギャー、シロザルめー!」
あとシロザルの一匹が、クロゴブの方へ飛び掛かっていってた。
ただのサルなんて、ダークオーガが相手にする必要ないだろう。
というかサルよ。なぜおまえは自分より圧倒的強者に向かって戦いを挑む。
少なくとも見た目だけなら、クロゴブがこのメンバーの中で一番人相が悪いぞ。
(そして一番弱いけど)
「ウアー、顔を引っ掻かれたー!」
「爪で引っかかれても、お前の皮膚は頑丈だから怪我してないぞ」
「クッ、攻撃があたら……」
――ドゴンッ
「普通に拳が貫通してるぞ」
なんだろう。
クロゴブって漬物みたいに第二拠点に漬け込んでたら勝手に進化したので、ダークオーガとして持っている実力と、当人の感覚が全然あってない。
たった数日でゴブリンから、別次元の強さを持つ種族になってしまったので、自分の強さを理解できてないようだった。
「あれ、俺ってもしかして強い?ゴブリンの時は、シロザル相手でも勝てなかったのに?」
ただのサル相手にも勝てないとか、ゴブリンって相当弱いんだね。
そりゃ、その時の感覚で戦ってたら、こんな事になっちゃうか。
「クロゴブ、お前は自分の実力を知るために、しばらくモンスターを狩ってろ。もちろん、狩ったモンスターは僕たちのご飯にするから、ちゃんと回収するように」
「分かりました、レギュラス様」
クロゴブは手間のかかる手下だね。
後書き
青いチチヒモ。
……ダンマチ……ヘスティア……うっ、頭が。




