251 邪教の教主ミカちゃん
今回の狩りの旅も、目指すのは西の森。
"オオイノシシ"や"蛇"、"シロザル"といった獲物を求めて、今回の狩りも頑張りたい。
これらは全部、ゴブリンより美味しい。
それに森に行くまでにある平原でも、運がよければ"モコ牛"や"一角兎"に出会える。
モコ牛からは羊毛(見た目が牛のなのに羊毛とはこれいかに?)とミルクが取れ、ホーンラビットは美味しい獲物だ。
僕はミルクで煮込んだホーンラビットの肉が、特に美味しいと思うね。
僕たちの食生活改善のためにも、これからはウエストフォレストメインで狩りをしていきたい。
それに肉だけでなく、森からは大自然の豊かな恵みを受け取ることができる。
ウエストフォレストは素晴らしい。
ああ、なんて理想的な場所だろう。
……ただの森に行くだけでこんなことを考えてしまうとは、僕のこれまでの生活って、それだけ酷かったんだね。
ろくに草も生えてない場所で、ゴブリンやバジリスクを狩り、その死骸でアンデットの王国築いてたくらいだから、確かにひどすぎる。
大体都市を攻め落とせるアンデット軍団がいた所で、だから何って話だよ。
そもそも都市を見つけていれば、アンデット軍団なんて作らず、都市の中で普通に生活していただろうなぁ。
ああっ、文明はいずこにー。
まあ、ここは大自然の中。
人間のいる都市なんてどこにもない。
ない物ねだりをしても仕方ないね。
ところで、
「俺、元々はあの森にいたんですよ。他のゴブリンの群れに追い出されて、それで森の外に出るしかなかったんです」
クロゴブはウエストフォレスト出身とのこと。
「ふーん、ゴブリンの縄張り争いか」
「俺のいた部族は弱かったんで、あっさり追い出されてしまいました。でも、森の中は詳しいので、案内できますよ」
元ゴブリンのクロゴブの言うことなので、どこまで信用できるものか。
知っているとしても、自分のいた集落の周辺くらいしか知らないんじゃなかろうか?
それでも全く土地勘なしで、森の中を歩き回るよりマシだね。
「なら、案内は任せるぞ」
「ハハーッ、お任せください」
クロゴブは恭しく頭を下げるのだった。
そして第二拠点からウエストフォレストまでは、浮遊魔導車を使って移動。
移動の休憩中、リズとクロゴブが互いに武器を取って戦ったりした。
「ふんっ、弱すぎますね」
もっとも戦いというか、一方的な蹂躙。
リズのハルバートが、クロゴブの持つ湾曲した刀――海賊刀――に触れると同時に、吹き飛ばしてお終い。
戦闘とすら呼べないね。
「イツツッ、腕が痺れる」
「そりゃまあ、元の馬力が違いすぎるからね」
完全に大人と子供の戦いだった。
ダークオーガと言えど、僕たちドラゴニュートから見れば圧倒的に弱い。
「見た目が立派だったので強いのかと期待しましたが、残念です。強くなりたけれは、もっと精進なさい」
「へへーっ」
リズ相手に、平伏するクロゴブだった。
ダークオーガなのだけど、随分と平身低頭している。
見た目が立派になっても、気が小さいのかな?
所詮元ゴブリンだからね。
そしてウエストフォレストにつくまでに、平原で一泊したのだけど、その時に、
「柔らかで大きな胸……ゴブリンなんか目じゃない美人だ。お、オレの子供を産んでくれー!」
夜中にフレイアに襲い掛かる、全長2メートル越えの巨漢クロゴブ。
それに対して、
「死にたいのですか?」
――ゴオオォォォォ
フレイアの口からファイアブレスが吐き出されて、夜なのに、辺り一帯が昼のような明るさになった。
「ヒエエェェェー!」
「フレイア、ブレスを吐くのはいいけど、100メートル越えの大ブレスは止めようね」
現代兵器の火炎放射器なんて目じゃない、大火力の炎だった。
そんなものを見せられて、クロゴブの邪な思いは一瞬で蒸発。
情けないことにその場で尻餅ついて、ガクブルしだす有様だった。
「レギャラスお兄様、私は安い女じゃないですわ。ミカちゃんならまだしも、このような埒外には触れる価値すらありません」
……あの、僕にはフレイアが何を言ってるのか、意味が分からないんだけど?
なんですか、この超お高く留まっているお嬢様様のセリフは。お嬢様というか、"女王様"か……
それもアッチ系の。
「ウヒョー、なら俺はOKってことだなー!フレイアたーん」
そしてクロゴブに続いて、もう一人の馬鹿が登場。
――ゲシッ、グリグリ
「ミカちゃんなら、直接体でお仕置きしてあげます」
「ウホホーッ、フレイアたんの足に踏まれて……ゲヘッ、ゲヘヘッ」
……さ、僕は何も見てないぞ。
とっとと寝てしまおう。
まだ旅は始まったばかり、さっさと寝てしまうに限る。
――現実逃避じゃないかって?
ああ、そうだよ。
ミカちゃんには手の施しようがないから、現実逃避してないとやってられない。
ただ翌日目が覚めると、夜の間に何があったのか知らないけど、
「"オッパイ仙人様"、なにとぞオッパイ力をオレにもお授けください」
「よいか、オッパイパイを極めし者は、この世界の心理へたどり着いたもの。すなわち世界とはオッパイ!」
……意味不明な邪教が成立していた。
ミカちゃんが"ライトブレス(笑)"を後光の様に放ち、邪教の教えを滔々と説いている。
それに対してクロゴブは、物凄く熱心な信者となって、教主ミカちゃんの言葉に聞き入っていた。
――ゴン、ガンッ
「ヒデブウッ!」
「ゲボハーッ!」
邪教、滅すべし。
ミカちゃんとクロゴブをしばいておいた。
「クロゴブ、お前もミカちゃんと同じ道に進むなら、今すぐスケルトンにしてやるからな」
スケルトンにする、つまり殺すという意味だ。
「こ、この人マジでヤバイ、怖すぎる。ヒィィィー」
気の弱いクロゴブは、またしてもガクブル。
「クッ、オスが3歳で止まっているレギュレギュめ。俺たちが理想を語ることを、なぜ止めようとする!」
だが、ミカちゃんは全く折れる気配なしだ。
もうヤダ。ミカちゃんが肉体言語に耐性付き過ぎて、最近腕力で解決できなくなってきた。
「ユウ、助けてくれ」
「無理です、兄さん。僕には無理です。それにすぐに力で解決するのもやめましょうよ」
「もしかしてミカちゃんを殴り過ぎたから、元々バカだった頭が、ここまでひどくなったのかな?」
肉体言語は大体の相手に通用するので過信してたけど、一方で馬鹿になっていく副作用が、ここまでひどい物だったとは。
……まあ、だからと言って、これからも肉体言語で語るのをやめるつもりはない。
語るのをやめれば、ミカちゃんが余計に調子に乗るだけだ。




