246 地道な成果と思念投影機
西の森で採集した薬剤を元にいろいろな薬を作ったけれど、作ったのは薬品だけじゃない。
その一つが、肌の保水効果を高める保水剤。
手に出した水溶性の保湿剤を、そのまま顔にパンパン叩いて付ければいいだけのお手軽品。
「ウフフッ、これでさらに美しくなるのね」
「ヌフフフッ、保湿剤とはすばらしい。これでフレイアたんのお肌がもっちもっちになって、触れると吸いつくお肌に大変身だ。ゲヘヘェッ」
フレイアは美容を求めているらしい。
齢2歳にして、美容に目覚めるのが速すぎませんか?
既に光物にも目覚めているので、もはや2歳児というか、かなり年配の気が……。
そしてフレイアをそんな風に育て上げた原因の一角、ミカちゃんも相変わらずだった。
「肌が吸引力を持つとな、夜にするとき肌と肌が引っ付き合って、それはもう……ゲフッ」
「ミカちゃん、ピンクな話をしなくていいから」
というかおっさん。
あんた30近くになっても、前世彼女いなかったんだろう。独身だったんだろう。
なのになんで、そんなこと知ってる。
いや、彼女はいたんだっけ?
まあどっちでもいい。
聞きたくもないので、何も言わなくてよろしい。
「モグモグ、ミカちゃん相変わらずだねー」
そしてそんなミカちゃんに、レオンが暢気に尻尾をフリフリしつつ呆れてる。
「我が弟子レオンよ、女の肌とはモチモチこそが至高なのだ。特に胸……ゲボッ」
「黙ってようか」
鳩尾に一発入れておいた。
ミカちゃんがしばらく床の上で転がり回るけど、それだけ元気なら何も問題ないね。
うんうん、これで我が家の平和は守られた。
「兄さん、頼むから暴力は止めましょう。子供の教育に悪いどころじゃないですよ」
「……」
ユウに正論を吐かれてしまった。
僕は何も言い返せなくて、ソッと視線を逸らした。
「モグモグモグ」
「ふむっ、このクリーミーな味わいがたまらないです」
そんな僕たちの掛け合いがされている間、レオン、ドラド、リズの3人が、ヨーグルトを食べている。
フフフッ、僕はついにやったんだ。
今まで狩りに出るたびに何度かモコ牛(羊の毛を持った牛)に遭遇していたのだけど、モコ牛から取れたミルクを使うことで、ついにチーズとヨーグルトを作ることに成功した。
発酵させるために置いていたミルクが腐ったり、変なにおいを出したり、カビまみれになったりと、何度も苦い失敗を繰り返したものの、ついにまともな乳製品を作り出せるようになった。
食卓に新たにチーズとヨーグルトを用意できるようになって、僕たちの食文化が一つ前進だ。
肉食の僕たちは、植物は食べられないけど、動物の乳からできている乳製品なら問題ない。
乳製品があれば、豊かな食卓になるね。
これも僕が目指す、文明の一つの形だ。
文明よ、ありがとう。
そして肉だけの原始的な食事よ、さようなら。
もっとも、僕たちの主食が肉であることに変わりはないけどね。
「モガモガモガ……ヌフフッ、俺がモコ牛ちゃんの巨大乳から"搾乳"して作ったヨーグルト。うめぇ」
って、ミカちゃんがもう復活していた。
復活どころか、既にヨーグルト食ってるんだけど。
あと搾乳って部分を強調しなくていいから。常時脳みそピンクおっさん。
「ミカちゃん、あんな牛ごときと私、どっちが大事なんですか?」
「はい?フレイアたん、それはどういう意味?」
「ですから、私と牛、どっちの胸が好きなんですか?私は二股なんて許しませんからね」
「フレイアたん、それはまさか嫉妬なのか!フレイアたん、レギュレギュに気があるふりをして、実は俺のことを……」
「もちろん、私の一番はレギュラスお兄様です。でも、ミカちゃんも二股は許しませんから」
「……フ、フレイアたんが悪女ぽくなってきた。ゲヘヘェッ」
……どうしよう。
ミカちゃんの脳みそがは今更だけど、フレイアもヤバくなってきてないか?
フレイアが僕に好意を寄せるのはまだしも、どうしてミカちゃんに二股ダメとか言い出す?
ミカちゃんの中身がいくらオッサンとはいえ、2人の体は一応女なわけで、それで好きだ嫉妬だってのは……えーっ、あれ?
もう何が言いたいのか、僕も訳が分からなくなってきたぞ!?
「俺は、1人のオッパイには縛られない主義なんだ。どんな女の子の巨大オッパイにも逆らうことができない、不逞の輩なのだー」
「チッ、あんな牛ごときに発情するなんて、ミカちゃん最低ですわ」
「グヘホラーッ」
"頭痛が痛い"。
ミカちゃんが無茶苦茶なセリフを吐き、ご機嫌斜めになったフレイアがミカちゃんにアッパーカット。
空中を弧を描いて飛んでいくミカちゃんは、幸せそうな……いや、腐ったおっさんの笑い顔で、吹っ飛んでいった。
そのまま昇天してしまいなさい。
なんなら生き返らないよう、地面に埋めてあげるから。
ふうっ、僕の兄弟はどうしてこんなのなんだ。
こんな出来事が我が家の日常。
なんて言いたくない!
ともかくそんな出来事があったけど、この日僕はデネブが作った新しい魔道具を兄弟たちの元へ持ってきた。
「さあさあみんな、集まってごらん」
と、僕は部屋に兄弟皆を呼び集める。
「兄さん、暗いよー?」
兄弟を呼び集めた部屋は、明かりがなくて真っ暗。
ユウやドラドは暗視能力があるので問題ないけど、それ以外の兄弟は、暗い場所では目が見えない。
しかしそんな兄弟たちにお構いなく、僕は今回用意した魔道具を使用した。
『パオオーーーン!』
部屋の壁に"映し出された"のは、長い鼻と大きな耳を持った持った象。
この世界ではただの一度も実物をお目にかかったことがないけど、それは地球に生息している象の姿だった。
「いいかいドラド、これが本物の象だよ。と言っても、これは"映像"だけどね」
この前ドラドとミカちゃんが象を巡って喧嘩になっていたので、"映像"とはいえそれで象の姿をハッキリと見せてあげる。
そうこれは"映像"で、今僕たちの目の前では、光魔法によって壁に"映し出された"象が動いている。
それはまるで、
「レギュレギュ、これってテレビ……いや、映画だよな?もしかして映写機なのか、うおおおっ、なんてすごいもの作ったんだ!」
「大迫力の映像ですね。でも、どうやって用意できたんですか?」
ミカちゃんが言う通り、今回デネブが作ったものは、映画館で使われる映写機の様に、スクリーンに動く映像を映し出せる魔道具だ。
そしてこんなものを野生にいる僕が用意できたことに、ユウが驚いている。
だが諸君、本当に驚く点はそこじゃない。
「チッチッチッ、残念だけどこれはただの映写機とは違うのだよ」
「映像を再生できるのに、映写機じゃないのか?」
「そうだよ。これの名前は"思念投影機"と言って、頭の中で考えた映像を読み取って、それを光魔法で投影できるようにする魔道具なんだ。もっとも音声を流したり、録画はできないけど」
「シネン、トウエイキ?」
初めて聞く単語に、ミカちゃんが首をかしげる。
「そうだね。例えばユウ、前世の自分の家がどんなだったか思い出せる?」
「ええ、出来ますけど」
「じゃあ、思い出しながら触ってみて」
ユウに魔道具を渡す。
すると日本ではごくありふれた一軒家の姿が、スクリーンにしている壁に映し出される。
しかし、この世界では見たことがなければ、存在すらしない家だ。
「これが、ユウお兄様の前世での家ですか」
「不思議だねー、触っても触れない」
「クンクン、匂いもしません」
「さっきいた象さんがいなくなったよー」
映像が切り替わったことに、転生組でない兄弟たちがそれぞれ声を出す。
映画なんてものをそもそも知らないので、目の前に映し出されている光景に、不思議がっている兄弟たちが多かった。
「……本当だ、僕の家だ」
前世の自分の家の光景に、ユウが呆然としている。
「ユウ、どけっ!」
そしてそんなユウを押しのけ、ミカちゃんが思念投影機を奪い取った。
「ミカちゃん、頼むから壊さないでよ。それはまだ1台しかない貴重品なんだから」
「分かってらー」
本当かな?
ミカちゃんに物を渡すと、すぐに壊すか、失くすかしている。
そんな僕の疑念を他所に、思念投影機を手にしたミカちゃんの脳内映像が壁に映し出された。
「オッパイパ……」
――ガンッ
18禁の映像だった。
ミカちゃんの脳内ピンク色の妄想が、もろに垂れ流されてる18禁映像だった。
もちろん即座に上映中止だ。
「子供の教育に悪いっつってるのに、なんでいきなり18禁を流すんだよ!」
「お、俺はオッパイパイのためなら死ねる。巨乳エロビデオ万歳……ゲフッ」
一撃で意識を刈り取る拳を入れたのに、執念のゆえか、わざわざそんなことを言い残してミカちゃんはぶっ倒れた。
「すごい魔道具ですけど、使い方が……」
「これはミカちゃんに絶対に渡したらダメだね」
せっかくデネブが作った思念投影機。
僕はこれを使って、ユウがしている子どもたちへの教育に役立ててもらおうと考えていた。
僕とミカちゃん、ユウ以外は、転生者でないが、それでも僕たちの世界の知識を持っておいてもらっていいと思っている。
ただ、与えられる知識には限りがあるし、中には写真や映像がないと理解できないものだってある。
それを可能とするために作ったのが、思念投影機だった。
保父のユウ先生には思念投影機を使って、子供たちの勉強にぜひとも励んでいただきたい。
……なんだけど、どうしてこのオッサンはこういう方向にしか使えないんだ。
「とりあえずユウ、これを子供の教育に役立ててくれ。ただしミカちゃんには、絶対に触らせないように」
「……わ、分かりました」
せっかく用意した思念投影機だけど、ミカちゃんのせいでとんでもない使い方をされてしまった。
それでも善用すれば、兄弟たちの教育に役に立ってくれるだろう。
間違っても、18禁再生機になどできるか!




