241 巨大蜂駆除
――糖分は百万世界の真理にして、シリウス師匠の命の源泉!
デネブと違った意味で、シリウス師匠も大概ポンコツな性格をしているのですが、性格はともかく、あの人は僕などとは比べ物にならない超越者です。
ええ、それはもう前世の僕でも、マザー相手でも、だから何って次元の人です。
そんな人が今回の僕の転生に関して、一枚噛んでいるのは確実。
何しろ僕だけでなく、ミカちゃんとユウという、シリウス師匠の事を知っている3人の転生者が、同じ兄弟として生まれたわけだからね。
あの人以外に、こんなことをできる存在を僕は知らない。
そして将来この世界で、シリウス師匠に出会う可能性がある。
力で勝てない相手に喧嘩を売らない主義の僕なので、もちろん師匠に力で挑もうとはこれっぽっちも思っていない。
だが力で勝てないからと言って、それで全てを諦めるほど、僕はできた人間ではなかった。
マザー相手には、息子という立場を使って露骨に媚を売っている。
そしてシリウス師匠を相手にするなら、糖分だ。
それさえあれば、あの人を操縦することなど容易い。
……あの人を見ていると、頭脳指数一桁みたいな行動をいつもとっているけど、あれは師匠の表面でしかない。
あの人、魔王なんてレベルじゃ済まない邪悪人間で、関わる人間をことごとく不幸のどん底に落とし入れて、「アハハー」で、済ましてる人だからね。
一見無害に見えて、実は人を不幸にするために生きてるような人だから。
とはいえ糖分さえあれば、なんとかなる。
少なくとも、ある程度はコントロールできるようになる……と、信じたい。
この世界で師匠に関わった時のために、僕は何としても今のうちに糖分を手に入れておきたかった。
糖分、つまりは甘味。
これがなくては、師匠を相手にすることができない。
――ブーーーーン
そして今回僕たちは、西の森にて蜂を見つけることに成功した。
うん、蜂だよ。
ただし、全長3メートルを超えている超巨大蜂。
それもどう見ても花の蜜を集めるミツバチでなく、肉食の蜂だった。
「ウワーン、捕まっちゃったー!」
「間抜けレオン、お前どこまでボケッとしてるんだ!」
肉食の証拠に現在巨大蜂は、レオンの体をがっしり足で捕まえて飛行中。
これから巣にお持ち帰りして、「いただきましょうね」というオーラが満々だ。
「チッ、肉食蜂に用はないのに」
「あの兄さん、それよりレオンが浚われて……」
肉食蜂は、ミツバチの様に花の蜜を集めない。それどころか肉食なので、普通に昆虫を狩って自分たちで食べる。
今回遭遇した巨大蜂は、その大きさから昆虫どころか人間サイズの生き物でも食べるのだろう。
とはいえ、
「追いかけて巣を見つけるか」
「いや、だからレオンのことが心配……」
「微かな希望だけど、もしかすると巣にハチミツがあるかもしれない。望みはかなり薄いけど」
「に、兄さん!」
「ユウ、さっきから何を叫んでるんだ?」
僕はどうやって師匠対策に糖分……改め、ハチミツを獲得出来るかを考えているのに、ユウの奴がうるさいな。
肉食の蜂は、蜜を集めないから100%、巣にハチミツがない。
ミツバチの巣はハチミツを含んでいて、養蜂にも使われているけど、肉食の蜂の巣は壊しても、中からハチミツは出てこないんだよね。
地球でも肉食のスズメバチの巣だと、ハチミツが全くない。
スズメバチの蜂では、養蜂なんて全くできないわけだ。
「兄さん、早くレオンを助けましょう。このままだと……」
「よし、全員レオンが連れてかれる後を追うぞ。蜂の巣狩りだ」
「いや、蜂の巣までいかないで、今すぐ助けましょうよ!」
「全員続けー」
「「「「オー」」」」
「……」
ユウが何か言いたそうにしているけど、僕は今師匠対策を考えていて忙しい。
「レオンの扱いが酷すぎる」
なんてことを、ユウは呟いていた。
そうして僕たちはレオンを捕まえた蜂を追跡して、無事に蜂の巣へ到着。
……といきたかったけど、実際にはうまく事が運ばなかった。
「"氷結の霧"」
巨大蜂に捕まっていたレオンが、途中で魔法を使用。
周囲の気温が急激に下がると同時に、白い霜が霧のようになって辺り一帯に広がる。
突然の気温低下に、巨大蜂の体の動きが鈍り、みるみる間に体が白い霜に覆われていく。
巨大であっても所詮は昆虫。気温の変化に極端に弱い。
あっという間に体全体が氷点下にまで冷却され、築地の冷凍マグロならぬ、冷凍巨大蜂となってしまった。
「ウ、ウワアアーッ!」
ただし巨大蜂を氷結させた倒したまではよかったものの、巨大蜂はレオンを掴んだまま空中を飛んでいた。
当然、巨大蜂が動けなくなると、レオンは地面へ落下する。
情けない悲鳴を上げながら、レオンは落下。
森にあった木の枝を何本もへし折り、木の葉をガサガサと音を立たせ、地面へ激突した。
「ギャフンッ」
「レオン兄。翼を使おうよ」
「慌てて忘れてた」
地面に激突しても、ドラゴニュートの体は頑丈なので、無傷だったレオン。
ただ背中には立派な翼が生えているのに、落下中に全然いかせてなかった。
そんな有様に、ドラドが一番呆れている。
他の兄弟にしても、同じ思いだけどね。
「このニブチンが!」
「ウワーン、ミカちゃん噛まないでよー」
あまりの鈍さに、ミカちゃんなんて、レオンをガジガジ噛んでいた。
(チクショウメー、このままレオンの顔をブ男顔に変形させてやるー!)
……あれ?
疲れているのかな?
今ミカちゃんの心の声が聞こえた気がする。
まっ、いいや。
それより今大事なのは師匠対策のため、ハチミツをゲットすること。
「巨大蜂が飛んでいった方向に進んでみようか。たぶん巣があるから」
「蜂の巣……まさか、ハチミツか!」
「期待はもてないけどね」
蜂の巣と聞いて、早速ハチミツの存在に気づくのはミカちゃん。
もっともミツバチと肉食の蜂では、食べる物が違うという点に、ミカちゃんは気づいてないようだけど。
そうして巨大蜂が飛んでいた方向に進んだ結果、僕たちは木の上から地面にまで届く巨大な蜂の巣を見つけた。
高さは20メートルあるかな?
3メートルの大きさがある巨大蜂の巣なので、大木が数本まとめて合体したような大きさがあった。
外からの見た目は、土で出来た巨大な塔という感じで、その中に目当てのハチミツがあるという雰囲気ではない。
「ダンジョンじゃ、巨大蜂の集まるダンジョンじゃー!ウヒョー、RPGらしい展開に超興奮!」
そしてミカちゃんはハチミツより、ゲーム脳の方が出てきてしまう。
尻尾をブンブン振って、興奮を露わにしていた。
確かに、巨大蜂の巣は、それだけで一つの建造物。
現代地球のビルもかくやという大きさだ。さすがに高層ビル並みの高さはないけどね。
でも巨大とはいえ、たかが蜂だよ。
そんなの相手に、いちいちダンジョンなんて気分になる必要はない。
「レオン、さっき使った"氷結の霧"で、蜂の巣全体を冷却できるかな?」
「うん、やってみるー」
「ちょっと待て!ダンジョンには正面から正々堂々と……ヘブシッ」
「ミカちゃんは黙ってようか」
相手にするのが面倒なので、ミカちゃんには拳を使って、しばらく地面の上で眠っていてもらおう。
どうせ1分も持たず、すぐ復活するけどね。
僕が肉体言語を使用する頻度が高いせいか、ミカちゃんは耐久力だけでなく、ダメージ回復力まで日々高くなっていってる。
もっともミカちゃんが丈夫になっていくなら、僕もそれに合わせてさらに力を加えればいいだけだ。
そんなことをしている間に、レオンのフリーズミストが発動して、蜂の巣全体を白い霜が覆っていく。
ここ最近フレイアの火力超特化が目立ってばかりだけど、他の兄弟たちだってそれに負けない魔力を持っている。
レオンにしても同じで、巨大な蜂の巣全体を、凍らせることが出来る。
「これくらいでいいかな?」
ほどなくして、霜が降りてカチコチに固まった蜂の巣。
「じゃあ、中に入って確認してみるか」
「「「「「オー」」」」」
蜂の巣の中に入ってみると、内部はレオンの魔法で完全に凍り付いた。
巨大蜂と、あと幼虫たちが冷凍されて、身動きが取れなくなっている。
ウゲェー、巨大蜂はともかく、人間サイズの巨大幼虫を目の前で見ると気持ち悪ぃー。
既に巨大芋虫とかを、マザーが持ってきたご飯として食べたことがあるけどさー。
それでも、生理的に巨大幼虫はイヤだね。
とはいえ外だけでなく内部まで完全冷凍されて、蜂の巣に生き残りはいなくなった。
「……こんな簡単に、蜂の巣ごと退治できていいのかな?」
「面倒くさくないから、これでいいんだよ」
あまりに簡単に、蜂の巣退治が完了。虫相手だから退治というより駆除か。
ユウが呆れているのか唖然としているのか、自分の中にある常識と少し格闘しているようだ。
地球の人間基準で考えたら、高さ20メートルのビルを丸ごと氷点下にして、その中にいる生物を全部冷凍して殺しました。ってことになるからね。
ドラゴニュートだからできることで、地球の人間の常識では不可能な芸当だった。
「ノォー、俺の活躍が全くないまま終わっちまったー!」
一方眠りから目覚めたミカちゃんは、蜂の巣が完全冷凍されて駆除されているのを見て、絶叫していた。
ミカちゃんは、"勇者様(笑)"でもしたかったのかな?
剣を片手にダンジョン攻略。
そんな妄想をしていたようだけど、素の中にいる巨大蜂といちいち戦うなんて、単なる労力と時間の無駄だ。
レオンの魔法でまとめて凍らせるなり、フレイアの魔法で焼き払うなり、それで巣ごとしてしまえばいい。
なお、巣を完全に凍り付かせたのはいいものの、結局内部にハチミツはなかった。
肉食の蜂なので、こいつらにハチミツを作ることなどできないのだ。
そして巨大蜂を食べてみても、
「ウッ、これは食べて物ではありません!」
「アントと似た味がする……」
リズは即座に食べる事を拒否。ドラドも口に入れた蜂を、すぐに吐き出していた。
巨大蜂を食べて口の中に広がる不味さは、以前食べたアントの味に似ている。
僕たちにとって、昆虫系は不味く感じるようで、とてもではないが食べられない。
そして蜂の毒針を引き抜くと、そこから内臓が引っ付いて出てくるのだけど、
「苦い」
「……酒のつまみにはなるか?ただし不味いが!」
内臓に関して、ユウは食べる事を拒否。
唯一食欲魔神ミカちゃんが口の中に入れてモゴモゴしていたけど、いつものように口いっぱいに放り込む勢いはなかった。
僕らにとって、昆虫は食べ物にならないね。
ただ幼虫の方は、おいしく食べられた。
見た目さえ気にしなければ、ゴブリンよりかなりおいしいよ。




