235 製鉄所消え去る
『レギュちゃんのしていることだから、手出しするつもりはなかったけど、あの黒い煙は体に悪いからダメよ』
兄弟全員"浮遊車"に乗っかって、これから狩りの旅に出発しよう。
そんな時になって、マザーが唐突に言ってきた。
黒い煙ってもしかして……。
「マザー?」
『気を付けていってらっしゃい』
僕が尋ねることが分かっていたようで、それ以上答えてくる様子のないマザー。
それ以上尋ねるわけにもいかず、なんともすっきりしない気持ちで僕たちは狩りの旅へ出発した。
そしていつものように第二拠点に到着。
と同時に、拠点近くにあった製鉄所が"消滅"していた。
それはもう破壊とか、壊滅とか、発破なんてレベルじゃない。消滅だ。
製鉄所があった場所がクレーターになっていて、そこにあった施設が全てきれいさっぱりなくなっている。
「あ、ああっ……」
せ、せっかく文明の基礎となる鉄を作れるようになったのに、なんという事態!
ノウッ、僕の"目指せ現代文明計画"に、こんなところで支障が発生した!
「レ、レギュラス様、実は天より突如光の柱が落ちてきて、このような有様に!」
出迎えてくれたドナンは、僕たちがいない間に何が起きたか説明してくれる。
うん、もう分かってる。
マザーがやったことだって。
「そうか。だが製鉄所が吹き飛んだだけで済んでよかった。マザーのことだから、下手したら第二拠点ごとクレーターになってないかと心配してたんだ」
「マザーとは、竜神様の事ですかな?」
「そうだよ。今回出発前にそんなこと言ってたから」
ドナンがここで初めてマザーが原因と知ったことから、マザーはドナンたちの視認範囲外から攻撃したようだ。
随分物騒な攻撃だけど、僕も同じことができるので、そういう点で驚きはない。
そして黒い煙と聞いた時点で、製鉄所から出ている石炭の煙を連想していた。
けど僕が想定していた最悪より、被害は遥かにましだった。
「きょ、拠点ごとですか?さすがに竜神様と言えど、"あのお方"と13魔将様がおられる第二拠点を消し飛ばすことは……」
「いや、マザーならできるから。マザーなら、僕が作ったなんちゃって魔王どもが全力で抵抗しても、簡単に消し飛ばせるから」
「……」
よかったー。
第二拠点にいるアンデット全てに、13魔将。その全員に「マザーに襲われたら戦わずに全力で逃げて生き延びろ」と、以前から命令している。
抵抗したところで、意味がないと分かっているからだ。
大量のアンデットに第二拠点、さらに拠点に蓄えていた資材が無事で何よりだ。
僕の考える最悪は、これら全てが丸々消えてしまうことだった。
ただドナンには衝撃が強すぎたようで、口を開けたまま固まってしまった。
僕の見立てでは、マザーは魔王より強い。
前世の僕とガチでやりあったら、僕の方がかなり分が悪くなる。
魔王と一口に言っても実力はピンきりで、前世の僕は魔王の中ではかなり上位。ほぼ頂点に位置していた。
そんな前世の僕と比べると、拠点にいるデネブアンデットと"13魔将"は明らかに格下だった。
唯一デネブであれば、僕と同程度の魔法を使いこなせるので、マザーの攻撃を何発か防げるかもしれない。けど、あれは魔法以前に性格が原因で外に出れないので、戦闘では全く役立たずだった。
ポンコツだから仕方ない。
(シャラープ、私はポンコツではない!)
なんて思ってたら、デネブから抗議が入ってしまった。
(お前、第二拠点にいたのに、マザーに爆撃されたことに今まで気づいてなかっただろう)
(……け、研究に集中していて、それどころじゃなくて)
(気のせいかな。お前の記憶を読んでると、"ミカくん"という訳の分からない腐女子趣味に突っ走っていて、気づかなかったようだけど)
(ひ、人のプライベートを覗き見るなんてストーカーですよ!犯罪だー!)
やれやれ、このポンコツの相手は疲れる。
頭の中でギャーギャー喚かれるので物凄く煩いけれど、これ以上藪をつつくと蛇どころか大蛇まで出てきそうなので、無視しよう。
そうだ、それがきっといいに違いない。
「あの13魔将でもマザーなら勝てるんですね。フフフ、じゃあ私も、今は無理でも将来あの澄まし顔にギャフンと言わせることが出来ますわね、ウフフッ」
あの、すみません。
デネブのことで軽く現実逃避に入ったら、フレイアの方がもっと物騒なことを言い出した。
「ど、どうして、フレイアがこんな性格になったんだ!僕はこんな風に育てた覚えはないのに!」
「レギュレギュのせいだろ!」
「兄さんがいつも暴力で解決するからです!」
「レギュ兄さんに、とっても似てるねー」
「レギュラス兄上をフレイアは一番よく見ていますから」
「レギュ兄、もしかして自覚がないの?」
(ケケケ、レギュラス様総スカン喰らってるじゃないですか。いい様だ、わたしをイジメてばかりいるからですよ。ケッケッケッ)
は、はあっ!?
なぜかフレイア以外の兄弟全員から、呆れたように言われるんだけど。
おまけに、デネブまで加わりやがって。
「い、言ってる意味がマジで分からん?」
僕はまともなつもりだけど!?
しかしこの言葉が悪かったようで、兄弟の僕を見る目が、困った人を見る目になった。
ユウやリズなんて、頭を振って「ヤレヤレ」って態度をとってるし。
ええっ、どうしてこうなる!?
僕のせいで、なんでフレイアがあんな性格になるんだ!?
訳が分からん!
と、こんなことがあった。
兄弟の言い分が僕には物凄く納得できない。
けれど、それはひとまず置いて、まずは破壊されてしまった製鉄所に関してだ。
「被害の方は精錬中の鉄と銅、およびその周辺に蓄積していた物資の大半が消え去ってしまいました。施設も御覧の通り完全壊滅……というより"消滅"ですな。その際施設で働いていたダークスケルトンが巻き添えになって、200体ほど消え去ってしまいました」
放心状態から再起動したドナンの報告だ。
「精錬済みの鉄と銅は、他に残っているのか?」
「精錬済みのものは拠点内に運んでおりますので、そちらは無事です。ただ備蓄を増やすことが出来なくなったため、ダークスケルトン用に作っていた武器や防具の加工をしばらく中断する必要があります。……中断する期間は、精錬所の再建のめどが立つまでですな」
「そうか。マザーの感じからすると、再建したらまた潰されるな。確実に」
「ヴッ」
マザーは石炭の煙が体に悪いから、製鉄所を破壊したわけだからね。
当然同じものを又建てたら、同じ結果になってしまう。
再建したらまた破壊されると聞いて、ドナンは青い顔して呻いた。
もっとも黒色の骸骨顔なので、青い顔と言うのは比喩的表現でしかないけど。
しかし、このまま金属の精錬ができないのは不味い。
目指せ現代文明計画が、頓挫してしまう。
鉄と銅がないなんて、現代文明どころか中世文明にすらたどり着けなくなってしまう。
「とりあえず、拠点からもっと遠くに再建する方向でいくしかないな」
「そのように検討いたします。まずは場所の策定から……」
きっと僕たちの自宅から遠くにあれば問題ないはずだ。
そしてここから先の仕事は、ドナンのもの。
製鉄所の再建に関しては、第二拠点の責任者に全て丸投げしてしまおう。
僕はドナンの上司。
上司とは部下を信頼し、面倒な仕事を丸投げするためにいる。
そもそも、こういうことをさせるために、僕はドナンを手下にしたわけだからね。
なお、今回の被害にダークスケルトン200体が含まれていたけど、これは僕もドナンも全く問題視しなかった。
僕たちにとって普通のスケルトンは簡単に作れる存在で、それを第二拠点に何日か放り込んでおけば、13魔将の魔力を受けて、勝手に特殊化してダークスケルトンになる。
漬物の様にお手軽な一夜漬けとはいかないけど、それと似た感覚で作れるので、ダークスケルトンの数で困ることはなかった。
――ダークスケルトンになっても、相変わらず扱いがひどすぎるって?
いやいや、そんなことは全くないから。
「オ、オデたちに、人権をー」
しかし、さっきから後ろの方でダークスケルトンが恨めしい声を出してる気がするけど、多分気のせいだね。
いや、むしろ人権を主張するようなら、
「労働は人間の義務。なので人権云々を語りたいなら、もっと働け」
僕はニコリと笑って、背後にいたダークスケルトンの肩を叩いてあげた。
「ア、アリガタキ、シアワセー」
そうすると、僕の前で両膝ついて平伏してくるダークスケルトン。
声が震えていて、非常に感動に打ち震えているのが分かるね。
働けることは、幸せなことなんだよ。
「あいつの魂の叫び声が聞こえてくるぜ。『ブラック労働イヤだって』魂の叫びが……」
そして何かミカちゃんが呟いていたけど、一体何を言ってるのだろう?
フフ、フフフッ。




