234 ドラゴニュート用サンドバック
――スパーン、スパーン、ドゴンッ
「ドラド、お土産だよー」
転位魔法陣を使って第二拠点から自宅へ帰ってきた僕。早速ドラドにお土産の魔法式スピーカーを渡す。
『なにこれ、レギュ兄?』
ドラドがつぶらな瞳で僕にたづねてきたので、僕は魔法式スピーカーについて説明をした後、それを実際に使ってスピーカーから声を出してみせた。
「この魔道具を使えば、ドラドも声を出せるようになるぞ」
『本当、これでドラドも皆みたいに声を出せるようになるんだね』
嬉しそうに魔法式スピーカーを手に取るドラドだった。
もっとも魔法式スピーカーは、1日2日で使いこなせるものではない。
マイクがあって、その前で声を出せばスピーカーから声が出てくる。なんて構造はしてないからだ。
「ギャー、ギャーアラルロー」
『……レギュ兄、変な音しか出ない』
スピーカーから出てきた声の酷さに、嬉しそうにしていたドラドの態度が一転。尻尾をペタリと地面に落として気落ちしてしまう。
しかしミカちゃんと違って、落ち込んでいる姿のドラドも可愛いものだね。
「魔力を込めるだけでなく、細かい操作が出来るようにならないといけないから、まずはそこから練習だね」
『ん、んーっ』
僕のアドバイスを受けて、ドラドはスピーカーを手に持ったまま、なんとか声を出そうと頑張り始めた。
微笑ましい努力と言うものだ。
もっともドラドは、変身の魔法を、寝ている間も常時維持できるようになっていて、魔法の扱いに関しては兄弟の中で一番うまい。
魔法式スピーカーの扱いも、ドラドならばあっという間に覚えるだろう。
子供って大人と違って成長が速いけど、中でもドラドは魔法の扱いに関する成長が早かった。
「また壊れてしまいました、ユウお兄様」
「……フレイア、またなの」
「はい」
ところで、僕とドラドが話し合ってる一方で、ユウとフレイアも何か話してる。
そういえば家に帰ってきた時変な音がしたけど、壊れた物はそれと関係しているのかな?
「これで一体何個目だろう。フレイアはパンチングする必要ないだろ」
「……あの澄まし顔が憎たらしいので、あの顔を思い浮かべて殴ってます」
「そ、そうなんだ……」
「2人とも、何をしてるのかな?」
ユウが顔を引きつらせ、フレイアは鼻息をフンと鳴らして、不機嫌にしていた。
「レギュラスお兄様、なんでもありませんわ。ちょっとした淑女の嗜みでして」
「淑女の嗜みが、パンチング?」
「……ホ、ホホホッ。きっとお兄様の聞き間違いですわ」
いやさ、僕だってさっきの話が聞こえていたから、フレイアが何をしていたのか大体分ったよ。
しかし、どうして淑女の嗜みがパンチングになる?
「パンチングってことは、今度はボクシングでも始めたのかな?」
「ボクシングと言うか、ミカちゃんのおねだりでサンドバックを作ったんですよ」
とは、ユウの言葉。
「ふーん、サンドバックね。とりあえず見せてくれる」
僕がいない間にそんなものを作っていたのか。
というか、ここ最近の僕は研究部屋に籠っているか、第二拠点にいるかで、自宅にまともにいないことが多い。
狩りの時以外、兄弟と接する時間をろくに取っていない気がする。
(フフフッ、そうして家に帰らないでいるから、実の娘から「おじちゃん誰」って言われ……)
(黙ってろ!)
ちょっと心の中で毒電波が何か言ってきやがった。
だが、無視無視。
「ホホ、お兄様がご覧になるようなものじゃなりませんわ。ホホホホホッ」
一方フレイアだけど、なぜかサンドバックを僕に見せたくないようだ。
やけに、露骨な態度だな。
「ユウ?」
「僕からはノーコメントで」
「?」
ありゃ、ユウからも視線を逸らされてしまった。なぜだろう?
と思っていると、フレイアが笑顔のままユウをじっと見ていた。表情は笑っているんだけど、目が全く笑ってない。
ああ、そういうことか。
兄弟カーストの順位が変わったんだな。
今までなら、サル山のボスサルみたいな感じでミカちゃんが君臨していて、次にユウがいた。けどユウの上に、フレイアが躍り出てきたわけか。
兄弟と言えど、上下関係があってシビアだね。
「グヌヌヌッ、俺もフレイアたんのあの目で睨まれた……ゲヒッ」
「ミカちゃん、部屋の隅っこで変態顔しながら覗かないでくれるかな?」
「ウルセー、俺は男にいたぶられて喜ぶ趣味なんてないぞー!」
……"頭痛が痛い"。
あ、ダメだ。
ミカちゃんの相手していると、僕の正気度が削られてしまう。
「ミカちゃん、少し黙ってましょうね」
「はい。ウヘヘヘェー」
フレイアに言われて、だらしない笑みを浮かべるミカちゃん。
訂正。
我が家の兄弟カーストだけど、フレイアがミカちゃんまで降して、頂点に立ったようだ。
フレイアが、じょぅ王様路線を突っ走ってるんだけど。
その後は兄弟そろって適当に談笑したり、ダラダラしたり、作業部屋で作業をしたり……。
自宅でこういう時間をとるのが、なんだか久しぶりな気がする。
(相変わらず仕事漬けで、家族を顧みない仕事中毒生活を……)
(お前は家族以前に、他人がいるだけでダメだろう)
(……)
せっかく家族団欒しているところに、デネブの毒電波が飛んできたので、反撃して黙らせておいた。
ところで、作業部屋は基本的に僕とユウが作業するのがメインだけど、
「もしかして、これが例のサンドバックか?」
「はい。フレイアが殴ると、2、3発で大穴が開くんです。あと、拳が貫通したり……」
今この部屋にフレイアはいない。
ズタボロニされたモンスター皮製のサンドバックがある。
それもサンドバックの皮が複数あり、そのどれもが穴を塞いだと思われる個所に、別の皮でツギハギがされていた。
「兄さん、助けてください。フレイアが殴ると、サンドバックが簡単に壊れるんです。たまに腕が貫通することもあって……」
そう言い、ユウがワナワナと震え出す。
この子って、相変わらずだねー。
ゴブリンとかモンスターを狩れるようになっても、争いごとや暴力が、相変わらずダメな性格のままだ。
「まあ、ドラゴニュートだから仕方ないよねぇ。サンドバック程度簡単に壊れるでしょう。それにドラドがやれば、そもそも原型が残らないだろうし」
「……それ、本当ですか?」
「最近ドラゴニュート形態でいるのが当たり前になってるけど、ドラドは元々ドラゴン体型だからね。人間の姿に近い僕らより、ドラドの方がパワーは圧倒的に上だよ」
「そ、そういえばドラドはドラゴンだったな……」
おいおい、ユウくん。
君、妹の本来の姿を完全に忘れてただろ。
いや、他の兄弟たちが忘れてしまうほど、ドラドがドラゴニュート形態でいるのが当たり前になっているんだけどさぁ。
「しかしサンドバックねぇ。僕ら兄弟用に作るなら、もっと頑丈な……上級魔族の皮を使うといいか」
以前マザーによって大量に上級魔族が狩られたわけで、あの時の骨はデネブアンデットと13魔将となって活躍している。
そして骨だけでなく、皮の方も素材として利用できるので、倉庫部屋に保管している分があった。
「上級魔族って貴重なんですよね。その皮を使っていいんですか?」
「使い道がなくて、しまい込んでおくくらいなら、サンドバックにして役に立ってもらおう」
「それもそうですね」
いくら貴重なものでも、使わなければ宝の持ち腐れ。
というわけで、僕とユウは上級魔族の皮を使ってサンドバックを作った。
普通のモンスター側に比べて、上級魔族の皮は圧倒的な強度を持っている。この強度であれば、フレイアのパンチにも耐えられる。
「あと、中に入れるのが砂だと軽すぎるから、鉄粉を入れるか。第二拠点にあるだろうし」
「鉄粉入りのサンドバック……そんなの殴って大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。下手に殴ると人間なら骨が折れるけど、僕ら人間じゃないから」
人間には人間用のサンドバックを。
そして僕たちドラゴニュートには、ドラゴニュート用のサンドバックを用意するのが当たり前。
こうして無事、サンドバックは完成した。
ただ、サンドバックが出来上がった後で気づいたけど、
「フレイアが毎日パンチングするってことは、更に強くなるんだろうねぇ」
「……僕、絶対にフレイアを怒らせないでおこう。ミカちゃんより危ない」
ユウがドン引きしていた。
「ヌフフッ、俺はサンドバッグになって、フレイアたんに殴られたい」
一方オッサンの方は、とんでもない性癖をぶちまけたので、僕とユウはそれにもドン引きさせられた。




