230 フレイア対13魔将3号
――バリバリ、ポリポリ、コリコリ
ダークスケルトンの美味な骨を堪能しつつ、フレイア対13魔将3号の戦いを観戦。
4体の13魔将が張り巡らせる強固な"次元結界"の向こうで、最初に動いたのはフレイア。
「弾け飛びなさい!」
放つ魔法は、以前ベヒモスの頭を一撃で吹き飛ばした爆裂魔法だ。
――ドカーン
と、激しい音はするものの、それだけ。
僕たちとフレイアの間に張り巡らされた結界はビクともしない。
ベヒモスと戦った時は物凄い爆発音がして、僕が張り巡らした遮音結界がなければ、頭がおかしくなってしまいそうな大音声だった。
だが、そんな巨大なエネルギーを秘めた爆発は、フレイアと戦う3号にまるで届いていない。
4体の13魔将が展開しているのと同種の次元結界を展開させることで、フレイアの魔法を完全に防ぎきっていた。
「……消えない炎!」
効果がないと見て取り、次にフレイアが放つのはナパームの魔法。
「中世ファンタジーにナパームってどうなんだろう?」
僕の傍でミカちゃんが呟いているけど、どうでもいい。
ナパームの魔法は、フレイアがかなり早い段階で習得していた魔法だ。
この魔法は、地球の現代兵器である焼夷弾に似ている。
地球のナパーム弾は、ナフサにナパーム剤と呼ばれる薬剤を主原料にした爆弾で、薬剤と酸素が続く限り、炎が消えることなく燃え続ける性質を持っている。
第二次大戦では、アメリカ軍が日本領土へ空襲を行う際に使用した爆弾であり、最大の被害は東京大空襲に代表されるだろう。
そして魔法のナパームだが、こちらは魔法を放った段階で、ある程度の魔力が込められていて、その魔力を燃料にして炎が燃え続ける。
魔力が尽きない限り延々と燃え続ける炎だが、地球のナパーム弾と違って、こちらは酸素の有無にかかわらず、"魔力が尽きない限り"燃え続ける性質があった。
このナパームを持ってすれば、相手を消せない炎で焼き殺すことが出来る。
たとえ燃えない相手だとしても、燃焼によって酸素を奪うことで、窒息へと追いやることが出来る凶悪極まりない炎だった。
と言ってもフレイアの場合、モンスターをいかにジューシーな焼き加減で仕留めるかという、狩りと料理を同時に行う料理魔法と化している。
もちろんこれはフレイアが特殊なだけで、こんな魔法をポンポンと使っていいわけがなかった。
このナパームの炎に襲われては、いかに13魔将と言えども……なんてセリフを言いたくなるけど、実際のところ13魔将には意味がない。
まず13魔将は濃密な魔力を有しているため、そこから自然発生する魔法抵抗力によって、この程度の炎で体が焼けることがない。
おまけに既にアンデットであるため、酸素がなくなったところで活動に全く支障がなかった。
宇宙空間に放り出しても、こいつの場合死ぬことがない。まあ、既に死んでいるので、死ぬというよりは、活動できなくなるという方が正しいけど。
とはいえ、ナパームの炎が辺り一面を覆い、炎がゴオゴオと激しく燃えている。
「……改めてフレイアの魔法を見ると、手加減がないな」
炎の凄まじさに、ユウが唖然としている。
だが、変化は徐々に。
赤々と燃えている炎の一角が黒色になったかと思うと、そこから水がしみ込んでいくかのように、赤い炎が黒く染めながら広がっていく。
やがて黒い色が、赤い炎全てを飲み、フレイアのナパームの炎が、いつしか黒い炎へ姿を変えていた。
「まさか、これはあの時レギュラスお兄様が使った魔法!?」
かつてフレイア渾身の一撃である"太陽魔法"を無力化した際、僕はあの魔法を黒く染め上げることで魔法の制御を奪った。
今目の前で起きている現象は、その時の光景によく似ていた。
ただ、
「正確には、そのダウングレード版だけどね」
僕が太陽魔頬を染め上げたあの魔法に対して、今目の前で起きているのは、そういう魔法なのだ。
ただしダウングレードとはいえ、同じ効果が発生する。
ナパームは3号の魔力に染め上げられ、それによって消えない炎から"暗黒炎"と化す。
そして魔法の主導権が、フレイアから3号へ移り変わる。
――スッ
暗黒炎が突如として勢いを失って消え去った。
そしてその中から、無傷の3号の姿が顕わになる。
「チッ、そのまま燃えて蒸発していればいいものを」
あの、フレイアさん。今かなりドスの効いた低い声だったんですけど。
「フ、フレイアたんが、なんだか怖い」
「フ、フレイア!?」
普段と違うフレイアの姿に、ミカちゃんとユウもビックリだ。
僕だってビックリだよ。
「消し飛びなさい、"白炎"」
そんな僕たちの感想など知らず、フレイアがさらに魔法を放つ。
フレイアが頭上に掲げた手の上に、白熱化した炎の塊が浮かび上がる。
腕を振るい、3号に向かって投擲した。
この白い炎だけど、温度は1000度を超えている。命中すれば金属でも一発で融解させ、貫通することが出来る極悪魔法だった。
「ああっ、フレイアの破壊力がトンデモない」
どうして僕の妹は、こんな高火力魔法をパカパカ撃ちまくるようになったんだろう。
普段僕が兄弟相手に魔法の授業を行っているけど、その中で一番火力特化なのがフレイアだった。
自分が育てた結果、こうなってしまったのかもしれない。
それでも、ちょっとだけ現実逃避したくなる。
こんな破壊魔神化した妹はイヤダー。
もっともフレイアが放った白炎だけど、3号の体に命中する前に黒く染まってしまう。
そして3号の体に命中したけれど、黒い炎はまるで3号の体に纏わりつくようにして燃え上がる。
しかし、炎は既に3号の闇の魔力と同質化していて、同じ魔力の波動を持つ炎が3号の体を焼くことはない。むしろ逆で、3号の体を守る闇の力と化していた。
そして3号が口を開ければ、呼吸をするように黒い炎が吸い込まれて行き、食われてしまった。
「まさか、私の魔力を喰ったの!?」
――ギギッ
驚くフレイアに、骨を軋ませることで返事を返す3号。
「クッ、涼しい顔をして。その顔、絶対に歪ませてやる」
フレイアの顔が、物凄く怖い人になっていた。
元が美人顔なので、余計に迫力がヤバいんだけど。
観戦している僕たちの方が、圧倒されてしまう。
「……レ、レギュ兄さん。フレイアが怖いよ」
「レオン、僕もフレイアが怖いよ」
いや、魔法の実力では3号が圧倒しているんだけど、それとは別の次元でフレイアが怖いんだけど。
フレイアって、心の中にあんな闇を飼ってたんだね。
うわー、怒らせたくねぇー。
「クッ、俺の心の中で蠢く魔獣が……ま、魔獣よ静まれ、静まるのだー!」
「ミカちゃん、どうして鼻血を出してるんですか?」
「……」
あと、ミカちゃんの変態趣味にクリーンヒットしてしまったようで、いつの間にか鼻血を垂らしていた。
「ミカちゃん、どこまで馬鹿なんだよ!」
「ヌフフッ、男のロマンをフレイアたんが刺激するからいけないのだ。ヌハハハハッ」
こっちはこっちで、フレイアとは違う意味で怖い。
「ユウ、ミカちゃんの相手は任せた」
「兄さん、僕に押し付けないでください!」
こんな変態に関わりたくないんだよ!
できればユウに全て放り投げてしまいたかったけど、僕の企みをさすがのユウモ拒否してくる。
ああ、イヤだねー。
僕の兄弟って、どうしてこんなのばっかりなんだー。
そんな僕たちのやり取りがある間にも、フレイアと3号の戦いは継続中。
高火力の魔法ではダメと思ったのか、フレイアは" 炎の弾丸"の魔法を放つ。
今度は威力でなく、数を重視した魔法だ。
雨あられと降り注ぐ炎の銃弾。
一発一発の威力が低いとはいえ、ゴブリンであれば、体がはじけ飛ぶだけの威力がある。
だが、それが3号に届く前に、炎が黒い色に染まってしまう。
そして空気中でシュッと音を立てると、炎は消え去ってなくなってしまった。
10発、50発、100発撃ち込もうとも、その全てが黒く染まり、跡形なく消え去っていくだけ。
「コノッ、"白炎の銃弾"!」
手数で攻めても無駄だと判断したフレイア。
すると今度は莫大な魔力を消費して、炎の弾丸の銃弾が白く染まり、白炎の弾丸となって3号に襲い掛かっていった。
高火力ではダメ、手数でもダメ。
ならば、両方を兼ねた攻撃をぶつける。
至極単純な発想であるが、両方を兼ね備えた魔法は、とんでもない威力となる。
白炎が視界を埋め尽くすようにして、連続で放たれる。
莫大な魔力消費を伴う魔法であるため、コントロールが甘くなり、狙いを外れた白炎の弾丸が、何発か地面に着弾。
すると、"ゴプリッ"という音がして、命中した地面が溶けた溶岩に変わっていた。
これだけで白炎の弾丸の温度が、普通じゃないのが分かる。
また、狙いを外れた別の弾丸は、戦いの場を包み込んでいる次元結界にも命中。
ドゴンッと大きな音をたてて、白炎の銃弾が爆発すると、白い爆発が巻き起こる。
視界全体がホワイトアウトし、目を焼くような熱が放出される。
眩しすぎて、直接見ていると目が危ない。
「"暗黒"」
目が焼かれては危ないので、僕は過剰な光を遮るために、周囲に闇魔法で暗闇を作り出した。
強烈な光でも、この魔法さえあれば大丈夫。
サングラスをかけているかのように、魔法の効果範囲内では光を適度に遮断してくれる。
とんでもない魔法をフレイアはぶっ放すね。
もっともそんな白炎の銃弾にさらされている3号はだけど、口を開けていた。
――コオオオオォォォォォッッッ
3号の口へ向かって、吸い込まれて行く。
それは呼吸というレベルでない。
強い風が巻き起こり、それによって白炎の銃弾が3号の口へと、吸い込まれて行った。
――コオオオオォォォォォ……ムシャムシャムシャ
あろうことに、3号は白炎の銃弾を喰らい、それをゴクリと飲み込んでいた。
アンデットに胃袋は存在しないので、飲み込むという動作に意味はない。
だが、口の中に納められた白炎の銃弾は、3号の魔力と同質のものに書き換えられ、垂下する動作と共に3号の魔力となって、体内へ吸収されて行った。
――ギッ、ギシ、ギシシシッ
「クウッ、私の魔法を吸い取るなんて、つくづく化け物ですわね!」
まるで3号は笑うかのように、骨を軋ませる。
対してフレイアは大量の魔力を使ったことで、額に大粒の汗を浮かべていた。フレイアの赤い髪が額に張り付き、顔色も若干悪くなっている。
「3号さん、それはないでしょう。"おいしい"、"美味"って、魔法を食べてその反応はおかしいでしょう」
「美味?まさかフレイアの魔法はおいしいのですか!」
傍目から見ていても3号の様子がご機嫌なのは分かるけど、それをわざわざユウが通訳してくれる。
そしてそこに喰いつくのが、リズだった。
いくらグルメリポーターしてるからって、さすがにこれはないでしょう。
「リズ、僕らがフレイアの炎を食べたら、良くて口の中が大火傷。悪ければ体の中からドカンと大爆発だよ」
「ムムッ、それじゃあ食べられませんね、残念です」
……リズ、どれだけグルメに飢えてるんだよ。
『ポリポリポリッ、ドラドは炎より骨の方がいいなー』
「ドラド、僕にももう1本頂戴」
観戦しているドラドは、相変わらずおつまみにダークスケルトンの骨を食べている。
「ガアアアッ、ワタシの、カラダガガガガカー」
『あっ、頭壊しとかないと』
体の骨を食われているダークスケルトンが、悲鳴を上げていたけど、ドラドの拳で粉砕され、すぐに物言わぬ骨粉と化した。
『ペロペロ。この骨、粉々にしてもおいしい』
「僕も試してみよっと」
「私にもください。ふむっ、これは触感がないですが、口の中に入れた瞬間、口全体に広がるカルシュウムの味わいが……」
ダークスケルトンの骨粉。骨のままで食べてもおいしいけど、粉状にしてもおいしく食べれるのが分かった。
これは新しい発見だね。
「ううっ、どうして皆喋る相手でも食べられるんだ……」
1人ユウだけそんなこと言ってるけど、相変わらずメンタルが弱いから仕方ない。
そして僕たちかまったりしている間も、フレイアは攻撃を続けている。
「これで消し飛びなさい、"小さな太陽"!」
これまでの戦いで大量に魔力を消費してしまったフレイア。
さすがに後がないようで、次の一撃で決めに入った。
以前核兵器級の威力を持った太陽魔法をぶっ放したけれど、今回フレイアが生み出したのは、それの縮小版の"小さな太陽"。
白炎よりさらに白く輝き、リトルとついていても大きな炎の塊。
魔力不足で、あの時のような威力を出せなでいるけど、それでも込められた威力はとてつもない。
「ウゲェ、あの魔法は!」
「うわあっ、トラウマが……」
「ヒィッ!」
以前太陽魔法で殺されかけたミカちゃん、ユウ、レオンの3人が、顔面を真っ青にしている。
あの暢気なレオンですら、尻尾が硬直して動きが止まってしまってる。
これはかなりビビってるな。
しかしフレイアが、こんな魔法まで出してくるとは、どこまで火力超特化なんだろう。
もっともフレイアが放った小さな太陽だけど、ドゴーンといい音はしたものの、3号の展開する次元結界に阻まれて、結界に大激突。
激突とともに、爆発音と大量の熱と光りを辺り一帯に放出しまくったものの、3号の展開する次元結界を貫くことが出来ずに、その威力が徐々に弱まっていく。
「ゼーゼー、ハーハー」
――ギギギッ
小さな太陽が輝きを失って消え去ってしまうと、あとに残されたのは大量の魔力を消費して、荒い息をついているフレイア。
そして戦う前と何ら変わることのない3号だけだった。
「クッ、相変わらず澄ました顔を……」
魔力を大量に消費して、さすがのフレイアにも余裕がない。
ここがフレイアの限界だろう。
――パンパン
「この戦いはここまでだね」
フレイアの消耗を見て取り、僕は手を叩いて戦いを止めに入った。
「……レギュラスお兄様、私まだ戦えます」
「フレイア、だいぶ消耗してるからこれ以上はやめときなさい。それに3号の方は、フレイアの攻撃を防いでいただけで、まだ一度も攻撃していない。この意味が理解できないかな?」
「……」
この戦いは大人と子供の喧嘩だ。
始める前から勝敗が分かっていて、圧倒的な魔力量を持つ3号が優位なのだ。
魔王級とは、それだけの実力を持つということ。
ドラゴニュートがいかに強力とはいえ、魔王はそれを超越できる圧倒的強者に与えられる称号なのだ。
フレイアも自分の攻撃がことごとく3号に無力化されてしまったことに、さすがに声も出せなくなっていた。
さて、これでいいだろう。
「フレイア、いいかい。フレイアは確かに強いけど、世の中には自分よりもっと強い相手が、いくらでもいるんだ。だから、自分が一番強いだなんて、決して思い込まないようにね」
「……私は、自分が一番強いなんて思ってません。だって、レギュラスお兄様が一番強いんですから」
僕としては今回フレイアと3号が戦うのはちょうどいい事だと思っていた。
最近フレイアが兄弟の中でも一歩抜きんでた強さを身に着けだしたので、変に増長しないようにと思って、この戦いをすることを認めた。
フレイアって、性格が悪くなりそうなところがあったので、これで少しは丸くなればと思ってだ。
そして僕が強いと思っているようだけど、僕以外にも、強い存在が世界にはいるはずだ。
これで少しでも、可愛らしくなってくれれば、僕としてはいいんだけど。
と、僕は思っていたのだけど、
「……その澄ました顔、いつか歪ませてやりますから」
戦いは終了。
僕のお説教の後、フレイアが3号に向けて物騒なことを口走っていた。
「……3号。お前背中に気を付けとけ」
――ギギッ
寝首をかかれることはないだろうけど、フレイアの剣呑なセリフに、僕は思わずフォローせずにいられなかった。
それにしても我が家のフレイアは、心の中にとんでもない闇を飼っていたようだ。
ああっ、一体誰に似たんだ!?
どうしてこんな風に育った!?
(ジーッ)
(デネブ、こっちを見るな!)
(フッ)
なぜかデネブに笑われたけど、釈然としない。
そしてフレイアの性格は、このまま悪い方向へ育っていってしまうのだろうか。
い、嫌だー。
僕の妹が悪女街道まっしぐらとか、嫌なんだけどー。




