226 発電機と電球
「あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!
『俺はやつの部屋に行こうと階段を降りていた、と思ったらいつのまにか登っていた』
な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
前回に続き第二拠点にいる僕たち。
改良した剣の試しが終わったミカちゃんとユウ。
その後どこかに行って姿が見えなくなったミカちゃんだけど、戻ってくるなりこんなことを言ってきた。
どこかで聞いたことのあるセリフのパクリだけど、そのことは突っ込まないでおこう。
「ミカちゃん、それってジョ……」
「いちいち突っ込まなくていいんだよ、ユウ」
「それもそうですね」
だよね。
ミカちゃんに対して、いちいち突っ込むなんて時間の無駄。
「で、何があったかは聞こうか?」
もちろんネタに対しては突っ込まないけどね。
「実はさ、この拠点にある開かずの間に入ってみたかったんだ」
「……ああ、あのポンコツ魔王の部屋ね」
開かずの間こと、デネブ専用の研究部屋。
部屋だけでなく、その周辺一帯は、僕が立ち入り禁止令を出していて、13魔将を除けば誰も出入りできないようになっている。
もっとも立ち入り禁止の立て札とかあるわけでないので、入ろうと思えば誰でも入れるけどね。……見た目の上では。
「すげぇオーラ出してるアンデットだけど、あれってポンコツ魔王なのか?」
「ポンコツだよ」
ミカちゃんが見た時のデネブアンデットは、まだ中にデネブの魂が入る前だった。けれど、今あの中に入っているのはデネブだ。
ポンコツすぎて泣けるほど、どうしようもない性格をしている。
「兄さんの中の、魔王の基準がおかしい……」
「ユウ、そう言うけどあれは本当にポンコツだから」
「「……」」
事実を話しているのに、なぜかユウとミカちゃんが沈黙で答える。
なんでだろうね?
僕は真実しか言ってないのに。
ま、別にいいけど。
「そんなことより、ミカちゃんは何をそんなに慌ててるの?」
「あっ、それだけどさ、開かずの部屋に行こうと階段を降りてたのに、気が付いたらなぜか階段を上がってたんだよ。『な……何を言っているのかわからねーと思うが……』」
「はいはい、そのネタはもういいから」
全く、今回はネタがしつこいな。
「でもさ、なんで階段降りてたのに上がってたんだ?何回階段を降りても、気が付くと上がってるんだけど」
「あの辺は誰も入れないように、"振り出しに戻る"の魔法がかかってるからだね」
「"振り出しに戻る"?」
「すごろくで、"振出しに戻る"ってマスがあるでしょう。要はあれと同じ現象を魔法で起こしてるわけ。だからあの辺り一帯には、誰も入れないようになっている」
より正確には13魔王とデネブ、そして僕以外は入れないだけど。
「おおうっ、なんつう魔法かけてるんだよ、レギュレギュ!」
「仕方がない。そうしておかないといけない理由があるんだよ」
デネブが他人と接触した場合の危険性を考えると、誰も入れないように振り出しに戻るの魔法は必須だ。
あのポンコツが他人と会うと、運がよければその場でパニクって、骸骨ボディーがバラバラになって地面に散乱するだけで済む。
ただデネブはあんなのでも僕と同レベルの魔法を使え、おまけに今の体は魔王級の魔力を持っている。パニクって破壊魔法を使った日には、第二拠点ごとこの周囲一帯の地形を変えてしまう危険があった。
それこそフレイアが過去に使った、核爆発級の破壊魔法を超える大惨事になりかねない。
「いいかい。あの部屋にいるポンコツの所には、絶対に行ってはならない」
拠点壊滅の危機もあるため、僕はミカちゃんとユウに強く念を押しておいた。
――ギギッ
さて、僕たちが話していたら、そこに13魔性の1体がやってきた。
「ん?それを持ってきてくれたのか」
――ギギッ
13魔将は手に棒状の道具を持っていて、それを僕に手渡してくる。
「なあ、レギュレギュ、こいつって何号なんだ?」
「えーっと……」
――ギギッ
「6号だそうですよ……でも、本当に名前が数字でいいのかな?」
「「……」」
13魔将は首を傾げ、骨のきしむ音を出しただけ。
なのに、ユウが通訳をしていた。
「ユウ、聞きたんいだけど。もしかしてこいつの言ってることが分かるのか?」
「ええ、喋ってくれるのでわかりますけど。それがどうかしましたか?」
――ギギッ
「そうですよね、普通に喋ってるのに」
「「……」」
6号の奴は骨を軋ませているだけだ。
一言も言葉を発してはいない。
「レギュレギュ、ユウの奴ってなんであれと会話が成立するんだ?」
「さあ、なんでだろう?ユウってもともとアンデットに対して、いろいろ特性持ってるから、その辺の能力が原因……なのかな?」
――ギギッ
「ああなるほど、それは大変ですね」
――ギギッ
「ええ、分かりすよ」
――ギギギギッ
骨のこすれる音だけで、なぜ会話が成立する。
僕とミカちゃんは、そんなユウに突っ込みを入れたくなった。
こんなことをしてたら、レオンがやってきた。
「レギュ兄さん、その手に持ってるの何?」
マイペースレオンは、僕が手に持っている変な棒に気づいて、早速尋ねてくる。
――ギギッ
「そういえば6号さんは、それを兄さんに試してもらうために持ってきたそうですよ」
「あ、うん。そうだね」
ユウがまたしても6号の言葉を翻訳してくれる。
翻訳と言うか、翻訳元の言語が、骨のきしむ音なんだけどね。
……おかしいなー。
13魔将を作るとき、僕はこいつらに喋る能力を付けなかったんだけど、どうしてユウは、こいつらの話していることが分かるんだ?
話しているというよりは、言いたいことか?
そしてこいつらを喋れないように作った理由だけど、デネブの要求だったからだ。
あいつは部屋に引き籠っていて、13魔将と直接顔を合わせることがないのに、それでも喋る声が聞こえたら怖いとか抜かしてた。
ポンコツだから仕方ない。
それはともかく。
レオンが興味を示した棒だけど、
「ここについてる取っ手を回してごらん」
「これの事?」
レオンに棒を渡して、それについている取っ手を指さす。
――グルグルグルグル
「これ、面白いねー」
さっそく取っ手を回してみるレオン。
「そうそう。それをもっと速く回してごらん」
「こうかな」
――グルグルグルグルグルグルグルグル
マイペースとはいえ、ドラゴニュートパワーをいかんなく発揮して、高速で取っ手を回し始めるレオン。
すると、棒の先端に付けられている金属――グルグルにまかれた針金――が、光を発し始めた。
「わあー、光ったよ。もっと回してみよー」
――ブチッ
だけど次の瞬間、光っていた針金が切れてしまい、それと同時に光らなくなった。
「もしかして壊れちゃった?レ、レギュ兄さんごめんなさい」
「別に謝らなくていいよ。それはただの試作品で、壊れて当然のものだから」
「そうなんだー」
壊しても安心。そう分かると、気まずそうになっていたレオンの顔が、すぐにのほほんとしたものに戻った。
「とこれでレギュさんや。一体この光る棒は何かね?」
「また魔法の道具ですか?そういえば僕たちが旅で使ってる、"電球"って名付けた魔法の懐中電灯がありますよね」
"電球"は以前作った魔道具で、魔力を流せば周囲を照らす魔法"光球"と同じ効果を生み出すことができた。
それによって暗い場所でも、普通に明かりを確保することができる。
電気でなく、魔法版の懐中電灯というわけだ。
「これは"電球"じゃなくて、"自家発電装置付き懐中電灯"。……その試作品だよ」
「ああ、懐中電灯ね。って、それじゃあ"電球"と何も変わらないだろ!」
ミカちゃんが突っ込んでくる。
今回の自家発電装置付き懐中電灯。これは"電球"が生み出す明かりに比べて光がひどく弱く、周囲をろくに照らせていない。
魔道具の"電球"が既にありながら、それのひどい劣化版でしかなかった。
だけど、
「これは"魔法"じゃなくて、"電気"で光ってるんだよ」
「はい?」
「この取っ手で簡易発電機を動かして電気を作って、さっき光っていた針金部分は、日本でも売ってる、電球の中にあるフィラメントと同じ物」
僕は試作品である、"自家発電装置付き懐中電灯"について、詳しく説明する。
「あの、兄さん。今の説明を聞いてると、これって魔法でなく、科学なんですか?日本にあった電球と同じ?」
「そうだよ。もっとも初めての試作品だから、魔道具の"電球"に比べてかなり性能が低い……っていうか、今の段階では実用性皆無だけどね」
この世界は魔法が存在している世界。
だけど魔法が存在しているからと言って、科学が存在できないわけじゃない。
この棒の中には、コイルが巻かれた発電機があり、取っ手を回すことでコイルが回転し、そこから電力を生み出すことができる。これは地球で電気を発生させる、発電機の仕組みと全く同じだ。
そして光る針金は、科学で作られた"電球"の中にある、フィラメントそのもの。
ただフィラメントに使っている材質が、日本で市販されている電球に比べてかなり質が悪かった。そのせいで光が弱く、すぐに寿命が来てしまう。
僕たちはいろいろな資源を確保できるようになってきたけど、それでも現代日本のようにはまだまだいかない。
「名前が同じだと分かりにくいから、科学の方の電球はそのまま"電球"と呼んで、魔道具の電球は"魔電球"と呼ぶことにしようか」
現れる効果は同じでも、原理は全く別物。
呼び方がややこしくなることもあって、僕は2つの電球を、そう呼び分けることにした。
でもね、
「あり得ない!ここは"剣と魔法の世界"なのに、そこに科学を持ち込むとかありえないだろう!」
「はいはい、ミカちゃんは勝手に言ってなさい」
「ロマンがねぇだろうがー!」
まったく。せっかく人が――この試作品を作ったのはデネブだけど――発電機と電球の試作品を用意したのに、いちいちうるさいオッサンだね。
だいたい、ロマンなんて僕はいらないし。
「いいかいミカちゃん、魔法は確かに便利かもしれない。けど日本人だったら、科学がどれだけ生活を便利にしてるか分かってるでしょう。ユウも分かるよね?」
「……確かに、それは分かる」
「そうですね」
間のあるミカちゃんに対して、ユウは素直に頷いてくれる。
「だから僕は科学技術を発達させて、電気を普通に使っていけるようにするつもりだよ」
僕が目指しているのは現代文明。
そのためには、電気を当たり前のように使えるようにするつもりだ。
「と言っても、今はすぐに壊れる電球しか作れないから、先は長いけどね」
そして実際に科学技術を研究していくのは、デネブの作業。
先はまだまだ長いけど、それでも僕は将来のために科学技術を発展させていくつもりだ。
「ロマンー」
ただミカちゃんは納得できないようで、潰れたカエルみたいな鳴き声で、そんなことを言う。
「難しい話で、全然意味が分かんなーい」
そしてレオンは僕たちの会話についていけなくて、ハテナマークを顔に浮かべているだけだった。
――ギギッ
そんなレオンを慰めるかのように、13魔将6号が骨をきしませていた。
もっともこいつの骨を軋ませる音は、ユウ以外の誰にも翻訳不能なんだけどね。




