222 産業革命は文明の香り
皆さんは石炭を燃やすことで発生する黒い煙と、熱されて大量に生まれる水蒸気を見てどう思いますか?
――地球の某国で環境保護無視して、公害垂れ流している工場のことだろう。
なんて回答はやめていただきたい。
確かに彼の国では高度経済成長を遂げても、石炭が燃料として大量に消費され、大気汚染の原因になっているけど、そんなロマンのない回答はやめていただきたい。
僕としては、石炭の煙と水蒸気。
これは産業革命の証だと思っている。
そう、産業革命だよ。
原始時代と石器時代を抜け出して、産業革命の香りがする。
産業革命と言えば彼の大英帝国。
ビバッ、文明だね!
石炭の煙が人体に悪いのは間違いないけど、それでも一気に文明レベルが上がった気分になってしまう。
石器を使っているような僕たちからすれば、文化面ではともかく、科学技術が格段に向上した証だ。
さて、そんな僕たちドラゴニュート兄弟だけど、今回も狩りの旅へやってきた。
我が家の自家用車であるフロートカーに、今回はブレーキ機能を付け、さらに風よけのためのフロントガラスまで装着済み。
驚くことにこのフロントガラス、透明で透き通っている。
これらの改良を施したのは、僕でなくデネブだ。
……僕がガラスを作ると歪んだ気泡入りのガラスしかできないのに、デネブの奴が作ると綺麗で透明に出来上がる。
おかしいな、魔法の腕では、僕の方がデネブより優れている自信があったけど、どうしてこんな綺麗なガラスが作れるんだ?
やっぱり、デネブの今の体が原因か?
魔力が有り余っているから、高品質なガラスを作れるのか?
ま、まあいい。
ちょっと悔しいけれど、それでも文明レベルが上昇するのは悪いことじゃない。
そうしてフロートカーに乗って、狩りの旅では既にお約束となっている第二拠点へまず立ち寄った。
そこで拠点傍にある施設の煙突から、黒い煙が黙々と立ち昇り、さらに水蒸気の煙まで上がっていた。
「一体これはどういうことだ?」
以前の拠点にこんなものは影も形もなかった。
僕が首をかしげて驚くだけでなく、
「なんだよアレ?」
「工場?」
ミカちゃんとユウも疑問を口にする。
「ユウお兄様、工場って何ですか?」
「クンクン、変な変なにおいがするー」
「ムウッ、この煙がするところでは食べ物を食べたくないですね。おいしく食べられないと思います」
『そうかな?ドラドはこの煙全然気にならないけど?』
兄弟たちもそれぞれに反応していた。
ドラドを除いて、煙に対して否定的な意見ばかり。
そしてリズ、食べ物の事ばかり気にしていると、そのうち食いしん坊キャラと勘違いされかねないぞ。
未知の施設がいきなり出来上がっているとあって、僕たちは真っ先にその施設へ立ち寄った。
「イ、イ、イ、イ、偉大ナル、ゴ、ゴ、御主人、サ、マ……」
施設の外に、スケルトンゴブリンがいた。
ただし骨の色が白から黒く変わって、おまけにたどたどしいとはいえ日本語で話しかけられた。
「えっ、なんで日本語を!?」
ユウが真っ先に驚き、ミカちゃんは口を大きく開けてポカーンとしている。ひどい間抜け面だ。
「なんでスケルトンどもが特殊化してるんだよ!」
そして僕は、スケルトンが特殊化して、別種の存在に変化しているのに気づいて叫んだ。
いきなりスケルトンが特殊化するとか、どうしてこうなった。
スケルトンから、"ダークスケルトン"になってるんだけど。
特殊化という現象は、魔物や魔族の中で時折起きる現象で、いわゆる"亜種"と呼ばれる種族が生まれる現象の事。
ただのオーガから、レッドオーガやブルーオーガなどと呼ばれる亜種が時たま生まれることがあり、亜種は通常のオーガより、全体的な能力が向上するのが普通だった。
……そう言えば、デネブアンデットと13魔将が今の拠点はいるんだったな。
あいつらの魔力が原因か。
特殊化したせいで頭がよくなり、それで日本語を話せるようになったのか。
すぐにそれに気づいた。
思っていなかったことだけど、スケルトンが特殊化したということは、以前よりパワーアップしたということだ。
拠点の戦力がアップしたので、とりあえず良しとしておこう。
こんなことが起きるなんて、全く考えてなかったけど、『棚ぼたラッキー』と言うことにしておこう。
そんなダークスケルトンが守衛を務めている施設の中へ入ると、肌が焼けるような熱気に襲われた。
「うおっ」
あまりの暑さ、いや"熱さ"といった方がいい空気が、施設内に満ちていた。
そして目が開けてられなくなるほどの赤々とした光。
ドラゴニュートでこれってことは、人間だと焼死するんじゃないか?
「あら、ここは暖かくて気持ちいいですわね」
そんな熱にさらされる中、フレイアだけなんとも思っていなかった。
さすが、炎の属性竜の性質を持つフレイア。
僕らが熱いとまで感じる温度を、心地よく思うらしい。
そんな施設の中では、驚いたことに鉄と銅が溶かされていた。
ドナンが鉄鉱石などの地下資源を発見していたが、ここではそれらを溶かして、鉱物を抽出する作業をしているのだろう。
だが、いつの間にこんな施設が出来た!?
ドナンたちでは、製鉄所なんて作れないはずなのに。
そんな僕の疑問に答えるかのように、施設の中に13魔将の1体がいた。
そいつは莫大な魔力を惜しげもなく利用して、空気中から大量の水を集め、製鉄所で使う冷却用の水を作り出していた。
そうか。こいつらが製鉄所の作成にかかわったんだな。
この施設を用意したのはドナンでなく、デネブか。
こいつらの魔力量なら、製鉄所に使う炉を作ることだってできるだろうし。
(お前、いつの間にこんな施設作ったんだよ!?)
(ほ、ほへっ!?私知らないですよ。ちょっと銅が欲しいって手紙をドナンに書いたけど。……あ、そういえばその時13魔将を好きに使っていいって書いた気がするなー)
……
デネブと僕は一心同体。
相手の考えや記憶を互いに読み取れるけれど、相手がしていることをいちいち把握しているわけではない。
そんなことをいつもしていたら普段の生活に支障が出るし、質の悪いストーカーみたいなもんだ。
デネブからその事実を聞かされて、僕は唖然とするしかなかった。
この文明のない地で製鉄所ができたことは嬉しいけど、なんというか……デネブの適当な命令で製鉄所が出来上がったことに、突っ込みたい。
生前がドワーフだったドナンなら、製鉄所に関して知識があるの分かる。
だがそれを短期間で形にできるとか……この拠点のメンバーって有能すぎない!?
噂をすれば影。
「レギュラス様、ようこそおいでくださいました」
製鉄所の光景を唖然としながら見ていたら、そこにドナンがお供のスケルトンたちを連れてやってきた。
なお、ドナンに従っているスケルトンたちも全て特殊化していて、ダークスケルトンになっていた。
そしてドナンだけど、
「お前、いつの間に特殊化だけでなく、進化までしたんだ」
ドナンの魔力が以前より格段に上昇して、ただのリッチから"ダークエルダーリッチ"になっていた。
"エルダーリッチ"でなく、"ダークエルダーリッチ"だ。
僕らドラゴニュートには及ばないが、ただのリッチだった頃のドナンから、呆れるようなレベルで魔力量が上昇していた。
「進化ですと!……以前に比べて魔力量が増えたと思っていましたが、まさかワシがエルダーに進化していたとは。それもダークエルダーリッチとは、凄まじいですわ。ワハハハハ」
特殊化と進化をしたことに自分で気づいてなかったらしい。
そのことを僕に指摘されてドナンは笑うけど、その波動で周囲の魔力がザワザワと蠢いいた。
スケルトンだけでなく、こいつまで強化されたのかよ。
なんか突っ込むことが多すぎて、何から突っ込んでいいのか分からないんだけど。




