219 第二拠点の管理人(前編) (ドナン視点)
我が名はドナン。
生前のワシは、遥か北にある"ドワーフの国"で、彫刻を中心に工芸品を作る両親のもとで生まれた。
そんなわけもあって、ワシが子供の頃は、工芸品を作るための技術、それにドワーフとしては当然である鍛冶に関する技術に、鉱山での採掘法などを叩きこまれた。
ドワーフであれば、鍛冶ができることは当たり前。
もっともワシの両親は鍛冶の腕に関してはドワーフの中では下から数えた方が早く、ワシも似たり寄ったりという程度だった。
そもそも本職が工芸品を作ることだから、鍛冶の腕はそこまで重要でなかった。
そんなワシであるが、ドワーフの国で大人と認められたのち、昼は工芸品を作る工芸師としての仕事をしながら、夜は墓地で死体を掘り返しておった。
言うまでもないじゃが、ワシはまっとうな人間ではなかった。
ワシは死ぬのが恐ろしく、死を超越したかった。
それゆえに、禁書と呼ばれた本を密かに集めて読み漁り、墓の死体を掘り返して、死体を死霊術の実験に使った。
ドワーフは生まれながらに魔法に対する適性は高くないものの、それでもワシは独学でゾンビを作り出すことまで成功した。
だが、そこまでじゃった。
ワシの行っていた死霊術の研究がある日発覚し、ワシはドワーフの国から逃げ出さなければならなくなった。
死霊術は禁忌の技であり、捕まれば確実に処刑されてしまう。
ドワーフの国で、ワシが生きていける場所はその日からなくなった。
その後は故郷を捨て、各地を転々として回った。
もとより故郷においては重罪人。
ドワーフの国からできる限り離れる必要があった。
ドワーフの国の南には小さな集落が点々としており、そこでドワーフの技が役立って、鍛冶をして貢献することがあれば、工芸品の類を作ることで、物々交換で食料を得ることもできた。
時には、立ち寄った集落でこっそり死体を掘り返し、それで死霊術の研究を続けることもした。
むろん、そのようなことをした集落に長く居つくことはできない。
故郷と同じで、重罪人として殺されることは目に見えておるからな。
いずれにしても、ワシの生前の人生は、まっとうな生き方ではなかった。
歪んだ一生を送ってきたワシであるため、ついには故郷から遠く離れた異邦の地で、誰にも知られることなく病に侵された。
「もはやわが命はここまで、ならばせめてアンデットとて生き続けて見せよう!」
アンデットは生者でなく、死者にすぎない。
故郷を追われても止めることがなかった死霊術の研究を続けた結果、ワシはそのことを理解していた。
だが、それでも死ぬのが嫌じゃった。
だからワシはアンデットとなろうとも、それで終わることのない人生を続けようと企んだ。
……その後アンデットと化したワシは、アントの徘徊していた地下洞窟に潜り込んだ。
アントが蠢き回り、それ以外の何者も訪れることのない場所。
生前は墓を暴き、罪人として逃げ回る人生を過ごしていたため、安住と呼べる地を持つことができなんだ。
だがアンデットとなってからは、アントどもをアンデット化させていく事で、少しづつ配下として取り組んでいき、やがてワシはアントの巣を一つ支配するまでに至った。
ワシは生まれて初めて、どこにも逃げ隠れする必要のない土地を得ることができた。
暗い洞窟の奥とはいえ、そこはアンデットの体にとってはむしろ心地よい場所。
それからはアンデットアントの数を増やし、いずれはこのような場所にワシを追い込んだ地上の生者どもに、復讐をしてやろうと思うようになった。
生前の生活は、ワシが思っていた以上に、怯え逃げ隠れる生活ばかりじゃった。
それが心の中で膿となっていたようで、アンデット化して長い年月を過ごすうちに、ワシの心はそれに犯されていった。
もとよりアンデットになれば、生きていたころのような感情を抱くことがなくなる。
心が徐々におかしくなっていき、やがてワシは生前に迫害した生者たちへ復讐するため、自らを"死者の王"と名乗り、地上を攻めようと思うようになった。
ワシには、アンデットアントの軍団がある。
この軍勢をもってすれば、地上を支配することなどたやすいことである。
そう、錯覚しながら。
じゃが、そんなワシの思いなど、あのお方の前ではただの小人も思い上がりでしかなかった。
フレイア様の、太陽を地上へと顕現させたかのような超魔術。
そしてそれをいとも簡単に消し去るばかりか、その魔力を用いてシャドウと呼ばれる存在を作り出す、偉大なるレギュラス様。
ドラゴュートの御兄弟は、小人に過ぎないワシとは桁違いの力を持ち、ワシごときが一生かけてもたどり着けない領域に、初めから立っていた。
約1名、胸がデカければいいと主張する脂肪乳を信奉している愚か者がおるが、あやつ以外の御兄弟は、本当に素晴らしい方ばかりであられる。
そしてワシはレギュラス様によって、中途半端に魂と体が分離していたアンデットから、リッチへと進化させていただいた。
レギュラス様は、ワシ如きとは次元の異なるお方。
あのお方に対しては、反逆など決して行ってはならない。
そのことをアンデットと化したワシの心に、刻み込んだお方である。
以後、ワシは死者の都と化した地下拠点にて、そこの管理を任されることになる。
現在はレギュラス様のご命令で拠点の管理を行いながら、周囲にある鉱物を中心とした資源の探索と、その採掘を中心に活動しておる。
かつてワシが生きていたころと地上の地理が随分変わっていたが、それでも全く知識がないよりは、古い知識でも多少は役に立つことがある。
その知識を元にしたおかげで、木材の発見に成功した。
他にもシャドウ様にスケルトン部隊を率いてもらうことで拠点周辺の探索を行い、その結果鉄鉱石や石炭、宝石類を見つけることにも成功した。
シャドウ様はワシよりも強大な存在ある。ただ少々知識面で幼いところがあった。それでも、その知識は人並みにある。
たが問題なのは、一般のスケルトンどもだ。
こやつらは与えられた命令をこなすことはできるものの、お頭に関しては全くの馬鹿で、たいした役に立たない。
鉱物の採掘に関しては、アンデットアントが役に立つものの、知能が足りないために掘り出した鉱物と土砂の見分けすらできなんだ。
それをシャドウ様が直接確認されて、いつも選別されておられる。
また建材に仕える岩場を見つけたので、そこを採石場にすることにしたのじゃが、ここでも問題じゃ。
スケルトンどもには石を切り出すための採石技術が全くなく、シャドウ様も採石の仕方は知らないとのこと。
スケルトンどもはともかく、シャドウ様までそんな一般常識を知らないとは驚きであった。
「ドワーフであれば石の切り方など子供が習うことですぞい」
採石の技術を指導するため、ワシが拠点から直接足を運んで、岩場まで行った。
そこでシャドウ様にそう言ったら、途端にシャドウ様のお顔が不快に歪まれた。
……シャドウ様、申し訳ございません。
怖いので迫るのはやめてくだされ。
ワシより魔力でも腕力でも勝っているばかりか、元々のお姿が凄まじく恐ろしいのです。その姿で凄まれれば、ワシごとき一介のリッチでは、そのまま消滅しかねないほど恐ろしいのですじゃ。
レギュラス様がシャドウ様の姿を評して、「"エイリ〇ン"」と呼ばれていた。
その"エイ○アン"なるものをワシは知らぬが、とにかく恐ろしい見た目の存在とだけは理解できた。
「それはドワーフの一般常識だろう!」
「はい、全くもってその通りでございます。ワシが浅はかでした」
シャドウ様のご機嫌を損ねてはならない。ワシは大慌てで下手に出た。
拠点ではワシの方が管理者と言うことで上座に位置しておるが、如何せんアンデットとしての存在の格が違いすぎる。
シャドウ様に指示を出すのがワシの仕事の一つであるが、だからと言って自分より強大な相手をわざわざ怒らせたくなかった。
それはともかく、ワシが手本となって、採石の仕方を教えていくことになった。
やり方は簡単で、岩の直線上にいくつかの杭を打ち込んでいけば、岩がバカっと割れる。
それも驚くほど綺麗に。
あとはこれの表面を研磨する作業もあるが、採石をするだけであれば、この作業だけでよかった。
それだけの作業じゃ。
この作業に、シャドウ様が悪戦苦闘されつつも、数日のうちにやり方をご習得された。
(ドワーフの子供より物覚えが悪いもんじゃな)
この程度の作業ドワーフであれば、直ぐにできるようになることじゃが、それを口に出してはワシがシャドウ様に殺されかねん。
殺されることはないじゃろうが、どっちにしても自分より怖い相手をわざわざ怒らせる愚を犯すわけにはいかぬ。
ワシは心の中で思ったことを、口に出さずにすませた。
とはいえ、これで採石の仕方をシャドウ様が習得された。
これですべてがうまくいけばよいのじゃが、残念なことにシャドウ様が採石できるようになっても、シャドウ様が率いるスケルトンどもはそうでなかった。
元々がゴブリンのスケルトンなので、そのお頭では採石の方法を理解できない。どころか、アンデット化したことで脳みそが余計に劣化しておった。
そのせいでスケルトンは数だけはゴロゴロいるくせに、満足に採石させることができなんだ。
ハンマーで石を叩いて、砕くだけ。
それでは建材用の石になどできん!
どれだけスケルトンの数がいても、採石作業をシャドウ様1人しかできないのでは、いくら何でもひどすぎる。
これではレギュラス様のご期待に応えて、建材用の石を切り出す速度も限られたものになってしまう。
採石以外の現場でも、スケルトンどもはかなり単純な肉体労働しかできず、数が多いだけで、ほとほと役に立たない場合が多かった。
ワシの悩みは、スケルトンどもの知能がとにかく低いこと。
シャドウ様がスケルトンを率いることで多少マシであるものの、それでもスケルトンどもが数の割に役に立っていないのは明らか。
この問題を、なんとかできんものか……




