206 浮遊魔導車(フロートカー)
魔王軍No2にして、故ムシュフシュ氏。
その死体の骨を使って、デネブ用のアンデットにする作業を連日続け、ほぼすべてが完了した。
あとはここに魔力を込めて、アンデット化すれば作業完了だ。
だけど、ここで作業を一旦中止することになった。
なぜなら、
「狩りじゃー!」
「狩りだー!」
「狩りの時間です」
野生児ミカちゃんが剣を空に突き上げて雄叫びを上げ、レオンは暢気に尻尾を振りながら両手を空へ突き上げる。
そしてリズはキリッとした態度をしていた。
僕たちの恒例行事、狩りの旅がやってきたのだ。
アンデットを作ろうとしている僕だけど、この世界では、まだまだ狩りの仕方を覚える段階の子供。まあ、一応だけどね。
野生での子供の仕事は、アンデットを作ることでなく、狩りを覚えることだった。
てなわけで、アンデット作りは中断して、僕は兄弟たちと狩りの旅へ出ることにした。
なお、今回は狩りの心強いお伴として、以前作ったフロートリアカーに改良を加えておいた。
「ユウ、ここに魔力を込めてごらん」
「こうですか?ええっ!?」
フロートリアカーに新しく取り付けた魔道具があるのだけど、そこにユウが魔力を流すと、リアカーの後ろから風が発生した。
それもそよ風程度の風でなく、かなり強力な風。
その風圧に押されて、フロートリアカーは前進を始めた。
『うわー、動いてるよー』
「ユウ兄さん、もっと早く動かせないの?」
風の力で前進し始めたリアカーを見て、ドラドとレオンが歓声を上げる。
「もっと魔力を込めれば早くなるから」
「兄さん、これってもしかしてもしかしなくても、車ですか?」
試運転させているユウに聞かれる。
「車だよ。ただし、ガソリンとタイヤで動くのでなく、重力魔法で浮かんで、さらに風魔法の力で進むから、地球の自動車とは全然違うものだけど」
「リニアなのかな?それとも、ホバーボード?」
リニアは電磁石の力で車体が浮かぶもの。そしてホバーボードだと風の力だけで、車体を浮かばせ、さらに推進力まで得ている。
フロートリアカーはそのどちらにも近いけど、どちらとも違っていた。
「ノウッ、いきなり魔法の力で浮かんで、車みたいに進めるなんて反則だ!異世界物のお約束っていえば、まずは馬車にサスペンションを施して揺れを少なくするのが基本だろ。なのに約束飛ばすどころか、SFが混じってやがるぞ!車体が浮かぶなんて、非常識すぎだ!」
「ミカちゃん、中二病小説の定番なんてどうでもいいでしょ」
「よくねぇ!」
いろいろ拗らせてるミカちゃんは面倒くさいね。
「ま、ミカちゃんが馬鹿なのは今更だから、どうでもいいか。皆早く旅の荷物を積み込んでしまおう」
「わかりましたわ」
「はーい」
「了解です、レギュラス兄上」
『分かったー』
ミカちゃんのことは無視して、僕は兄弟たちにさっさと荷造りを指示した。
「兄さんって、実はすごい人?」
そしてそんな兄弟たちをよそに、ユウがそんなことを呟いた。
何を当たり前のことを言ってるんだろうね。
僕は前世魔王にして、前々世では日本で複数の企業を経営していたんだよ。
そして、シリウス師匠の弟子でもある。
材料があれば、この程度のことできて当然なんだけど。
(ただし今回作ったフロートリアカー改め、"浮遊魔導車"は、この私の作ですけどね!)
まあ、正確にはデネブの言うように、作ったのは僕ではない。マザーが上級魔族を狩ってくる前に、研究部屋でデネブが作った物だ。
デネブってポンコツだけど、それでも魔道具作りは得意だから。
僕がシリウス師匠の弟子ならば、シリウス師匠のサブ人格スピカ様の弟子がデネブなのだ。
その後、浮遊魔導車に荷物を積み込んで、僕たちは狩りの旅に出た。
今回はフロートリアカーが進化したとあって、その操縦をしてみたいと、兄弟たちが大興奮。
「曲がるときはこうすればいいのかな?」
『レオン兄、運転上手』
レオンは安全運転で、左右に曲がるのもお手の物。
それをドラドが褒めている。
「行きます!」
――ドンッ
「リズ、急発進はやめよう。岩にぶつかった」
リズは運転下手が発覚。
と言っても、初めての車の運転(ただし地球の車とは全然違うけど)なので、これくらい仕方ないだろう。
そしてキャッキャウフフで済めば可愛いのだけど、
「もっと早くできないかしら?」
なんて言って、フレイアが大量に魔力を込めたせいで、フロートカーが大暴走。
スピードメーダ―なんてないので体感になるけど、時速100キロ越えのスピードを出して暴走した。
「フレイア、止めて、今すぐブレーキ!」
「ユウお兄様、ブレーキって何ですか?」
「ゴメン、まだブレーキはつけてない」
「ええっ!?」
大暴走させた挙句、フロートカーはまだ試作段階だったせいもあって、ブレーキなんてなかった。
なので急発進できても、急停車はできない。
今度改良するときは、反対方向に風を出せるようにして、それでブレーキを掛けられるようにしとかないとね。
あと、自動車のようにフロントガラスがつけてないので、前進するとその風が乗っている僕たちに直接当たって、髪が物凄いことになってしまった。
ガラスは既に自作できるけど、気泡交じりの歪みがひどい物しか作れていない。なので、車のフロントガラスに使える透明なガラスはまだ作れてなかった
この辺も、今後なんとかしたいね。
そして最後に我が家最大の問題児だけど。
「ウガー、車に乗ってじっとしてられるかー!」
前世からなのか、それともこの世界に転生したことでなのかは分からないけど、野生の世界に生まれた瞬間から適応していたミカちゃんは、車の上にじっとしているのに耐えられなくなっていた。
試作段階のフロートカーには、まだフロートリアカーだった時の名残で、引っ張るための取っ手がついていた。そこを握って、ミカちゃんは自分の足を使ってフロートカーを動かしだした。
「ウヒョオオーーー、風が気持ちいいぜぇー」
両足を使って全力で大地を駆け、さらに尻尾を超ご機嫌にフリフリさせるミカちゃん。
うん、このオッサン変態な上に、文明を忘れた野生児だから仕方ない。
元日本人なのに、一番野生に適応してるからね。
そしてドラゴニュートの本能なのか分からないけど、リアカーを引っ張るとなぜか興奮してしまうようなのだ。
ただ、僕はそんなこと全然ないけどね。
まあ何はともあれ、魔力の力で動くフロートカーは便利なので、今後も改良を加えて便性を上げていく事にしよう。
(ただし改良を加えるのは私ですけどね!)
普段自己主張をあまりしないデネブが、なぜか最後にそんなことを言ってきた。
まあ、こいつの声は僕以外には誰にも聞こえないけど。




