20 原始時代から石器時代へ
20 原始時代から石器時代へ
「メシー、ウマー!」
「オイシー」
「モグモグー」
今日も今日とて、ドラゴンマザーが運んできてくれる謎肉のミンチを食べている僕たち兄弟。
毎日変わることのない唾液まみれのミンチ肉だけど、野生児ミカちゃんはこの謎肉を大層気に入ってる。
前世が日本人とか、ありえないよね。
絶対に原始人だよ。
そしてミカちゃんと共に、他の兄弟たちも歓喜の声を上げている。
ご飯を美味しく食べるのはいい事……ということにしておくか。
前世の経験を持っている僕やユウからすると、毎日肉の生活だと、飽きがきてしまう。
もっとも、謎肉が唾液まみれなことに関して、既に僕らも問題にしない程度、この環境に慣れ切っていた。
普通の人間だったら、生後1、2カ月の段階では、肉を食べるなんて絶対に無理。母乳以外は何も飲めないのが普通だ。
だから、母乳の代わりに毎日肉だけの生活も、しょうがないと考えるべきなのか?
しかし、文明を知っている僕としては、いい加減この原始的というか、野性的すぎる状況を改善したい。
少しでも文明を取り戻すために、僕は転生してから今まで、それなりに努力はしていた。
まず僕たちが住んでいる木造の巣だけど、ここは断崖絶壁にあるので、巣から離れることができない。
巣の近くには、断崖絶壁の岩場と、あとは空が広がっているだけだ。
一歩間違えれば、そのまま遥か真下の大地へ向かって真っ逆さまだ。
僕たちはドラゴニュートなので背中に翼が生えているけど、この羽ではまだ空を飛ぶことはできない。
成長すればそのうち飛べるようになるんだろうけど、何しろ生後1カ月ちょっとだから仕方ないよね。
身体能力は高くても、まだまだ赤ん坊と言うことだろう。
とまあ、そのようなわけで、かなり限られた環境になっている。
そのような環境では、ろくなものを手に入れることができなかった。
ただドラゴンマザーの運んでくる謎肉に、たまに獣の皮が張り付いていることがある。
ゴブリンの皮や、もっと大きな鬼系のモンスターと思われる皮。
サイズ的には、オーガとか、サイクロプスかな?
サイクロプスなら小さくても3メートル、大きくなれば6メートル以上の背丈がある。
といっても、それはあくまでも僕が前世でいた世界での話。前世にも今世にも魔法は存在している世界だけど、どちらも別の異世界だ。
僕は今までに何度も転生しているけど、以前いたのと同じ世界に転生したことは、未だに一度もなかった。
なので、この世界にいるサイクロプスに、前世の知識がそのまま当てはまるとは限らなかった。
世界が違うと、生息している同種のモンスターでも、違いがあっても不思議じゃないから。
ところで人間にとって、サイクロプスはかなりの脅威だけど、ドラゴンマザーはそんな巨大モンスターでも、僕たちの餌として簡単に運んできてしまう。
マザーのでかさは異常で、サイクロプスを前足で軽く小突くだけで即死させられるほど、巨大なんだよね。
そんなゴブリンやサイクロプス以外にも、巨大な白銀の狼っぽいモンスターを、マザーは餌として運んできたことがある。
マザーの攻撃のせいと思うけど、その時の狼は、体の後ろ半分がなくなっていた。
運ばれてきた狼は、腹の途中から後ろがちぎれていて、体の断面からは内臓と血液が流れ出していた。絵面的に、かなりのホラーだね。
しかも狼、体の前部分だけで、全長10メートルのバカでかさだった。
間違っても、地球にいた狼と同じ扱いをしていいデカさでない。
でもこの程度のグロさは、毎日謎肉を食べる僕たちにとって、グロと呼べない慣れた光景だ。
何しろ、いつも原型留めてない、血と唾液まみれのミンチ肉を食べてるからからね。
そしてバカでかいサイズの狼でも、兄弟たちが群がると、わずか数日で腹の中に収まってしまう。
異世界ファンタジー系のRPGや小説では、アイテムボックスなんて物が存在して、そこに無尽蔵だったり、とんでもない量のアイテムを収納できる。
それと同じ原理と言いたいのか、僕たち兄弟はブラックホールの如く、肉を無尽蔵に食べ続けることができた。
いつも、自分の体以上の肉を平気で食べてるんだよね。
体の中にブラックホールか、アイテムボックスじみた仕組みが存在していて、そこにまとめて吸収されていってるとしか思えない食事量だ。
ファンタジー世界ならではの、謎現象ということにしておこう。
さて、話がいろいろ脱線したけど、元に戻して文明の話だ。
ゴブリンとかサイクロプスの皮。
それに狼の毛皮などは、貴重だ。
というわけで、文明の民になるため、これらを加工して服の材料にしよう。
服を作るためには、まず準備が必要。
以前ユウの血液採取のために岩を整形して針を作り出したけど、その時と同じように、四女に岩の一部を土魔法で削り出してもらい、それを加工して石製のナイフを作り出した。
通常の石でなく、僕の重力魔法によって圧縮されているので、強度はただの石より遥かに硬い。
なので劣化黒曜石ナイフと名付けよう。
今までは道具の存在しない原始時代みたいな状態だったから、これでようやく石器時代にランクアップだ。
――原始と石器は何が違うのかだって?
気持ち的に、石器時代の方が進歩した気がするよね。多分……。
この作成した劣化黒曜石ナイフを使って、僕はゴブリンや狼の毛皮をはぎ取る作業をした。
ゴブリンの皮はゴツゴツしているけど、狼の毛皮は触りが心地良い。
なのでまずは狼の皮を剥ぎとることにする。
ナイフの切れ味はそこそこいいんだけれど、それでも切ってるうちに狼の油がついてベタベタして、切れ味が鈍ってしまう。
しかも、たまに毛皮をナイフで傷付けたりしてしまう。
僕はこういう作業が得意じゃないので仕方ない。
しかも、毛皮を剥ぎとる作業では、転生組であるミカちゃんとユウは戦力外だった。
ミカちゃんは、こういった作業に、全く向かない性格をしている。
ユウは僕よりさらに不器用で、ナイフで毛皮に穴を作るばかりだった。
その他の兄弟に関しては、もはや語るだけ無駄だろう。
そうしてかなり苦労させられたけど、なんとか毛皮を剥ぎとることができた。
そして剥ぎとった皮には、血や油などの汚れなどがついてる。なので、これを落とすために大量の水が必要になる。
兄弟には、水属性の竜の性質を持つ三男のレオンがいるから、水に関する問題は何もない。
「レオン、水だ。大量に水を出しまくれ」
「分かったー」
レオンがダバダバと口から真水を吐き出しまくり、それで皮の汚れを取り除くことができた。
なお、大量の水は木造の巣の隙間から流れ出していき、断崖絶壁の崖下へ流れ落ちて行った。
水が落ちる際、太陽の光を受けて虹が出来たので、それを見て次女のフレイアと三女のリズがキャッキャと喜んでいた。
ただ、2人は虹を見るために、巣からかなり体を乗り出していたので、落ちないようにするのに苦労させられた。
もっとも苦労したのは僕ではない。
「わあああっ、落ちる、落ちる。危ないって!」
体を乗り出す2人を見て、大慌てでユウが2人の尻尾を掴んで落ちないようにしてた。
そんな小さな出来事がありつつも、汚れを落とす作業が完了した。
では、ここからは皮をなめす作業に本格的に取り掛かるとしよう。
『原始時代、人類は自らの唾液で皮をなめしていた』
うん、この一文で分かるよね。
僕さ、転生は繰り返していても、ここまで文明から隔離された環境なんて初めてだし、皮のなめし方も詳しいわけじゃないよ。
ただ、汚れを落としただけの皮だと、皮に含まれているたんぱく質が原因で腐ってしまう。これでは服の材料にできない。
でも、たんぱく質は唾液で分解することができた。
てなわけで、たんぱく質を分解するために、皮に唾液を含ませるために、皮を噛んでいく。
「ハムハムハム……」
ワー、原始人だよ。
今の僕って、思いっきり原始人だよ。
心の中で物凄く泣きたいわー。
これでも僕、元文明人なんだけどねー。
ちなみに、このハムハム作業にはユウも協力してくれた。
あとレオンとフレイアも参加してくれたけど、この2人は皮をなめす意味を理解してなかったので、せっかく汚れを落とした皮を、歯でズタボロにしてくれた。
ドラゴニュートの顎の力だと、皮を噛み切るのなんて朝飯前だから仕方ない。
むしろ、そのまま皮を食われなかっただけましと言うべきか……。
でも、使い物にならなくなったので、どっちも変わらんな!
「お前ら、あっちでミカちゃんに遊んでもらえ!」
「「はーい」」
そう言って、戦力外の2人を追い出すことにした。
なお、野生児ミカちゃんは四女のドラドの背中に乗って、何か偉そうなポーズをしながら歌っている。
「おーれは、ミカちゃん。ガキ大将~」
あの子、一応女の子に転生してるけど、中身は男のまんまだね。
そんなところに、追い出されたレオンとフレイアが加わると、すぐに追いかけっこが始まった。
キャッキャという声に交じって、ドラドの「GYOー」という鳴き声が混じる。そしてそんなドラドの上に跨るミカちゃんが、「はいよ、シルバー」なんて言って、ドラドを馬扱いしていた。
ドラドは馬でなく、見た目完全にドラゴンだけどね。
そしてミカちゃん、無駄に童心に返ってる。
子供たちの面倒を見てくれるのはいいけど、少しはこっちも手伝ってくれたら助かるんだけど。
まあ、あの野生児にそんなことを期待しない方がいいか。
その後僕とユウは、皮に唾液をなじませ、その作業が終わったら、皮を太陽の光に当てて乾かす。
なお、この時普通に乾かすと皮が縮んでクシャクシャになってしまうので、それを防ぐため、皮を引き延ばして釘を打っておく必要がある。
今度は釘が必要だよ。
もちろん、僕らの住んでいる巣にそんなものは存在しない。
てなわけで、僕は三女のリズを呼んで、巣の近くにある岩を少し切り出してもらう。
重力魔法と土魔法に長けているリズにとっては、簡単な作業だね。
ただし取り出した岩はそのままでは使い物にならないので、毎度の如く僕が重力魔法と土魔法の複合技で、劣化黒曜石に作り替える。
その後、ウインドカッターを使って細かい形を整え、尖った釘を数十本単位で作り上げた。
これら一連の作業を、リズは近くで食い入るように眺めていた。
「リズもやってみたいか?」
――コクリッ
リザードマンっぽい姿のリズは、あまり日本語でしゃべるのが得意でないので頷く。
なので僕は、まだ加工してない手のひらサイズの岩をリズに渡した。
「これに重力魔法を加えて、小さくしてみて」
「……」
小さく頷いたリズは、それから手の上にある岩に視線を向けたまま、重力魔法を放った。
最初は小さな力を加え、そりから一気に強力な重力を生み出す。
と言っても、まだまだ生まれたばかりの子供のリズ。
僕の目から見て、その魔法の制御はかなりチグハグで、バランスが悪い。
みるみるうちに、リズの手の上にある石に亀裂が入り、割れていく。
リズが重力魔法を使い終わった時、手の平にはバラバラに砕け散った岩の欠片が散乱していた。
僕が作る劣化黒曜石とは、全く異なる結果だ。
「いいかい、力はなるべく均等に加えるんだ。そうしないと岩の密度が均一にならなくて、すぐにバラバラになってしまう」
「ムー、レギュレギュの言ってる言葉、難しい……」
口数の少ないリズはそれだけ言って、新しい岩を手の上に置いた。
そして再び重力魔法を使う。
実に練習熱心な妹だ。
でも、それから何回繰り返しても、バラバラの岩の欠片しかできなかった。
「つまんない!」
やがて諦めたリズは、そっぽを向いて、遊んでいるミカちゃんたちの方へと戻っていった。
なんだかんだ言ってもまだ子供なので、ひとつのことに集中し続けられないようだ。
その後、僕は唾液を含ませた皮に、劣化黒曜石の釘を打ち付けていった。
打ち付けるというか、ねじ込む?
ここには釘を打ち込むためのハンマーがないけど、ドラゴニュートの腕力なら、素手で釘をねじ込んで止めることができるんだよね。
あとは、これが乾けば完成。
皮革と呼ばれる、鞣した皮がこれでようやく完成する。
初めて作ったにしては、そこそこ出来のいい狼の毛皮の出来上がりだ。
僕は出来上がった毛皮を、マントとして身体の上に羽織った。
「できた、できたぞ。ついに服が出来たー!」
この時の感動は忘れられない。思わず大声で叫んだほどだ。
マント1枚作り上げるのに、かなり苦労させられた。
そして僕たちは今まで、生まれたままの一糸まとわぬ姿……つまり全裸でいたわけだ。
本当に道具すらない、原始人の状態だった。
そこからついに、毛皮のマント1枚とはいえ、一応体を隠すことができる衣服を手に入れたのだ。
これは間違いなく、原始時代から石器時代への進歩だ!
どこかのシミュレーションゲームだと、次の時代へランクアップしたような一大出来事だよ。
――ああ、原始時代さような。ようこそ石器時代。
「ああっ、服の存在をすっかり忘れてた……」
毛皮のマントを手に入れて喜ぶ僕の横で、文明から外れた生活にすっかり慣れ切り、服の存在を忘れていたユウが呟いた。
きみきみ、元文明人ならば、服の存在を忘れないでくれたまえ。
「んな面倒なもの、今更着るなよ!」
一方ミカちゃんは、全裸であることに何ら躊躇いがなかった。
というかこの子、服を着る方がおかしいって考えてないか?
――本当に、前世日本人かよ?
そして転生組でない他の兄弟たちは、僕がマントを纏ったのを見て興味津々。
「あ、コラ引っ張るなレオン!ドラド、これは食べ物じゃないぞ!フレイア、口から火が出てる、毛皮が燃えるだろうが!」
寄ってたかってくる兄弟たちを相手に、僕は絶叫だ。
なお、この後僕は黒曜石ナイフを使って、さらに狼の毛皮をはぎ取り、鞣し作業をして、兄弟の人数分のマントを用意した。
「ふかふかー」
「気持ちいいー」
と、マントを羽織った兄弟たちからは高評価。
「ううっ、人間だってことを危うく忘れかけてた……」
ユウに至っては、涙まで流してるよ。
仕方ないよね。今まで何も着てない生活だったから。
初歩の初歩とはいえ、これでようやく文明人に戻れるぞ。
そしてもちろんミカちゃんは、
「ウガー、服なんて着てられるかー!」
マントを脱ぎ捨てて、全裸でその辺りを走り回っていた。
ミカちゃんは前世の地球で、ある日突然乗っていた飛行機がアマゾンの奥地に墜落しても、ターザンになって生きていけるタイプだから仕方ない。
というかお前、前世は日本人でなくて、絶対原始人だろ!




