202 番外編、その頃、創主様と奥方様は (スピカ視点)
こんにちは、肥田木昴改めシリウス・アークトゥルスの副人格のスピカ・アークトゥルスです。
さて、現在、シリウスの体の操作は私が握っています。
前回アメリカでさんざんやりたい放題した結果、気の毒なことにマスターのせいでデブ友ミッチーが、尻に銃弾を受ける言う悲劇に見舞われました。
(ちょっと待ったスピカ。僕のせいじゃないよー)
(マスターが関わると、大体相手の9割が不幸になるので、あなたのせいです)
(ぼ、僕のサブ人格のくせして、僕の扱いがひどい。あと、ミッチーはデブじゃない、ぽっちゃりだ!)
こういうやり取りは私とマスターの間では日常茶飯事です。
この人、一応頭は天才的にいいのですが、天才とバカは紙一重と言うので仕方がありません。
むしろ、天才とバカは一身同体を体現している存在と言うべきかと。
(えへへー、そんなに僕のことを褒めないでよー)
このように、脳みそがご覧の有様です。
(エッヘン)
そこ、自慢するところじゃないですよ。
(テヘペロッ)
……10歳くらいの子供がすれば許されますが、残念なことに現在のマスターの体は、デブ中年。
私たちは互いの存在を共有しているので、頭の中だけで会話をしているのですが、それでもデブ中年にこんなことをされると……
(異議あり、ぽっちゃり中年だ!)
分かりました。デブという意見を訂正しましょう。
見苦しい、2足歩行で歩く豚人間です。
(ぼ、僕の扱いがさらにひどくなってるんだけど……)
うるさいので、無視しちゃいましょう。
油でギトギト、腹はダルンダルンの脂肪を抱えている見苦しい中年男が可愛い子ぶるなど、反吐が出ますね。
はあっ。
マスターって、子供の時は一応"外見だけ"は可愛らしいかったですが、どうしてこんな醜いオークみたいな姿になってしまったのでしょう。
いえ、原因はもちろん分かってるのですが……。
(ほへーっ、僕全然分かんないー?)
無視無視。
まあ、それはともかく、現在私たちはミッチーと別れ、飛行機のファーストクラスで日本へ帰国中です。
(せっかくだからミッチーに、一緒に日本行って観光しようって誘ったのに、なぜかついて来てくれなかったんだよねー)
マスターと一緒にいたせいで、尻に銃弾を受けたのが原因でしょう。
彼、「もうスバルと一緒にいるのはヤダ!」って言ってましたよ。
(どうしてだろうねー?この前のカジノの儲けを半分上げたから、ミッチーも小金持ちになったはずなのに?)
500万ドル(約5億円)を小金持ちと言うかはともかくとして。
ラスベガスでは、マフィアに追われて殺されかけたのだから、当然です。
彼はマスターと違って、ただの一般人なんですよ。
「命あっての物種」ってことわざ知ってますか?
いくら大金を得ても、不老不死の私たちと違って、死んでしまったら意味がないんですから。
(エヘへー)
そこでマスターは、わざとらしい笑い声をあげました。
誤魔化してますね。
この人は、こういう人なんです。
さて、話を戻して、現在飛行機のファーストクラスに座っている私。
マスターは、1人でいても平気で鼻歌を歌いだしたりするので、私が体の操作権を握ってないと、周りの乗客に迷惑をかけてしまいます。
(ルルリー、ルララー)
……
……
……
私は軽い頭痛を覚えてきたので、キャビンアテンダントに頼んで、コーヒーを持ってきてもらいました。
しかし、ファーストクラスと言っても、飛行機で出てくるコーヒーなので、香りは一流の物に比べるとやはり劣ってしまいますね。
私はそこにミルクを落として、それから一口啜ります。
(文句があるなら、飲まなきゃいいのに)
そこでぽつりとつぶやくマスター。
何言ってるんですか、嗜好品の価値を正しく評価しただけですよ、私は。
(てか、そんなことよりお砂糖だよ、砂糖。砂糖様をおくれー、砂糖をおくれー。そこのコーヒーに、いつも持ち歩いているマイ角砂糖ちゃんを投入するのだー!)
心の中でマスターと言い争っていたら、この人はあろうことにも砂糖を要求してきた。
(嫌です、コーヒーに砂糖なんて入れたくないです!)
(砂糖ー!)
(大体、普段から砂糖ばかり取ってるから、こんな人前に出て恥ずかしい体型になるんですよ)
(何を言ってるのスピカ?砂糖とは僕の命の源泉、命の根源、いわば必須栄養素。そのお砂糖様をとらないと、僕は死んじゃうよー!)
グヌヌヌッ。
私がマスターの体の操作権を握っているのに、右手が勝手にギギギと動き始めます。
マスターが体の操作権を奪い取り、角砂糖に手が伸びかけます。
(ダメ、絶対にこれ以上太らせない。私はこれ以上デブな体を操作したくないです!)
(イヤダー、このままだと僕が死んでしまうー)
――し、静まれ。砂糖を求める呪われた右手よ!
中二病ではないですが、砂糖に憑りつかれて、呪われている右手ですね。
私が操作権を持っている左手を使って、角砂糖に手を伸ばそうとする右手を押さえつけます。
「グヌヌッ」
あまりに必死になっていたものだから、隣にいた乗客からおかしな視線を向けられました。
イヤダ、恥ずかしすぎる。
ですが、今はデブの天敵、砂糖をマスターの体に取らせないことの方が遥かに重要。
だけど、悲しいかな。
この体は私とマスターの二つの人格が同居しています。
そしてこの体は、今までの人生で、これでもかというほど砂糖ばかり取り続けてきました。
そのせいで私の意識を超越して、体が砂糖禁断症状に襲われ、プルプルと震えだしました。
……特に、脂肪で包まれているブヨブヨの顎がダルンダルンと震え、腹はボヨンボヨンと音を立てて波打つ始末。
二の腕辺りも、筋肉で締まっているなんてことは全くなく、どこまでも脂肪でタプンタプン、ダボタボしています。
そんな体中の脂肪が、砂糖を求めて禁断症状から震える。
い、嫌だ、この体。
マスターと同化しすぎてて、無意識のうちに砂糖を求めてる。
私の制止を全くきこうとしない。
……結果、大変不幸なことに、マイ角砂糖を取り出して、コーヒーのカップの中に砂糖を放り込んでいきました。
それも、一個、二個、三個、四個……
「うふふっ、砂糖が溶けなくなるまでいれなきゃ、コーヒ-は美味しくないよねー」
いつの間にか体の操作権を、マスターに全て奪われていました。
コーヒーの中に角砂糖を入れまくって、それを飲んで満足しているマスター。
その顔は幸せそうですが、この人コーヒー一杯のために、どれだけ砂糖をいれたことか……。
「すみませーん、コーヒーお替り」
(って、何また砂糖入れまくってるんですか!)
この後、マスターはコーヒーを三杯お代わりして、そのたびに角砂糖を10個近くコーヒーの中に投入していました。
そして、こんな砂糖まみれのコーヒーを飲むのは、今日が特別というわけでなく、いつものことです。
いつも思うのですが、これだけ糖分を摂取をして、どうして糖尿病で死なないのが不思議です。
私たちは数多くの世界を転生してきながらも、この謎だけはいまだに理解不能です。
(ふふーん、僕にとってお砂糖様は生命力の根源なのだ。だから砂糖をとることで、僕はますます健康に、そして元気になるのだー!)
なんて、威張るマスター。
ただ、威張るのはいいけれど、その出っ張ってる醜い腹を震わせるのはやめて下さい。
見苦しいです。
というか、今摂取した砂糖も、脂肪の一部になっているのを分かってるんですかね?
(スピカって口うるさいよね。これだから古女房って奴は……)
(私も、マスターの神経についていけません)
私たち二人は、互いに「はぁ」と、ため息をついてしまいます。
私がマスターの副人格として生まれて、幾星霜。
この人との付き合いは、それこそ私の人生とイコールの長さですが、全くもって訳の分からない思考方式で生きています。
……
その後、砂糖を大量摂取してマスターが満足したので、再び体の操作権を私が取りました。
無駄に疲れてしまったので、とりあえず気分転換にネイチャーやScience、PNASなどの総合学術誌を手に取って、パラパラと読んでいきます。
とはいえ、この地球の科学技術というのは、私やマスターの視点から見れば、興味を惹かれるものが非常に少ないのが難点。
私たちは不老不死の薬の効果によって、肉体が死ぬ度に、前世の記憶を持ったまま異世界転生を繰り返するようになっています。
なので、今までに数えきれないほどの世界を生きてきました。
中世的な世界であったり、魔法が存在する世界、あるいは科学技術が高度に発達している世界があれば、銀河系全域に人類が拡大しているような超未来の世界も。
私とマスターは、それらの世界の技術を会得し、さらに独自に研究も行っています。
正直、あまりにも知識が膨大すぎるため、全ての技術を熟知しているわけではありません。
が、それでも私たちが今いる地球とは、比較できない世界の知識を持っているわけです。
ただ、原始的な考え方でも、時に私たちにひらめきやアイディアを与えてくれることがあるのも確かです。
その後、雑誌を一通り読み終えたものの、アメリカから日本までの距離は長いので、いまだに到着しません。
暇だったので、今度は英字新聞をパラパラめくって読んでいく事にしました。
(あー、また中東の国が債務不履行してるねー)
そんな中、視覚を共有して一緒に新聞を読んでいたマスターが呟きます。
新聞には、かつて産油国として潤っていた国が、今では経済的に破たんして、デフォルト宣言している記事が書かれていました。
そして別の記事では、産油国だった別の国が、今では世界最有数の貧困国に陥てしまい、内乱で国が崩壊していることも書かれていました。
(3、40年前までは石油で潤っていたものの、今では石油なんて誰も欲しがりませんからね)
(だよねー)
この世界では、他の地球型の世界と同じく、石油がエネルギー源として利用されていて、石油を産出する産油国が経済的に潤っていました。
ところが今から20年ほど前に、海水から安価に水素を取り出すことができる特赦な薬剤が開発されると、それを契機に石油がエネルギー資源としての地位を失い、代わりに海水を用いた水素が、エネルギー資源として確固たる地位を築くようになりました。
今では、石油なんて旧世代の産物扱いされて、誰も見向きしない骨董品です。
海にある海水から、いくらでも水素を取り出せるため、石油の価値が大暴落してしまいました。
もっとも、特殊な薬剤とは、マスターが科学技術の進んだ異世界の知識を元に作った薬剤なのですが。
(私たちは薬剤の特許料で豊かになりましたが、産油国の人には大変な不幸でしょうね)
(だよねー。中東の国を全部ド貧乏国家にしたんだから、凄い大悪党だよねー)
そう言いながらも、マスターはものすごく暢気に、フンフンフンと鼻歌交じりです。
新聞の別のページを見れば、そこでは旧産油国の一つで軍がクーデターを起こし、その混乱で50万人の死傷者が発生しているとの記事がありました。
異世界の知識を使って知識チートしたわけですが、チートの結果、世の中にこんな不幸が巻き起こるわけです。
もっとも私のマスターは、そのことに対して、良心に一片の呵責も受けない有様。
(そんなことより、水飴入りコーヒー飲みたい)
ヴっ、なんですか、その悪魔の飲み物は。
良心がどうこうより、この人は(肉体の)寿命を確実に縮める、不健康極まりない肥満ドリンクを欲しています。
このデブ、減量を少しは考えたらどうでしょう?
(ええっ、お砂糖は命の源泉だから太る原因じゃないよ!)
頭がお花畑すぎて、副人格の私は頭痛がしてきます。
どうして、こんなのが私の主人格なんでしょうね?
はあっ。




