188 舎弟たちは酒場で鬱憤を晴らす (シルバリオン視点)
『あー、やってらんねぇ』
姐さんが南へと飛び去って行った後、上級魔族の捕獲を命じられた俺とイグニスは、鬼族が住んでいる"鬼の里"へやってきた。
この里にある酒場で、俺とイグニスは酒を飲みながらとぐろを巻いていた。
『姐さんが横暴なのは昔からだけど、どうして俺たちばかりいつも殴られなきゃならんのだ』
『それに上級魔族だって?姐さんの所のガキは、子供のくせしてそんなものを食いたがるんじゃねえよ』
ウダウダと2人して文句を言い合う。
上級魔族探しはそっちのけで、鬱憤を吐き出している。
ちなみに俺たちは元のドラゴンの姿のままだと鬼の里の酒場にサイズ的に入れないので、現在は"鬼化の術"と呼ばれる魔法を用いて、2人揃って角が生えた鬼の姿に化けている。
俺は"白牙狼鬼"と呼ばれる、銀色の肌に鬼にしてはスマートなボティーをした鬼。
イグニスの奴は、"赤岩王鬼"と呼ばれる、赤黒い肌に筋骨隆々とした鬼だ。
なお、俺の鬼族姿は鬼族の女性から見れば貴公子スタイルらしく、イグニスの方も粗野だけど精悍な顔つきをした鬼になるらしい。
おかげで酒場にいながら、俺とイグニスを見る女性陣の視線が熱い。
このぐらいの役得があってもいいだろう。
正直ドラゴン相手でなく、鬼にモテてもしかたがないが、姐さんの相手で疲れたんだから、これくらいのサービスは欲しい。
『おーい、鬼神ノ。お前も飲んでるかー?』
『飲んでますよ、シルバの旦那』
そしてとぐろを巻いている俺たちに付き合わされているのは、この里の長にして、鬼族の神とまで称えられる鬼神だった。
全身が黒い肌をし、漆黒の一本角をはやした鬼だ。
人間だったら、この顔を見ただけで大の男でもビビッてちびるかもしれないが、俺たちから見ればそんなことは全くない。
俺とイグニスは人間でなければ鬼でもなく、ドラゴンなのだ。
『しかしいいんですかい。2人とも姐さんの悪口なんか言ってて。後で知られたら……』
『ダーッ、酒の席で酒が不味くなる話をするんじゃねぇー』
『そうだそうだー』
鬼神の奴が言うことは正論だ。だが、だからと言って、今は酒を飲んでいるんだから、そんなことはどうでもいいんだよ。
イグニスも俺も、鬼神の正論を即叩き潰す。
『だいたいさ、姐さんって俺たちが生まれた時から大将面してやがってよ……』
『そういえばを子供のころ、俺たち2人の上に無理やり寝転んで、姐さんのマイベットにさせられたこともあったな』
『ヴヴッ、すでにあの時から姐さんに逆らえなくなっていたか。ク、クソウ。クソウ。姐さんが強くなければ、俺たちだってこんなことは……ク、クウウウッ』
『泣くなイグニス、俺だって泣くのを我慢して、ウウウウッ』
『お2人とも、悪酔いが過ぎますぜ』
俺たちの姿を見ている鬼神がそんなことを言ってくる。
だけど、泣かずにいられるか。
俺たちはこの星で最も強い生命体でり、同時に最も長命な存在でもある。
ここにいる鬼神よりはるかに年上で、俺たちの方が強いんだよ。
俺たちは偉いんだよ!
だが、だが姐さんがいるせいで……
『畜生、今度俺たちで姐さんに復讐してやるー!』
『ソウダソウダー、俺たちが協力すれば、姐さんにだって……姐さんにだって……あねさ……ウウッ、俺ら2人で勝てるわけがねぇー』
酒は飲んでいるが、それでも子供のころから姐さんに虐げられてきた俺たち。
悲しいかな、酒の勢いをもってしても、上下関係と肉体に刻み込まれた恐怖を克服することができない。
『おい、鬼神ノ!俺たちが姐さんと戦う時が来たら、お前ももちろん俺たちに協力するよな!?』
『……ワシが加わったても、負けるまでの時間が数分伸びるだけですが』
『……』
この鬼神だが、鬼の神と呼ばれるだけあって強い。
俺たちよりは弱いのだが、それでも俺が魔法を使わず、さらに空と飛ばないという条件を加えれば、勝つのがかなり難しくなるほど強い。
昔の鬼神は、鬼族にしては格段に強いだけの存在だったが、ある日姐さんに目をつけられてボコられた。
だが鬼神の奴は姐さんにボコられても、それで屈することなく、姐さんに何度も挑み続け、何度もボコられまくった。
その結果、ボコられるたびに鬼神は信じられない勢いで強くなっていき、今では俺やイグニスでも、条件を付ければ勝つことが難しくなるほど強くなっていた、
それでも姐さんがやる気になれば、数分で撃沈されるのだが。
『てかさー、俺だって昔は姐さんにボコられても何度も挑み続けたけど、最後は皮をバリッて剥がれたんだぞ。なのに鬼神ノ、お前は皮も剥がれずに済んでるよなー』
酒をかなり飲み、グダグダになりながら鬼神に突っかかるイグニス。
『それですが、姐さんはイグニスの旦那が礼儀知らずだから、ブチ切れたそうです。ワシは姐さんに何度も挑みましたが、その辺は気を付けていましたので』
『……グスンッ、なんで俺ばっかり扱いがひどいんだ』
『イグニス、お前の扱いが一番ひどいのを理解してたんだな』
『ウ、ウワアアアーンッ』
悪酔いをして、イグニスが机に突っ伏してワンワン泣き始める。
まるで子供だ。
『あー、うるせー』
あまりに泣くものだから、思わず俺は両耳に手を当てて耳を塞ぐ。
こいつ見た目は図太そうなくせして、肝心なところでメンタルが弱いからな。
ちなみに俺たちが飲んでいる酒だが、これは"鬼殺し"と呼ばれる銘酒だ。
その名が示すように、鬼でもカップ1杯の酒を飲めば、ぶっ倒れるほど強烈な酒精を持っている。
だけど、俺やイグニスの場合、これぐらい酒精がなければ満足に酔うこともできない。
『飲め、飲め、イグニス。泣くぐらいなら、もっと飲めー』
『ウ、ウグ。ゴクゴクゴク』
泣き出して煩いので、俺はさらにイグニスに酒を浴びるように飲ませていった。
姐さんが帰ってきたら、またこき使われるのは目に見えている。
今だけは姐さんのことなんて忘れて、パーっと酔いに任せて楽しみたいんだよ。
だから、泣くんじゃねえ!
『あの、旦那方。酔うのはいいんですが、鬼化の術が解けるまで泥酔はせんでください。酒場が壊れますんで』
『分かってせー、これでも俺たちは、ほのへより年上へー』
『ああダメだ、シルバの旦那まで悪酔いしている』
んんっ?
鬼神の顔が3つに増えてるぞ?
おかしいな、こいつはケルベロスかなんかの知り合いか?
ま、いいや。
もっともーっと飲んで、姐さんのことなんか忘れちまえー。




