184 姐さんの教育 (シルバリオン視点)
『お前たちいいわね、上級魔族を見つけ出したら仕留めるのよ。ただし、きちんと原型は残しておように。間違っても、噛み砕いたり、踏みつぶしたりしないのよ。分かったら返事をおし』
『何言ってるんだ、この図体がデカいだけの婆さんドラゴンが!』
『ああんっ!?』
今回強制的に集められたのは、灼熱竜イグニスの舎弟たち。
火山地帯にイグニスが住み着いていることもあり、イグニスの舎弟には炎の属性竜が多いのだが、その中でも年の若い炎竜が、あろうことにも姐さんに暴言を吐いた。
『そうだそうだ、ババアは黙れ!』
『兄貴もそんなババアにヘイコラしてるんじゃねえよ!』
暴言を吐いた炎竜に続いて、若い炎竜たちがさらに続く。
『お、お前ら何言ってやがるんだ!』
ありえないだろう。
こいつら、頭は大丈夫か。
『あ、姐さん。こいつらは後で俺が絞めておきますんで、どうかこの場は穏便に……』
--GULLLLLAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!
イグニスが低姿勢で姐さんを止めようとしたけれど、無駄だった。
姐さんの口から空までつんざく咆哮が響いた瞬間、火山地帯の空に広がっていた有毒な雲が全て吹き飛び、その向こうにあるよく晴れた空がくっきりと見て取れるようになる。
『イグニス、あんた弛んでるわよ!自分の舎弟を躾できてないなんて、あんた本当に私の舎弟なの!?』
『ヒィィィ、す、すみま……グベボラファー』
姐さんがブチ切れ、強烈な尾っぽアタックをもろに食らってしまうイグニス。
――ドプン、ドン、ガラガッシャーン!
尻尾の一撃でイグニスの体が、溶岩の池を飛んでいく。
まるで川辺で平たい石を水平に投げて、水面を何度も弾いて飛ぶように、イグニスの体が溶岩の上を跳ねながら飛んでいく。
しかもこの程度では吹き飛ぶ威力が全く衰えない。
イグニスの体は溶岩の池をぶっ飛んでいき、その向こうにあった岩山に大激突。
ガラガラと音を立てて、断崖絶壁の岩山が崩れ落ちていく。
『ヤベエっ。俺、とばっちりで死にたくないから隠れるぞ』
イグニスには悪いが、命あっての物種だ。
俺は気配を消して、いそいそと隠れる。
あの程度の攻撃ならイグニスが死なないことは分かっている。だがだからと言って、この場に残っていれば、俺までとばっちりでボコられかねない。
『そこのモヤシドラゴンども、私が礼儀ってやつを体に直接叩き込んでやるから、全員まとめてかかってこいやー!』
――GYAAAAAOOOOOOOOOOOOOOO----!!!
姐さんの咆哮が再び炸裂し、その後バカな炎竜どもが群れで姐さんに襲い掛かる。
それもただの喧嘩でなく、炎竜どもは口から炎のブレスを吐き、手加減抜きの体当たりを姐さんの巨体へかます。
だがお前らごときがいくら束になったって、姐さんにかすり傷すらつけることができないんだよ。
『ウオラー、そんななまっちゃろい攻撃が効くと思ってんのかー!』
実際炎竜どもの攻撃をまともに受けても、姐さんの黄金色の鱗には傷どころか、煤一つついていない。
そして姐さんが後ろ足を蹴り上げる。
蹴りの直撃を受けた3頭の炎竜の体が空中をクルクルと回転しながら吹き飛ばされ、さらに蹴り上げた足の延長線上にいた炎竜たちにも凄まじい風圧が襲い掛かる。
――GYA、GYAAA!
『ノ、ノオオォォォォーーー』
ただの風圧に巻き込まれた数体のドラゴンまで、山の向こうへ吹き飛ばされていった。
『ウオラー、ドンドンかかってこいやー!』
そして姐さんは、さらに前足でパンチを繰り出す。
――ドゴンッ
と大地に重たい音が響いた後、マグマの池が真っ二つに割れた。
――バキッ、メキ、バリバリバリバリ。
不吉な音がしたかと思うと、やってしまった。
姐さんがパンチした地面が真っ二つに裂けて、少なくとも100メートル以上に渡って大地に亀裂が走った。
その亀裂に溶岩がどんどん流れ込んでいくが、亀裂が溶岩で満たされる気配がない。
『ヒ、ヒエエエッ、なんだよこの馬鹿力。こんなの無茶苦茶だろう!』
姐さんの攻撃力の凄まじさを見て、炎竜たちが今更になって自分たちがとんでもない化け物を相手にしていることを悟った。
だが、全て遅すぎるんだよ!
『こ、降参だ、だから助け……ゲボラシーッ』
『アホがー。私はお前たちに礼儀を教えてやるって言っただろうが!体に刻み付けてやるわー!』
『ギャ、ギャアアアーーッ!』
その後姐さんの咆哮が響くたびに、炎竜たちが空を吹き飛び、大地に叩きつけられ、見ているだけで可哀そうなんてレベルを超えた惨劇が巻き起こる。
『あいつら馬鹿だ、マジで馬鹿だ。だから姐さんを怒らせたらいけないんだよ』
『をぃ、なんでお前がこんなところに隠れてるんだよ?』
俺は巻き込まれないように姐さんから遠く離れ、今は山の陰に隠れていた。けれど、そこになぜかイグニスの奴まで来ていた。
さっき姐さんに吹き飛ばされたけど、あの程度ではピンピンしていられるほど、俺もイグニスも耐久力が高かった。
俺たちはこの星で最強クラスの存在なのだ。
ただ悲しいことに、姐さんの前では"壊れにくいサンドバック"程度の存在になってしまうが。
『俺はまだ死にたくねえんだよ』
『それは同感だな。あー、久しぶりに姐さんの攻撃受けたから、殴られた後一瞬意識が飛んだぞ』
イグニスはそう言いながら、顎のあたりを前足で摩る。
『ゲエッ、鱗が何枚か割れてる!』
『俺らの鱗はオリハルコンの剣でも弾けるのに、姐さんの攻撃力エゲツナサすぎだろ』
滅茶苦茶な存在の俺たちだが、それ以上に無茶苦茶なのが姐さんだ。
『で、お前は隠れたままでいいのか?舎弟たちは姐さんに教育されているのに』
『舎弟どもは見捨てる。そもそもあいつらの暴言がすべて悪いんだからな』
俺たちのデララメぶりはともかくとして、姐さんの教育とは、圧倒的な暴力を体に刻み込むというやり方だ。
言葉でなく体に直接刻み込むのは非常にドラゴンらしいやり方だが、姐さんのあれは深刻なトラウマになる破壊力がある。
『ウオラー、もう動ける奴はいないの。あんたたちだらしなすぎよー!』
なんて言ってる間に、姐さんが炎竜の群れを全て沈黙させてしまった。
『死んだドラゴンも何体かいるんじゃねえか?』
『手加減はしてるだろうが、姐さんの攻撃だからな』
あとに残されたのは地面に突っ伏し、マグマの池に顔を突っ込んだまま動かなくなったドラゴンたち。
1人姐さんだけが咆哮を上げ続けて、倒れたままのドラゴンをゲシゲシと足蹴りしていた。
『ふんっ。次逆らったら、玉をちょん切ってやるわ』
戦闘というか、一方的な教育が終わった後、最後に物騒なことを口にする姐さんだった。
その後、姐さんは広範囲にわたってグッタリと倒れているドラゴンたちに、範囲型の回復魔法を使って全回復させてやった。
あの魔法なら、山数個先にまで効果が及ぶだろう。
ただ姐さんの教育は、意識を刈り取られたからと言って、それで終わりとは限らない。
強制的に回復魔法で体を完全回復させられた後、第2ラウンド、第3ラウンドの教育が続くことがある。
『もうやめてください。死ぬ、死んでしまいます』
『回復魔法掛け続けてるから死なないわよ。それに死んでも、蘇生魔法で生き返らせるから問題ないわよ』
『グベボラファーッ!』
なんてことになりかねない。
だが、今回はそこまでの事態にならなかった。
『さあお前たち、今すぐ上級魔族を捕まえてきなさい!』
『『『『『『イ、イエス・サー』』』』』』
一度三途の川が見える状態に叩き込まれたドラゴンたちは、もはや姐さんに逆らう様子など微塵もなくなっていた。
絶対服従。
自然界の掟として、弱者は圧倒的強者に対して、逆らってはならないのだ。
それはドラゴンの世界とて同じこと。
『サー!?』
『『『『『『イ、イエス・マム』』』』』』
ところで"サー"というのは男に対するもの。炎竜たちは大慌てで、女性に対する"マム"と言い直し、その後上級魔族を捕獲すべく、この場から全速力で飛び立っていった。
別の言い方をすると、姐さんから逃げ出したとも言う。
『ふうっ、見ているだけで冷や冷やしたな』
『本当だ、姐さんって相変わらず手加減ねえよな』
逃げ隠れしている俺とイグニスは、その後姐さんを怒らせないように、そっと気配を断ちながら、姐さんの後ろへ立った。
『さあ、姐さん。俺たちも上級魔族を探しに行きましょう』
『そうね、早く子供たちのために捕まえないといけないわ』
――バサバサバサッ
そう言って、翼をはためかせて飛び上がる姐さん。
ふうっ。幸い俺とイグニスが途中から逃げ出していたことに、お咎めはなしのようだ。
姐さんが子供のことに気を取られていてくれて、助かった。
『あ、そうだ。忘れていたわ、イグニス』
『グボハーアッ』
姐さんに続いて俺とイグニスも空に飛び上がったけれど、そこで姐さんがイグニスに腹パンしてきた。
『あんた、あの舎弟どもをちゃんと絞めておきなさいよ。その程度のこともできないようなら、次はあんたを教育し直すから』
――ガタガタガタガタ
姐さんの剣呑な言葉に、イグニスは言葉を返すこともできず、生まれたばかりの小鹿のように全身を震わせていた。
……俺もこの騒動が終わったら、一度舎弟どもに舐められないように絞めておこう。
でないと、俺まで姐さんに絞められてしまう。
後書き
今回のサブタイトルを、『あの息子にして、この母あり』にしようかと迷ったり……。
マザーの話を書いてたら、レギュラスのミカちゃんに対する態度が可愛いレベルになってきました。
さすがはレギュラスのマザーですね~。
(どっちも慈悲がありゃしねぇ)




