183 姐さん襲来 (シルバリオン視点)
俺の名前はシリバリウス。
天空を支配する白銀のドラゴンにして、この世界でも最強の一角に数え上げられるドラゴンの1体だ。
空は俺が支配する領域であり、何人たりとも俺の領域を犯すことはできない。
できない……のだが、姐さんにだけは逆らってはならない。
俺は確かにこの世界では最強クラスだが、真に最強なのは俺でなく、今この場にいる黄金の鱗を持つ超巨大ドラゴンの姐さんだからだ。
俺はドラゴンの中でも50メートル越えの巨大な体躯。そんな俺でさえ、姐さんの前では半分ほどの大きさしかない。
まるで、大人と子供のような差がある。
そして現在、俺の舎弟どもであるドラゴンたちが集まっているのだが、その大きさはほとんどが10から20メートルほど。
ましてワイバーンどもに至っては、それよりさらに小さい。
姐さんに逆らえば大人と子供の喧嘩どころか、姐さんが後ろ足で踏みつけただけで、ドラゴンたちの頭がスイカのように弾け飛ぶだろう。
『お前たちいいわね、上級魔族を見つけ出したら仕留めるのよ。ただし、きちんと原型は残しておように。間違っても、噛み砕いたり、踏みつぶしたりしない。分かったら返事をおし』
『『『『『イエス・マス。姐さん!』』』』』
だから俺の舎弟たちは全員、姐さんから降された命令に絶対服従していた。
ただ舎弟のほとんどが、姐さんの存在にビビりまくって震えている。
安心しろ、お前らは震えていても立っているだけ立派だ。
何しろこの俺でも、姐さんが傍にいて、内心ではビビりまくってるんだから。
ただ中には若いドラゴンが、恐怖からションベンまで垂らしてやがる。
しかし、それは仕方のないことだ。
姐さんに対して、俺の舎弟たちが束になってかかろうが、あるいはそこに俺が加わって戦おうとも、姐さんには絶対に勝てない戦力差があるのだから
いや、勝ち負けじゃない。
そもそも姐さんにダメージと呼べるだけの攻撃すら、満足に与えることができずに終わるだろう。
姐さんからの命令を受けて、俺の舎弟たちは次々に
『上級魔族死すべし、慈悲はない!俺たちが生き残るためだ!』
なんて叫びながら、次々に飛んでいった。
上級魔族のことなんて正直どうでもいいが、俺と舎弟たちの安全と平和のためにも、なんとしても狩ってこなければならない。
そうしないと、俺たちが姐さんにフルボコにされてしまう。
『あ、姐さん、舎弟どもが散らばりましたので、上級魔族なんてすぐに見つかりますよ』
『すぐって、何日もかかるんでしょう?』
『そりゃあそうですよ。でも、俺らにとってそれくらいすぐじゃないですか』
俺も姐さんも、なんだかんだで数千万年以上生きている。
そんな俺たちからすれば、たかが数日なんてあってないような時間だ。
だけど姐さんはそう受け取らなかったようで、
『何バカなこと言ってるの!それじゃあうちの子供たちが餓えてかわいそうじゃない。さっさと見つけないと。……そうだわ、イグニスの奴も舎弟が沢山いたわね。今すぐ向かうわよ』
そう言うと、姐さんは翼をはためかせて空へ飛びあがる。
『いってらっしゃい、姐さん。俺は別の方角に上級魔族を探しに行くので……』
『何言ってんの、あんたもついてきなさい』
『……』
俺は今スグ姐さんから逃げ出したかったけど、そんな目論見など姐さんの前では無意味だった。
『わ、分かりました』
一方的にボコられたくないので、俺はしぶしぶ翼をはためかせて、姐さんの跡を追って飛んでいく事にした。
そうして姐さんと俺が辿り着いたのは、北の大陸にある火山地帯。
この火山地帯では、硫黄の匂いが常に絶えることがなく、大地には溶岩が流れ、さらに硫酸の川まで流れている。
通常の生物であれば死の大地以外の何物でもないが、俺や姐さんにとって、ここの溶岩は浴びれば気持ちいいと感じる、温泉みたいなものだった。
硫酸なんて無害だし、空気中の有毒物質とやらも、俺たちにとっては全く害にならない。
俺からすると、ここの空気は少々埃っぽくて長く吸っていたくないけれど、こんな環境を灼熱竜イグニスの奴は好んでいた。
あいつは俺の弟みたいなもので、昔はよくケンカをして勝ち負けを繰り返したものだ。
他の相手だと俺たちに勝てる奴がいないので(無論そこに姐さんを入れてはならない)、あいつとの喧嘩はなかなか楽しかった。
そして当然ながら、イグニスも姐さんの舎弟だ。
昔は暴力的で、姐さんに反抗しまくっていたけれど、まあなんだ。
勝てるはずのない存在にイグニスが挑みまくった結果、あまりの面倒くささにブチ切れした姐さんに、ある日体の皮を鱗ごと一部はぎとられてしまった。
それ以来、イグニスも尻尾を大人しく引っ込めて、姐さんの舎弟として落ち着いた。
よほど、痛かったんだろうな。
俺らの皮を剥がすなんて、姐さん以外じゃできないぞ。
『おーい、イグニス出て来い。どこに行ったんだ。早くしないと、死にかねんぞ。出てこーい』
さて、俺は姐さんに先立って火山地帯に到着。
いつもイグニスがいる火山の河口に来たものの、肝心のイグニスがいやしない。
『あいつ、どこに行ったんだ?』
イグニスの奴は怠惰な性格をしているから、極まれに食事に行くとき以外は、自分の寝床からろくに動くことがなく、ゴロゴロと怠惰を貪っている。
その食うにしても、俺たちの場合子供の時期を除けば、何年かに一度食えばそれで足りてしまった。
『まさか、こんなタイミングで食事に行ったわけじゃないだろうし』
不思議に思いつつも、俺は少し飛び回って辺りを探してみる。
『イグニス出てこい。早く出てこないと、俺がフルボコの刑に処されてしまうー!』
姐さんに先行してここまでたどり着いたけれど、姐さんが到着した時にイグニスがいなければ、俺がボコられかねん。
だから、俺は必死になってイグニスを探した。
そうして飛び回っていたら、ようやく見つけた。
なんだか闇魔法の気配が残っているけれど、あいつは闇属性の魔法は使えなかった。
それにあいつと戦うようなバカはいないだろうから、この魔法の気配は何なんだろう?
――GULULULULULULULULU
『人の睡眠を邪魔するんじゃねえよ』
なんて思ってたら、イグニスの不機嫌そうな鳴き声が聞こえてきた。
俺はさっそくイグニスの傍へ飛んでいく、
『イグニス、探したぞ』
『ん?シルバリオンか』
ようやく見つけたイグニスは、溶岩に向かって何かをペッと吐き出しているところだった。
お前、このタイミングで飯食ってたのかよ。
たく、姐さんが来るっていうのに、暢気に飯なんか食ってるんじゃない。
『お前が俺の住処にくるなんて珍しいな。いつも埃っぽいとか言って嫌ってるだろう』
『ああ、嫌いだぞ。だがそんなことはどうでもいい。それより大変だ』
『大変だあっ?』
俺の言葉に、イグニスが胡乱な表情をする。
『何やらいつもと違って慌てているみたいだが、お前が慌てるなんて珍しいな。どうせ、姐さんの陰口でも叩いて、シリデカ女とか言っんだろう』
『バ、バカッ。そんなこと俺は言ってないぞ!』
『ん、そうだったか?そういや、それを言ったのは俺だったな。ガハハハハハ』
『バ、バカっ。今の言葉姐さんに聞かれたら、お前殺されるぞ!』
『慌てるなよ、シルバリオン。あの地獄耳の鬼婆が今どこにいるか知らないが、さすがに俺の声が聞こえてるわけないだろう』
『……』
駄目だ。
この馬鹿はここに向かって姐さんが飛んできている事を知らないから、こんな事を言っていられるんだ。
これから起こるだろう出来事に俺は恐怖を覚えたが、そんなことを知らないイグニスは暢気にしている。
『しかし魔族の軍勢が来たかと思えば、その後にはシルバリオンがやってくる。今日は珍しいことが起きる日だな。この調子なら……』
『ちょっと待て、ここに魔族の軍勢が来てたのか?』
『ああ、なんか魔王がどうとか言ってたが、面倒くさい奴らだったから全部溶岩に沈めてやったぜ』
『ちなみに、上級魔族はいたのか?』
『いたけど、そいつらもとっくに溶岩の中だぜ』
『……バ、バカ野郎!』
なんでコイツは、よりにもよって今日という日に上級魔族を溶岩に沈めてるんだよ!
『バカとはなんだ、バカとは!』
『いいや、何度でも行ってやる。お前は大馬鹿だ。そ、そうだ、まだ生き残ってる上級魔族はいないのか?そいつを今すぐ出せ。出てこい、出てこないと俺らが殺されかねん!』
俺は慌てて、溶岩の池の中でジャブジャブと動き回る。
『……』
そんな俺の取り乱している姿をイグニスの奴は黙って見ていたけれど、そのうち気が付いたらしい。
『……お前がそこまで慌てるってことは、もしかして……』
そうだよ、そのもしかしてだよ。
――GYAOOOOOOOOOOOOO!
『誰が、シリデカの鬼婆よ!』
――ドゴォーーーーン!!!!
聞こえていた。
地獄耳の姐さんがたった今空の彼方から超高速で突っ込んできて、イグニスの顔面に後ろ足で蹴りを入れていた。
『グベボラファー!』
その一撃を受けて、イグニスの顔面が変形しながら、体ごと吹っ飛ばされる。
――ゴオオォォォォンンンッ!!!
さらに姐さんが高速で突っ込んできた衝撃波で、溶岩の池が底から全て吹き飛んでしまった。
その衝撃波は、近くにいた巨大ドラゴンの俺の体まで吹き飛ばすほどだった。
『ノワアアアッ、姐さん、俺まで吹き飛ばすとかないでしょう!』
俺は抗議するけれど、
『この大馬鹿。上級魔族をいますぐ口から吐き出しなさい。いや、溶岩の中から生き返らせなさいよ』
――ガンガン、ゴンゴン、ボコボコ
姐さんは俺の抗議など完全無視。
足蹴りされて白目をむいているイグニスを、さらにフルボコの刑に処していた。
マジでヤバイ。
俺たちはこの世界の最強クラスなので、イグニスもこの程度では死なない。けれど姐さん相手じゃ、俺たちなんてただの"最強(笑)"にしかならない。
機嫌を損ねさせたら、それだけで命がいくつあっても足りん。
後書き
あれ、おかしいな?
もともとマザー視点で話を書く予定はなかったのに……そもそも数行で済む話を書くはずだったのに……なぜか『マザーと哀れな舎弟たち』物語になってる。




