168 第2拠点は暗黒神殿?
僕とドナンの間で、第2拠点に関する指示を大体詰め終わったところでのことだった。
「レギュレギュ大変だ、緊急事態だ!」
遊びに行ってたミカちゃんが戻ってくるなり、大声を出した。
「何か慌てるようなことでもあったのミカちゃん?どうせエロい事なら……」
「違う、そうじゃない。こっちに来てみろ!」
「?」
慌てているミカちゃんに手を引っ張られてしまう僕。
引っ張られるミカちゃんに連れられ、ユウとドナン、シャドウもその後に続いていった。
「何をやらかしたのミカちゃん?もしかして、また何か壊したの?ここの壁と天井はリズとドラドが頑張って作ったのに、それを壊したとか言ったら怒るよ?」
「言っておくが、俺は今回は"まだ"何もしでかしてないからな」
"まだ"って部分が気になるけれど、我が家のトラブルの99%はミカちゃんが関わっている。
そんなミカちゃんが原因でないとは、一体なんだろうか?
そうして連れられて行く途中で、変な臭いがしているのに気づいた。
「臭っ!」
「なにこの肉が腐ったような臭いは?」
ユウと僕は鼻を摘まむ。
「ゾンビだよ。ゾンビの部隊がいる!」
「はいっ!?」
ゾンビっていうのは、要するに動く腐乱死体の事だよね。
下位のアンデットで、僕とユウは材料があれば作ることができるけど、2人ともゾンビは作っていない。
だって死体についている肉は僕たち兄弟のご飯になるので、肉が引っ付けたままゾンビを作るのは、とても勿体ない。
そして一度ゾンビにすると、体についている肉が腐ってしまうので食べられなかった。
あと、腐った肉はハエや蛆が集って、不衛生で臭い。
スケルトンなら骨だけなので臭くないし、おやつにもできるので問題ないけれど。
で、ミカちゃんに案内されると、本当にゾンビの部隊がいた。
数は20くらいだろうか。
「をぃ、なんでゾンビがこの拠点にいるんだよ!」
「それがシャドウたちがゴブリンの洞窟を殲滅しに行った際、倒した一部のゴブリンがアンデット化してゾンビになってしまいましして。我々の言うことは聞くので、拠点の人員に追加しようかと思いまして……」
尋ねる僕に、ドナンが答える。
「却下だ、お前らは死んでるから臭いが分からないんだろうが、臭いから却下だ!」
フレイアではないけれど、僕は火球を放って、この場にいたゾンビ部隊を瞬く間に火葬して消滅させた。
ついでに風魔法で換気して、酸欠を防ぐと同時に悪臭を吹き飛ばす。
「ところで、今シャドウが倒したらゾンビになったって言ったよな」
「左様です」
シャドウが答える。
シャドウはアンデットにしてはかなり多めの魔力を持っているので、それゆえに発現した特殊能力なのだろう。
とはいえ、よりにもよってゾンビを作る特殊能力とははた迷惑すぎる。ゾンビなんて、動く生ゴミみたいな存在だ。
「お前ら、今度殺した相手がゾンビ化したら、そいつを食うなり焼き捨てるなり、とにかく処分しておけ!」
「御意っ」
シャドウが戦闘をするたびに生ごみが量産されてはたまらない。この命令は絶対順守してもらわなければ。
ところで、そんな僕たちのやり取りの裏では、
「……なあユウ。レギュレギュの口調がいつもと違って偉そうだぞ」
「元ブラック企業経営者で、元魔王だった兄さんですよ。家族相手と違って、部下にはあんなしゃべり方をしてたんじゃないですか」
「あー、それはありうる。ていうか、物凄く横暴で、俺様君なしゃべり方だよな。普段から暴力で何でも解決してるから、きっとあれがレギュレギュの素の性格だぜ」
「そうかもしれませんね」
なんて会話をミカちゃんとユウがしていた。
「素じゃなくて、単に使い分けてるだけだから」
2人には、一応そう言っておくけれどね。
まあミカちゃんは、「嘘だろー」って表情をしている。
僕が横暴にしているのが、素の性格な分けないでしょう。
そしてユウの方は、「ハハハッ」と日本人らしい曖昧な笑みを浮かべていた。
精神年齢の割に、ユウは処世術が無駄に高いね。
「ふうっ、しかしゾンビがいるとか……まだ僕に報告してないところで、何かやってないだろうな?」
――ギクッ
尋ねてみれば、ドナンが目を逸らした。
確定、まだ何か問題があるんだな。
「そ、それはですな……」
「アントがいたぞ」
気まずそうにしているドナンの横で、ミカちゃんが即座に割り込んできた。
「アント?ああ、ミカちゃんたちが戦ったっていう、巨大蟻のモンスターだよね」
「多分そこの変態筋肉乳おっさんが、持ってきたんだろうな」
「だ、誰が変態だ!筋肉乳は、至高じゃぞ!」
……ドナンさっきまでまともだったのに、ミカちゃんと会話し出した途端、壊れたぞ。
「……頭砕いてあげようか?その変態趣味引っ込めないと、頭が砕け散ることになるけど?」
「ヒエエェェッ、お許しをレギュラス様ー」
第2拠点を任せているこのおっさんに壊れられたら大変だ。
軽く恫喝しておこう。
「ケケケッ、言いざまだな変態親父」
「ミカちゃんもその変態趣味を引っ込めようか」
「アギャギャギャギャアアアー!」
もう1人の変態、ミカちゃんの頭は砕かないけれど、頭をギュッと握っておいてあげる。
「ヒィィィッ、なんて恐ろしい」
「ああ、兄さんの暴力主義がますます危険な領域に……」
犠牲になってるミカちゃんを見ながら、ドナンは震えあがり、ユウの方はどこか諦めのこもった眼差しをしていた。
まったく、君たちは何を驚いているんだ。
こうやっておかないと、ミカちゃんは際限なく変態性癖をさらけ出すんだよ。
まあ、それはともかく、次なる問題のアントの所へ行ってみる。
全身黒い外骨格に覆われた巨大蟻どもが、部屋の一つに佇んでいた。
「こいつら見た目では分かりにくいけれど、既にアンデット化してるな」
「はい。アントは肉が少ないので、ゾンビの様に臭いは出しません。それに殻が強固なため、ゴブリンで作るスケルトンより戦闘面では強いですぞ」
とはドナン。
「これはドナンが作ったのか?」
「左様です。ワシはレギュラス様に出会うまでは、地下でアントどもをアンデット化していました。なのでシャドウたちに生きたアントを数体捕獲させ、試しにアンデット化してみました」
「なるほどな」
アントのアンデットは、臭くないので便利そうだ。
あと外骨格を叩いてみれば、コツコツと音がする。
ドラゴニュートの腕力だと簡単にぶち抜けるけど、ゴブリン程度が相手なら、この外骨格はかなり強固な鎧になるだろう。
そのうえアンデットだから、殻を突き破られても、それで動けなくなるなんてこともない。
「戦闘ではなかなかいい兵士になりそうだな」
「ご許可をいただければ、さらに数を増やしとうございます。ワシがリッチになったことで、以前よりアンデットを早く作れるようになりましたので」
「わかった、許可しよう。ただし数が多くなると場所に困るので、その辺はほどほどにな」
「ハハーッ」
というわけで、アントの増産が決定。
僕とユウ以外にもアンデットを作れる人材が出来たので、とても大助かりだ。
なおこのアントだけど、第2拠点のあるこの辺りには無数の小高い丘がある。その丘の中に時たまある洞窟は、このアントが掘ったものだそうだ。
アント同士の縄張り争いで片方の巣が全滅したり、群れが総出で住処を引っ越すことがあると洞窟は空になり、そこに後からゴブリンが住み着いて住処にしているとのことだった。
ドナンはレイスとしてこの辺りに住み着いていたから、この辺りの出来事に詳しかった。
さすがは現地人だ。やっぱり土地に詳しい人がいるのは、いいことだね。
ただ、このアント。
スケルトンと同じでアンデットにしても臭くない上に、戦闘面ではゴブリンスケルトンより優秀なのだけど、
「マジィーッ」
食い意地の張ったミカちゃんが、アントの殻に齧り付いていた。
たけど目から大粒の涙をこぼして、食べた殻を口からペッペッと吐き出している。
ミカちゃんの食欲魔人ぶりは相変わらずだけど、口の中に入れたものを吐き出すのは、これが初めてかもしれない。
「ミカちゃん、そんなに不味いの?」
「食えばわかる……」
ミカちゃんの反応に驚いたのは、僕だけでなくユウも同じだ。
ミカちゃんが差し出してきたアントの殻だけど、それを僕とユウも齧ってみれば、
「……ウグッ」
「せんべいを黒焦げになるまで焼いた上に、カメムシっぽい臭いが染み込んでいて……ゲホゴホッ」
食べ物ではなかった。
僕もユウも、以後アントを見つけても絶対に食べないと決めた。
今までに何でも食べてきた僕たちだけど、食べ物リストから外れるモンスターは、このアントが初めてかもしれない。
ところでミカちゃんが僕たちに見せたかったものは、ゾンビでもアンデットアントでもなかった。
「この部屋なんだけどさー」
やってきたのは第2拠点最大の広さを持つ大部屋。
既に天井と床は劣化黒曜石で黒一色に塗りつぶされているけれど、なぜかこの部屋の中に禍々しい黒い石柱が立ち並び、さらに部屋の奥に玉座としか呼べない劣化黒曜石の椅子があった。
こんなものは以前はなかったはずなのだが?
そして石柱には所々彫られているけれど、まだ途中のようで掘られているものは未完成。
ただ玉座の方は精巧な彫刻が施されていて、玉座の取っ手部分にはガーゴイルの頭が彫り込まれていた。
「……スゲー悪趣味」
とは僕の感想。
「ザ・魔王城だよな。レギュレギュの性格がそのまま形になったような部屋だ」
「ミカちゃん、心の中で思っても声に出しちゃダメですよ。あっ、兄さん僕は何も言ってませんからね!」
ミカちゃんは尻尾をフリフリしてるけど、ユウの奴も失礼なことを言いやがるな。
「あ、あの。この部屋は偉大なるレギュラス様の玉座の間として改装中なのですが、何分まだ制作の途中でして……」
なんてことを、ドナンが言ってきた。
「はあっ、玉座の間ねぇ」
関心より、呆れの方が大きい僕。
「完成の際にレギュラス様をご案内するつもりでしたが、このような中途半端な状態を見られては、恥じ入るばかりです」
なんてことをドナンが言っていた。
ドナンはすでにリッチになっているとはいえ、元がドワーフだ。生前の種族がら、彫刻関係はお手の物ということだろう。
しかしだね、
「OK、誰がこの悪趣味な部屋を使うのか知らないが、とにかく忘れることにしよう」
「えっ、悪趣味ですかな?」
「悪趣味だろう」
なんだか、ドナンが心外といった顔をしているけど、どう見ても悪趣味でしょう。
だって、全体が黒色の玉座の間だよ。
他の色が、何もありはしない。
おまけに装飾過多な玉座なんて、とても見られたものじゃないし。
でも、
「魔王様ー」
と、ミカちゃんが僕の方を見て言ってくる。
「偉大なる主よー」
シャドウたちも僕に向かって跪いてくる。
「死の王よ、どうかこの部屋が完成の暁にはお使いくださいませ」
ドナンが最後にそう言ってきた。
「イヤだよ。誰がこんな部屋使うか!」
なんだか周りはノリノリだけど、僕は速攻で拒絶した。
「でも魔王城っていうより、神殿っぽいですよね」
「おいユウ、お前まで何を言い出す!」
「では、ここは"暗黒神殿"と呼ぶことにいたしましょう」
あろうことにも我が兄弟随一のまとも人間ユウがとんでもないことを口走り、それにドナンが追従していった。
玉座の間だか暗黒神殿だか知らないけど、こんな悪趣味な空間僕は嫌いだ。
なのに、なんでお前らは、そんなに目をキラキラさせてるんだよ!




