167 まお……第2拠点
「あーしんどい、疲れた」
転移魔法陣を起動して、転移は無事に成功。
ただし、僕の魔力がガッツリ持っていかれた。
デネブの計算した転移用の数式は、転移はできるけれどかなり大雑把なもので、そのため魔力消費が非常に多い。
もっと精密な計算をすれば消費魔力量も減るけど、
(PCを、PCを下さい。人間の脳みそで、あんな滅茶苦茶な計算できるかー!)
というぐらい複雑なので仕方がない。
この大雑把な計算式にしても、デネブが3日間掛けて計算したわけだ。
もちろん、間違いがないかの確認を何度もしている。
そんなデネブの苦労のかいあり、僕たちは研究部屋から第2拠点へ転移した。
なお、研究部屋も第2拠点も、壁と天井が劣化黒曜石製で黒一色になっている。
だけど片付けできない女デネブが散々散らかしまくってる研究部屋と違って、第2拠点は床が綺麗に見える。
研究部屋はゴチャゴチャ道具が転がりまくっていて、床が見えないし、足の踏み場に困るしで、とんでもないガラクタ置き場となっていた。
あの女、本当にポンコツだよなー。
凄い能力はあるけれど、それでもデネブの事をそう思う僕だった。
「うおっ、一瞬で景色が変わりやがった。マジで転移魔法なのか。これが覗きに使えれば……」
なお、転移した後にミカちゃんは相変わらずの、おめでたい頭ぶりを披露。
「非常識すぎる……まあ、兄さんだからいいのかな?」
そしてユウ。お前は僕の事を何だと思っているんだ?
僕は決して非常識な存在じゃないぞ。
……いや、元は魔王してたら、やっぱり非常識かも。
それはおくとして、今回僕が第2拠点に来た目的は、拠点の管理を任せることにしたドナンに、細かい指示を出しておくため。
前回はマザーの登場で、予期せぬ早期の帰宅になってしまったので、改めでこの拠点に関する指示を出しておこうと思ったのだ。
なお、僕たちが第2拠点の中を歩き始めると、足元から黒い影が蠢いて近づいてきた。
「我が主よ、お出迎えが遅れまして申し訳ございません」
影から体が浮かび上がり、現れたのは地球外生物っぽい外見をした、シャドウの1体。
腕が4本あったり、後頭部が異様に長かったりで、見た目の人外レベルが高い奴だ。
もっともドラゴニュートも、人外と言えば人外だけどね。半分ほど。
そんなシャドウは、僕の前で跪いていた。
「うおっ、影からいきなり登場とか、カッコいい登場をする!」
そしてシャドウの登場に感心するミカちゃん。目がキラキラと輝いていて、そこだけ見れば少年のような純真さがある。まあ、中身がおっさんも、今世では一応幼女だけどさ。
「別に詫びる必要はないぞ。今回は転移魔法でいきなり来たからな」
「転移とは。それはまさか伝説の大魔法……」
「ん?そうなのか。まあ伝説かどうかは知らないが、とにかく転移魔法で今回は来た」
シャドウの奴が感心しているけど、こいつってそういう知識をいつの間に仕入れたんだ?
あと、僕の後ろでミカちゃんとユウが、
「転移魔法って、伝説の魔法なのかー。覗きには使えないくせして……」
「兄さんがチートすぎて、このくらいで驚かなくなってきた」
なんて話してた。
ユウはだいぶ僕に慣れてきたけれど、ミカちゃんはまだその話を引っ張ってるのか。
「ミカちゃんの頭って、実は煩悩だけで出来てない?」
「フフン、性欲と食欲。この2つこそが、人類の二大欲求なのだー!」
なんだかまったいらな胸を堂々と突き出して、威張られてしまった。
あ、うん、はい。ミカちゃんだからね。
もう、いいや。
「ところでシャドウ。今日はドナンに会いに来たんだが、あいつの所まで案内してくれ」
「承知しました、我が主よ」
というわけで、シャドウにドナンの所まで案内させることにした。
見た目はちょっとホラーの入ってる外見でも、ちゃんと日本語でやり取りできて便利だ。
命令を聞くことはできても、しゃべることができないスケルトンどもとは、やはり頭の出来が違う。
なおシャドウを先頭に歩いていく中、第2拠点内にいるスケルトンたちとすれ違うと、そのたびにスケルトンたちが、僕たちに向けて挨拶の敬礼をしてきた。
「ミカちゃん。なんだか僕、本物の魔王城に来たんじゃないかって思ってきたんですけど……」
「何をいまさら、レギュレギュの性格は生まれた時から魔王だったぜ。そのせいで、どれだけ俺がボコられたことか……ヘッ、ヘヘヘッ」
たかがスケルトンどもが敬礼するだけで、魔王城なんて大げさすぎでしょう。
それにしてもミカちゃん。僕にボコられてきたのが、今になってトラウマになってきたのかな?
まあ、ありえないことだよね。
あのミカちゃんだから。
そんな話なんかをしつつ、やがて僕たちはドナンのいる部屋へたどり着いた。
「おおっ、偉大なる死の王にして、我が主レギュラス様。ご来訪を心より歓迎いたします。そしてその兄弟様方も」
部屋に到着早々、黒い闇のローブを纏うドナンが、片膝を付いて頭を垂れてきた。
随分仰々しい出迎えだね。
「頭を上げろドナン。それより今日僕がここに来た理由は、改めて第2拠点における指示を出しておくためだ。前回はマザーが来たせいで、随分ドタバタしてしまったからな」
「マザー……やはりレギュラス様は、神のお子なのですな」
「……」
マザーは竜神様なんて呼ばれるドラゴンらしい。
そして僕たちは神の扱いをされているドラゴンの子供なわけで、つまり神の子になるわけだ。
「うおっ、俺たちの立場が、異世界物小説で最後に辿り着く、神に滅茶苦茶近くなってる。既に半神確定だぞ」
後ろでそんなことを言うミカちゃん。
「ミカちゃん、あんまり小説と現実混ぜるなら、後で教育してあげようか?」
「Noー、教育という名の暴力反対。俺は非暴力の平和主義者だぞ!」
僕が少し微笑みながら語り掛ければ、ミカちゃんが全力で拒絶反応を示していた。
「非暴力なら、腹ペコになるたびに僕たちに齧り付かないでください……」
「ヤダッ」
ちなみにユウの抗議に対しては、即座に却下するミカちゃんだった。
非暴力でも、非力な相手に齧り付くのは合法らしい。
ま、いいか。
いちいち取り合っていても仕方ない。
「コホン、それはともかくとして、これからのことに関してだけど……」
そこから僕は、ドナンと話を進めていく。
この第2拠点だけど、現状ドナンに拠点全体の管理を任せていて、その下にシャドウとスケルトンたちを置いている。
戦闘能力という点では、リッチのドナンよりシャドウの方がはるかに高いけれど、シャドウはこの前生まれたばかりなのに対して、ドナンはこの世界の住人だ。
既に死者になっているとはいえ、シャドウよりも長く生きていて、この世界の事にも詳しかった。
なのでドナンを拠点のトップにおいて、その下でシャドウたちがスケルトンを率いて、様々な活動をするようにしている。
例えるなら、本社の社長が僕で、ドナンは第2拠点という名の支店の支店長。そしてシャドウは現場監督であり、スケルトンたちはただの平社員だ。
彼らにはこの近隣にまだ残っているゴブリン洞窟を潰させ、第2拠点の安全の確保をさせている。
あとはグラビ鉱石の収集や、他には優良そうな資源があれば、それの収集も任せていた。
いまだに僕たちの資源環境って、劣悪なんだよね。
大体の道具が、劣化黒曜石かマザーが獲得してきたモンスターの部位を使って作った道具ばかりだ。
相変わらず、モンスターをハンティングしたものからしか、道具を作れていない。
なお、僕たちもゴブリンとかを狩るようになったけれど、基本的に僕たちの狩っているモンスターでは、道具に使えるほどいい部位がない。
マザーの狩る獲物と比べれば、この辺のモンスターは体が弱すぎて、道具作りに使えなかった。
「木材や鉄鉱石が出てくればいいんだがなー」
「木材はこの辺りでは入手が難しいですな。ですが鉱物に関しては、周囲にあるゴブリンの住処を深く掘れば、発見できるかもしれません」
「ならば、それもしてもらおうか」
今はリッチになっているけど、ドナンは元ドワーフだったこともあって、鉱物の採掘などには知識があるだろう。
こういうのは、専門家に任せてしまうのがいいね。
「了解しました。ただ、問題がございまして……」
「何かな?」
「恐れながら、現在のスケルトンたちの数では、採掘作業に回すには数が不足しております。それにゴブリンスケルトンでは、能力的な問題もありまして……」
ドナンが申し訳なさそうにしている。
既にリッチ化している顔には白い骨しかないので表情を読めないけど、それでも明らかに僕に対して申し訳なさそうにしているのが分かった。
「確かに。この拠点のスケルトンは、なんだかんだで200体を切ってるか。……この前ユウたちに同行させた奴らは、皆フレイアに焼かれたからなー」
フレイアと聞いて、そこで体をブルリと震わせるドナン。
基本的にアンデットは死んでいることもあって、恐怖を感じない性質を持っている。けど、フレイアの太陽魔法を間近に見たドナンは、完全にあのことがドラウマになっているようだった。
あの太陽魔法の直撃を受ければ、リッチ化したドナンなんて、一瞬で消し炭になって体が残らないだろう。
ドナンより強いシャドウでも、消滅させられてしまう可能性が大だ。
「仕方がない。手駒が限られているし、まずは優先順位の高い項目からしていこう。最優先は拠点の安全確保。あとマザーにだけは、絶対に見つからないように」
「ちなみに竜神様に見つかった場合は、どうなるのでしょうか?」
「踏み潰されて、この拠点ごと中に入るお前ら全員全滅。シャドウでも即死させられるだろうな」
冗談でなく、マザーなら第2拠点のある丘ごと足で踏み潰して、中に入るアンデットたちごと全滅させられるだろう。
うわー、そう考えると、マザーっておっかないわー。
暴力主義というか、「変なものがいるわね」の一言で、僕たち兄弟以外を踏み潰さないで欲しい。
――ゴクリッ
そんなマザーの凄まじさに、ドナンが生唾を飲み込む音を出していた。
ただしリッチの体は全身骨なので、当然唾なんて出すことも飲み込むこともできない。
そういう仕草と音を出せるとは、ドナンはなんて器用な奴だ。
その後、僕とドナンは拠点のために必要な、諸々の会話を進めていった。
ユウは近くにいて僕たちの会話を聞いているけど、静かにしている。
今回のユウは、外野だから仕方がない。
あと、ミカちゃんは……
「ウゲエーッ、クセェー」
部屋の外を歩き回っていたようで、遠くの方からそんな叫び声が聞こえていた。
まあ、あの人は1か所にとどまって大人しくしているなんてできないので、いつも通りだ。
その後も、僕とドナンは話を詰めていった。




