165 転移魔法(テレポート)
ただいま3日3晩徹夜状態のレギュラスです。
大丈夫、前世では1カ月不眠不休で仕事をしたこともあれば、その前の日本人だった時にも3日3晩の徹夜なんて、よくやったことだから。
僕は日本でも、魔王だった時でも、部下たちにブラック労働を強いてきたけれど、そんなブラック労働を強いる僕も、ちゃんとブラック労働に励んでいた。
いいよね、ブラック労働って響き。
仕事に熱中すればするほど、周りのことが見えなくなっていって、頭の中がボワーっとしてきて。
なんだか意識に霞がかって、時間の感覚がなくなるばかりか、現実と夢の中の区別さえつかなくなってしまうんだ。
まあ限界超えると体が痙攣して、気付かないうちに気絶して寝ているのが、唯一の欠点かな。
生物である限り、どこかで休憩を取らないとダメってことなんだろう。
実に残念だ。
(ブラックというか、奴隷労働?労働は生活の糧を得るためにするはずなのに、レギュラス様の場合、労働をすること自体が目的になってるのよね……)
「いいよねー、月月火水木金金。日本人って労働時間に関しては、天才的な民族だったと今でも確信してるよ。まあ、労働効率に関してはクソだけど」
(アカン。この人、本当に頭がぶっ壊れてるわ。イヤー!)
頭の中で副人格デネブが何か言ってるけど、何を言ってるんだろうね?
今の僕の頭には、そんな言葉なんて聞こえないや。
(うわー、1歳児の体で連日徹夜労働したせいで、そうとうヤバくなってる。でも、その間体使って働いてたのは、レギャラス様じゃなくて私だったけど)
「フフフッ、何ならデネブには特別報酬として、追加のサービス残業を……」
(お断りするので、いい加減休みましょう。このままだとぶっ倒れて気絶するまで、レギュラス様が働き続けちゃいますよ。日本人だった時も、働き過ぎで胃に潰瘍ができたことがあるじゃないですか)
「だが断る!」
楽しい労働を続けていると体にちょっと無理が出てくるけど、そんなの関係ないね。
てなわけで、今回デネブに計算させた解を元にして、早速"転移魔法"の実験といこう。
僕は研究部屋の一角に、劣化黒曜石の板を複数用意して、そこに魔方陣を刻み付けていく。ただの平面型の魔方陣でなく、複数の魔方陣を描いていって、それを決まった方式で重ね合わせていく。
絵を描いた紙を複数枚重ね合わせていくのと同じで、積層型魔方陣と呼ばれる種類のものだ。
他にも魔方陣の形式には、三次元的な立体型魔方陣や、多次元型の重層次元魔方陣なんてのがあるけれど、今回必要なのは積層型だ。
必要もないのに、無駄に高度なだけの魔方陣を使うのは、非常に効率が悪いことだからね。
複数の劣化黒曜石の板に魔方陣を描いていき、それを積み上げていって積層型魔方陣の完成。
「こんな物凄く複雑な術式を、師匠は勘だけでできるんだから怖いよね」
(それも、もっと上位版の転移魔法ですからね……)
今回用意したテレポート用の積層型魔方陣は、元になる計算式をデネブが3日かけて解いている。
だけど僕の師匠であるシリウス・アークトゥルスと言う人は、ただの勘だけでデネブの3日間に渡る演算を、一瞬できてしまう変人だ。
あまりにも長く生き過ぎてるせいで、大体勘だけで魔法を使えてしまうそうだ。
おまけにあの人の使うテレポートの魔法は、消費魔力量は常に一定だけど、同世界内であれば距離に関係なく無制限に転移可能。
単に同じ星の中を瞬間移動するだけでなく、別の星へ移動できれば、銀河系の中心だとか、あるいは真空の宇宙空間自体にも移動可能という、出鱈目なレベルだ。
もっともそんな芸当をやらかす当人は、
「宇宙空間に移動しても、酸素がなくて死ぬよ?適当に移動してブラックホールを当てた時なんか、そのまま重力の圧力でプチッて音も出ない間に、死んじゃうけどね。アハハ、怖いよねー」
アハハじゃねえよ。
っていうか、それ実体験じゃないでしょうね?
実体験なんだろうなー。
あの人凄いけど、とんでもない間抜けでもあるから。
「僕は砂糖によってできている。だから砂糖がないと、僕は死んじゃうんだよ」
なんて言いながら、いつも飴玉をなめている。
体も脳みそも、砂糖まみれで甘々だからしかたない。
「僕は蜂蜜の為ならば、世界を征服することすら厭わない。まあ世界征服するより、赤道辺りで養蜂農家したほうが、蜂蜜が簡単に手に入るけどー」
基本的に糖分の為に生きている人間だった。
……僕が最初にいた世界の魔王は、そんな人に、領土ごと滅ぼされてしまったわけだ。
なんというか、酷すぎる話だよね。
いろいろと。
そんなことを思い出していた間に、テレポート用の積層型魔方陣がすべて完成。
僕は石ころを手に持ち、離れた場所を見通すことができる、空間魔法"万里眼"を使う。
視認する先は、第2拠点の中。
転移魔法にはいくつかの形式が存在するけれど、今回僕が使用するテレポートは、テレポート先の座標を事前にマークしておく必要がある。
マークするためのマーカーは、グラビ鉱石を加工することで作られた魔法具で、これは前回の旅に出る前に、デネブが作成してくれていた。
第2拠点内に置いたマーカーがある場所を、"万里眼"で眺める。
それから僕は、研究部屋に作ったテレポート用の積層型魔方陣に魔力を流し込んだ。
研究部屋の空間と、第2拠点のマーカーが置かれた場所が、離れた距離を飛び越えて接続される。
――ポイッ
その接続された空間に、僕は手に持った石ころを放り投げた。
そうすると"万里眼"で眺めていた第2拠点に、放り投げた石がテレポートして転がり落ちる。
「よし、問題はなさそうだな」
(そうですね。訳の分からない空間に飛んで行ったり、テレポートしたものが破壊されることもなく済みましたね)
このテレポートの魔法だけど、複雑な計算式を解いたうえで、もしも解が間違っていれば、投げた石が目的の場所に飛ばなかったり、テレポート先でいきなり大爆発して爆ぜることがある。
離れた場所を繋げる事ができる便利な魔法だけど、物凄く危険を伴う魔法でもあった。
そして、
(あ、レギュラス様……)
僕は不覚にも、そこで膝を付いてばたりと前のめりに倒れてしまった。
何が起きたのか、自分でも最初理解できなかった。
このテレポートに必要になる魔力量はかなり大きく、この3日間の徹夜労働をした体には、それがかなり堪えたようだった。
僕とデネブは、積層魔方陣につぎ込んだ魔力の大きさと、徹夜による過労のせいで、そこで気絶してしまった。
(ノウッ、ブラック労働Noー)
気絶した夢の中で、デネブがそんな言葉を叫んでいた。




