164 魔王の死因が過労死なんてバカな話があるはずない
「ウヤッホー、レギュラス様の生身の肉体だぜー!クンカクンカ」
自宅にある研究部屋。
この部屋は現状僕と、僕のサブ人格であるデネブ専用の部屋と言ってもいい場所だ。
そこで僕のサブ人格は、相変わらずの壊れっぷりを発揮していた。
僕が体の操作権を明け渡しているだけならいざ知らず、こいつ僕の脇をクンカクンカしてる。
……どうしよう、ミカちゃんに負けず劣らずの変態だ。
「グヘヘヘッ、前世のレギュラス様は脇汗とかかかない体だったから、なんて新鮮な匂い」
(おい、ポンコツ人格。お前3日目だからって、壊れ過ぎだぞ)
「ゲヘヘヘーッ」
ダメだ、こいつ僕の声が聞こえてない。
ちなみに何が3日目かというと、僕はとあることをデネブに頼んだのだけど、そのための計算式を解くために、現在3日目の徹夜を断行中だ。
(前世だったら3日の徹夜ぐらいで壊れたりしなかったのに……いや、デネブは生まれた瞬間から壊れてたけどさ)
「レギュラス様、自分の半身を扱き下ろして楽しいですか?」
(扱き下ろしてないよ。僕は事実を言っただけだ)
「ハウチッ、ガビーン」
絵画のムンクの叫びみたいなポーズをして、一時停止するデネブ。
うん、壊れてる。
拳で修正してやりたいけど、そんなことしても痛いのは僕の体なので、肉体言語が通じない。
こいつはミカちゃん以上の強敵だから仕方ない。仕方ないんだけどさ……。
「レギュラス様、私の右腕が勝手に握り拳つくって、プルプル震えてるんですけど?」
(どうしてだろうねー)
「白々しすぎますよ。今は私が体を使ってるんだから、横から割り込んで体の操作権乗っ取ろうとしないでください!」
(……)
自分で自分の顔面殴ったら痛いと分かっていても、どうしてもデネブを殴りたかったんだ。
「自分の体に自分で暴力振るうとか、もしかして、レギュラス様はマゾ趣味に……」
(お前、俺の考えてることが読めるからって、心の中の声に突っ込むな!)
「エヘヘッ」
なにがエヘヘッだよ。
僕の体を使って、間抜けな顔をするんじゃない!
ああ、ストレス溜まるー。
「さて、こんな漫才は放っておいて、演算を続けていきましょー」
――カリカリッ
……をぃっ、なんで漫才扱いされなきゃならないんだ!
てか話を聞けよ、このポンコツ!
「……」
だけど、物凄く、物凄ーく悲しいことに、デネブは計算式を解くことに集中し出して、僕の抗議を全く聞いてなかった。
お前さ、超人見知りの性格でポンコツだけど、切り替えの早さが怖いわ。
なおデネブは、現在研究部屋の壁にカリカリと計算式を描いている。
変身で部分的に魔王の人差し指化した指を使って、劣化黒曜石の壁を、まるで粘土でも抉る様に数字を書き綴っていた。
この計算式は物凄く複雑なもので、
「正直この辺りの魔力の流れが乱れてなければ、もっと簡単に解けるんですけど。不確定要素が多いせいで、かなり難問題になってますね」
とのことだ。
というか、数式解くのに集中しているかと思ったら、こういうところではまともな顔してデネブは説明してくる。
なお計算している内容だけど、これは僕たちの自宅から第2拠点までを、瞬間移動するために必要な情報を割り出すためのものだった。
この計算をしないと、魔法を使っての瞬間移動ができない。
「人工衛星か、コンピュータがあれば、すぐに解けるんですけどねー。人間の頭でこんな数式解くとか、マジで勘弁して欲しいですわー」
何しろ徹夜3日目だからね。
それでも計算しているデネブは偉いものだ。
偉いなんてほめたら、またアホをしでかすので、心の中だけでも褒めてはいけないけど。
「……」
ここでまたデネブがアホをしでかすと思ったけど、何も言い返してこなかった。
――レギュラス様って、私の事を一体何だと思ってるんですか。プンプン、私は女の子なんですよ。
でも、口では何も言い返さなくても、デネブが僕の考えていることを読み取れるように、僕もまたデネブが考えていることを読み取ることができた。
お互いに、内心で考えていることが筒抜けなのだ。
それから小一時間、
「できたー」
ようやく計算をし終えたデネブが、疲れから床にダイブした。
(よくやったぞ、デネブ)
「ウヘヘッ、レギュラス様が私を珍しく褒めてくれたぞ。なんてレアな瞬間だ」
(言っとくが、変態ぶりは発揮しなくていいからな)
「ゲヘヘッ」
殴りてー。
超殴りてー。
「でも、こんなにぶっ続けで仕事を頑張ったのって、この世界に生まれ変わってからは初めてですね。
ああ、思い出したくもない前世での忌々しい記憶の数々が……」
(前世の忌々しい記憶?何かあったか?)
僕としては、前世で魔王をしていた時は、なかなかに楽しかったと思うんだけど。
一体デネブは、あの頃の何が不満だったんだ?
「何が不満って、レギュラス様は前世での1か月の平均睡眠時間が、何時間だったか覚えてますか?」
(さあ、せいぜい50時間ってところだろう?)
「そうです!それですよ!」
「?」
僕の前世の魔王ボディーは超優秀だった。
今世のドラゴニュートの肉体も、2、3日の徹夜ぐらいなら楽々こなせるけれど、魔王ボディーは次元が違った。
あの体は、基本的に1週間ぐらいぶっ続けで働きまくっても、眠らなくて平気だった。少し無理をすれば、1カ月眠らなくても何とかやっていけた超優良ボディーだ。
おかげで寝る必要がほとんどなく労働に従事できて、仕事以外は何も考える必要なく、働き続けることができた。
アンデットの様に、完全不眠不休はさすがに無理だったが、それでもかなりいいレベルだった。
「ウアアアアー、超ワーカーホリック。過去の忌々しいトラウマを思い出したくないからって、ワーカーホリックになって、他の事全く考えないようにするとか、レギュラス様も大概壊れっぷりがひどいですよ!」
(失敬な奴だ、お前ほど俺は壊れとらん!)
全く、何が不満なんだ。僕は日本に転生してブラック労働という存在を知った時、目から鱗がこぼれるほど嬉しかった。
働き続けていれば、他に何も考える必要はない。考える余裕なんてなくなる。
あの素晴らしさを知ってしまったがために、僕は前世ではブラック労働天国を築くために、わざわざ魔王として1大陸の覇者にまでなったというのに。
「うわっ、この人完全に思考がヤヴァイ」
(お前に言われたくないよ)
ポンコツデネブにヤヴァイと言われるなんて……少なくとも僕は、お前よりはマシだぞ。
「……」
(ああ、でも悲しいよな。せっかく労働天国を作ったのに、あの魔王の体はたった2千年で寿命になって死んでしまった。とても残念だ……)
「いや、あれは寿命じゃなくて、睡眠不足と働き過ぎによる過労死ですよ。絶対に」
(まさかー、あの魔王の体で過労死なんてするわけないだろう)
「いや、前世のお父様なんて、レギュラス様の5倍は生きてましたよ。1万年は生きてたんだから、2千歳で死んだレギュラス様は、間違いなく過労が原因です」
こいつ、何言ってるんだ?
過労で死ぬわけないだろう。
人間ならともかく、あの体ならそんな馬鹿なことがあるはずない。
はあっ、やっぱりデネブはポンコツだな。
「ああっ、この人マジで頭がヤヴァイ。誰か、危険人物レギュラス様を止めてー!」
ああっ、やっぱりデネブはポンコツだった。
「兄さん、マザーが帰ってきましたよー」
なんて僕とデネブで話してたら、研究部屋の分厚い扉の外からユウの声がした。
――GYAOOOOOOOOOOOO
『みんなー、御飯よー』
マザーの大きな鳴き声がしている。
「あひぃええぇぇぇーーー!」
そしてポンコツデネブは、超対人恐怖症持ちということもあって、ユウとマザーの鳴き声に滅茶苦茶怯えてパニクっていた。
混乱からその場で飛び上がって、部屋の天井に大激突。
「イヤダー、人間イヤー、ドラゴンイヤー、知的生物イヤー。お外になんて出たくないー!」
その後ガタガタ震えながら、散らかりまくってる研究部屋の道具の山の中に、頭を突っ込んでいた。
(無様なことしてないで、さっさと俺に体の操作権を返しやがれ!)
僕が体の操作権を取り戻したときには、デネブは僕の頭の超奥底へと意識を沈めて、主人格である僕ですら感じ取れないレベルで、隠密を発揮していた。
「頭イテー。あのポンコツ人格が……」
天井に頭をぶつけたのはデネブなのに、どうして僕がその痛みを受けないといけないんだ。




