162 チーズ
第3回狩りの旅を終えて自宅に帰ってきた僕たち。
今回の旅ではいろいろあったけれど、日が変わればいつも通りの、自宅での日常が戻ってくる。
「チーズ、食いてぇ」
そして呟いたのはミカちゃん。
「チーズ食いてえよー、チーズ食いてえよー、チーズ食いてえー!」
「ミカちゃん、チーズとはなんですか?食べたいということは、やはり食べ物なのですね」
「あたぼうよ。食い物でないものなんて、食いたくねぇ!」
ただをこねるミカちゃんだけならまだしも、食べ物と聞きつけてリズまで目を輝かせ始める。
「チーズ、そういえばユウ兄上の授業で聞いたことのある食べ物ですが、まだ見たことも食べた事もありません。ジュルルルッ」
「リズ、涎が垂れてるよ」
「ハッ、つい食べ物に興奮してしまいました!」
我が家随一のグルメリポーターだけあって、食い意地の張ってるリズだ。
「チーズー、チーズー」
そしてレオンも、2人に合わせて言い始める。
お前、なんとなく雰囲気に合わせて適当に言ってるだけだろう。
『美味しいの?』
「当たり前じゃー!」
ドラゴニュート形態のドラドも気になる様子。
「気になる食べ物ですね」
「ヌフフッ、チーズをたくさん食べれば、フレイアたんもさらにビッグに慣れるぞ」
「ぜひ、いただきたいですわ!」
ビッグって、ミカちゃんの言葉だから、もちろんあそこの事だよね。
……フレイアは現状でも大きいのに、まだ大きくないたいのか?
というかミカちゃんの洗脳教育のせいで、フレイアはそういう方向への興味が強すぎる……。
「チーズ、チーズ」
そうしてミカちゃんは、僕とユウに向かって、物凄く物欲しそうな眼を向けてきた。
中身はおっさんだけど、見た目は幼女なんだよね。
しかもミカちゃんがたまに口走っている、「ミカちゃんマジエンジェル」ってセリフ通り、とても愛らしい顔立ちをしている。
変態と本能さえ出さなければ、本当に可愛い子なんだけどねー。
中身がアレだから、残念幼女とかそういうレベルでない酷さだけどねー。
「チーズって、牛乳を遠心分離したら出来ましたっけ?」
「それなら革袋に入れて振り回せば作れるけど、それはチーズでなく……」
「うおしっ、野郎ども。今すぐ皮袋にあるミルクを振り回すぞー!」
「オーッ」
僕とユウが話してる途中だったのに、チーズ食いたい症候群に襲われているミカちゃんが真っ先に駆けだし、それに兄弟たちも続いていった。
目指す先はミルクを保管している、冷蔵庫部屋だ。
「……遠心分離して出来るのは、チーズじゃなくてバターだぞー」
兄弟が走り去っていなくなってしまった後で、僕は先ほど言いかけてた続きを口にした。
「みんな行っちゃいましたね?あれ、フレイアは行かないの?」
残されたのは僕とユウ、あとなぜかフレイアもいた。
「ミルクということは、あの乳化け物が出した液体ですか。あの化け物の汁から出来る物なんて、食べたくないですわ……」
「お、おうっ」
フレイアは巨乳なのが自慢だけど、自分より胸が大きい相手に対しては、ライバル意識を燃やしている。
てか乳化け物とか言ってるけど、相手はドラゴニュートや人間でなく、モコ牛だぞ。
乳牛で有名なホルスタインレベルの生物相手に張り合うとか、いろいろと間違ってるぞ。
なので僕はフレイアの肩に手を置いて……手を置きたいけど身長が足りないので、仕方なく傍に近づいて言う。
「フレイア、違う生物相手にそこまでライバル意識を燃やさなくていいよ」
「で、でも、大きい方が男の人はみんな大好きだって。レギュラス兄上も、大きいのが大好きなのでしょう?」
「えっ、僕はそこにこだわりないけど」
「本当ですの?」
「うん」
というかさ、昔僕をはめやがった女がいるんだけど、あいつは体を武器にしてきやがったからなー。
ああ、あの女の事を思い出して来たら、胃がムカムカしてくる。
「でも、やっぱりあの乳お化けに負けないため、私は日々特訓しなければいけませんわ」
僕がちょっと自分の中で考え事をしていた間に、フレイアの方はそんなことを言っていた。
どういう特訓をしたら胸が大きくなるかなんて知らないけど、この子もすっかりミカちゃんに毒されてる……。
ああっ、妹の1人がこんな性格になってしまって、僕としては甚だ悲しいよ。
そんなやり取りをしていたら、ミカちゃんたちがゾロゾロと列を作って戻ってきた。
「神聖なる乳神様のミルクじゃー!」
「おおーっ」
ミカちゃんのアホなテンションに、兄弟たちがノリノリで合わせている。
……ミカちゃん、頼むから変態宗教なんて起こさないでよ。
そういえばこのおっさん、前世のゲームの中では嫉妬教団とかいう、怪しさしかない集団の教祖してたんだっけ。
マジで、変な組織を作るなよ!
それはともかく、ミカちゃんたちはミルクを保存している、冷蔵庫部屋へミルクを取りに行ってきたわけだ。
長い間部屋の床に氷を張って、スケートリンクにしか使ってなかった部屋だけど、今回ミルクを手に入れたことで、珍しく冷蔵庫部屋本来の使い方がされていた。
ミルクは常温で放置していると、酸っぱくなってマズくなるからね。
「よーし、これを振り回すぞ。おりゃー!」
それからミカちゃんは、元気いっぱいに声を上げて、ミルクの入った革袋を高速回転させ始めた。
「うおっ、うおおおっ、うおおおおーーーーー」
相変わらず元気が有り余ってるねー。
でも、そんなに高速回転させすぎると……
「ミカちゃん、さすがにそんなに早く回すと、革袋が壊れ……」
――バチンッ
ユウが警告に入ったけれど遅かった。
ミカちゃんがあまりに高速回転させるものだから、革袋が破れて中身が飛び散ってしまった。
「げっ!」
バシャリとミルクがそこら中に飛び散ってしまい、部屋にいた僕たち全員がミルクを被ってしまうことになる。
「ミカちゃん、頼むから限度ってものを考えよう。中身は一応大人なんだから!」
「てへっ」
僕の前で、ミカちゃんはベロを出して可愛らしげな表情をしていた。
この世界での自分の外見が、可愛いことを理解してやっているのだろう。ただし、中身は30間近のおっさんが、こんなことをしているわけだ。
――ガシッ
「ノー、俺が悪かったー。だから肉体言語はNoー」
ムカついたのもあるけれど、今後の教育の為にも、ミカちゃんの体に痛みで教育しておいた。
なお、この後部屋中に飛び散ったミルクをふき取る作業をしていったけど、ミカちゃんが、
「おっ、塊があった……って、味がバターなんだけど……」
床に落ちていた塊を食べていた。
力任せにぶん回していたので、一応バターの塊が出来ていたわけだ。
落ちているものを口に運ぶくらい、ミカちゃんにとって全く抵抗なし。
もっともミカちゃんの食べたがってた、チーズじゃないけどね。
そしてその後はミルクを落とすため、全員でお風呂に入ったけれど、
「ミルクは美肌にいいぞ。すなわち、それは胸にもいいということだ!」
「ムムッ、にっくき敵の汁ですが……そ、それでも肌にいいというなら、我慢して入りましょう」
牛乳風呂ってほどミルクがあったわけじゃないけど、お風呂がほんのりとミルクで白くなった。
そんな中、ミカちゃんとフレイアはこんなやり取りをしていた。
君たちって、本当に相変わらずだね。
ところで、肝心のチーズだけど、作るには牛乳に酢かレモンを混ぜればいいけど、僕たちの環境ではそのどちらも手に入らなかった。
レモンはまだしも、酢なんて米かブドウでもないと作れないし。
「チーズー……」
そんなわけで、チーズ食べたい病を発症していたミカちゃんは、ションボリしていた。
まあ、それもマザーが獲物を運んでくるまでの短い間だったけど。




