159 私たちのファザーとマザー
ドナンとおまけのレイスについては大方話を付けたので、今度はフレイアの方に向き直る。
「レギュラスお兄様」
大魔法を使って倒れたフレイア。その体はレオンに支えられている。
ほぼ全力で魔法を使ったため、その反動で疲れ切っているけど、意識まで失っていなかった。
「ひゃっ!」
そんなフレイアの額に、僕は無言でチョップを入れた。
「フ、フレイアたんの涙目と悲鳴。なんてレアな光景!」
「ミカちゃん……頼むからこういう時まで、それをしないでください」
「俺はただ自分の心に正直なだけだー!」
「はいはいっ」
ミカちゃんとユウの外野が煩いけれど、無視してしまう。
肉体言語の効果に頼り過ぎたせいか、ミカちゃんの耐性も日々上がって行ってるんだよね。
うん、ここは何もなかったことにして、ミカちゃんたちの事はスルーだ。
それより、僕は目の前で額を抑えているフレイアを見ながら、
「いいかいフレイア。いくらイライラしてたからって、あんな大魔法をぶっ放しちゃダメだ。危うくミカちゃんたちまで巻き込まれて、死にかけたんだから」
「……は、はいっ」
僕に注意されて、しをらしくなるフレイア。
尻尾はペタリと地面に垂れて、元気なさげだ。
「今回は僕が何とかしたから被害はなかったけれど、次からこんなことしないように。僕との約束だよ」
「お兄様との約束……はい、わかりました」
「僕との」という点に、フレイアが少し声を弾ませていた。
うーん、この子僕が言った言葉の意味わかってるのか?
「いいかい、大魔法は禁止。分かったね」
「もちろんです。私は、お兄様に嫌われたくないですから」
そう言うフレイアの瞳は潤んでいて、なんだか年齢に似合わない色気があった。
中身が1歳児なのに、見た目が中高生レベルだからいけない。
……昔俺をはめた女みたいに、絶対にならないでくれフレイア。
「全く、仕方のない妹だな。分かってない気がするけれど……次やったら僕も本当に怒るから」
「ヒャン!」
もう一度チョップを入れておいた。
これくらいしないと、全く反省しそうにないからね。
「とはいえ今回は疲れただろう。少しだけ僕の魔力を分けてあげるから」
散々やらかしたフレイアへの説教はもういいだろう。
あまり説教ばかりして、年寄りがられて煙たがられるようになったら嫌だ。
なので僕は魔力を相手に分け与えることができる、"魔力譲渡"の魔法を使いながら、フレイアの頭を撫でた。
「お兄様の手、気持ちいいです」
「魔力の回復を手伝ってあげるよ。これで少しは体も楽になるだろう」
「はい。とても暖かいです」
疲れているフレイアの目が細められて、その言葉の通り、本当に気持ちよさそうにしていた。
なお、この背後では、
「Noー、フレイアたんに手を出す邪悪な兄貴に、今こそ天誅を!」
「ミカちゃん、兄さんに襲い掛かろうとしないでください。今度こそ、ただじゃ済まないですよ」
「離せ、離せユウ!俺は大事なフレイアたんのお胸を守るためにー……」
ユウがミカちゃんの服の襟首を掴みながら、2人でどうしようもない漫才をしていた。
それと、
「脂肪乳怖い。ワシ、あの赤髪のドラゴニュートには絶対に逆らわんぞ」
「赤髪のドラゴニュート以外にも、ここの兄弟にはみんな逆らわない方がいいですよ」
リッチになったドナンとおまけのレイスが、何やらシミジミと話し合っていた。
とはいえ、これで今回の事件は解決。
今回は僕も派手な魔法を使ったので、疲れてしまった。
あとは第2拠点に帰って休んで、それからのことは明日考えることにしよう。
「さあ、皆第2拠点に帰るぞー」
僕は一同にそう告げた。
そうして魔力譲渡を使っていた手をフレイアの頭から話したとき、フレイアが不満そうに頬を膨らませていたけれど、それに関しては無視。
ただ、たまには子供っぽい拗ねた顔もできるんだと思い、僕はフレイアの中身が完全な大人でないことに、少し安堵した。
まだ小さいんだから、背伸びをせずに子供のままでいればいいんだよ。
と、思う。
だけど、まだ疲労が濃いフレイアは、自分で動くことができないようで、
「帰りはレギュラスお兄様が私を背負って行ってくださいませんか?」
なんて尋ねてきた。
でもね、
「それは無理だから」
「どうしてですか?」
「僕の背だと、背負うの無理だから……」
「あっ」
大変、大変忌々しいことだが、僕とフレイアの身長差だと、僕がフレイアを背中におぶるなんて無理。
力の面ではドラゴニュートだから問題ないけど、僕とミカちゃんは……兄弟が脱皮して成長した中で、もっとも成長率が低かった。
つまり、フレイアに比べて背が低すぎるんだよ!
「レオン、そのままフレイアを拠点まで背負って行ってくれ」
「わかったー、レギュ兄さん」
「ええっ、そんなー。だったらお姫様抱っこを……」
「やらないよ!」
フレイアがただをこねだしたけど、僕は全部レオンに擦り付けてしまうことにした。
「そんな、嫌ですわ。お兄様ー」
「なんなら、こいつらに背負ってもらう?」
しかし、フレイアはまだ諦めないようだ。
なので僕は、シャドウの1体を指さした。
「よろしいのですか?」
「いや!やっぱりレオンでいいですわ」
指名されたシャドウは、まるでベテランの執事の様に、体の前に手を持ってきて頭を垂れた。けれど、フレイアによって即却下されてしまう。
なぜだろうね?
非常に紳士的な態度だったのに、何が不満なんだ?
「そんなスケルトン似の不細工に触れられるなら、レオンで我慢します!」
それがフレイアの答えだった。
「そんな……私はフレイア様の魔力が元で生まれたので、我らにとってはマザーの様なお方……」
「あんたたちみたいな不細工。私の子供のはずないでしょう!」
フレイアの怒鳴り声を前に、シャドウたちは見た目の不気味さなんてまるでなく、ガックリと頭を垂れてしょげてしまった。
「「「マザー」」」
と、シャドウ3人組が呟いているけど、
「その名で私を呼ぶんじゃありません!」
フレイアは、どうしても自分がシャドウたちの母だと思いたくないようだ。
「ファ、ファザーからも、何かマザーに一言お願いします」
なんて思ってたら、シャドウの奴らが僕の方に助けを求めてくる。
「誰がファザーだ。俺はお前らの父親になったつもりなんかないぞ!」
「ですがレギュラス様こそが、我々を生み出してくださったお方。であるからには、ファザーではありませんか。そしてフレイア様こそが、私たちのマザー」
なんだか熱弁するシャドウ。
でも、嫌だ嫌だ。
あんなスケルトンが魔改造されてできた生き物が子供とか、勘弁して欲しい。お前らは所詮ただの便利な労働力で道具だよ。死ぬまで馬車馬のように働き続ければいいんだ。
いや元がスケルトンだから、もう死んでるけどさ。
だけどシャドウの言葉に、今度はフレイアが両手を頬に当てて、ポッと赤くなる。
「わ、私とお兄様の子供。つまり私とお兄様はふう……」
「フレイア、そこは反応しなくていいからね」
なんで、そんなところに反応するんだよ!
さっきは不細工だなんだと言って、シャドウどもに見向きもしなかったくせして。
「これが既成事実というものですね、ミカちゃん?」
「Noー、俺のフレイアたんは、俺だけのものだー!」
……をぃ。既成事実って何だよ。
あとミカちゃん、お前もなに訳の分からんことを言ってる!
ああもう、訳が分からん。
「ユウ、お前からも何か言ってやれ。お前がこいつらの保護者なんだから!」
「もう僕じゃ、どうにもできません……すみません」
ぺこりと頭を下げて、ユウは殊勝に誤ってきていた。
でも、明らかに心の中でこれっぼっちも済まないって思ってないよね。
むしろ、このドタバタ劇の中に巻き込まれない様にって、逃げる口実にしようとしてないか。
「ウガー、もう嫌じゃー!」
僕は何もかもが嫌になって、この場から逃げ出すことに決めた。
「お兄様待ってください。レオン、私を背負って全力で追うのよ」
「ええっ、なんでー?」
「いいから早く追うの!そう、これは追いかけっこなのよ」
「んー?分かったー」
少し納得できてないみたいだけど、それでもあっさりフレイアに従うレオン。
フレイアを背負って、僕を追いかけ始める。
「グヌヌヌッ、レオン。どさくさに紛れてフレイアたんを背負うとは、なんて卑劣漢。フレイアたんのお胸の柔らかさを背中で感じていいのは、貴様でなく俺だー。今すぐそこを代わりやがれー!」
レオンとフレイアの後を、追いかけるミカちゃん。
「……さて、皆さんついてきてください」
最後に残ったユウは優秀な保護者らしく、その場に残っていたドナンやシャドウたちに指示を出していた。
とはいえこんなドタバタがありながらも、フレイアの大激怒事件は、これにて全て幕引きだ。
そういうことにしておこう。
めでたしめでたし……?




