158 偉大なる死の王は、中間管理職をご所望
「レギュレギュがいつも以上に黒い。普段の悪党から、大悪党に変わってる」
「何か言ったかな、ミカちゃん?」
肉体言語で黙らせたはずのミカちゃんが、ゴキブリ並の生命力で早くも復活していた。
しかし、この子は何を言ってるのかな?
僕がニッコリ笑って上げたら、それだけで理解したのか、ミカちゃんは自分の口を両手で押さえて何もしゃべらなくなった。
OK、肉体言語での教育が行き届いているようだ。
それはともかく、自分がただのレイスだと気付いたドナンは、ガックリ項垂れて自信喪失中。
そんなドナンに向かって、僕は語り掛けてあげた。
「せっかくだから、レイスと本物のリッチの違いを教えてあげよう」
『一体、何を……』
項垂れているドナンだけど、僕はその近くに行って、それから……
「何、もう死んでるんだから、死ぬよりは痛くなさい」
『ガアアアアアアッ!』
僕はドナンの半透明の体に手を突っ込んだ。
それと同時に絶叫を上げ続けるドナン。もともと半透明だった霊体の体が更に薄れていき、やがて光の粒子となって消え去った。
「兄さん、もしかしてドナンさんを殺した……いや、成仏させたんですか?」
「ユウ、あれはどう見ても成仏なんて生易しいものじゃないぞ。地獄に送ったんじゃないか?」
「ノンノン、ドナンには少し生まれ変わってもらおうと思ってね」
ユウとミカちゃんを尻目に、僕はドナンの遺体であり、ドワーフスケルトンと化している骨の方へ近づいていく。
――ガタガタ……
本能なのか、スケルトンが骨を鳴らして全身を震るわせているけど、巻き付いているシャドウが、さらにきつく締め上げたので、すぐに動けなくなった。
本当に、シャドウは優秀な奴だ。
そんな骸骨の前で僕は、魔の呪文を少し呟く。
陰鬱とした風が周囲を舞い、大地が嘆きと苦しみの声を出す。
この場所はライトの光で照らされているはずなのに、光が力を失って闇が広がる。
死者の気配が辺りを満たし、嘆きと乾きと絶望が世界のただ中に巻き起こる。
「兄さんが絶対にさんがとんでもないことをしてる」
「イヤダー、あいつ本当に魔王過ぎるだろー」
なお、周囲の変化にユウとミカちゃんが何か言ってる。
ただいま気絶中のフレイアを介護しているレオンも、僕の方をポカーンとした顔で見ていた。
でも魔王過ぎるってのは、どういうことだろう?僕は元であって、現魔王じゃないのに。
それはともかく、
「さあ禁忌を犯し、力ある不死者として蘇るがいい」
兄弟たちの視線が集まる中、僕はドワーフスケルトンの体に、先ほど拾ったドナンの魂を突っ込んだ。
なお、霊体のドナンが光となって消え去ったけれど、あれは僕がドナンの魂を無理やり握ったから。
その握っていた魂を、多少の魔法を施して、ドワーフスケルトンへ突っ込んだ。
――ガッ、ガアアアアアァァァァァッ
ドワーフスケルトンが、この世の者でない絶叫を上げる。
もともと不死者なのでこの世の者でないけど、その体から黒いオーラが立ち昇り、ちょっと強めの力が周囲に溢れだす。
ただしちょっと強めというのは、僕たちドラゴニュート基準での話。
人間だったら、高位の魔法使いに匹敵する強さになる。
『ガッ、ガアアアッ、アアアアッ……アッ、アアッ』
やがて絶叫を上げていたドワーフスケルトンの体に、闇でできた衣が纏わり付いていき、それと共に絶叫が小さくなっていく。
そしてに体は、シャドウの1体に未だに拘束されているけど、
「もう必要ないぞ」
「御意」
シャドウに出していた拘束の命令を解除した。
ドワーフスケルトンに巻き付いていたシャドウは、蛇の姿から元の4本の腕に二足歩行の怪物の姿へ戻り、僕の傍で待機した。
そして僕たちの前には、黒い闇ローブを纏ったドワーフスケルトン。
いや、たった今僕が施した魔法によって、本物の"リッチ"として転生したドナンがいた。
リッチと化したドナンは、無言でいた。
しばし呆然自失としていたようだけど、不意に骸骨の中にある赤い目玉がギョロギョロと動く。
辺りを見回し、それから自分の骨だけの右手を見て、指を一本ずつ動かしていく。
『これは、体……それに体から溢れ出るこの力は一体?』
「それがリッチだよ。レイスなんかと違って、力がもっとあるだろう」
『これがリッチ……だが、一体どうしてワシがこれほどの力を……』
リッチとなったドナンの前で、僕は微笑んであげた。
その笑みを理解したドナンは、
『まあか……いや、あなた様ほどの方であれば、リッチを生み出すことなどたやすいことなのですな』
「そうだね。それで君をわざわざリッチに作り替えてあげたんだから、お礼をもらおうと思うんだ」
『……』
「君、うちで"中間管理職"として働いてくれ」
僕はこの日一番の笑顔で、ドナンに言った。
なお、この会話の裏でミカちゃんとユウが、
「兄さんが人間やめてる……」
「魔王様怖い……。てか、あんな邪悪な笑みを浮かべながら、なんで中間管理職に勧誘ししてるんだよ!あれか、元ブラック企業の経営者だからか!ブラック企業経営者、怖すぎだろ!」
そんなことを話していた。
でも、そんな2人の会話も意味がない。
『偉大なる死の王よ。ワシはあなた様の僕、下僕として、この魂をお捧げ致します』
なんてドナンが言って、僕に体どころか魂を売り渡してきた。
「アカン、悪魔に魂を売り渡しやがった。……でも、変態筋肉乳親父だからいいか」
とは、ミカちゃんのセリフ。
なお、この後もう1体いたレイス。こいつはユウに懐いていたけれど、なぜかこいつも僕の事を『偉大なる死の王よ!』と言ってきた。
全員ガクガクしながら、怯えまくって跪いてきてるし。
僕は別に怖い人でも何でもないので、このレイスも、労働者としてこれからこき使ってあげる事を約束した。




