157 レギュラスと自称死の王
レイスが2人。あとついでにドワーフスケルトンもいるけど、こいつらは一体何なんだ?
「筋肉乳を拝める邪教徒だ!」
尋ねて返ってきた答えは、ミカちゃんの訳の分からないセリフ。
『貴様こそ、脂肪乳を崇めている異端者ではないか!』
「……」
お、おうっ。
ミカちゃんが訳分からないのはいつもの事なので、驚くより呆れや仕方なさ、気の毒さを感じてしまうけど、あろうことにもレイスのおっさんまで訳の分からないことを口走ってきた。
とりあえず、
――ガンッ
「ヘブシッ」
ミカちゃんの方は、肉体言語を使って静かにしてもらう。
『カカカッ、言いざまだな脂肪乳野郎』
「……シャドウ1号、こいつを黙らせておけ」
『ちょっ、ちょっと待て……うわああああっ!』
レイスのおっさんも、ミカちゃんレベルの頭をしてるのだろう。
ミカちゃんみたいに面倒臭すぎる性格をしていたら嫌なので、僕は待機しているシャドウに命令を出した。
その途端、シャドウの体は蛇のように変化して、レイスのおっさんへ接近。そのまま雁字搦めに巻き付いた。レイスおっさんの口はもちろん、体を動かせないようにしてしまう。
まるで縄で簀巻きにされたような有様だ。
なおおっさんがジタバタ動いているけど、蛇状になったシャドウから逃げ出すことはできない。それどころか、暴れるたびにシャドウの締め付けが更にきつくなっていって、おっさんの動きが小さくなっていく。
「動かない方が身のためだけど。こいつらはアンデットの性質も持ってるから、レイス相手でも拘束できれば、殺すこともできるから黙ってようか」
ちょっとだけ脅かしたら、レイスのおっさんは黙った。
「グ、ヘヘヘ。ざまあねえな、筋肉乳野郎……ゲフンッ」
「ミカちゃん、黙ってようか」
もう1発拳を入れて、ミカちゃんに止めを刺しておく。
もちろん命に別状はない。ただ、静かになっただけだ。
でもミカちゃんがピクリとも動かなくなったのを見て、レイスのおっさんが顔を真っ青にしていた。
と言ってもとっくに死んでるから、今更顔が真っ青になってもなんの不思議もないね。
「兄さん、それぐらいにしましょう。拳で解決するのは野蛮人のすることですよ」
「そうか?文明人なんてのは野蛮人を見下して、好き放題に暴言吐きまくった挙句、面倒事を一方的な暴力で解決するのが普通だろう。地球の米国なんて、大量破壊兵器を持ってない国に、ムカつくからって理由で侵略戦争しかけたし」
「に、兄さんの中での文明の基準がおかしい……」
「まあ、今のは冗談だけどね。2割りだけ」
「……」
僕何かおかしいこと言ったかな?
今じゃすっかり面影ないけど、大英帝国なんて呼ばれていた時代の英国なんて、世界随一の文明国でありながら、世界中に暴力吹っかけて植民地獲得しまくってたし。
「ま、そんなことはいいや。ミカちゃんはダメだから、何があったのかユウが説明してくれ」
「分かりました……はあっ」
どうしてため息をつくのかな?
ユウはこの世界に生まれてまだ1年なのに、眉間に皺を寄せて、気苦労が多いみたいだ。
やっぱりいつも敬語で生活してるから、心の中にため込んでる物が多いのかも。
そう思いつつ、ユウが今までに何があったのかを説明していってくれた。
「……とりあえず、こいつら全員拘束だ。シャドウ」
「承りました」
「主よ、承知いたしました」
うちの兄弟に襲い掛かったと分かったので、既に拘束済みのおっさんレイスはもとより、おまけのレイスと骸骨も、シャドウたちに拘束させる。
「ヒエエェェッ!」
――ガタガタガタガタガタッ
レイスは悲鳴を上げ、骸骨の方はガタガタしてたけど、そんなものはまとめて全部無視。
シャドウたちが蛇状の体になって巻き付いて、しゃべることも行動もできないようにしていった。
シャドウの奴ら、物凄く優秀だな。
勿体ない気分で作った連中だけど、これはひょっとすると、物凄くいい拾い物をしたかもしれない。
あとで第2拠点に帰ったら、こいつらにグラビ鉱石の仕分けができるのかも、確認しておかないと。
忘れないように、脳内メモを書き込んでおこう。
それにしてもだ。
「この変態おっさんが、"死の王"ねぇ……」
ユウの話を聞いて、ドナンというドワーフのレイスが、自分の事をそう自称していたそうだ。
『……』
ドナンは僕の方を黙って見てくるけど、その目には怯えが走っていた。
まるで今目の前にいる僕が、ドナンの生殺与奪の全てを握っているように見えるのだろう。まあ、事実その通りなので仕方ない。
それに僕がわざわざ手を出さなくても、シャドウがちょっと力を入れるだけで、ドナンはその存在を消される状態にあるし。
しかし相手は死者とはいえ、この世界についていろいろ知っている現地住民なので、ここで消してしまうのは惜しい。
ドナンからは、この世界の情報をいろいろ聞き出すことができそうだ。
それにシャドウを除けば、我が家のヘッポコゴブリン軍団より、このドナンは遥かに頭脳面で使える存在だ。
欲しいなー。
僕たちがいない間、第2拠点であのヘッポコスケルトン軍団に指示を出せる、中間管理職が欲しいなー。
というわけで、僕の中では、ドナンを手下にすることを決めた。
なお味方じゃない。手下、労働者にする。
でも、すぐにこちらが下出に出たり、本心をさらけ出したのでは、ドナンに侮られてしまう。
それはいけない。
なのでまずは、圧迫していこう。
「それにしても、自称死の王さん。あんたは御大層な名を名乗っているくせして、とんでもない出来損ないだね」
『……』
おっといけない。まだシャドウに口を塞がせたままなので、ドナンが何か言いたげにしているけど、しゃべれないでいる。
僕が仕草だけで、シャドウにドナンの口をしゃべれるように指示する。
『ぷはあっ、ワシが出来損ない。一体何を言っておる?』
「……あんた、もしかして気づいてないのか?」
『じゃから何をだ?』
……。
「あんたさ、自分では死の王とか気取ってるけど、本当は死ぬ際にリッチになろうとして、それが中途半端に失敗して、ただのレイスになったでしょう」
現在のドナンは幽霊の姿をしたレイス。
対して、今僕が口にしたリッチとは、ある一定レベル以上の魔法使いが死んだ際、不死の存在へと転生することで生まれる、アンデットの名前だ。
種族的にはスケルトンやゾンビ、レイスなどと同じアンデットだが、リッチが持つ実力は通常のアンデットと比べるとかなり高い。
もともと生前が高位の魔法使いでなければ転生できないのがリッチであるため、魔法方面に対しての能力が、極めて高いのがリッチの特徴だった。
魔法の能力が高い分、当然できることも多くなる。
でも、目の前にいるドナンは、リッチの失敗作だった。
『ワシが……失敗じゃと』
「そうだよ。そのことにも気づかないなんて、そうとうおめでたいバカだね」
『なあっ!』
ドナンの事をバカ扱いしたら、絶句してしまった。
でもさあ、
「ここにあるドワーフのスケルトンだけど、これはあんたの生きてた時の体の残りだろ。リッチに転生していたら、この体に魂が定着していたはずだ。なのに実際は、当人の魂は体を抜け出してレイスになってる。その上、体の方は魂の残りカスがこびりついていて、骨だけで勝手に動いている。
これじゃあ、リッチの失敗作だ」
ドナン本人は自分がリッチになっているつもりだったみたいだけど、僕の目からは完全な失敗作だった。
『ワ、ワシは……不死の王。アントどもの軍勢を、生み出すこともできたのに……』
「はいはい、死の王を気取るのはいいけれど、たかが下級のアンデット軍団を作って調子に乗らない。せめてこいつらレベルのアンデットで軍団を作ろうか」
自称死の王ドナンに対して、僕は今回作りだしたシャドウを指さしながら言った。
『ワシは、ワシは、死の王ではないのか……』
「そうだよ。死の王どころか、ただの凡才のレイスだ」
自称死の王さんのプライドに、僕は止めを刺しておいた。




