154 太陽魔法と影の呪縛(シャドウ・バインド)
夜の平原を、昼間の様に明るく染め上げる太陽。
フレイアの全力の魔力がこもった輝きは、ただ眩しいだけではなかった。
膨大な熱量が周囲の大気をかき集め、酸素と混ざり合うことでさらに炎の強さを増していく。
太陽の方角へ地上の風が集められていき、それが一つの気流となっている。
かなり荒っぽい風が吹き荒れるものだから、僕はそれに対抗するために、風魔法の"気流"を使って、周囲の風をコントロール下に置いた。
と言っても、あの太陽に向かって風を吹かなくしても問題は解決しないだろう。
あの太陽はフレイアの魔力によって燃え上がっていて、魔力が続く限り酸素の有無に関係なく燃え続ける。
それどころか、あの周辺にフレイアだけでなくミカちゃんたちまでいるなら、周囲の気流を意図的に僕のコントロール下に置くと、酸欠の危険も出てくるかもしれない。
仕方がないので、風魔法の気流を、ある程度制限して使用する。
翼を使って飛んでいる僕の体を押し出すように、後ろから前へ向かって風を流し、それで普段以上の速度で飛べるようにする。
太陽の傍へ向かいながら、同時に風の感知魔法を使って、視覚だけでは把握できない周囲の音を収集していく。
「ギャー、死ぬ!」
「レオン踏ん張れー!」
「ヒィィイイイーーー」
ミカちゃん、ユウ、レオンは今のところ無事なようだ。
3人の声と、それにプラスαで他にも声が聞こえてきたけど、まずは無事なことに安堵しておこう。
しかしこの巨大な太陽。
一体どうやって対処しようか。
「おーい、フレイア。聞こえているかー?」
風魔法"風の囁き"。
遠くにいる相手に声を届かせる魔法を使ってみるけど、フレイアは「忌々しい、クソ虫どもが……」なんて、物凄い低音で呟いてた。
アカン、完全に僕の声が聞こえてない。
というかフレイアの性格の悪さと悪女レベルが、以前に増してかなり上昇してないか?
イヤダーな。
兄として、フレイアの性格が日に日に歪んでいってるのが哀しすぎる。
とりあえず、今のフレイアに魔法を消さけるのは無理だと判断する。
いっそ気絶させればどうかとも考えるけど、フレイアの魔力の制御が切れた途端、あの太陽はコントロールを失って周囲の大地を焼き尽くすだろう。
そうなったら、大惨事確定だ。
太陽の真下にいるミカちゃんたちはもちろん、離れた場所にいるリズたちにまで被害が及びかねない。
誰だよ、フレイアが将来最終戦争用魔法を使いかねないとかほざいた馬鹿は。将来どころか、言った数日先に使ってるよ!
それはともかくとして、
「吹き飛ばすか?」
風魔法の"竜巻"か"嵐"を使う。
あるいは僕の風の属性竜としての性質からくる、風属性への親和性の高さを使って、この辺り一帯の大気を、まとめて吹き飛ばすなんて手もある。
まあその場合、ここら一帯の丘全てが風で吹き飛ばされ、惑星の一部が一時的に真空状態になるだろう。
その時は、フレイアの太陽とは比較にならない超自然災害が勃発してしまう。
この辺りにいる生き物は、何ひとつ生き残れないだろう。
「というわけで、力に力で対抗するのはなしだな」
風魔法を使って対抗するのは、やめることにした。
そうこうしているうちに、僕はフレイアの放っている太陽の傍までたどり着いた。
太陽から放たれる膨大な熱量は強力だけど、それを闇魔法"暗黒"を使って遮断する。
闇の壁が太陽からの膨大な熱量と、眩い光りのほぼすべてを遮断する。
これだけで太陽の強烈な熱量が、春の木漏れ日程度の温かさに変わる。
なんてしてたら、太陽がグラリと動き始めた。
「あら、そこにもまだ生き残りがいたんですね。フフフッ」
風魔法から伝わってくるフレイアの声が不気味に笑い、その後ミカちゃんたちの大絶叫が響く。
太陽はミカちゃんたちがいる地面へ向けて、落ちていき始めた。
これは放っておいたら不味いな。
この魔法の発動者であり、炎の属性竜の性質持ちのフレイアなら大丈夫だろうけど、他の兄弟たちがフレイアの全力魔法を受けたら、無事では済まない。
マジで、即死しかねない。
「"影の呪縛"」
このまま太陽の落下は不味い。
というわけで、僕は強烈な太陽に対抗して、周囲から黒い影を太陽に向かって数十本ほど伸ばす。
影の腕が、太陽へ向かって伸びていく。
普通であれば強力な光源の前では、影は消えてなくなるものだが、この影も魔法で作られた存在。
夜の中では存在しないはずの太陽の光が、魔法によって作り出されているように、僕の影も魔力によって作り出されてたものだ。
太陽に対して影を使うのは少々燃費が悪いけど、それでも影は太陽にまで伸びていき、ガッチリと落下を止める。
一時的にだが、太陽を拘束して落下を防いだ。
そうしてから、僕は兄弟たちがいる太陽の下へ翼を使って降りて行った。
「アバババー、童貞のまま死ぬのはイヤだー」
「生後1年。短い人生だったな」
「ヒエエー、ミカちゃん、ユウ兄さん、しっかりしてー」
地上に行くと、全身を炎に染めているフレイアがいた。
それからミカちゃんとユウが現実逃避していて、目の前でなく、どこか遠い別の世界を眺めていた。
その中で唯一レオンだけが、超涙目だ。
『ドラゴニュート怖いー!』
『私、私はすでに死んでいるからもう死なない……なんて言える自信がない』
あと、僕の知らない幽霊が2体いた。
あれがスケルトンが教えてくれた、ドナンという奴かな?
もう1体の方は知らないけど、その辺で出会ったのだろう。
それと
――ガタガタガタガタ
と、煩く口を動かしているスケルトンがいる。
僕かユウの作ったゴブリンスケルトンでなく、もっと骨がガッチリしている。
背はゴブリンと大差ないけれど、横に大きいので多分レイス化しているドワーフの遺体だろう。
遺体と言っても、今は完全に骨しか残ってないけど。
それにしても、皆この状況に大パニックのようだ。
そりゃ、死にかねない状況を前にしたら、パニックに陥らない人間なんてまずいないだろうけど。
そんな彼らの上空に、僕は暗黒の闇を伸ばして、頭上からの熱と光を遮断した。
「アババ……バッ?」
熱が消え去ったことで、パニクってたミカちゃんの声が止まる。
「レ、レギュ兄さーん!」
僕に気付いたレオンが、パッとこっちを見てくる。
「皆、無事なようで何より」
「無事な気はしませんけど……僕たちはまだ生きてますよね?」
「安心しろ、ちゃんと生きてるから」
ユウの顔に死相が浮かんでいるけど、まだ三途の川は渡ってないので大丈夫だ。
まあ転生者なので、一度三途の川を渡っているかもしれないけど、その辺の細かいことはどうでもいいか。
「で、この状況について聞きたいことが多いけれど、まずはアレを放置しておくわけにいかないから、何とかしようか」
僕は頭上でまだ光り輝いている太陽を見る。
「てか、レギュレギュ。アレをどうにかできるのか?」
「いくら兄さんでも無理でしょう」
「レギュ兄さん、助けてー」
兄弟3人がそれぞれに口走ってくる。
僕にしても、このフレイアの太陽を消すのは簡単なことではない。
ここに来るまでの間に検討した方法や、あるいは規模の大きな大魔法を使えば太陽を消し飛ばせるけど、その場合は周辺への被害が凄まじいことになる。
そうなったら、この場に居る僕たちも危険だ。
ぶっちゃけ、太陽落下させた以上の被害が出るだろうしなー。
なお太陽と比喩していても、所詮は燃えている炎なので、例えばそこに大量の水をぶっかければ消せそうなものだ。
だけどあの炎は1千度は超えてそうで、そこに水をぶっかければ、大量の水蒸気が生まれてしまう。
熱されて溶けた鉄の溶鉱炉の中に、大量の水をぶっかける様なものだ。
その場合、大量の水蒸気が蒸発して、水蒸気爆発が確実に起こる。
その上、溶けた鉄の表面部分は冷やされて固まっても、その内側には熱を持ったままの溶けた鉄が残ってそうだ。
あの太陽の中に溶けた鉄はないけれど、水をかけて中まで消すとなれば、どれほどの大魔法を使わなければならない事か……。
なのでそういう方法はとれない。
そしてあの太陽に対しては、"普通の魔法"でどうにかなるレベルでない。
そう、"普通の魔法"では。
だから答えは、普通でない魔法を使えばいいだけだ。
僕は太陽の動きを拘束している、影の呪縛を見る。
影は太陽の縁を掴んでいるけれど、それが太陽の中にまで潜り込むことはできない。
影とは光との間に遮るものがある時に初めて生まれるものだ。
影の呪縛は、所詮影でしかないため、それが影の大本とも言える、光を侵食することなんてできるはずがない。
でも、その法則全てを書き換えてしまえばいい。
『"染まれ"』
僕はこの時、普通ではない魔法を使った。




